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ニューズ&コメンタリー

総理大臣の訴追はできるか? 小沢氏の代表選出馬で憲法論議

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 小沢一郎氏がこの9月の民主党代表選に立候補する意向を明らかにしたことを受けて、内閣総理大臣(首相)は起訴され得るのか、もし、起訴され得るとしてそのためにはどのような手続きが必要なのか、憲法の論点に注目が集まっている。


 ■憲法75条の趣旨

 憲法第75条は次のように定める。

 「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない」

 憲法の解説書ではこの規定の趣旨について、「検察権の政治的介入から内閣を守る趣旨」(渋谷秀樹、赤坂正浩著『憲法2 統治』)、「訴追が慎重に行われることを担保するとともに、総理の首長的地位を確保するため」(芦部信喜著、高橋和之補訂『憲法第四版』)、「一体としての内閣の職務遂行に差障りが生ずることを防止することにある」(高橋和之ら著『憲法2 第4版』)、「国務大臣の活動の自由や内閣の安定性・継続性の確保のため」(辻村みよ子著『憲法』)などと説明されている。

 ■総理大臣は起訴できないという解釈

 宮沢俊義教授(東京大学、故人)は、この条文を根拠に、「内閣総理大臣は、その在任中は、刑事訴追を受けることがなく、また逮捕されることもない特典をみとめられる」という解釈を示している(宮沢俊義著、芦部信喜補訂『全訂 日本国憲法』)。

 皇室典範はその第21条で「摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない」と定めている。総理大臣についてもこれと同様だというのである。

 この解釈の下では、憲法75条にいう「国務大臣」に総理大臣は含まれない。総理大臣は他の国務大臣とは異なり、総理大臣(つまり自分)の同意があっても、訴追されえない。

 「内閣総理大臣に対しては、他の国務大臣に対してよりも強い保護がみとめられる」

 「この特典は、本条の文字ではっきり定めているところではないが、本条の精神から生ずる」

 「内閣総理大臣にこういう特典を保障することによって、内閣が軽率な訴追によってその地位を動かされることのないようにしよう、というのが、その狙いである」

 宮沢教授の著書はこういうふうに説明している。

 ■同意があれば起訴できるという解釈

 異なる解釈もある。

 総理大臣についても、憲法75条の「国務大臣」に含まれる、という解釈である。

 辻村みよ子教授(東北大学)は宮沢教授の解釈について「総理大臣を国務大臣以上に保護すべきという原則は憲法上何ら根拠がない」「例外的に訴追を制限する方向での解釈は好ましくないと考えるべきであろう」と批判。吉田栄司教授(関西大学)は「訴追が可能というほどに嫌疑が濃厚になった段階でも、なお内閣の進退を含むすべてを本人(総理大臣)の自律的な裁量的判断にのみ委ねる解釈は、内閣総理大臣が他の国務大臣よりもはるかに重大な責任、国会ひいては国民に対する政治的責任を担うがゆえにこそ、認められないというべきであろう」と問題提起し、「このような場合にこそ、検察のいわば他律的な判断を認めたうえで、国会の側からの責任追及にも根拠を与える前者の解釈(総理大臣を憲法75条の『国務大臣』に含める説)によって、事態への対応がはかられなければならない」と論を進めている(『別冊法学セミナー 基本法コンメンタール第五版 憲法』)。

 これらの解釈に立った場合、「総理大臣を訴追することは可能であり、この場合は総理大臣自身の同意を要する」(清宮四郎著『法律学全集3 憲法I』)ということになる。検察や検察審査会の判断、つまり、総理大臣からすれば「いわば他律的な判断」によって、総理大臣が、自分自身の訴追に同意するかどうかの究極の判断を迫られる事態に追い込まれることもありうる。

 この場合、同意を拒むには「正当な理由」が必要だとされ、それなしに同意を拒否することは許されない。ただし、同意を与えるかどうかは総理大臣の裁量に委ねられ、裁判所の審査には服さない。吉田教授は「理由のない拒絶は裁量の逸脱濫用であって違法の問題を生ずるとみるべきであろう」と述べながらも、「現在の訴訟法制にあってはその違法を争う方途はほとんどなく、もっぱら国会からの責任追及手段に委ねられ、政治的効果を生じうるにとどまる」と指摘している。

 なお、総理大臣の同意のない訴追は、この解釈を採った場合、刑事訴訟法238条4項の規定により、無効となり、棄却判決が下されることになる。

 ■同意なしでも起訴できるという解釈

 同意なしでも起訴できる、という解釈もある。

 8月26日の読売新聞夕刊は社会面の記事の中で、「国民の代表でもある検察審査会の出した結論は、検察当局の判断とは性質が異なるため、強制起訴は可能だ」という検察関係者の見方を紹介している。憲法75条が意図しているのは、検察当局による不当な圧迫からの内閣の保護であり、検察とは異なる検察審査会の議決に基づく訴追はその想定の外にある、ということがその論拠となっているようだ。

 しかし、一方で、検察は、総理大臣が任免できる法務大臣の指揮下にあるため、不当な介入が実際に起こる事態は想定しづらいのに対し、検察審査会は内閣から離れて独立しており、かえって、憲法75条が恐れる内閣への不当な圧迫を引き起こしやすい環境にある。したがって、検察審査会の議決に基づく訴追については、憲法75条の制約を受けなければならない論理的な必要性がさらに高い、ということもできる。

 ■小沢氏はどうする?

 小沢氏は現在、政治資金規正法違反の被疑者として、東京地検の捜査対象となっており、また、東京第五検察審査会の審査対象となっている。秘書が起訴されており、本人も訴追される可能性が残っている。検察審査会が2度目の「起訴相当」議決をすれば、裁判所の指定した弁護士が起訴(強制起訴)することになる。そうした状況の下で小沢氏が総理大臣就任に直結する民主党代表になろうとすることへの疑問の声が沸き起こっている。

 「小沢氏の出馬について、強制起訴を逃れることが目的ではないか、との指摘が党内外にある。(略)そのような意図を疑われること自体、為政者たる資格はないだろう」(産経新聞8月27日主張)

 「首相の起訴も自身の同意が必要とみられる。『推定無罪』が原則とはいえ、こうした問題に直面しかねない小沢氏は首相候補として適格性が問われる」(毎日新聞8月27日社説)

 「菅支持派からは『小沢氏は起訴を逃れるため、首相をめざすのではないか』との声も聞かれる。実際、『起訴議決』の場合、小沢氏はどう対処するのか。事前に明らかにする責任もあろう」(読売新聞8月27日社説)

 「検察審査会のメンバーは、おそらく悩むに違いない。小沢氏が議決に一切介入しなくても、“小沢首相”の存在自体が圧力になる」(読売新聞8月27日編集手帳)

 これに対して、小沢氏を支持する民主党議員は「首相就任後に強制起訴されても職務遂行に支障はない」などと主張する書面をまとめている

 その書面は憲法75条に触れて、「首相をはじめ、各閣僚の職務遂行が妨げられないよう配慮している」と指摘し、「強制起訴では検察に起訴された場合以上に『無罪の推定』が強く働く」という前提を立て、「検察審査会の起訴議決に基づく強制起訴の場合、検察起訴の場合以上に首相の職務遂行は保障されると解され、強制起訴後に引き続き首相が職務を遂行することは憲法上も問題がない」と結論づけている。

 小沢氏としては、起訴後も職務をこなしていく自信があるというのならば、「訴追逃れのため首相を目指すのではないか」との疑念を拭い去るために、事前に、自分の政府では「総理大臣の訴追も可能」という憲法解釈を採用することを明らかにし、さらに事前に「いかなる罪で訴追されようとも、身の潔白を法廷で明らかにするため、求めがあればただちに憲法75条に基づく同意を書面で発出することを確約する」などと表明する――。たとえば、そんな解決策もありえよう。

 

 ▽2010年8月30日午後に一部訂正しました。

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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