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ニューズ&コメンタリー

《一問一答詳録》「小沢氏側に裏金1億、その場には立ち会わず」水谷建設元会長証言

 陸山会事件公判 東京地裁

 小沢一郎・元民主党代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件の公判が5月24日、東京地裁であり、中堅ゼネコン「水谷建設」の水谷功元会長が証人として出廷した。元会長は「同社が小沢氏側に裏金1億円を提供することを了解した」と認める一方で、「その場に立ち会っておらず、本当に金が届いたか分からない」とも証言した。

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 これまでの公判で同社の川村尚元社長は、(1)2004年10月15日に都内のホテルで、小沢氏の元秘書で衆院議員の石川知裕被告=政治資金規正法違反罪で起訴=に5千万円(2)05年4月中旬に同じホテルで元秘書の大久保隆規被告=同=に5千万円を渡した――と証言。元秘書らはこれらの受領を否定している。

拡大

 水谷元会長の証言によると、小沢氏の地元の「胆沢ダム」(岩手県奥州市)の建設工事をめぐり、下請け会社の共同企業体を取り仕切る「幹事会社」に選ばれるよう同社は小沢氏側に働きかけていたという。

 同社では、裏金を渡す際には、単独ではなく「見届け人」をつけて、授受を確認できる態勢をとっていたという。しかし、川村元社長の証言によれば、04年10月の授受の際には「見届け人」がついておらず、水谷元会長は「ちょっと考えづらい」と弁護側に有利な証言をした。

 また、04年10月に5千万円を渡した相手について、水谷元会長は川村元社長から「(石川議員でなく)大久保元秘書だった」と報告を受けていたとも話した。

 また、この日の公判では同社の元運転手の証人尋問もあり、「04年10月15日に元社長を都内のホテルまで送った記憶はない。検察官に(送ったという内容の)調書の訂正を求めたが断られた」と証言した。

 この授受があったとされる日の元運転手の手帳には「12時10分 東京駅迎え 社長」とあった。元運転手はこの記載をもとに「東京駅で元社長を迎えて東京支店に戻ったと思うが、以後は覚えていない」と証言した。

拡大石川知裕衆院議員(後列中央)ら小沢一郎・民主党元代表の3人の元秘書の前で、「裏金1億円を提供することを了解した」と証言する水谷建設の水谷功・元会長=5月24日、東京地裁 絵と構成・小柳景義

 捜査段階の元運転手の供述調書には、元運転手をこの日に送ったとする記載があった。元運転手は「よく覚えていないのに、検察官から強制的に『サインしてもらわないと困る』と言われた。何度言っても訂正してもらえなかった」と話した。

 証人尋問の一問一答のポイントを記者のメモから再現する。

 この日の証人尋問は、まず、弁護側証人として出廷した水谷建設の大塚・元運転手に対する弁護人の尋問から始まった。

 

 ■弁護人と大塚・水谷建設元運転手のやりとり

 ――平成6年10月から昨年5月まで東京支店で運転手してた?

 はい。

 ――社有車を運転しないときはどこにいた?

 事務所の中。4階のワンフロア。

 ――弁13(弁護側提出の証拠)の手帳の現物を示す。検察庁がいつ入手した?

 検察が事務所に来たとき。

 ――水谷建設に平成18年7月に捜索が入ったときですね。

 はい。

 ――返還されたことは。

 ない。

 ――返還の連絡もない?

 ない。

 ――記載の方法を聞きます。

 左ページは午前。右は午後を書くように心がけていた。

 ――会長、社長の記載ある?

 はい。

 ――8月19日には、向島で川村(水谷建設元社長)、山本(潤・日本発破技研社長)が参加して宴会があったようだが、記憶ある?

 はい。18時に向島に送り、会が終わったら社長を事務所に送り、赤坂プリンスホテルに山本を送った。

 ――山本は赤坂プリンスを定宿にしていた?

 たぶんそうだと思う。

 ――誰も乗せてないときは。

 「事務所」と書いたり、何も書かなかったり。

 ――手帳に記載がない場合は、事務所にいたと考えるのが自然?

 はい。

 ――平成16年10月15日が焦点になっている自覚ある?

 はい。

 ――何度か検事の調べを受けていたが、それまでに経験は。

 ない。

 ――脱税の時は。

 ない。

 ――個人的にもない?

 ない。

 ――取り調べの中心は、平成16年10月15日の午後の運行?

 だと思う。

 ――検察官は午後の運行について、どう尋ねた?

 10月15日に川村社長を迎えに行き、その後の行動の記載ないかと言われた。

 ――川村の供述について聞かれたことは?

 ない。

 ――川村があなたの車で全日空ホテルに行ったと言っていることを検事から言われたのは覚えてない?

 行動を覚えてないか聞かれた。

 ――平成16年10月15日の欄を示す。右に「12時10分 東京駅 迎え 社長」とある。これ以降の記載はない?

 はい。

 ――午後のことについて、あなたの生の記憶を聞く。川村を東京駅で迎えたのは間違いない?

 はい。

 ――その後は。

 たぶん東京駅から東京支店に戻ったと思う。

 ――それ以上は。

 覚えてない。

 ――同じ手帳の13日の欄。「9時30分 東京駅 迎え 尾納専務」。続いて、「前田建設」とある。

 9時30分に東京駅で尾納(忍・水谷建設元専務)を乗せ、前田に送ったのは間違いない。

 ――「東京ヘリポート 東京駅送り」とある。

 12時45分に江東区の東京ヘリポートに会長がくるので、東京駅に送った。

 ――前田建設に送ったのは尾納?

 だと思う。

 ――尾納は前田建設へは歩くこともあったと。

 あると思う。

 ――同じ13日に「19:05 成田着社長」とある。

 社長が海外から成田に着くのは19:05でそれを迎えに行った。

 ――その後は。

 成田から東京支店に戻った。

 ――10月15日午後の運行で、検事から川村を全日空ホテルに送ってないかと聞かれたか。

 はい。

 ――生の記憶で。時期は別として、川村を全日空ホテルに送ったことは。

 ございます。

 ――そのことは検事に言った?

 はい。

 ――回数について、どんな記憶で、検事にはどんな説明をした。

 送ったのは1、2回。

 ――少ないと。

 はい。

 ――全日空ホテルに川村を送った時期。生の記憶では?

 会長が脱税で逮捕されて以降。

 ――もっとあったということは。

 自分の記憶では、ない。

 ――事実確認したところ、平成16年の手帳をめくって、川村と全日空ホテルの記載がある日を確認したが、結局なかった。

 はい。

 ――平成16年に全日空ホテルに送ったという生の記憶はなかった。

 はい。

 ――それ以前、平成15年以前は。

 なかったと思います。

 ――全日空ホテルに送ったことあるが、平成17年以降、とりわけ会長が脱税で逮捕されて以降という記憶。

 はい。

 ――それは検事に説明した?

 はい。

 ――その後、検事にいろいろ聞かれたと。どういうこと?

 全日空ホテルに行く場合、どう待機したか。送った様子を聞かれた。

 ――10月15日のことではなく、全日空ホテルに送ったときの待機を聞かれたと。

 はい。

 ――どんな説明をしたか?

 川村だけでなく、会長も含めて全日空ホテルに送る場合、2回のロビーで下ろして、(ホテルの)2階に待機。みんな30分以内で出てくるので、ポーターも了解で待たせてもらった。

 ――駐車場に入れずに待機したと。

 はい。

 ――川村のときだけじゃなく、会長も同じ。

 はい。

 ――待機の仕方を検事に説明したのね。

 はい。

 ――検事から川村を全日空ホテルに送ったときの手荷物について聞かれたことは。

 ある。

 ――どんな説明を。

 覚えておりませんと言った。

 ――10月15日ではなく、記憶にある川村を送ったときの記憶で。

 はい。

 ――川村を全日空ホテルに送った生の記憶で、全日空に送って、その後どうしたかという記憶は。

 ございません。

 ――川村を全日空ホテルに送ったのは、平成17年以降、特定できる記憶は。

 ない。

 ――少なくとも、平成16年じゃないという記憶ね。

 はい。

 

 (弁護人「裁判長、調書の中身を確認したい。示したほうがわかりやすい」。検察官「どういう根拠で?記憶喚起?」。裁判長「検察側は控えて欲しい?」検察官「生の記憶で」。裁判長「じゃあ、記憶で」)

 

 ――平成16年10月15日、川村を午後、全日空ホテルに送ったかどうか。そういう事実はないという記憶か。

 そう思っております。

 ――調書では、かなり違うことに変わってる。

 はい。

 ――そこの記載は訂正したい?

 はい。

 ――そのための説明をしたい?

 はい。

 ――その調書、甲222号証のどの記載か再現できる?

 書類がないのでわからない。

 (弁護人「こういう事情なので示したい」。裁判長「具体的にこういうことが書かれているけど、という確認で」)

 ――検事に平成16年10月15日ごろ、川村を全日空ホテルに送ったかどうか聞かれて、何と答えた。

 記憶にございません、と。

 ――この点については、5丁の10行目から11行目「この日、川村を全日空ホテルに送ったか尋ねられた」。検事に言われたのね。

 はい。

 ――川村を送ったという前提の調べが、これで裏付けられる。

 はい。

 ――さっきの答えにかかる、読み上げた部分の続き。12行目から14行目。「たしかに平成16年10月ごろ、思い返すと、そのこと、川  村を全日空に送迎したことを覚えている」と記載。

 はい。

 ――訂正して欲しいと。

 はい。

 ――こんなことは言ってないと。

 はい。

 (裁判長「調書の趣旨について聞くということで示してもらう。検察側は問題だというが、調書が何でこんなことになったのかということだから、証言に影響はしない。逆の趣旨ですからね」)

 ――じゃあ示します。5丁15行目から17行目。「功会長を乗せて全日空にたびたび行ったが、川村は1、2回しか記憶に残っていない」と記載。これはさっき言った、1、2回という意味か。

 はい。

 ――それが書かれてる。

 はい。

 ――時期を平成16年10月15日と特定しているわけではない。

 はい。

 ――「川村社長を送迎した時、東京支店にいた私に指示された。事前に聞いていたものではなく、出発直前に指示を受けた」と。どういう意味?

 日常的に、川村社長が東京支店にお見えになる時は、だいたい事前にどこに行くのか分かっているのだが、突然言われることも度々あったので。

 ――特定の時期ではなく一般的にと。

 はい。

 ――「全日空ホテルのロビー前玄関で川村社長を降ろした。すぐに戻るということで車寄せで待機した。30分以内なら待機できるので」と。一般的に送迎した時のことが書かれている?

 はい。

 ――功会長の時も同じように待機していた?

 はい。

 ――それを検事はそういう書き方をしたと。

 はい。

 ――「そして30分足らずで川村社長が戻ってきた。支店に戻ったか東京駅に戻ったという記憶です」とある。どう訂正したい?

 支店か駅か、だいたいどちらかだと思うが、記載がなければ支店だと思う。

 ――平成17以降のことを前提に証言したと?

 はい。

 ――実際には鮮明な記憶まではないと?

 はい。

 ――「このように川村社長を全日空ホテルに送迎していたのは間違いなく、平成16年10月15日に送迎したとしても私の時期的な記憶と合致しています」とある。あなたが話したこと?

 いいえ。

 ――どう訂正したい?

 記憶がほとんどなかったので、このように限定できることはあり得ない。

 ――16年10月15日のこととして書かれている?

 はい。

 ――あなたには生の記憶はない?

 はい。

 ――送ったとしても平成17年以降。

 はい。

 ――「これが平成16年10月15日の出来事であったとすれば、手帳に記載がないのは単なる書き漏らしです」と。訂正したい?

 当時の記憶がほとんど覚えていないので、何度も覚えていないと申した。私はこのような形では言っていません。

 ――いつのまにか16年10月15日のことに書き方を変えられたと?

 はい。

 ――あったとしても17年以降だと。調べを受けた当時も今も変わらない?

 はい。

 ――調書の最後の文章。「検事から、私が川村社長を全日空ホテルに送った際の川村社長の手荷物について聞かれたが、トランクに入れるような大きな荷物のことは覚えているが、後部座席に乗せられるくらいの荷物に意識を払うことはないので覚えていない」とあるが。

 全日空ホテルに送るということではなく、一般的なこととして申し上げた。全日空ホテルに行ったというのではなく、通常のことを言った。

 ――取り調べの後、調書の読み聞かせをされた時の心境は。

 16年10月15日のことに限定するには記憶がないので、サインをすることについて不安を感じていた。

 ――別の機会のことを説明したが、16年10月15日のことのように読めるので不安になったと?

 はい。

 ――署名するに至った経緯。すんなり署名した?

 いえ。私は「サインできません」と申し上げたが、検事は「サインしてもらわないと困る」と。「10月15日に限定されている部分の訂正はできないのか」と言ったが、「できない」と言われた。何度も申し上げた。

 ――あなたが検事に「サインしないといけないのか」と聞いたことは?

 はい。「サインしてください」と言われたので、「サインできません」と言った。「今日いろいろ聞いたことをまとめたことなのでサインしてもらいます」と言われた。「この部分は訂正できないのか」と聞いたが、「できない」と。

 ――この記載に納得している?

 いいえ。サインしないといけないと言われたので、よく覚えていないが、強制的な感じで言われた。

 ――当時、聞かれていることがどういう意味を持つか分かっていた?

 いいえ。

 ――サインしたことを後悔していますか?

 ございます。

 ――どういう気持ちですか?

 10月15日に限定されていることが納得いかない。覚えていないので、こういう形で書かれたことは自分としては直してもらいたいと思いました。

 ――当時、署名を拒否できることを知っていましたか?

 いいえ、全く知りませんでした。

 ――こういった調書を作られたことへの感情は?

 できうれば、日にちの限定を、できたら削除してもらいたいです。

 ――そうではなくて、できあがった調書について、例えばだまされたとか、気持ちを聞きたい。

 多少腹が立っている。10月15日の確定になっていることについてです。

 ――10月15日に全日空ホテルに送ったかどうかは記憶が無いと思っているのですか?

 はい。

 ――川村社長は、この法廷で、東京駅についてから、東京支店へ行った交通手段を聞かれ、タクシーかあなたの車かわからんと証言されている。仮にそうだとすると、どういうことが考えられるのですか?タクシーに乗ったと思いますか?

 社長がタクシーを使ったとすると、領収書があってしかるべきです。

 ――領収書があるでしょうということですね。

 ■検察官と大塚元運転手のやりとり

 ――あなたは弁護士の質問で、手帳について答えました。実際、何日か手帳を見せられて、答えていましたが、手帳を見ないで、生の記憶としてはあるのですか

 ないです。

 ――10月13日、10月15日について聞かれていましたが。13、15日は手帳を見せてもらって確認していましたが、13、15日は覚えていないということなのですか

 はい。

 ――川村社長を議員会館に社有車で送ったのですか?

 はい。

 ――それはいつですか?

 日にちの限定はわかりませんが、手帳に書いてある以外にありません。

 ――手帳を確認すれば、川村社長、議員会館と書いていれば、川村社長を議員会館に送ったということでよいのですか?

 はい。

 ――弁13号証、3月1-7日の欄を示します。平成16年3月4日の欄を確認して、ここの社長、12:30、議員会館とありますね?これは議員会館に社長を送ったという理解でよいですか?議員会館の下に、書かれていますね。平成16年7月22日、8月3日の社長、議員会館と書いている欄です。社用車で議員会館へ送迎をしたという意味でよいですか?

 はい。

 ――平成16年4月22日、社長、8:30、大成建設、議員会館とあるのは、これも大成建設の後、議員会館へ送ったということでよいですか?

 そうだと思います。

 ――平成16年6月9日の欄で、社長、前田建設、議員会館と記載あるが、これも議員会館に送ったことでよいですか?

 はい。

 ――平成16年11月18日の欄に9:00、大成建設、議員会館。これも川村社長を議員会館へ送ったということでよいですか?

 はい。

 ――平成16年10月6日の運行状況ですが、どこへ行ったか記憶にはないのですね?

 はい。

 ――平成16年10月6日、あなたは水谷建設の近くのグランドパレスに行った記憶はありませんか?

 覚えていません。

 ――グランドパレスでお菓子を買っていませんか?

 覚えていません。

 ――平成16年10月6日にお菓子を買って、経費を精算した書類があります。

 覚えていません。

 ――平成22年2月2日の供述調書に添付されている旅費精算書の原本を示します。この書類に見覚えはありますか?

 はい。

 ――何ですか?

 頼まれてグランドパレスでお菓子を買いに行ったのではないかと思います。

 ――誰に頼まれたのですか?

 社長だと思います。

 ――どうしてわかるのですか?

 用件に社長と書いてあるからです。

 ――どうしてお菓子を買うことになったのですか?

 わかりません。

 ――領収書の4725円の記載に小沢事務所議員会館とあるが、あなたが書いたのですか?

本社から電話があって、どこに持って行くかを言われました。

 ――あなたが書いたのですね?

 そうです。社長に確認をして、聞いて本社へ電話をしました。

 ――川村社長が領収書で買ったものを議員会館の小沢事務所に持って行ったと?

 はい。

 ――平成16年10月6日の記載は間違いありませんか?

 そうだと思います。

 ――購入したものは、川村社長に渡したということでよろしいですか?

 はい。

 ――議員会館に行った記憶はありますか?

 たぶん川村社長をお送りしたのではないかと思います。

 ■弁護人と大塚元運転手のやりとり

 ――検事から手帳の書き漏らしを追及されたことはありますか?

 あります。

 ――書きもらしは絶対ない、と言われたことは?

 絶対というものはなく、書きもらしたことはあるかと聞かれました。

 ――それで?

 書き漏らしはたぶんあると思うと答えました。

 ――絶対無いとは言えませんよね?

 はい。

 ――運行状況を記載していましたが、手帳をつける意味を聞きたい。手帳をつけたことを知っているのは会社の人は知っていましたか?

 たぶん知らなかったと思います。

 ――会社の誰かから、会長や社長の行動聞かれたことは?

 あった。

 ――誰からどういう問い合わせ?

 その年の1ヶ月あとで、「会長はこの日、どこへ」と本社から。

 ――本社の誰から?

 当時の中村常務、総務の後藤部長。

 ――あなたに「会長、この日は……」と問い合わせが。

 はい。

 ――それに対して受け答えられないと困る。そういうつもりで手帳につけた。

 それも含めて。

 ――書き漏らしあるが、かなり正確に書く意識で。

 はい。

 ――自分としては、かなり正確だと。

 だと思います。

 ■検察官と大塚元運転手のやりとり

 ――川村社長を全日空ホテルに送ったことはある、と覚えてる?

 はい。

 ――どんなこと?

 日にちとかじゃなくて、社長を全日空の2階に送って、待機して、また乗せたこと。

 ――覚えてる?

 はい。日にちとしてはわからないが。

 ――何回?

 1、2回。多くはない。

 ――1回か2回か。

 たぶん1回。

 ――2回の可能性は?

 そこはわからない。

 ――3回は?

 そんなに多くない。

 ――功会長を全日空に送ったことは。

 ある。

 ――何回?

 回数はわからないが、そんなに多くないと思うけど。

 ――何回?

 回数はちょっと。

 ――1回?複数回?

 複数回。

 ――2回?

 2回か3回ぐらい。

 ――功と川村を全日空に送った時期の順番がどっちが先?

 会長が先。

 ――数回あるとしたら、どういう順番?

 順番は覚えてない。

 ■裁判官と大塚元運転手のやりとり

 ――手帳に書く目的は。

 私が行動していたこと、会社には日報があるが、私自身の確認の意味で。会長と社長の行動を本社に聞かれたときに答えやすいように。

 ――それぞれ書くタイミングは?

 そのときに応じて、すぐ書く場合と夕方に書く場合と。

 ――何日かまとめて書くとか。

 それはほとんどなかった。

 ――書き漏らしあるんじゃないか、と。その原因は?

 重なったりして、会長と社長が。たぶん、そのときに漏れることが。

 ――もっと具体的に。

 時間的に会長と社長がバッティングした、そういうときに。

 ――それ以外に原因は?

 忘れることもあったと思う。

 ――あとでまとめて書くときは?

 その日書くのを忘れて、そのまま書かないで終わってしまうこともあった。

 ■弁護人と大塚元運転手のやりとり

 ――平成16年当時、水谷建設に運転日報あった?

 正確な日報はなかったが、1日の行動を簡略に出すようにあった。

 ――手帳とどっちが詳しい?

 たぶん私の方が詳しい。

 (裁判長「合議します」)

 ■裁判官と大塚元運転手のやりとり

 ――手帳の件、手帳はご自身のスケジュール帳として持っていらっしゃったのですか?

 はい。

 ――どのくらい先の予定を記載していたのですか?

 先はわりと少ないので、当日か次の日まで。事前にわかれば1日前にわかることもありましたが、ほとんどが当日の電話をもらうことが多かったです。携帯に電話がきたり、会社から電話がきたりしました。

 ――連絡があればスケジュール帳に記載していたのですか?

 はい。

 ――当日か1日前くらいのスケジュールを書くことが多かったのですね?

 はい。

 ――事前に連絡が来るのが大半ですか?

 はい。

 ――川村社長から突然車を出して、と言われたことがあるのですか?

 社長だけじゃなくて、会長も他の人もそうでした。

 ――いきなり言われてもすぐに出さないといけないから、書く時間は無いのではないですか?

 無いこともありました。その日の夕方に車運転しない時にまとめて書くようにしていました。

 ――平成16年10月15日に全日空ホテルに川村社長を車で送ったかどうかについてですが、時期の点は、あなたは記憶に無いということですが、平成17年以降だと思っている、たぶんそのあたりはお送りしていると思うということでしたが、その根拠は何ですか?

 川村社長を全日空へ送ったのはいつかと言われて、正確な日にちはわかりませんが、平成17、18年のあとだった。1回しかなかったと思っています

 ――平成17、18年に何かがあって覚えていると思いますが、根拠は何ですか?

 根拠は無いが、会長や社長を全日空へ送ったことは覚えています、いつの日にちかは限定できません。

 これで大塚元運転手に対する証人尋問は終了。続いて、やはり弁護側証人の水谷功・元会長がダブルのスーツを着込み、一礼して入廷。のしのしと歩いて証人席に着く。被告らは特に表情を変えることはなかった。

 水谷元会長は、水谷建設の総帥として同社の政界工作を取り仕切ってきた。公共事業などをめぐる政官業利権の裏事情に通じているといわれ、その法廷証言に、政界や建設業界関係者の注目が集まっていた。

 

 ■弁護人と水谷功・水谷建設元会長のやりとり

 ――経歴書を示す。

 この通りです。

 ――本題に入る。胆沢ダムの受注活動について。平成15年11月に水谷建設会長に就任する以前から受注活動を。

 はい。その通りです。

 ――水谷建設ではどんな受注を目指していた? 

 胆沢ダムで、大手建設会社の下で、重機土工工事をすべてスポンサーで受注するための営業をしていた。

 ――胆沢ダムでは提体盛り立てや原石山材料採取といった工事があるが、他にもあった?

 はい。

 ――それらをすべてスポンサーでと。

 はい。

 ――ゼネコンの下請けに入るため、どんなゼネコンに営業を?

 だいたい日常の営業でどこが強いか分かってくるので、その中の2、3社に精力的に。

 ――15年末から16年初めの頃、提体盛り立て工事はどこが本命視されていた?

 鹿島建設さん他です。

 ――原石山材料採取工事は?

 大成建設さん他です。

 ――鹿島、大成からの、水谷の受注見込みは?

 鹿島さん、大成さんともども、たくさんの仕事をさせてもらっており、実績や管理態勢などで高い評価を得ていたので、受注できると確信していた。

 ――重機関係では水谷建設は国内トップレベルにあった。

 自分で言うとうぬぼれになるが、そういう高い評価をもらっていた。

 ――とはいえ競争もある。

 はい。鹿島さんなら全体の工事を数社で受注し、水谷はそのスポンサーとして有力だったと自覚している。

 ――下請けJVをどこと組むかは水谷が選んでいた?

 元請けがお決めになる。堤体盛り立てなら鹿島さん。

 ――JVの中の一つがスポンサーに。このスポンサーは誰が決める?

 お客さんがお決めになる。

 ――大手ゼネコン、発注元が。

 はい。

 ――JVの相手、スポンサー、いずれも元請けが決めると。

 はい。

 ――スポンサーを取ることはそんなに重要?

 我々はスポンサーを取るのに必死で営業するのであって、サブになるのはそんな難しくない。

 ――スポンサーのメリットは。

 交渉をすべてスポンサーが行う。単価の設定もすべて。責任があるとともに魅力的。

 ――受注額の交渉、人件費、重機使用代金の単価設定を発注元と。

 発注元と請負金額を決め、その後、JVの間でのことをスポンサーがやる。

 ――公明正大にやるならスポンサーでもサブでも同じでは?

 下請けでは雲泥の差がある。

 ――具体例を。例えば、重機1台を1日何時間使えばいくらというような設定を。

 原価を元請けと決め、JVの中のメンバーに提示するのがスポンサーの役割。1時間いくらにしかならないとか。

 ――スポンサーが利益を抜くこともできると。

 ……。まぁそういうことです。

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