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ニューズ&コメンタリー

東京電力、福島第一原発の地下遮水壁「前倒し」に後ろ向き、決算計上「ぜひ回避したい」

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 福島第一原子力発電所の地下水が海に漏れ出るのを防ぐ「遮水壁」の「設計着手と工事着工の前倒し」について、東京電力の姿勢と政府の姿勢の食い違いが明らかになってきている。東電は後ろ向き、政府は積極的なのだ。もし東電の出費で工事することが決まり、その費用を合理的に見積もれる場合は、東電は、直近の決算にそれを損失として計上する必要がある。これについて東電は「仮に1000億円レベルの更なる債務計上を余儀なくされることになれば、市場から債務超過に一歩近づいた、あるいはその方向に進んでいる、との厳しい評価を受ける可能性が大きい」とし、「これは是非回避したい」とする文書を作成し、政府側に渡したが、この露骨な文面がインターネット上で暴露される事態となった。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽関連記事: 東京電力本店からの報告

拡大地下水遮へいのイメージ図=東京電力が6月17日に記者に配布した資料「課題別取り組み状況(写真・図面集)」から

 「地下水の遮へい壁の検討」は、福島第一原発の事故に対する東京電力の「当面の取り組みのロードマップ6/17改訂版」として同社が6月17日に公表した資料に「海洋への汚染拡大の防止」の方策として盛り込まれた。「遮水性、耐震性、耐久性等を評価し、最適な地下水の遮へい壁を検討中」とされている。これの建設、すなわち、「地下水の遮へい壁の構築」については、同じ東電の資料で、「ステップ1」(4月17日から7月17日まで)と「ステップ2」(ステップ1終了後3~6カ月程度)が終わった後の「中期的課題」として位置づけられている。

拡大東京電力の武藤副社長(左端)と政府の細野補佐官=6月17日午後4時37分、東京都千代田区内幸町の東電本店3階で

 これについて、東電原子力・立地本部の武藤栄本部長(東電副社長)、松本純一本部長代理は6月17日の記者会見で次のように記者の質問に答えた。

 ――地下の壁の検討状況はどうなっていますか? いつ着手していつ完成させる予定か教えて下さい。

 

 武藤本部長:地下の壁でありますけれども、これにつきましては今回のステップ2のなかで、地下水の遮蔽壁の検討に着手をしまして、具体的にどこにどういうような壁を作ることが一番……ともかくこれは地下水によって海洋の汚染をさせないということが一番大事なことですので、そのためにどういうような設計がありうるのかということをしっかりと検討していきたい、というふうに思っております。これの構築につきましては、ステップ2以降の中期的な課題だ、というふうに思っております。

 

 ――地下水の遮蔽の壁なのですが、どういったもので作られる、という感じなのか。それから、こういう壁を作らないといけないということは、原子炉建屋だとかタービン建屋などから汚染水が漏れているようなことも懸念しなければいけない、ということなのか?

 

 松本本部長代理:地下の遮水壁でございますけれども、こちらは現在、原子炉建屋、それからタービン建屋に高濃度の汚染水が溜まっておりますけれども、サブドレンの分析の結果からは、現在の時点で地下水の方への汚染水の漏出というのは認められておりませんが、今後どういった状況になるのか分かりませんので、その地下水に万一漏れてきた場合でも環境に放出させない、ということで遮水壁というものを現在検討している段階でございます。地下の、例えばタービン建屋と海のところの間のようなところにですね、約30メートルぐらいの壁のようなものを作ってはどうか、というような形で、原子炉建屋側、それからタービン建屋側、特に、海に面しておりますけれども、こういったところに遮水壁というようなものを設けて、地下水が海に流れていかないようにする、というようなことは検討させて頂きたい、というふうに思っています。ただ、具体的には地下にも単純に打てるものではございません。埋設物等もございますので。そういったものの迂回ですとかも検討する必要があろうか、というふうに思っています。現時点で地下水側に何か危機的な状況がある、ということではございませんが、環境への放出をより一層低減するために検討課題ということで、今回対策として追加した、ということになります。

  

 ところが、この発表の後から、「東電は決算対策のために安全対策を先送りした」との情報が関係者の間に流れ始めた。6月20日、毎日新聞の山田孝男・政治部専門編集委員が同紙朝刊2面のコラムで、この地下遮水壁(地下ダム)計画について次のように指摘した。

 取材すると、東電の反対で計画が宙に浮いている実態がわかった。原発担当の馬淵澄夫首相補佐官は(中略)地下ダム建設の発表を求めたが、東電が抵抗している。

 理由は資金だ。ダム建設に1000億円かかる。国が支払う保証はない。公表して東電の債務増と受け取られれば株価がまた下がり、株主総会を乗り切れぬというのである。

 筆者の手もとに、東電が政府に示した記者発表の対処方針と応答要領の写しがある。6月13日付で表題は「『地下バウンダリ』プレスについて」。バウンダリ(boundary)は境界壁、つまり地下ダムだ。プレスは記者発表をさしている。

 

 さらに同日の毎日新聞夕刊の一面トップに「汚染水遮蔽壁 東電、設置費公表せず 福島第一地下 債務超過懸念」という見出しの記事が掲載され、毎日新聞のウェブサイト「毎日jp」(http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110620mog00m040005000c.html)に「福島第1原発:東電が政府側に渡した文書の全文」がアップされた。

拡大問題の文書の一部

 その「『地下バウンダリ』プレスについて」という項目には次のように書かれていた。

 (1)地下水の遮へい対策は、馬淵補佐官のご指導の下、『中長期対策チーム』にて検討を進めてきているが、「地下バウンダリ(発電所の周りに壁を構築し遮水するもの)」は現在、最も有力な対策と位置づけ。ただし、対策費用は現状不確定であるものの、今後の設計次第では1000億円レベルとなる可能性もある。

 

 (2)今回の検討の過程で、政府側から国プロジェクト化の示唆(当初は国交省予算)があり、その前提で、設計着手と工事着工の前倒し案が浮上。ただし、現状では、担当府省がどこになるかも含め、国プロ予算の具体化に目途が立っているわけではなく、経産省(原子力政策課)でも最近になり検討を始められたとの認識。

 

 (3)こうした中で、速やかにプレス発表をすべきとの馬淵補佐官のご意向を踏まえ、14日の実施に向け準備中であるが、工事の実施を前提とするプレス発表をした場合は、その費用の概算および当社負債の計上の必要性についてマスコミから詰問される可能性が高い。

 

 (4)また、現在、22年度の有価証券報告書の監査期間中であり、会計監査人から、当該費用の見積もりが可能な場合は、その記載を求められる虞(おそれ)が高い。しかし、極めて厳しい財務状況にある現下で、仮に1000億円レベルの更なる債務計上を余儀なくされることになれば、市場から債務超過に一歩近づいた、あるいはその方向に進んでいる、との厳しい評価を受ける可能性が大きい。これは是非回避したい。

 

 ここに言う「国プロジェクト化」というのは、政府の事業として遮水壁を建設するということで、要は、国民の税金である財政資金を投入することを意味する。しかし、これを実現するためには、この支出を盛り込んだ予算案を作成して国会を通す必要がある上、なぜ国民の税金で東電の尻ぬぐいをやらなければならないのかという批判が予想される。地元住民らへの損害賠償については、原子力損害賠償法であらかじめ国の「援助」が想定されているが、東電の敷地内での汚染対策はその枠組みを超える。

拡大問題の文書の一部

 また、この文書の言う「22年度の有価証券報告書の監査」というのは、東電の監査人である新日本有限責任監査法人が、金融商品取引法に基づく監査証明を行うため、今年3月期決算の監査を進めている事実を指す。東電はこの今年3月期決算に地下遮水壁建設の費用を盛り込んでいない。つまり、この「1000億円レベルの更なる債務」を計上していない。このため、新日本有限責任監査法人からこれの計上を求められる可能性があると東電は恐れているということらしい。公表済み決算では、東電の純資産は今年3月末時点で1兆2648億円となっており、もしこれが「1千億円レベル」の減少となれば、株式市場で「東電が債務超過に一歩近づいた」と受け止められる可能性が大きく、東電としては「これは是非回避したい」というのだ。

 なお、この「1千億円レベル」の費用を計上していない今年3月期決算について、新日本有限責任監査法人はすでに5月24日に「無限定適正」という内容の監査報告書を会社法に基づいて東電に渡している。金融商品取引法に基づく有価証券報告書の監査報告書は6月28日に株主総会が終わった後に東電に渡される見通しだが、一般的には、会社法監査が終わった後に発生した事象については、「(会社法に基づく)計算書類との単一性を重視する立場」から、財務諸表そのものを修正するのではなく、財務諸表に注記を行うかどうかを検討することになる。

 これら「『地下バウンダリ』プレスについて」の記載について、6月21日夕、東電原子力・立地本部の松本純一本部長代理は次のように記者の質問に答えた。

 ――毎日新聞のウェブサイトにきのう掲載されました、地下の遮水壁に関して東京電力が政府に出したという文書について、それが本物かどうか、ということを確認したい。

 

 毎日新聞さんのホームページでございますけれども、文書そのものではなくて打ち出して・・・打ってある、というような状況でございますけれども、記載されている内容に関しましては、当時の私どもの遮水壁の対策に対する考え方を整理したものではないかというふうに考えております。いろいろ記事になっておりますけれども、東京電力といたしましては、まだ設計の内容ですとか合理的な費用の見積もりが不確定な状況でございますので、そういった金額等の公表はしておりません。そのかわりに、17日の道筋の公表の中で、こういったことが検討課題だということにしたい、ということで報告させていただいております。

 

 ――そこに書いている内容を読みますと、「国の事業となることを前提に、工事、着工の前倒し案が浮上した、ただし現状では」というふうに書いてあるんですけれども、これを単純に読むと、「前倒しが可能なんだけれども、前倒しはできるけれども、東電の負担でやる場合は、やらない」というふうにこの文章を普通に読むと読めるんですけれども。それについてはいかがでしょうか?

 

 私どもといたしましては、今回の、当時、遮水壁に対しましては、まだ設計、それから合理的な費用の見積もりができていないということでございましたので、こういった表現になったのではないかと思っています。

 

 ――やはりこの文章に、「費用の合理的な見積もりが可能な場合は、今年3月期の決算への記載を監査法人から求められる恐れが高い、これは是非回避したい」というふうに書いてあるのですけども、これは決算に記載すべき、計上すべき損失を意図的に回避しているというふうに、普通に読めば、読めるんですけれども、それについてはいかがでしょうか?

 

 当然、合理的な見通しがございますと、当然、決算としての認識が必要になると思いますけれども、繰り返しになりますが合理的な値ということではございませんでしたので、決算への計上は不要というふうに判断いたしております。

 

 高濃度の汚染水がタービン建屋の地下や立坑トレンチに溜まっている事実は3月中にはすでに明らかになっていた。それらが地下に染み出す恐れがあることについても、東電は3月中に認めていた。このため、地下水の漏出を食い止める方策として地下遮水壁の建設が決まり、その費用を合理的に見積もれる場合は、東電はその費用を損失として今年3月末日時点の決算に計上しなければならない。一方、建設が決まらず、費用の合理的な見積もりができない場合は、会計上、それら損失を決算に計上する必要はない。このため、建設の決定と設計の具体化を先送りすれば、東電にとっては、会計上の問題を生ずることなく、損失計上の時期を操作することが可能となる。

 現に、地下遮水壁の建設の時期について、「中期的な課題だ」と強調する東電と、「前倒しもあり得る」という政府との間には大きな温度差がある。6月24日に開かれた政府・東電の統合対策室の共同記者会見で、遮水壁建設の緊急性について、両者の見解の食い違いが次のように明らかになった。

 東電・松本本部長代理:遮水壁に関しましてはまだ基本設計も固まっていない状況でございますので、具体的な金額の見積もりに関しましては、出来ていない状況でございます。およそ30メートル程度の遮水壁を原子炉とタービン建屋の周りに設置するとすると、まあ1千億円のオーダーになるんではないか、というふうな極めてアバウトな数字ではございます。従いまして、今の段階では具体的な費用という形ではまだ見積もりとしてはできておりません。

 なお、緊急性に関しましては、現在、溜まり水の処理を引き続き実施しておりますので、今すぐ環境への……あふれていくというような状況にはなっていないと思いますし、現在、地下水のサブドレンの水の分析を行っておりますけれども、地下水側へ、いま溜まっている高濃度の汚染水が漏出していない、という状況でございますので、そういった面では、直ちに何か危険な状態にある、というようなことではないと思っています。しかしながら、環境へ放射性物質をこれ以上出さない、という観点から見ると、更なる対策が必要ではないかということで、今回公表させて頂いた道筋の中でも検討課題ということで取り上げています。


 政府・細野豪志首相補佐官:緊急性は極めて高いというふうに考えています。今の時点で大量に水が流れて出ているということでは、確かに、ないようですけれども、これも確実にこうだ、ということは言えるような状況ではありませんので、そういった現状や、これからのことを考えれば、この遮水壁をつくること自体は極めて緊急性の高い課題だというふうに考えています。

 

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、 『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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