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ニューズ&コメンタリー

医療用ガス取り違え事故の背景に高圧ガス識別色の不統一

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 医療現場では、複数の種類のガスが診療に用いられている。「酸素」のほか、麻酔用の「笑気」、内視鏡手術や心臓手術に使う「二酸化炭素」などである。これらのガスは目的に応じて適切に使用されないと、患者の生命にかかわる重大な事故が発生する。実際、重大事故が繰り返され、そのつど国や業界団体が再発防止のための注意事項を医療現場に伝達してきたが、事故はなくならない。昨年7月には神戸市立医療センター中央市民病院(北徹院長、700床)で手術直後の患者に酸素吸入しようとして間違って二酸化炭素のボンベを接続してしまい、患者が一時心停止になるという事故が起きた。同病院は「患者中心の質の高い医療を安全に提供する」ことを基本理念に掲げた神戸市の基幹病院であり、事故が起きるわずか2週間前に最新の設備を整えて新築移転したばかりだった。同様の事故は2008年にも福岡県の公立病院で起き、2人が死亡している。なぜ医療用ガスの取り違え事故が繰り返されるのか。その背景を調べていくと、医療用を含む高圧ガス全般を規制する高圧ガス保安法にたどり着く。

  ▽筆者:朝日新聞編集委員・出河雅彦

拡大酸素ボンベと二酸化炭素ボンベの取り違え事故を起こした神戸市立医療センター中央市民病院=2011年7月27日、神戸市中央区港島南町

 神戸の中央市民病院で事故が起きたのは2011年7月14日未明。腹部大動脈瘤が破裂した80歳代の男性の緊急手術が終了し、男性を集中治療室(ICU)へ運ぼうとしたときだった。病院の事故調査委員会が同年9月30日付でまとめた報告書によると、事故発生までの経過は次の通りである。

 男性は7月13日午後5時21分に救急外来を受診した。連絡を受けていた心臓血管外科医がただちに診察し、65mmの腹部大動脈瘤(切迫破裂)と診断して緊急に人工血管置換のための手術を行うことにした。手術は心臓血管外科手術専用の部屋(OR3)で行われ、14日午前零時26分に終了した。

 同零時36分に麻酔が終了。手術終了に合わせて病棟ベッドに男性を移し、麻酔科医がボンベにつないだアンビューバッグ(手動式呼吸器)で換気を始めた。

 その直後の14日午前零時38分、男性の血中の酸素飽和度が急激に低下し、心電図モニターの表示などに変化が見られた。同零時41分心停止となり、心臓マッサージが行われた。患者の急変で呼ばれたICU当直医の判断でアンビューバッグの使用を中止し、麻酔器による純酸素換気に切り替えた。同零時52分、心拍が再開する。

 当初、急激な心停止に至った原因として医師たちは心筋梗塞や肺塞栓症などを疑ったが、14日午前1時30分ころ、二酸化炭素ボンベに酸素チューブがつながっていることに臨床工学技士が気づき、二酸化炭素の吸入がわかった。事故調査委員会は、高濃度の二酸化炭素を吸入させたことで低酸素血症になり、致死的な不整脈を誘発したことが心停止につながったと推定した。病院によると、男性はその後意識が戻り、現在、リハビリ中という。

 なぜ、二酸化炭素ボンベが手術室にあり、酸素ボンベと間違って接続されたのか。

 二酸化炭素は空気と違って血液に溶けやすいため、心臓手術では開胸部に吹き付けて執刀医の視野を確保したり、空気が血管内に入ったりしないようにするのに使われる。腹腔鏡手術ではカメラでおなかの中が見えやすいようにおなかをふくらませるのに使われる。

 同病院は心臓手術の際、二酸化炭素ボンベに圧を調整するレギュレーター(減圧弁)をつけ、それをカートにのせて使用していた。昨年7月1日に新築移転する前は手術終了とともに臨床工学技士が二酸化炭素ボンベを手術室に付属する倉庫に片づけていた。

 ところが、新病院に移転した後、二酸化炭素ボンベの置き場所をどこにするか確定しないまま、心臓血管外科手術専用の手術室(OR3)に仮置きしていた。事故に遭った男性患者の緊急手術が行われた7月13日の昼にも、この手術室で心臓手術が行われ、二酸化炭素ボンベが使用されていた。

 患者を手術室からICUに移送する場合、通常は酸素ボンベをのせたベッドを手術室に運び込むことになっている。ところが、このときはボンベがのっていなかった。事故調査報告書によると、3人いた麻酔科医の1人が酸素ボンベを準備するよう看護師に声をかけた。手術に関する記録をしていた看護師が視界の角にあったボンベを見て、「ボンベはそこにあります」と答えた。別の麻酔科医がそのボンベを移動させ、酸素チューブとアンビューバッグにつないだ。

 酸素ボンベを使うつもりで二酸化炭素ボンベを接続してしまった事故は、2008年8月に公立八女総合病院(福岡県八女市、300床)でも起きている。

 いずれも緊急手術をする2人の患者に酸素を投与しようとして二酸化炭素ボンベを使用してしまい、2人とも死亡した。このとき使われたボンベは、接続口の口径やネジの形状が医療用酸素ボンベと同じ工業用二酸化炭素ボンベで、酸素用の減圧弁に接続できるものだった。

 公立八女総合病院での事故を受けて厚生労働省は2009年3月、工業用二酸化炭素ボンベを診療現場に持ち込まず、接続口が酸素ボンベと異なる医療用二酸化炭素ボンベを使用するよう通知を出した。

 神戸の中央市民病院ではこの通知が出る前から、工業用ではなく、医療用の二酸化炭素ボンベを使っていたものの、緊急時にすぐに使えるようにとの配慮から接続口に減圧弁や流量調節計をセットした状態で手術室に置き、チューブをつければ使用できる状態にしていた。

 実は、同病院は新築移転にあたって、手術室の医療用ガス配管に酸素や笑気に加えて二酸化炭素も追加した。中央配管で二酸化炭素が供給されれば、二酸化炭素ボンベを手術室に持ち込む必要はなくなる。ところが、その配管の接続口に二酸化炭素専用の減圧弁や流量調節計が接続できないことが、移転直前の6月末に行った手術のリハーサルで判明した。そのため、移転後も二酸化炭素ボンベを使わざるをえなかったのである。

 同病院は事故直後、▽心臓血管外科手術に使う二酸化炭素のボンベをそれまでの3倍量の10リットルに変更して識別しやすくし、カートも専用のものにする、▽ボンベの使用後は臨床工学技士がすみやかに器材室に戻し、レギュレーターを外して保管する――などの再発防止策をとった。その後、中央配管の二酸化炭素の接続口に使用できる専用アダプターの製作を業者に発注し、今年度内に導入する予定だ。

 厚労省は神戸の中央市民病院の事故直後、ボンベを使用しない時にはボンベから減圧弁を外すよう通知を出したが、それではヒューマンエラーによる事故の再発を防ぐことは難しいとの指摘がある。

 その大きな理由は、ガスを識別する色の不統一にある。

 取り違えると重大な事故を引き起こす高圧ガスは

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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