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ニューズ&コメンタリー

日経のFT買収で欧米は「オリンパス事件報道」に注目「違いはなぜか」

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 日本経済新聞社が英国の有力経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を親会社のピアソン社から8億4400万ポンド(約1600億円)で買収すると発表したことに関連して、日本の精密機器メーカー、オリンパスの元社長で英国に住むマイケル・ウッドフォード氏が日経を痛烈に批判するコメントが、FT自身やタイムズ、ガーディアンなど英国の主要紙、米国の有力経済紙ウォールストリート・ジャーナル、テレビ局CNNなどで相次ぎ引用され、報じられている。オリンパスの巨額不正経理疑惑の暴露など企業や政府への批判をいとわないFTの報道姿勢が、企業寄りとみられることの多い日経の影響を受け、悪い変化が起きるのではないかとの懸念が繰り返し取り上げられている。「日経はFTを『日経化』しようとは思っていないでしょう」との楽観論もあるが、議論は、日英の文化やジャーナリズムの違いの分析にまで発展している。

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▽注:ウッドフォード氏の発言の和訳にあたっては、日本に住むウッドフォード氏の友人、ミラー和空氏の助言を得た。

 

 ■FTが追及、日経の「小心」さ

拡大オリンパスの臨時株主総会を前に来日した際に投宿先のホテルで記者の質問に答えるウッドフォード氏=2012年4月19日、東京・西新宿で
 ウッドフォード氏はオリンパスの英国子会社の社長や欧州法人の社長を歴任し、2011年4月、オリンパス本体の社長に就任した。6月の株主総会と取締役会で代表取締役にも選ばれた。が、それから間もない同年7月下旬、月刊誌ファクタの8月号が、「オリンパス『無謀M&A』巨額損失の怪」と題する記事を掲載した。

 その記事は、オリンパスが英国の医療機器メーカー「ジャイラス・グループ」を買収するにあたって正体不明の相手に異常に高額の支払いをしたことなど不正経理の疑惑を指摘していた。ウッドフォード社長はこれについて社内で調査。同年10月、当時の会長や副社長の責任を追及して辞任を求めた。すると、同月14日朝、逆にウッドフォード氏がオリンパス取締役会によって社長兼CEOを解任された。

 ウッドフォード氏は解任直後の同日昼、FT東京支局のジョナサン・ソーブル記者(現・ニューヨーク・タイムズ東京支局記者)のアイフォーンに電話をかけ、渋谷区内のカフェで同記者に会い、資料を渡して疑惑を内部告発した。FTは翌15日の朝刊で疑惑の内容を一面で取り上げ、以後、疑惑の内容は欧米のマスメディアで次々と報じられた。一方、日経新聞は、10月26日にオリンパス会長が辞任するまで、一面では疑惑を報じなかった。

 こうした事情について、FTは同月末に「日本の小心なメディアにスポットライト」(“Japan’s timid media in spotlight”) との見出しで日経新聞を名指しするソーブル記者の署名記事を出した(注1)。ソーブル記者は記事の中で「オリンパスを担当する記者たち」について「ファクタのスクープを追うのに失敗しただけなく、ウッドフォード氏の告発に関する報道でも慎重で、大部分は紙面の裏に葬られてきた」との批判があると紹介した。

 その後、11月8日になって、オリンパスは巨額の損失隠しを認め、日経新聞も一面で大々的にこれを報じた。元会長や元副社長らは翌2012年に逮捕されて、2013年、執行猶予つきの有罪判決が確定した。ウッドフォード氏の追及の正しさが証明された格好となったが、オリンパスはウッドフォード氏を社長に復職させなかった。

拡大日経によるFTの買収を報じた両紙
 今年7月23日、日経によるFT買収が発表された。すると、ウッドフォード氏は英紙タイムズの取材を受け、「オリンパスのスキャンダルをスクープしたFTとは対照的に、日経はオリンパスのPR事務所のようだった」と答えた(注2)。同氏はタイムズに対し、「日経は日本の企業広報係として知られており、企業情報のリーク先として悪名が高い」と指摘し、日経によるFT買収について「非常に心配だ」と述べた。

 ウッドフォード氏のコメントは英紙ガーディアンの記事でも引用された。ガーディアンは社説の中で、オリンパスの損失隠し事件について、「FTはスクープした。日経は、報道せざるを得なくなるまで、報道しなかった」と指摘。両紙の違いについて「日本の主流ジャーナリズムは腐敗しているのではなく、そのカルチャーがそうであるのと同様、他者に対して丁寧なのだ。アングロサクソンのジャーナリズムの伝統はこれと異なる」と文化論を展開した(注3)

 米国のマスメディアでも日経とFTの違いが次々と取り上げられた。

 有力経済紙ウォールストリート・ジャーナルは「日本のメディアカルチャー」について「企業や政府機関に対して低姿勢で臨む傾向がある」と指摘し、FTなど海外の報道との違いの一例として「オリンパスの粉飾決算事件」を挙げた(注4)

 ニューヨーク・タイムズは、昨年10月にFTから同紙に転職してきたソーブル記者の署名の入った記事を掲載し、その中で次のように指摘した(注5)

 日経新聞は取材先の企業に厳しく異議を申し立てる報道をためらっていると多くの人に認識されている。日本では、金銭スキャンダルにせよ商品の安全上の欠陥にせよ、企業の不正はしばしば、週刊誌や外国報道機関で最初に報じられる。(For all of its dominance in business reporting in Japan, Nikkei is seen by many as reluctant to sharply challenge the companies it covers. Corporate wrongdoing — be it financial scandals or the sale of unsafe products — is often reported elsewhere first, in weekly tabloids, for instance, that are less connected to the companies and officials that run Japan, or the foreign news media.)

 

 ■「日経傘下のFTには内部告発はできない」

 日経によるFT買収の発表の直後、ソーブル記者は「好奇心」からウッドフォード氏に「もし日経傘下のFTだったら、あなたは私に対して内部告発しましたか」とメールで問い合わせたという。すると、ウッドフォード氏から次のような返答があった。

 もし当時、FTが日経に所有されていたら、私は、疑問の余地なく、FTの代わりに、ニューヨーク・タイムズまたはウォールストリート・ジャーナルに行っていたでしょう。(If the FT had been owned by Nikkei at the time of the Olympus scandal, I would have unquestionably gone to the New York Times or the Wall Street Journal instead.)

 ソーブル記者は7月24日、次のようにツイートした(注6)

 日経傘下のFTだったなら、オリンパスのスキャンダルを報じただろうか、と質問するのはやめてほしい。日経傘下のFTであってもオリンパスのスキャンダルを報じただろう。ただし、問題は、ウッドフォード氏が日経傘下のFTには話を持っていかなかっただろうということだ。(People: Stop asking if Nikkei-owned FT would have run Olympus. It would have. Problem is Woodford wouldn't have talked to a Nikkei-owned FT.)

 さらに、ソーブル記者は、7月29日のNYタイムズ紙面に載った記事の中で、次のように書き、オリンパス事件に触れた(注7)

 批評家たちによれば、日経はスクープを渇望しているが、それは、他国の新聞がベストであると好む種類の記事ではない。日経は、企業スキャンダルを最初に報じることがほとんどない。(Nikkei’s hunger for scoops, its critics say, does not extend to the kinds of articles that newspapers in other countries like best — those that expose serious wrongdoing. It is rarely the first to report a true corporate scandal.)

 ソーブル記者は7月27日、朝日新聞記者の取材に対して、日経によるFTの買収について、やや前向きに語った。

 人員削減がなく、新規の投資もありそうなので、FTが日経に買収されたことは、FTのジャーナリズムの質の観点からもメリットがある。日経を通してFTの報道に介入しようとする日本の権力者がいたときに日経がどう対応するのか、日本に関する報道については少し心配だが、日経はFTを「日経化」しようとは思っていないでしょうから、過度に心配する必要はないと思う。

 

 ■「日本経済のけん引を」との見出し

 そのソーブル記者があきれたのは、日経新聞が7月24日の夕刊に「『日本経済のけん引を』閣僚から期待の声」という縦3段の見出しで載せた記事の内容だった(注8)

 日本経済新聞社による英国の有力経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の買収をめぐり、24日の閣議後の記者会見で閣僚から期待する声が相次いだ。(中略)

 甘利明経済財政・再生相は「日本メディアが世界的な経済メディアたるFTを傘下に収め、国際社会に日本の経済事情をより正確に発信できるようになることは喜ばしい」と述べた。(中略)
 石破茂地方創生相は「グローバル化に対応した報道、日本経済をけん引する報道がなされていくとよい」との期待感を示し、約1600億円の買収額には「驚くような金額だ」と語った。

 FTは英国を本拠とし、米国、中国、日本など経済大国の政府や経済界から独立した報道で評価を得てきた。どこかの政府が「正確」と考えるような報道、どこかの国の経済をけん引するような報道で名声を確立したわけではなく、その客観的な報道で世界中の読者の信頼を勝ち得てきた。にもかかわらず、「国際社会に日本の経済事情をより正確に発信できるようになる」という日本政府の「期待の声」を注釈もなく反論もなく載せ、日経がまるでそれを容認しているかのようにふるまったことにソーブル記者らは驚いた。

 FTと同様にピアソン社が大株主のエコノミスト誌は、甘利氏の発言について「FTの編集局の不安を刺激しそうだ」と注釈(注9)。日経によるFT買収を心配する声が甘利氏の発言によって「増幅された」との指摘も出ている(注10)

 しかも、石破氏の「期待の声」は、閣議後の定例記者会見で、日経新聞の記者が「自社のことになってしまって大変恐縮なんですけれども、日経新聞がイギリスのフィナンシャル・タイムズを買収することになりまして」と苦笑混じりで質問したのに対する返答として出てきたものだった(注11)。「地方創生担当」の内閣府特命担当大臣の記者会見にはあまり似つかわしくない質問だったからなのか、石破氏は「なんとも難しいご質問でありますが」と苦笑しながら答えた。

 ■ウッドフォード元オリンパス社長は

 ウッドフォード氏は7月26~27日に、朝日新聞記者のメールや電話での問い合わせに答え、日経によるFTの買収について「ジャーナリズムに

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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