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ニューズ&コメンタリー

パナマ文書にAIJ元社長「顧客の株価操作と節税に使った」

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 AIJ投資顧問の巨額年金消失事件で詐欺などの罪に問われて懲役15年の実刑判決が確定した浅川和彦元社長(64)が7月22日に収監されるのを前に同月19日、朝日新聞、共同通信、NHKの記者のインタビューに応じ、被害を受けた年金基金への謝罪の意思を表しつつ、改めて詐欺の意図を否定し、「自分の懐には(被害者のカネを)入れていない」と述べた。「被害のかたの基金さんに対しては私も本当に申し訳ないっていう気持ちいっぱいなんだけど、それは運用のことの反省なんだ。向こうが言う『詐欺』っていうことに対する反省って言われると、僕はピンとこないんですよ」。南ドイツ新聞と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した「パナマ文書」中に浅川元社長の名前があったことについて問われると、浅川元社長は、名前を表に出せない顧客のために、タックスヘイブン(租税回避地)の法人を使って「外人買い」であるかのように日本の上場株の注文を出し、「株価操縦」をしたことがあると明かした。顧客の「節税対策」にもタックスヘイブン法人を使ったと述べた。

拡大浅川和彦・元AIJ投資顧問社長=2016年7月19日、東京都内で
 一審公判での検察官の冒頭陳述などによると、浅川元社長は1975年4月に野村証券に入り、国内営業畑で働き、東京本店の法人業務部長などを務めた。1994年7月に外資系証券会社「ペインウェバー」に転職して、東京支店の金融法人部長として働き、その後、96年7月、一吉証券(現・いちよし証券)に移って、歩合制の外務員となった。そのかたわら、2000年12月に、AIJ投資顧問の前身となる会社を設立。2001年8月、いちよし証券を退職した後、2002年、英領ケイマン諸島籍の私募ファンド(外国投資信託)である「AIMグローバル・ファンド」の募集・販売や運用を始めた。弁護人の冒頭陳述によると、2003年に入って、社会保険庁OBと知り合いになり、その口添えで東日本文具販売厚生年金基金と取引が始まり、以後、次々と各地の企業厚生年金基金と取引するようになった。

 浅川元社長:そもそもあれが俺の失敗だった。僕は運用なんかしないで、金だけ集めておけばこんな問題にならなかったんだけど。失敗した。あれだよね、最初のスタートを間違えたなぁ、俺が。

 記者:スタート?

 浅川元社長:やっぱね、集めた金が初っぱなから三十何億か集まった時に、2〜3カ月かな、3分の1に減っちゃうんだもんな。

 記者:そんなに?

 浅川元社長:2〜3カ月で。「客にどういう説明するんだよ、お前」と。俺が損したわけじゃないんだけど。社長として簡単に「損しました、すみません」って、済むか、そんなの? 言い訳も何もつかないじゃんよ。あれが、そもそもそこを、「正味1億くらいのもんだから、取り返せるよな」って思っちゃったのが、そもそも俺の失敗なわけだよ。そこから続いちゃってるんだよね。

 記者:それはいつですか?

 浅川元社長:2003年のどこだろ、2004年か、どっちか忘れたな。そのときにやられて、さすがに言えなかったんだよな。「3分の1になりました」って言えなかった。あれがそもそもの失敗だった。「これ、なんとか挽回できるだろ」というのでやってたそれが、そもそものスタートですね。社長としてね。そこでバーンと出しちゃえば(客に開示していれば)、それはそこで済んだんだけど。そしたら広がらなかったと思うけど。逆に言うと、そこがね、お客様の顔を見ると出せないんだよね。同じことをもし、ほかの運用会社の社長に言うと「それは出せんよな、いくらなんでもな」って必ず皆、言いますよ。

 記者:そのプレッシャーはすごい?

 浅川元社長:それはすごいよ、「もう、どうしよう」と思って。「でも取り返すことできるし」って思っちゃうしね。

 検察官の冒頭陳述によれば、AIMグローバル・ファンドは、当初から運用損を出していたが、浅川元社長は、運用実績が好調であるかのように装って顧客に説明していた。

 浅川元社長:それによって金儲けするとか(そういう気持ちは)全くないんだよ。「何とかこれ、損したままじゃいけないし、やっぱり挽回して、何とか儲けて全部返そう」って思ってたの。運用やってるときが一番しんどかったし、だから今、運用やってないからすげえ楽で、運用やってることの10年考えたら、むしろブタ箱(刑務所)に15年入ってるほうが楽だろう、っていうのが僕の本音ですよ。
 あの運用のしんどさをわかってる人じゃないと、僕の言っている意味がなかなか裁判官とか検事にはわかりませんよ。まあ裁判官とか検事とかはそういうものだから仕方ないと。(刑務所では)良い子で十何年いるしかないなって思ってるだけでね。たいがいの人はみんなね、ほんと運用で参っちゃうんですよ。

 記者:一度(損を)取り戻したことがある?

 浅川元社長:あるある。これがね、やっと多少ちょうどあれが、あれなんですよ。リーマン・ショックのとき。みんなが大暴落しているときに。

 記者:成功した?

 浅川元社長:逆張りやってるから、あのときに月でなんぼ、65億、70億近く逆に儲かったんだよね、1カ月でね。そうすると、今までやられてるから「このヤマだけは取り返さないと」と思うから。9月(2008年9月)はそれで儲かって、10月、11、12月とこれまた30〜45億近く儲かってて、翌年(2009年)の5月までに330〜350儲けたんですよ。だから、だけどこの時になぁ、全部出しちゃったら…、もう迷ったんですよね。これでもまだ元本までいかないから、やってるやつがね。だいぶ戻したんですけどね。「ここまで来れば、あと、そうだ、これを倍にすればいいんだ」と。「倍にすれば大丈夫だな」ってね。で、デリバティブだったら、倍にするっていうのは決して難しくはないんですよ。現物じゃないから。例えば1割上がれば、レバレッジかけると、すぐ3倍、4倍なりますからね。それわかってる人は「わかる」って言うんですけど、裁判所はわかりませんわ。いくら言ったって、そんなもん。「こんだけ今まで失敗してるんだから、儲かるわけないでしょ」って言われて終わりだから。何を言っても。

 検察官の冒頭陳述によると、2008年3月までの1年間の運用損は186億円だったが、2009年3月までの1年は37億円にとどまった。

 2008年9月にリーマン・ショックが起きて、世界恐慌の再来かと騒がれ、株価が下がっていたとき、浅川元社長のファンドは逆に儲けを出していた。しかし、それも結局、一時的な儲けで、その翌年、大きな損を出してしまう。

 検察官の冒頭陳述によると、2010年3月までの1年の運用損は501億円に上った。顧客に説明していた資産額が2千億円前後だったのに対して、実態の資産額は265億円にまで減少してしまった。

 浅川元社長:そう、もう死ぬ思いだよ。だって毎日寝れないんだぜ。今なんか、ぐっすり寝れるもん。

 記者:お酒をけっこう飲んだり?

 浅川元社長:お酒飲んだって寝れねえよ。やっぱな。

 記者:AIJは最終的にはすごい額の損を出したわけで。そのときは毎日、「いつバレたら」って眠れない…?

 浅川元社長:「バレたら」っていうこともあるけど、相場に勝たなきゃいけないから。バレる前に勝たないと。何としてでも。最後の1〜2年なんかは、すごいタイミングを狙ってましたよね。波を取らなきゃダメだなと、そういうことですわ。

 記者:リーマン・ショックの後に逆張りしていたおかげで、翌年にかけて相当戻したと?

 浅川元社長:ところがそこから後また(株価が)上がってったでしょ、これでやられた。ガーンって。これでやられたんだよ、またね。

 記者:リーマン・ショックの時はまだ元本までは戻ってなかった?

 浅川元社長:全然戻ってないよ、3分の2ぐらいしか。だから3分の2とか言ってもさ、戻せるじゃん。要するに、うまくやれば。倍々ゲームでいくんだから。そう思ったんだ。今考えてみれば、あのころ全部バレちゃったほうがよかったね。いま振り返ってみればね。そしたらこんな15年(の懲役)にならなかっただろうな、って。

 2008年までの行為については、結果的に、浅川元社長は罪に問われることがなかった。のちに起訴される対象となったのは、2009年2月から2012年1月にかけて年金基金から入金させた行為に絞られている。

 刑事裁判では、浅川元社長は、金融商品取引法違反はともかくとして、詐欺罪は成立しない、と主張した。新規に契約する顧客の入金は、解約する顧客への払い戻しに充てられた。したがって、浅川元社長の私腹は肥やされていない、というのだ。AIJ投資顧問の破綻が公表される前に、利益を出してファンドを売り逃げることができた顧客がいる。こうした顧客から資金を取り返して被害の弁償に充てるべきだとも主張してきた。

 浅川元社長個人による被害弁済の意思について質問すると、浅川元社長は逆に問い返してきた。

 浅川元社長:いや、被害弁済って意味が僕、逆に聞きたいんだけど、取ってないのに被害弁済って何なの? 教えてもらいたいんだけど。

 記者:個人的には取っていないということ?

 浅川元社長:そう。取ってないのよ。僕が取ってないのは、はっきり明確なんだから。それがなんでそんなこと言ってくるのかと、僕は。そっちから取りなさいよと。これ正しい筋なんだよ、これね。

 しかし、こうした主張は受け入れられなかった。裁判では複数の詐欺罪の最高刑にあたる懲役15年が言い渡された。

 浅川元社長:ふつうはね、情状っていうのはつくんだろうけど、ひとつもつかないんだから。こんな判決もないし、今さら俺に何しろって言うんだと。「しょうがない、俺はもう15年行ってくるよ」と。旅行でも行くつもりで、「15年間旅行長いな」って思うんだけどさ。これはね、あまりにもね、不当裁判じゃないかと思うけど、今さらそんなこと言ったって、裁判所が決めたことなんだから、それは素直に従って、いい子にして、入って、1年でも早く出られたらいいなと思うように今、してるわけですよ、気持ち切り替えて。

 浅川元社長:例えばオリンパスの事件だってさ、歴代の役員がやったこと、あれもおかしいじゃん。なんかもう、なんか役員たちってみんな執行猶予付きだろ。そんで横尾(粉飾決算の指南役として起訴された元大手証券社員)なんかは実刑判決じゃない。あれだっておかしいよ。全部さ、役員「おめえらの責任でやってるだろ」って言ってるのにさ、横尾が4年判決だろ。なんかな。指南役が(実刑で)やって、本体(の元社長ら)がみんな執行猶予、ありえないよ。「おじいさんだから、上場会社の社長だからまあ執行猶予つけますよ」なんてやってんだろ、どうせどっちみちあんなさ、いいかげんなさ、俺からすると、それしかありえないよ。検察がそういう形で動いてるんだろ。
 あんなバカな話ないでしょ。横尾君だって、俺よく知ってるけどさ。

 記者:野村で一緒だった?

 浅川元社長:彼、3つ下だから。年次がね。

 浅川元社長:昔からオリンパスはさ、証券会社のあれだよ、いいカモですよ。証券会社のいいカモ。ぼくからすれば。飛ばし、山一がやった飛ばしを使っただけの話であって、それまだオリンパスが続いていたっていうだけの話なの。あんなの昔から知ってますよ、飛ばしなんていうのは。
 ファンド作って。ファンドで運営したらまた失敗して。それを、子会社を買って、評価を上げて、これだけの元本があるように見せかけて、常套手段ですよ。あれは初歩的な、初歩的なあれですよね。

 1千億円を超える損失をケイマン諸島のファンドなどに隠して証券市場を欺いたオリンパス事件では、主犯格の元オリンパス社長らは執行猶予つきの有罪判決を受ける一方、指南役だとされる元証券会社社員に実刑判決が言い渡された。その不均衡ぶりを浅川元社長は指摘しているのだ。

 浅川元社長は自身の境遇について「夢を見ているみたい」と言う。

 「ほんとかな、これ」なんて思ってさ。でもこうなったら仕方ない。心入れ替えて――入れ替えてって何を入れ替えたらいいかわかんないけど――、やっぱ運用のことだな。俺やっぱ迷惑かけたのは事実だし。男気出したらいけないっていうのはわかった。失敗したら全部出す(開示する)。もう、逃げると。自分は逃げると。

 顧客から預かった資金の運用で損が出たときに、顧客にありのままを告げて、顧客にその責任をとってもらうことを、浅川元社長は「逃げる」と表現する。一方、顧客にウソをついて、その間に、顧客に損をかぶらせないように努めることを「男気がある」と評する。

 浅川元社長は振り返って「運用でね、僕は1220億損しましたよ、10年間で」と言う。「10年間だから、年間で100億ちょっとか。儲かったときもあるけど、儲かったときのほうが少なかったよね」

 「パナマ文書」の中に名前があると指摘すると、浅川元社長は驚いてみせた。

 記者:AIJを設立されるちょっと前のことなんですが、パナマ文書のなかに浅川さんの名前も出ている。

 浅川元社長:出てるの? うそぉ?、おれ、そんなの知らないけどさ。冗談だろ。

 記者:公開されているものに、名前が出ている。こういう形で。

 パナマ文書の中にあった資料を見せられると、浅川元社長はそれに見入った。

 タックスヘイブン(租税回避地)に会社を設立するのを手がけるパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した「パナマ文書」。南ドイツ新聞が匿名の人物から入手し、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)を通じて、日本では、朝日新聞、共同通信、NHKが共有している。

 パナマ文書の中にあった資料によると、浅川元社長は、2011年10月末に「NIC資本管理」(NIC Capital Management Ltd.)という会社で、翌12年2月1日に「AIM資産管理」(A I M Asset Management Ltd.)という会社でそれぞれ、ただ一人の株主兼役員になった。浅川元社長が日本で経営していたAIJ投資顧問で企業年金から預かった約2100億円の資産の大半がなくなっていると報道されたのはその直後の同月24日のことだ。

 AIJ投資顧問(現・MARU)と浅川元社長個人は昨年12月16日に東京地裁で破産宣告を受け、現在、破産管財人が財産を調べている。

 浅川元社長:へー。しかし、俺、英語、しゃべれねぇしさ、そんなの分からねぇよな。

 記者:95年につくってることになっている。

 記者:ここに法人の設立の時期とかが書いてあるんですけど。

 記者:1952年5月9日生まれのアサカワ・カズヒコさん、ジャパニーズって書いてあるんですけど。

 浅川元社長:それで何をつくっているって?

 記者:2つ会社があって、途中で名前が変わって、「NICキャピタル・マネージメント」っていう名前に変わってるんですけど。

 浅川元社長:これ違うんですよ。つくったんじゃないの。当時ね、香港の会計事務所に行くと、会社を買えるの。ぼくがつくったわけじゃないの。

 浅川元社長:当時、香港に行くと、事務所行くと、だれでも買えるの。

 記者:会社を?

 浅川元社長:会社を。

 パナマ文書の中にあった資料によると、「NIC資本管理」(NIC Capital Management Ltd.)は1995年7月20日に設立が登記され 、95年11月21日、「Directra Overseas Services Inc.」という英領バージン諸島法人が株主兼役員になった。2006年には、「Capital Management Limited」という別の英領バージン諸島法人が株主兼役員になった。2011年10月31日、浅川元社長個人が株主兼役員になった。しかし、2012年4月30日に登記を抹消された。

 「AIM資産管理」(A I M Asset Management Ltd.)も似たような経過をたどる 。1996年4月30日に設立が登記され、96年5月17日、「Directra Overseas Services Inc.」が株主兼役員になる。2006年、「Capital Management Limited」が役員兼株主になり、2012年2月1日、浅川元社長が株主兼役員になった。2012年10月31日に登記抹消となった。

 浅川元社長:こんなの載ってるって僕もびっくりしたけどさ。僕、英語しゃべれない…、できない、こんなこと。

 記者:まだAIJ設立前、ペインウェバー時代?

 浅川元社長:ペインウェバー時代。これは、ひとつはお客さんの口座なの。

 記者:お客さん?

 浅川元社長:みんなお客さんの口座いくつかあって。要は何かって言うと、名前出すと響くから言わないけど、当時、節税対策とか、それとか……。当時でも悪いことだな、考えたら、そこにお金を流して、そこから日本の株を買うとか。

 記者:それは名義を出したくない人?

 浅川元社長:出したくない人。そういう形で利用してたの。だから僕がどうのこうのじゃなくて、そもそも…

 記者:お客さんが……。

 浅川元社長:そうそう。しかも自分の会社が上場するときとか。そうすると、わかんない形で流したいじゃない。自分のところの株価操作してたの。

 記者:そうなんですか。

 浅川元社長:当時はだからね、まだそんな金融庁にしたって、トロこかったから。外資系とかは当たり前のようにやってたんだよ。そんで2007年かな、金商法は。それまではあんまりうるさくねぇんだよ、もう。例のオリンパスの事件でもそうだけど、2011年じゃない。あの頃なんてさ、94〜95年とかさ、96〜97年とか、香港返還の前は好き勝手やり放題だったの。

 1998年までは大蔵省の中に証券局や保険部、金融検査部、証券取引等監視委員会があって、金融機関を監督し、株価操作など証券不正を監視していた。金融庁は2000年に発足した。金商法(金融商品取引法)は2006年に制定され、2007年に施行された。ケイマン諸島のファンドなどを使って巨額の損失を隠したオリンパス事件は2011年に発覚したが、その損失隠しは1990年代から続いていた。

 浅川元社長:だから俺がパナマ文書に出てたって俺、びっくりしちゃったんだけど。これは僕の名前になってるけど。

 記者:ペインウェバー時代のお客さま。

 浅川元社長:そうそう。ペインウェバーとか、一吉いた時とか、その前の野村証券時代の客ですよ。

 記者:引っ張ってた個人の良いお客さん?

 浅川元社長:個人だけじゃなくて、キンポウもありますよ。

 記者:何ですか?

 浅川元社長:金法、金融法人。生保、損保とか。

 記者:生保、損保もそういうダミーの名前を?

 浅川元社長:やってた、やってた。なんぼでも。だから潰れちゃったところいっぱいあるじゃない。飛ばしですよ。

 記者:ああ、飛ばし。

 浅川元社長:そうそう。そんなことあんまり僕が暴露してもしょうがないじゃない。

 記者:これだけ先に聞いとかないといけないかと。

 浅川元社長:僕もびっくりしちゃった。載ってるんだって。

 記者:一応会社の名前が2つ。

 浅川元社長: ニックでしょ、ニックと。

 記者:AIMアセット・マネジメント。

 記者:見覚えありますか?

 浅川元社長:ありますよ。

 記者:時期的にAIJのほうのSEC(証券取引等監視委員会)の検査が入った頃に、名義が浅川さんの個人に代わってるんですよね。これは2012年2月1日ですか。このキャピタル・マネージメントさんが主要株主だったとこが、カズヒコ・アサカワさんに代わられてる。

 浅川元社長:知らない、キャピタル・マネージメントって? え?

 記者:こっちのほうも、2011年の…

 浅川元社長:2012年2月1日に代わってる? こんなことはないよ。だって、じたばたしてないもん、このときは。

 記者:そうですよね。その前の年の2011年10月31日に、このNICのほうが、これもキャピタル・マネージメントから名義がカズヒコ・アサカワさんに。

 浅川元社長:キャピタル・マネージメント? わかんない。たしか金なんか何もないよ。ないよ。香港ドルで1ドルぐらいしかない。

 記者:じゃあ浅川さんの記憶でこの2つを買ったのは、もっと前?

 浅川元社長:94〜95年だよ。

 記者:で、AIJが始まったのが2000年くらい?

 浅川元社長:2002年。だからこれとは全く関係無いんだよ。

 記者:2002年のとき以降は、こういうのを使うことはあまりなかった?

 浅川元社長:ないよね。使うっていうか、当時はこういうのっていうのはお客さんの金もあったし、あとは株価操作、言うとまずいけど。つまり、日本の市場に直接出すとうるさいから、外資系を使って注文を出すと。そうすると、外資系が注文を出すと、「外人買い」だから。わかんないよね。だからあんまり出したくない場合には、そうやってやるんですよ。

 記者:じゃあ例えばAっていう会社があって、キタムラっていう社長がいて、キタムラが今度上場すると。当然、上場した際には儲けたいと。キタムラも創業者として儲けたい、という時に、いつも懇意にしている証券マンの浅川さんにお願いして、浅川さんの名前で海外から買ってもらったり、売り買いすると?

 浅川元社長:そうですね。ファンド買ってもらって、ファンドだとファンドからそっちに流すとかして、証券会社から口座あけて、海外の口座あけて出していくと。

 記者:そういうことをやるのにこの…

 浅川元社長:そうそう。ありますね。まあいろんな使い道ありましたよね。お客さんが名前出せねぇとか、あるじゃないですか。そんなの全部バラしたらキリが無いででしょう、そんなもの。20年分のくらいのやつを全部バラしてごらんよ。逮捕はできねぇけど、目つけられちゃうでしょ、検察にさ、あんなもの全部バラしたら。

 記者:20年も前で証拠や資料も残っていないかも。

 浅川元社長:証拠の能力ないから、もう、20年以上前だったら。聴かれましたよ、いっぱい、検察。3カ月間の取り調べで。聴かれたけどね。あんまり余計なこと言うとね。
 そんで別に、僕がそれでもって私腹を肥やすとか、そういうのはないから、全くさ。しかも俺、英語しゃべらないしね。英語しゃべらないし、英語のやりとりしたくないから。

 記者:会社名を変えてらっしゃる。

 浅川元社長:そうそう。それは会計士に言って、「このままじゃつまんないから別の名前にしてよ」って言って、香港の会計士が全部それ仕事としてやるわけよ。僕がつくったわけでもなんでもないんだけど、そういうのは今でもあるんじゃない? だいぶうるさくなったから。当時は日常茶飯事のごとくやってたわけよ、94〜95年だったら。

 記者:元になるお金は、日本から送金する?

 浅川元社長:いや、ここに直接じゃないんですよ。

 記者:どこか、間にかませて?

 浅川元社長:うん。まず日本から海外送金するとき結構うるさいじゃないですか。だから日本のファンドを立ち上げて、日本のファンドから、現地のファンドをつくってスルーするとか。

 記者:日本のファンドから現地ファンドをスルーしてここに?

 浅川元社長:そうそう。ここに来るっていうか、ここに来た時に持っていくお金って何かと言うと、まあ運用する時にこの名前出したくないとかあった場合には使うわけでね。これそんなにここにはお金入ってないですよ、そもそも。何億なんて入るあれじゃないから、そもそもこの口座自体が。パナマ文書に載ってくるような話じゃないよ、これ、金額的に。ただ、会社があるね、っていう話だけでしょ、これ。

 記者:そこで浅川さんの会社自体は95年、96年にできてるんですけど、その頃に浅川さんが買って?

 浅川元社長:買って。そう、名前を、

 記者:変えた?

 浅川元社長:そうしただけだから、そうそう。この当時っていうのは、今のAIJ投資顧問なんか全く関係ないし。だからこのへんのことなんか、つべこべ言われて、なんで言うのって感じですよね、僕から言わせるよね。

 記者:ただ、名前はAIMっていうのにこれは変えたんですよね? AIMアセット・マネジメント。

 浅川元社長:みんな似たよう名前だから、わけわかんなくなっちゃうんだよ。AIMアセット・マネジメント。AIAとか、わけわかんない。

 記者:確かに。

 浅川元社長:考えてみたら、何がなんだかわからなくなってきちゃった。どれがどうだか。

 記者:ブリティッシュ・バージン・アイランド(英領バージン諸島)の会社は、証券会社の営業マンでいらした時の、お客さんたちのための会社?

 浅川元社長:そうそう。それが残ってるだけ。ずぅっと。

 記者:それ、2つですか?

 浅川元社長:これ2つだけ。2つだけ残ってるけど、実際問題はただ口座があるだけですよ、こんなものは。

 記者:一応、更新料が毎年必要みたいだが。。

 浅川元社長:そうそう、更新料がね。いくらかかってるのか全然知らない、俺。事務費だけだよ。別に何もするわけじゃないから。

 記者:あるだけ。

 浅川元社長:あるだけだから。手数かかるわけじゃなくて、その私書箱があって、会社の名前があって、銀行口座があるっていうだけの話だから。なんの意味もないんだよ、これ全然。

 記者:銀行口座は香港?

 浅川元社長:香港の本社にあるというだけですね。全部これも作ってもらったやつですよ。僕がどうのこうので作ってやれるような会社じゃない。

 記者:誰かいつも作ってくれる人がいる?

 浅川元社長:会計士。会計事務所があるんですよ、香港にけっこう。担当者も知ってるけどね。その会計士とは何回も会ってるけど。頼むとピッピってやってくれるんですよ。

 記者:日本人の?

 浅川元社長:うん、日本人の。そういうの、すごい楽だったですよ。当時は甘かったし。

 記者:でも返還前と返還後では全然違う扱いなんですか?

 浅川元社長:いや、返還後だって別に中国当局、そんなにうるさくなかったですよ。最初の2〜3年は。うるさくなったのは、2010年なってからじゃないの。その頃はもうつくってないし。利用もしてないし。

 記者:ブリティッシュ・バージン・アイランドのこの2社は、いつ頃まで動いていた会社なんですか?

 浅川元社長:動いてたって、だいぶ前じゃないかな、もう。

 記者:90年代まで?

 浅川元社長:2000年代もあったかもしれないけど、覚えてないな。だって俺自身はね、こういうこと何も手、触ったことないの。英語しゃべるの、めんどくさいし。

 記者:このニック・キャピタルと、エイム・アセット・マネジメントっていう会社の役割分担は?

 浅川元社長:無い無い、全然ない。なんでいくつもあるのかなって、わけわかんないんだよね。

 記者:一応2つ用意しておいてってこと?

 浅川元社長:2つ用意したんじゃなくて、そもそもこれお客さんのやつだから。このニックは、名前言えないから、言うとまずいから、あのおっさんの。

 記者:けっこう大物ですか?

 浅川元社長:今は大物じゃないよ。倒産した会社の社長だから。あとここは…、あんまりこれ言えないんだけどさ。

 記者:それぞれ、ある特定のお客さんのための会社?

 浅川元社長:そうそう。

 記者:1人のひとのためにこれがあって、という。

 浅川元社長:だから俺の名前を株主として出してるけど、

 記者:本当はいるんですね。

 記者:本当の所有者の方が。

 浅川元社長:ああ、いるいる。

 記者:上場した会社の社長もいたっていうことですか?

 浅川元社長:いるよ、それは。その名前はさ、出したくないし。

 記者:今はもうその会社は?

 浅川元社長:今はない。

 記者:金融法人はどちらですか? ちなみに。

 浅川元社長:ちょっといろいろねぇ。ただし、当時の金法なんか、みんな潰れてるもん。94〜95年って、それは変わってるでしょ、いっぱい。

 記者:まあ時代も。

 浅川元社長:時代も違うし。

 記者:千代田生命とか東邦生命とか。

 浅川元社長:そうね。大学も潰れてるし。

 浅川元社長はこのあとさらに、10年余前に、顧客の税金対策のためにタックスヘイブン法人を使ったこともあると説明した。何もしなければ10億円くらいになったと思われる納税額をゼロにしたという。

拡大浅川和彦・元AIJ投資顧問社長=2016年7月19日、東京都内で
 記者:話が戻って申し訳ないが、この会社、何年ぐらい、記憶の中では使ってたんですか?

 浅川元社長:何年ぐらいだろうね。まあ別のビジネスもあったからね。AIJに関係ないビジネスもあったからね。AIJ投資顧問じゃない…

 記者:これ、その前の段階?

 浅川元社長:いやいや、これは2004〜2005年まで続いてるんじゃないかな。

 記者:2004〜2005年まで。

 浅川元社長:あったんじゃないかな。名前出せないけど、節税対策で使った会社があるんだよ。

 記者:節税って?

 浅川元社長:その会社の、お客さんの。名前出すと問題になるから、出したくないんだよ。

 記者:日本法人の?

 浅川元社長:そう。

 記者:日本のお客さんのためのってことですよね?

 浅川元社長:そう。

 記者:合法的な節税?

 浅川元社長:合法的。最後は何もなく終わったから。名前出すといろいろね、新しくないのに引き出してもしょうがないだろ、もう全部、10年以上前のことなんだから。かわいそうじゃない、名前出たりすると。

 記者:どっちの会社を使った?

 浅川元社長:わかんないよ、そんなもん。どっちの会社使ったとか、こっちの会社使ったとか。

 記者:どのぐらい税金安くなった?

 浅川元社長:どうだろう。税金払わなかったよ。だから…

 記者:ゼロに?

 浅川元社長:ゼロっていうか、損金落としてるから。損金落として、片っ方、益、出してるから。だから海外で利益出て、国内損、

 記者:日本では

 浅川元社長:そうしたら税金払わなくて済むんだと。ツーペーにしたとか。そういうことだな。そんな話もあるよ。

 記者:何もしなければ、いくら払っていた?

 浅川元社長:どうだろう、20億ぐらいだから、10億ぐらい払ってたかな、税金。

 記者:利益が20億を、日本では

 浅川元社長:ゼロにしたと。

 記者:ほんとは10億払わないといけないところを、

 浅川元社長:でも、どっちみち、後になってまた利益出たら同じだから。そんな名前を、会社の名前出してもどうしようもないだろ。国税行くって言っても「やめてくれ」っていう話になるだけで。でももう10年以上前の話だから、もう関係ないよね。

 記者:そうですね。

 記者:今、まさにパナマ文書で租税回避の問題とか、タックスヘイブンの問題が話題になっているが、どう見ている?

 浅川元社長:読んでねえよ。読みたくないし。パナマ文書はこないだ人から聞きましたけどね。僕も名前出てるなんて言うから「ああそうなの」って。だけどそれは、さっきも言ったように、法人を買ってるから。法人を買っただけだから。
 だから当時さ、はっきり言って俺も香港に94〜95年とかいた時に初めてこれ作った時、みんな党幹部なんていうのは、みんな汚職のあれであいつらマカオに行くとさ、日本円で言うと3千万とか5千万とかの単位で賭けてるんだから、もうやんなっちゃう。みんな国民服みたいなの着てさ、金持ちに見えない奴らがどうしてこんなに持ってるんだろうなって。だから資金洗浄しているわけよ。

 記者:カジノで?

 浅川元社長:カジノで、マカオの。当時ほんとそうだよ。

 記者:90年代ですか?

 浅川元社長:94〜95年。「こいつら何者なの? なんでこんな貧乏人みたいな格好してるけど、なんでこんなに金持ってるの?」って感じだったよね。みんな賄賂。

 記者:当時は人民服を着てカジノに?

 浅川元社長:そうよ。そんなの来てたよ。ああ、党幹部だなって思ったもん。で、1人でやってるの。1人で。僕だけ、席空いてなかったら、ちょこっと座って1,000ドルとか賭けてるの。最低1,000ドルとか言うから1,000ドルとか賭けて。あいつらこんな板みたいなの賭けてるわけよ。そういう思い出もあるよ。

 インタビューの際、浅川元社長はすでに、3日後の22日に収監される予定となっていた。

 刑務所での生活について浅川元社長は次のように語った。

 浅川元社長:自分はもうこれからね、入りますから。入って何考えるかっていうと、最初の5年か8年ぐらいは歴史を勉強したい、もう一度ね。僕、歴史大好きなんですよ。特に日本の歴史とか、世界の歴史とかあるでしょ。これをもう全部紀元前から紀元後含めて、だーっと、どこの国が何だったとか、頭からパッと出てくるように、東大の世界史なんかですぐ合格するような感じになりたいんだよね。もともと好きで。

 あと、語学もね、文字はわかるけど、しゃべれないから、自分でもう1回練習しようと思ってる。せめてね。

 出るとしたら、15年(懲役15年)で80前(79歳)だろ。80前な、95ぐらいまで生きることにして、あと15年ぐらい外で頑張るかなと思ってね。

 改めて出所後のことを確認しようと尋ねると、浅川元社長は「15年先の話をしないでよ」と答えた。

 浅川元社長:例えば3年後とか5年後ならともかく、15年先の話をさ、今さら何言えっていうんだよ。

 記者:でも「95歳まで生きて旅行する」と。

 浅川元社長:それは、今は言ってるけどさ、入ってみて、ブタ箱入ってみて、どんな状況でどんな待遇が続くかって、俺、想像できないもん。
 今、64だから、79か。だから健康だけだよな。健康で足腰がしっかりしてれば、しゃべれて、体が動けば大丈夫だけど。

 ICIJの「パナマ文書」報道プロジェクトには従来、日本の報道機関のなかでは朝日新聞と共同通信の2社が参加していたが、6月24日、NHKもこれに加わった。浅川元社長のインタビューには3社の記者が同席した。パナマ文書と浅川元社長のつながりについては、7月28日午後7時をもって各社、一斉に報道を始めた 。

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、 『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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