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ニューズ&コメンタリー

44年前、田中角栄首相、真珠湾アリゾナ記念館献花を検討「地元の反応は?」

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 米国のバラク・オバマ大統領が5月27日、広島の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花し、日本の安倍晋三首相が12月27日(日本時間では28日早朝)、ハワイ真珠湾の軍艦アリゾナ記念館で献花し、ことし、2016年は日本にとって歴史に残る年の一つになった。44年前、田中角栄首相(当時)がアリゾナ記念館で献花する案が日本側から米政府に打診され、42年前には、ジェラルド・フォード大統領(同)が広島を訪問して和解の哲学(Presidential philosophy of reconciliation)を示す案がホワイトハウス内部で検討されていた。1970年代前半だった当時には結局、いずれも見送られたが、その「和解」と「核管理」の精神が生きて、ことし、両訪問と献花が実現したようにも見える。

 ■真珠湾

拡大米ハワイ・真珠湾のアリゾナ記念館で献花をするオバマ米大統領(左)と安倍首相=2016年12月27日午前、代表撮影
 米国立公文書館に所蔵されていた米ニクソン政権の国家安全保障会議(NSC)の文書群の中に、「ホノルル会談 日本の仮の計画についてさらに」と題してヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官(当時)に報告された1972年8月1日付のメモが残されている。そこには、「田中は、ホノルルで第2次世界大戦の適当なメモリアル(記念館など)で献花することを考えている」と書かれている。

 田中角栄氏はその前の月に日本の首相に就任。8月末に田中首相とリチャード・ニクソン米大統領(当時)の日米首脳会談が初めてハワイで開かれることが決まっていた。その事前準備のため、日本外務省と米国務省、ホワイトハウスのNSC事務局の間で折衝が続いていた。メモは、NSCのジョン・ホルドリッジ極東部長がとりまとめたもので、「田中が8月31日午前の予定を空けておきたい理由について日本の在米大使館経由で国務省が受け取った説明」と前置きされ、「時差ぼけ解消」など3項目とともに献花の話が列挙されている。

 具体的な献花の場所として、メモには、パンチボウル国立墓地とアリゾナ記念館の2か所が挙げられている。アリゾナ記念館は、真珠湾の洋上にある追悼施設で、真下には、1941年12月に日本海軍機の爆撃を受けて沈んだ戦艦アリゾナがある。その内部には多くの米海軍将兵の遺体が今もあり、それそのものが墓地となっている。

 この種の訪問に対する地元の反応を読み取るため、国務省がホノルルの政治アドバイザーにチェックする。

 そんな方針がメモには記載されている。その結果に関する文書は記者の取材では見当たらなかった。

 実際には、田中首相はアリゾナ記念館を訪問しなかった。日本外務省の記録によれば、田中首相は8月30日、真珠湾のすぐ近くにあるヒッカム空港に降りたって、ニクソン大統領の出迎えを受け、翌31日と9月1日に首脳会談に臨んだ。9月1日午後、パンチボウル国立墓地で献花した。

 ■広島

拡大来日したフォード大統領(右)と会談する田中角栄首相=1974年11月19日
 史上初めての米大統領訪日はニクソン政権下で既に政治課題になっていた。74年8月9日、ウォーターゲート事件で大統領辞任に追い込まれたニクソン氏の後任に就任したフォード氏はその意思を引き継いで、就任当初から日本を訪問するつもりだった。

 国務長官を兼務するキッシンジャー補佐官に8月20日付で報告されたメモによると、フォード氏の大統領就任の11日後にあたるその日、若泉敬・京都産業大学教授がNSCスタッフのピーター・ロッドマン氏を訪ね、大統領訪日についていくつか助言した。若泉氏は、田中首相の前任の佐藤栄作・元首相の密使としてキッシンジャー補佐官と連絡を取り合い、外務省や国務省のルートを通さない裏チャンネルで、沖縄返還や繊維貿易について米政府と交渉にあたった人物。佐藤氏が首相を退き、キッシンジャー氏が国務長官兼務になった後も、キッシンジャー氏の側近、ロッドマン氏を通じてホワイトハウスと連絡を保っていた。

 メモによれば、いくつかの助言のうち、若泉氏がもっとも真剣だったのは、広島訪問だった。

 その問題について日本では深い潜在意識があり、広島訪問は何にも増して日本人に深く感謝されるでしょう。大統領は献花するだけでいい。未来と核の時代について、訪問の意味を簡潔に述べることができるでしょう。

 18日後の9月7日、キッシンジャー補佐官は部下の国務省幹部と大統領の訪日について電話で話し合った際、「大統領は広島には行かない」と述べ、皮肉まじりに「そのような愉快な考えは捨てよう」と言った。しかし、その9日後の16日、ウィリアム・バルーディ大統領補佐官(当時)が広島訪問を提案する大統領あてのメモを作成した。

 バルーディ補佐官のメモは「日本への旅行 広島訪問の提案」と題されている。「大統領の和解の哲学をさらに広げる方策として、来る日本への旅に広島を含めるのが賢明だと信じる」という書き出しで、「国内的にも国際的にも、傷を癒やそうという大統領の意図が明確になるだろう」と続く。

 バルーディ補佐官は当時36歳。下院議員やニクソン政権の国防長官を歴任したメルビン・レアード氏に仕え、フォード大統領のホワイトハウスでは、外部の業界団体などと政権の連絡役である渉外局を率いていた。補佐官指名を伝えるニューヨーク・タイムズの記事では「ホワイトハウスでは最高位のスタッフ」と紹介されている。

 広島、――そして日本は、今も爆撃とその災禍に関する心情とともにある。例えて言えば、あなた(フォード大統領)の広島訪問は、ド・ゴール(仏大統領)とアデナウアー(西独首相)が仏独両国の和解のために誠実に努力する中で示された両国民の寛大さ(気高さ)になぞらえられることになろう。

 メモは、広島や日本の人々の心情や仏独の和解の努力の例に触れた上で、「実際の上でも」と前置きし、広島訪問は、日本国内の反米感情を弱め、極右・極左の攻撃・宣伝を抑えるのに役立つ、と指摘している。

 さらにメモは「核の時代における恒久平和のために世界中の人々に向けて演説すればとても効果的だ」として、広島で核管理・核軍縮への強い願いを表明することも提案している。

 私は、あなたの広島訪問を、核の平和の理想を前進させるためのフォーラム(公開討論の場)とすることを勧める。

 軍備管理を達成しようという我々の願望を、すべての人々とすべての政府の注目を得て明確にできる。

 当時、日本は核不拡散条約(NPT)をまだ批准しておらず、米国務省は日本の核武装の可能性を懸念していた。近隣では、中国が核実験を繰り返しており、このメモは「アジアでの大統領の演説は、特に北京にはインパクトがあるだろう」と予測している。

 バルーディ補佐官の提案を受けて、NSC事務局で検討が進められた。

 NSCのスタッフの一人が9月23日、文案を作成した。

 メリットもあるが、深刻なデメリットもある。我々が第2次大戦で日本を打ち負かしたことを思い出させようとしているのだと日本人に受け止められるかもしれない。新しい関係に努めているときに古い敵意に再び火をつける可能性もある。日本国内の左翼につけ込まれる恐れもある。

拡大広島市の平和記念公園で演説するオバマ米大統領。後方は原爆慰霊碑=2016年5月27日午後5時56分、広島市中区、代表撮影
 このスタッフが意見を聞いた人のうち、何人かは賛成だったが、大部分は否定的だったという。9月30日、国家安全保障担当のブレント・スコウクロフト次席補佐官から秘書官に対し、「我々は広島訪問を勧めない」と回答があった。

 その年の11月15日、大統領訪日のスケジュールが発表された。東京と京都の名はあったが、広島はなかった。フォード大統領は国賓として同月18日から22日まで日本に滞在したが、広島には足を運ばなかった。

 ■和解と核管理

 それから40年あまり。

 ことし、5月27日、オバマ大統領は現職大統領として初めて広島を訪問した。平和記念公園で演説し、核不拡散の努力を続けるべきだと世界に呼びかけた 。

 私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければなりません。私が生きている間に、この目標を実現することはできないかもしれません。しかし粘り強い努力によって、大惨事が起きる可能性を低くすることができ ます。保有する核の根絶につながる道を示すことができます。核の拡散を止め、大きな破壊力を持つ物質が狂信者の手に渡らないようにすることができます。

 ことし、12月28日(現地時間では27日)、安倍首相が真珠湾を訪ねた。安倍首相がそこで強調したのは「和解の力」だった 。

 私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この和解の力です。戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖はなくなろうとしない。寛容の心、和解の力を世界はいま、いまこそ必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と信頼を育てた日米は、いま、いまこそ寛容の大切さと和解の力を世界に向かって訴え続けていく任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ、「希望の同盟」なのです。

 安倍氏に続いて演説したオバマ大統領は「和解は報復よりも多くの恩恵をもたらす」と首相に応えた。と同時に、核不拡散に触れるのも忘れなかった。福島第一原発の炉心溶融事故の際に米軍人が日本を支援するために出動したことに触れた上で、オバマ大統領は「日米は(中略)核兵器拡散の減速(中略)など(中略)世界各地で連携しています」と述べた 。

 ▽注:真珠湾でのオバマ大統領の言葉について、米国の在日大使館から仮訳が公表されたため(https://jp.usembassy.gov/ja/remarks-president-obama-and-prime-minister-abe-japan-pearl-harbor-ja/)、それにあわせて、2016年12月29日午前に修正しました。また、同時に、広島でのオバマ大統領の言葉についても、米国の在日大使館の仮訳(https://jp.usembassy.gov/ja/obama-remarks-hiroshima-memorial-ja/)にあわせて修正しました。

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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