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ニューズ&コメンタリー

内部資料の持ち出しの免責を検討 公益通報者保護法改正で消費者庁

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 公益通報に必要な内部文書を職場から外部に持ち出す行為について、解雇などの不利益扱いから保護し、民事上の免責を認める方向で政府の検討が進められることになった。公益通報者保護法の改正を議論してきた消費者庁の検討会の最終報告書に盛り込まれた。これまでも裁判や行政では、公益通報に不可欠な行為として持ち出しの責任を減免した前例があるが、明文化されたルールはなかった。

拡大消費者庁の「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会ワーキング・グループ」の第7回会合=2016年8月30日午後1時1分、東京・霞が関で
 公益通報者保護法の改正を検討してきた消費者庁の検討会の最終報告書は2016年12月15日、同庁から発表された。同法の適用の対象を広げ、また、保護を強めるのが報告書の主眼だが、そのほかに、「内部資料持ち出しの責任の減免」を検討対象に挙げた。

 現行の公益通報者保護法には内部文書の持ち出しに関する明文規定はない。このため、正当な公益通報のためであっても、職場の資料を外部に持ち出せば、守秘義務違反や盗みの責任を問われ、解雇されたり損害賠償を求められたりする恐れがある。

 検討会の報告書は、公益通報を裏付けるのに必要な内部文書を入手して持ち出す行為について、一定の範囲で民事上の免責を認め、通報者を保護する方向性を打ち出している。それについて、報告書は次のような理由を挙げている。

  • 何らの裏付けなく通報をしても、通報の受け手を調査・是正措置に着手させることは難しい。
  • 行政機関への通報やその他外部への通報の場合には、(資料がないと)真実相当性を満たしていないとして、不利益取扱いから保護されないリスクも抱えることになる。
  • 通報行為とは別に、かかる資料の持出しについての責任を問われ得るとすれば、通報者は持ち出しを断念するとともに、通報自体も諦めるおそれがあると考えられる。
  • 裁判例においても、適法な通報に付随するような態様での資料持ち出しに関する責任を減免するものがある。
     (http://www.caa.go.jp/planning/koueki/chosa-kenkyu/files/koujou_161215_0003.pdf#143

 検討会の報告書は「したがって、内部資料の持ち出しを理由とした不利益取扱いから通報者を保護する方向で検討する必要がある」と結論づけた。

 ■司法書士事務所で

 報告書が指摘するとおり、裁判例ではすでに、

 公益通報のために必要な証拠書類を持ち出す行為も、公益通報に付随する行為として、公益通報者保護法による保護の対象となる

との解釈が示されている。

 神戸市の司法書士による弁護士法違反の疑いについて、部下の事務職員が2007年2月、職場から持ち出した資料を根拠に監督官庁の法務局に内部告発したのが発端だった。事務職員は「持ち出しは守秘義務違反、個人情報保護法違反」と認める内容の書面への署名を要求され、拒否すると退職に追い込まれた。事務職員はこれを不服として提訴した。

 法廷で、被告の司法書士は原告の事務職員への不利益扱いについて「違法な書類の持ち出しを理由とするものであって、公益通報を理由とするものではない」と主張した。しかし、2008年の一審・神戸地裁判決も2009年の二審・大阪高裁判決も、持ち出しを公益通報者保護法の保護対象とする判断を示し、慰謝料など170万円の支払いを司法書士側に命じた。

 何らの証拠資料もなしに公益通報を行うことは困難な場合が多い (一審判決27ページ、控訴審判決23ページ)

 書類持ち出しは、公益通報事項の立証のためになされたものであることからすれば、公益通報との間に因果関係が認められる (控訴審判決32ページ)

 書類持ち出しが違法だったと認める書面への署名を要求したことについて、判決は「公益通報を行った事務職員に義務なき行為を強いた」と批判。公益通報者保護法5条1項が禁止する「その他不利益な取扱い」に該当すると認定した。

 ■海上自衛隊で

 行政機関でも文書持ち出しを保護の対象とした事例がある。

拡大3佐に届いた「被疑事実通知書」(画像の一部を修整しています)
 海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」乗組員の男性(21)のいじめ自殺の証拠書類が隠蔽されていると内部告発した3等海佐について、防衛省は2013年、規律違反の疑いで懲戒処分の手続きを始め、同年6月13日、当人にそれを通知した。文書を職場の外に持ち出したというのがその理由だった。

 のちに確定した裁判での事実認定によると、自殺した男性は2003年8月に海上自衛隊に入り、同年12月に、横須賀を母港とする「たちかぜ」での勤務を命じられた。2004年6月に1等海士に昇進したが、そのころ、先輩の2等海曹から艦内で執拗な暴力などいじめを受け続けた。2004年5月中旬ごろ、上官にあたる第2分隊長(たちかぜ航海長として勤務する1等海尉)にいじめの被害を申告した。「たまにふざけてガスガンで撃たれることがある」。しかし、調査や指導は行われず、いじめはかえってひどくなった。同年10月1日にも、別の隊員(1等海曹)から先任海曹(海曹長)に対して暴行の事実の申告があり、先任海曹は2等海曹に「エアガンを人に向けて撃つな。エアガンを持ち帰れ」と指導したが、2等海曹は「何でですか」などと言い、だれが先任海曹に告げ口したのかを聞き出そうとした。エアガンが持ち帰られることはなく、その後も、いじめは続いた。同月27日、男性は東京都内で電車に飛び込み、轢死した。

 たちかぜの艦長は即日、部下に命じて調査を始め、事情聴取の内容をまとめたメモが作成された。海上自衛隊の横須賀地方総監部は11月末、護衛艦隊司令官の依頼を受けて調査委員会を設け、12月上旬、乗員に艦内生活の実態を尋ねるアンケートを行った。翌2005年1月28日、調査結果を公表し、2等海曹を懲戒免職にした。報道陣に「暴行などが自殺と関連しているとの供述は得られなかった。原因は不明」と説明した。

 遺族は2005年4月、情報公開法に基づき防衛庁にアンケート調査結果など関係資料の開示を請求し、2006年4月、国と元2等海曹を相手取って訴訟を起こした。焦点となったのは、たちかぜ乗組員を対象に行われた艦内生活実態アンケートだった。防衛庁は、開示請求に「『たちかぜ』乗員がアンケート用紙に記載した結果については、既に調査報告書の完成と同時に廃棄していることから、保有していない」と返答し、訴訟でも提出の求めに応じなかった。その結果、2011年1月の一審・横浜地裁判決は「自殺を予見することが可能であったとは認められず、上官の指導監督義務違反と死亡によって発生した損害との間に相当因果関係があるとは認められない」と判断し、遺族の請求の大部分を棄却した。

 しかし、実際にはそのとき、乗員らによる記載のある艦内生活実態アンケートは存在した。事情聴取書などの書類とともに横須賀地方総監部や海上幕僚監部に保管されていたのだ。3等海佐は、訴訟対応を担当する中でそれを知り、上官に相談したり、省内の窓口に隠蔽を内部通報したりした。が、いずれも取り合ってもらえなかった。3佐は最後、原告遺族の弁護士に真相を内部告発せざるを得なかった。

 すると、3佐は直属の上官から次のように言われた。

 あなたのその気持ちは分かるよ、確かに。組織として、隠蔽してると。僕はちょっと実は知らないんだけど。ただね、あなたは組織の中の一人だよな? 組織が組織を訴えてるんだよな、ひとつの構図から見ると。それっておかしくないか、お前? お前はこの組織に属してるんだぞ?

 あなた自身はこの組織にいること自体は、どう思ってるの? 組織から給料もらって生活してるわけじゃない。組織の中にいながら組織のこういったところを表にさらしてさ、それでいいのかって話だよなぁ?

 もしやるんだったらさ、あなたが自衛隊辞めてね(中略)やるべきじゃないのかなぁ? 中にいてこういうことするのは非常にまずいよな、と俺は思うんだけど。俺だったらね。

 (大島千佳・NNNドキュメント取材班 『自衛隊の闇 護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺事件の真実を追って』 河出書房新社、2016年、164~167ページ)

 国を相手取って遺族が起こした訴訟は控訴審で大きく動いた。3佐の内部告発があり、それを受けて艦内生活実態アンケートなど大量の証拠書類が被告・国の側から新たに提出されたのだ。その結果、東京高裁は2014年4月23日、440万円の賠償しか認めなかった一審判決を変更し、7332万円に賠償を増額する控訴審判決を言い渡した。

 入隊後1年に満たず21歳になったばかりの男性が、上司である分隊長に対し、10歳以上年上の先輩である2等海曹の非違行為に該当する可能性のある行為を申告することは、それなりの決意があってのこととみるべきである (判決27ページ)

 ガスガンで他人を撃つことはもとより、ガスガンを艦内に持ち込むこと自体が規律違反行為であることは明らかであるから、第2分隊長は、その職責に照らし、2等海曹の性行を把握するため、直ちにエアガン等の使用の実態等について調査して、自ら同人に対し、持ち込みを禁止されている私物のエアガン等を取り上げ、また、エアガン等で人を撃つなどの暴行をしないように指導・教育を行ったり、又は上司に報告して指示を仰ぐなどするべきであった。しかし、第2分隊長は、男性のかかる申告を受けても、何らの措置を講じることもなく、上司に報告等も行っていない。この点において、第2分隊長は指導監督義務に違反していたものといわざるを得ない。(判決27ページ)

 上司職員らにおいては、遅くとも、先任海曹に2等海曹の後輩隊員に対する暴行の事実が申告された平成16年(2004年)10月1日以降、乗員らから事情聴取を行うなどして2等海曹の行状、後輩隊員らが受けている被害の実態等を調査し(中略)その時点で2等海曹に対する適切な指導が行われていれば、男性が期待(指導により暴行等が無くなることへの強い期待)を裏切られて失望し自殺を決意するという事態は回避された可能性があるということができる。(判決37ページ)

拡大内部告発を受けて見つかったアンケートなどの証拠書類は積み重ねると厚さ15センチ近くにもなった=男性の部屋で
 このようにして、東京高裁は一審・横浜地裁の判断を覆し、「上司職員らは、自殺を予見することが可能であった」と事実を認定した(判決39ページ)。

 東京高裁はまた、たちかぜの艦長(1等海佐)と横須賀地方総監部監察官(1等海佐)による証拠書類の「隠匿」を事実と認定して、それらについて「違法というべき」と判断し、その分の慰謝料として20万円の支払いを国に命じた。

 3等海佐による文書持ち出しについて3佐の処分をしないと防衛省が決定したのはこの控訴審判決の直後だったようだ。小野寺五典防衛相が4月25日の記者会見で「公益通報をしたことを理由に公益通報者に対して不利な取り扱いをすることはない」と述べ 、5月13日、3佐に対して「懲戒手続を取り止める」との通知があった(大島千佳・NNNドキュメント取材班、前掲書、248~249ページ)。

 同省の広報課は取材に次のように説明する。

 公益通報者保護法第5条に基づき公益通報したことを理由として公益通報者に対して不利益な取り扱いをすることは禁止されております。他方、公益通報に伴う文書の持ち出し等の行為の取り扱いについては公益通報者保護法の趣旨も踏まえつつ、個々の事例ごとに判断されることになり、具体的には、違法性の有無やその程度、行為の態様、公益通報との関係、資料収集の必要性、資料収集方法の相当性などを総合的に検討して判断することになります。当該3佐が文書を持ち出した行為については、これらを総合的に検討したところ、公益通報者保護の観点から保護すべきものと判断いたしました。最終的に、文書を持ち出した3等海佐の処分は行っておりません。

 ■住友銀行・イトマン事件

拡大イトマン本社ビル=1991年7月20日、大阪市中央区、朝日新聞社ヘリから
 行政機関や報道機関への内部告発にあたって、真実を分かってもらうためには、その証拠となる内部資料がたいてい不可欠だ。「戦後最大の経済事件」を暴露する報道の決め手になったのも、銀行幹部から記者に提供された金融機関中枢の極秘資料だった。

 1990年9月10日、住友銀行の業務渉外部付の部長だった國重惇史さんは日経新聞の大塚将司記者に銀行の極秘資料を手渡した。住友銀行の親密商社イトマンの過大な不動産投資について同行から日本銀行に報告した内容がそこに記されていた。

 イトマンの乱脈について國重さんが大塚記者に「取材してくれないか」と初めて頼んだのは、バブル経済真っ盛りの88年秋。そのときには記事にならなかったが、バブルの崩壊が90年1月に始まり、大塚記者も國重さんも行動を開始した。

 26年後の2016年秋に出版された國重さんの著書『住友銀行秘史』によると、國重さんは、大塚記者の取材に協力するだけでなく、5月以降、「伊藤萬従業員一同」を名乗って匿名の手紙を銀行の監督官庁だった大蔵省に送ったり、日銀や東京地検特捜部の担当官に会ったりして、不正融資を明るみに出そうとした。

 國重さんは次のように振り返る。

 会社の存続がかかわるような問題があったときに、どう対処したらいいか、みんな悩むと思うんです。自分の将来をとるか、会社の将来をとるか、悩む。ぼくは両方をとろうとした。

 大塚さんによると、動きの鈍い大蔵省銀行局をあきらめて、國重さんは日銀に働きかけた。國重さんは以前、大蔵省や日銀と住友銀行のパイプ役である「MOF担」を務め、日銀に人脈があった。

 日銀は住友銀行に指示して、イトマンに関する資料を作成させ、提出させた。國重さんはその資料を入手。銀行の秘密が記載されたそれを大塚記者に手渡した。

 著書『住友銀行秘史』に、その場面に関する國重さんの手帳のメモが次のように引用されている。

 ●9月10日 大塚記者と 八重洲富士屋ホテルにて
記事の載せ方について打ち合わせ。
日銀あて提出資料手交。
二人の間で「書け」「書きにくい」と口論。最後に、日銀の資料を見て大塚記者が「これなら書ける」と。

 (國重惇史 『住友銀行秘史』 講談社、2016年、277ページ)

 大塚さんによれば、その資料は「伊藤萬(株)グループの現況」と題されていて、全部で5枚あった。作成月「平成2年8月」、作成者「㈱住友銀行」と表紙の右上に明記されていた。

拡大「伊藤萬(株)グループの現況」と題された住友銀行の資料=大塚将司さん提供(AJ編集部で一部の文字を白抜きにしました)

 國重さんは「せっかく取った資料なのだから、すぐにでも書いてくれ」という勢いだったが、大塚記者は「そんなに簡単じゃない」と反論して論争になったという。日銀に提出された住友銀行の資料は以前から國重さんに入手を依頼していたもので、もともとそれに基づいて記事を出すつもりだった。大塚記者にとって、それは「オーソライズされた資料」であり、それに依拠して原稿を書くことができた。口論になったのは記事を出すタイミングについてだった。

 9月10日は月曜日で、大塚さんによると、資料を受け取った時間は午後9時過ぎ。特ダネとして11日朝刊に突っ込むことも不可能ではなかったし、翌日以降でも平日が4日あった。しかし、大塚記者は、すぐさま出稿するのではなく、平日を避けて、新聞社内で幹部が不在となる週末にその原稿を出すことにした。社の上層部に「ご相談」を持ちかけたり「ご了解」を得たりしようとするタイプではないデスクが当番になっているのを確かめて原稿を出した。上層部に報告されることで、住友銀行首脳に情報が伝わり、「待ってくれ」という話になるのを恐れた。「本当に住友銀行が作成した文書なのかどうかを確認しろ」などと言う人間が出てきかねないとも恐れた。

 当番デスクだった田村秀男氏は次のように書いている。

 「これは超弩級(ちょうどきゅう)のスクープじゃないか。1面アタマにするから、解説を加えよ」と指示したが、大塚は「3面の段物でよい」と譲らない。1面トップは事前に電話で上司に報告する必要があるのだが、大塚は「そしたらこの記事は潰されるよ」。(中略)編集委員として頻繁に米国出張し、社内事情には疎い筆者がデスクに座る日を選んで(大塚は)出稿してきた。幹部から待ったをかけられると、記事はボツにもなりかねない。考えた揚げ句、第3面3段見出しで全文掲載、記事としては異例に長い重大記事「伊藤万グループ、不動産業などへの貸付金、1兆円を超す」が翌日の朝刊に載った。

 (「なぜ日経新聞はイトマン事件を矮小化したのか? 超弩級のスクープが3面の段物に 他紙は黙殺…」『田村秀男のお金は知っている』、2016年10月23日、インターネット、http://www.sankei.com/premium/news/161022/prm1610220026-n1.html (2017/1/1にアクセス))

 大塚さんは次のように振り返る。

 当時の日経編集局では、専任デスクの休みの関係で土日や祝祭日の紙面編集のデスク席に編集委員(相対的に〝ヒラメ族〟ではない)が着くことが多かった。当然、デスク番が誰か調べたと思うが、わざわざ田村秀男編集委員を選んだわけではない。というのも、16日(日)朝から経団連と日中経済協会の訪中団に同行して北京に飛び立つことになっていた。つまり、ピンポイントで敬老の日の15日(土)組に出稿したのだ。

 9月16日、日曜日の日経新聞朝刊3面に「伊藤万グループ、不動産業などへの貸付金、1兆円を超す」との見出しで記事は載った。

 過大な不動産投資が問題になっている伊藤万グループの主取引銀行の住友銀行が大蔵省・日銀に報告した同グループの今年6月末の資産・負債の内容が15日、明らかになった。報告によると、不動産・有価証券関連の投融資額は1兆3500億円強で、3カ月間で約2450億円も増加した。特に、大平産業(本社、大阪市)など不動産業向けを中心とした貸付金は合計1兆円を超えた。その結果、有利子負債は約2千億円増加、1兆4600億円を上回った。また、投融資のうち、旧杉山商事(現イトマントータルハウジング)に対する約1500億円の6割にあたる約870億円が固定化しているのも分かった。これ以外にも固定化しているか、含み損を抱えた資産がある可能性もあり、住友銀行は資産内容の調査を急ぐ方針だ。

 これが「戦後最大の経済事件」と後に呼ばれることになるイトマン事件の幕開けとなる。

 90年春以降、9月16日にその記事が出るまでの過程では、大塚さんによると、國重さんから、匿名の内部告発の手紙の文案を見せられることもあった。また、『住友銀行秘史』によると、大塚記者は、國重さんと連絡を取り合う中で、住友銀行の磯田一郎会長への夜討ち取材の結果や大蔵省幹部の反応、日経新聞社内の動きなどの情報を國重さんに伝えた。

 「伊藤萬従業員一同」を名乗った匿名の手紙を発送する直前の90年5月11日深夜には、國重さんは大塚記者から次のように言われたと手帳にメモした。

 日経の経済部がびびっている。内部告発が大切な意味を持ってくる。住銀から経済部にチェックが入ったかも。「派閥闘争の片方に加担していないな」だと。(中略)火曜までに内部告発をしてくれ。 (國重惇史、前掲書、89ページ)

 このような二人三脚とも言える行動について、大塚さんは取材に答えて次のように説明する。

 國重さんは住友銀行の行員ではあったが、住銀内でイトマン問題に係る当事者ではなく、言ってみれば僕と同じ〝取材者〟。〝共同取材〟をする以上、情報を共有するのは当然だし、それをしなければイトマンを事件化させるという目標に辿り着けなかったでしょう。

 日経新聞で記事を出すことができなかった場合には、ほかのマスメディアでその原稿に日の目を見させる覚悟もあり、実際、大塚記者は國重さんに「日経で無理ならよそで書かせる」と言っていた。

拡大國重惇史さん
 記者に資料を渡したことについて國重さんは取材に「それまで内部告発の手紙を出したり、いろいろやってきていたから、もういいや、と思っただけです」と振り返る。「住友銀行から日銀に提出した資料ということで記事の価値が出てくるんですよ」

 公益通報に伴う資料の持ち出しの免責について、國重さんは「それ(資料)がなかったら通報できないよね。そういう意味で、良いことだと思う」と答えた。ただし、大塚記者に渡した資料の入手元について、國重さんは取材に「覚えてないなぁ」と言葉を濁す。住友銀行内部ではなく、日本銀行だった可能性もある。

 ■電子ファイルが大量に

 かつては内部告発は口頭のみで行われることが多かったとみられるが、1960年代以降、コピー機の普及で文書を伴うようになり、質が向上。近年は、大量の電子ファ

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書に『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)。共著に『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)など。
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