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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

国際仲裁の何がおもしろいのか

井上 葵(いのうえ・あおい)

「国際仲裁」弁護士の醍醐味

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
井上 葵

拡大井上 葵(いのうえ・あおい)
 2001年3月、東京大学法学部卒。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2010年5月、米国Columbia University School of Law(LL.M.)。2011年3月、ニューヨーク州弁護士登録。2011年9月、当事務所復帰。2012年10月から日弁連ADR(裁判外紛争解決機関)センター国際投資紛争特別部会幹事。2014年1月、当事務所スペシャル・カウンセル就任。
 企業法務を中心に取り扱う法律事務所に所属していると、「ご専門は何ですか」と聞かれることも多い。私の主な業務は国内外の紛争解決案件であり、とりわけ「国際仲裁に力を入れています」と回答するのだが、国際仲裁といっても実際にどのような業務を取り扱っているのか、具体的なイメージを持ってもらえないこともある。

 仲裁は、仲裁人が紛争当事者を拘束する「仲裁判断」を行って紛争を解決する制度である。例えば、国際取引の契約書の紛争解決条項において、紛争は「仲裁により最終的に解決される」といった仲裁合意を盛り込むことで、実際に紛争が生じた場合にどこかの国での裁判ではなく、国際仲裁を利用して解決することになる。国際仲裁は近年世界的に増加しているが、それは国際取引においては裁判よりも仲裁の方が機能するとの考え方が一般化しているからである。仮に裁判手続を利用することになった場合、一方当事者の国の裁判所に訴えることになるが、相手方にとってみれば、馴染みのない国の裁判手続を強制されることになり、中立性の観点からも不安がある。司法制度が十分発達していない新興国の裁判であればなおさらのことである。他方、国際仲裁であれば、中立地で第三国籍の仲裁人を選ぶなどして中立性を確保できる。また、ある国の裁判手続で勝訴したとしても、その判決を別の国で執行できるとは限らないが、仲裁についてはニューヨーク条約という仲裁判断の執行のための条約があり、約150か国が加盟していることから、仲裁判断を外国で執行することは裁判よりも容易である。

 本稿では、私が国際仲裁に携わることになったきっかけと、その面白さについて触れてみたい。

 ・国際仲裁に取り組むことになったきっかけ

 日本で新しい仲裁法が施行されたのは2004年であり、私が弁護士登録をした年である。それまでは「公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律」という名前の古めかしい仲裁法しかなかったのであるから、非常に大きな変化であった。

 また、新仲裁法の制定・施行と同時期に、日本仲裁人協会が設立された。日本仲裁人協会は、仲裁・ADRに関心のある者の間で知識や経験を共有し、人材の育成、研究、普及活動を行うことを目的として設立された団体である(現在は公益社団法人となっている)。所属事務所の先輩弁護士から、その事務局の仕事を手伝ってくれないかと誘われたのが、私が仲裁に触れた最初のきっかけであった。

 所属する法律事務所での就活時の自己PR欄に「勝負にはこだわりたい」とだけ記載していた私は、入所当初から訴訟を含めた多種多様な紛争解決案件を担当することになり、徐々に仲裁にも関心を持つことになった。日本仲裁人協会では主に仲裁実務家養成の研修プログラムの企画・運営に取り組んでいたが、実際に自分自身で国際仲裁案件に関与する機会をなるべく多く得たいと考えた。留学先に選んだニューヨークは、世界的な仲裁地の一つであり、ロースクールでは国際仲裁に関するコースをいくつも履修することができた。また、国際仲裁に強い法律事務所も多かったので、その一つに頼み込んで研修させてもらった。さらに、ニューヨークには、著名な仲裁機関であるアメリカ仲裁協会の国際部門があり、そこで研修する機会も得られた。そのような中で出会った仲裁実務家は、おしなべて国際仲裁の普及に熱心であり、意欲のある者に対して快くチャンスを与えようという懐の深さを感じた。

 ・国際仲裁の何がおもしろいのか

 仲裁も、紛争解決の手段であるという意味では訴訟と同じであり、仲裁手続は訴訟手続に似た面が相当にあって、必ずしも特別なものではないという捉え方もできるであろう。実際上、訴訟案件を通じて身につけたテクニックは、国際仲裁案件でも生きる場面が多い。しかし、国際仲裁独自の難しさ・面白さというものもある。

 仲裁手続について、国際商業会議所国際仲裁裁判所(ICC)、アメリカ仲裁協会/紛争解決国際センター(AAA/ICDR)、ロンドン国際仲裁裁判所(LCIA)、日本商事仲裁協会(JCAA)といった代表的な仲裁機関は、それぞれ仲裁規則を定めており、(機関ごとに一定の独自性はあるが)何度も改正を経る中で内容はかなりの程度相互に共通したものとなっており、国際的なスタンダードを形成している。もっとも、仲裁のメリットの一つは手続の柔軟性であるから、必ずしも細かい部分まで規定されているわけではなく、仲裁人や当事者代理人によって左右される部分も大きい。

 国内裁判における民事訴訟のあり方は国によって随分と違っているが、国際仲裁では、申立人と、被申立人と、仲裁人の国籍がそれぞれ異なることが通常であるから、その中で適切な紛争解決手続を採用していくというのは、相当に野心的な試みといえる。例えば、文書提出・文書開示の場面だけを見ても、コモンロー系の証拠法のアプローチによる場合、米国民事訴訟におけるディスカバリーのように、当事者に広汎な文書提出・開示義務を課すのが一般的であり、開示を怠ると非常に厳しい制裁が待っている。これに対して、日本も含めた大陸法(シビルロー)系のアプローチによる場合、一般的には、当事者は自ら保有する文書にのみ依拠できるのが原則であり、相手方に対する文書提出・開示義務は限定的である。国際仲裁の実務上、文書提出・文書開示の範囲について争いになることは多いが、仲裁人や当事者の法的バックグラウンドが異なる場合はうまく調整しなければならない。こういった問題に代表されるように、国際仲裁では実務上難しい局面も多々あるが、その分、ルール作りをしていく面白さもある。

 ・国際仲裁と国際的法曹団体

 訴訟は国が運営するものであって、制度としてなくなることはない。しかし、国際仲裁は当事者が合意して選択するものであるから、信頼に足りない制度とみなされて、選ばれなくなってしまうと、国際取引・投資紛争の有効な解決手段が失われかねない。国際的な法曹団体では、仲裁実務家が集まって、国際仲裁をうまく機能させ、よりよい制度にするにはどうしたらよいかを常に議論している。例えば、国際法曹協会(International Bar Association、IBA)は約55,000人の法曹が会員として加盟する世界最大の国際的法曹団体であるが、その中でも仲裁委員会の存在感は非常に大きい。先ほど述べた文書提出・文書開示の問題についても、IBAの仲裁委員会が、コモンロー系と大陸法系双方の仲裁専門家からなるワーキンググループでの議論を経て証拠調べ規則を作成しており、実際の仲裁案件で採用される例も増えている。

 IBAなどの団体の国際会議では、仲裁実務家が多く参加するので、仲裁を共通言語にして友人・知人が増えていくのも楽しみの一つである。さらに、仲裁関係団体・仲裁機関は比較的若い実務家のためのフォーラムを設けていることが多く(概ね40歳以下だと若手とみなされるようである。)、気後れすることなく同年代の仲裁実務家と活動するチャンスもある。国際仲裁に関与していれば、必然的に海外出張も多くなるが、私は海外旅行が好きなのでもってこいである(海外でもメールチェックができるので、業務対応をしながら日本との時差に苦しむことも多いが…)。

 ・終わりに

 訴訟であれば、日本の弁護士は日本の裁判所でしか法廷に立つことはできない。しかし、国際仲裁であれば、(仲裁地の法律が整備されていれば)世界中どこでも当事者を代理することができるし、仲裁人になることができる。弁護士としての活動のフィールドの広さも国際仲裁の魅力である。

 私が弁護士登録した10年前と比べても、日本の国際仲裁案件は増えてきていると感じられるが、アジアでは、近時、シンガポール、香港、マレーシア、韓国といった国々が、仲裁振興策を積極的に導入しており、相当の成果を上げている。それらの国と日本とは必ずしも立ち位置は同じではないが、日本が仲裁地として魅力あるものにならなければ、仲裁案件が海外にばかり行ってしまうことになりかねない。日本企業にとっても、そのような状況は好ましいものではない。サッカーでいえば、ホームで試合ができるチャンスがあるはずなのに、アウェーや中立地での試合ばかりになっていくということである。日本をベースとする国際仲裁弁護士としては、国際仲裁についてよりよいサービスの提供ができるよう、スキルの向上に努めなければならないし、日本の仲裁実務について信頼性を高める必要性も感じている。そして、将来的には日本人が国際仲裁の実務をより積極的にリードできるようになればと思う。国際仲裁は、取り組むべき課題が多い分、やりがいも大きい分野であると感じている。今年10月にはIBAの年次総会が東京で開催され、仲裁実務家も世界中から集まってくる。このような機会も生かし、日本の仲裁実務の発展に尽力していきたい。

井上 葵(いのうえ・あおい)

 2001年3月、東京大学法学部卒。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2010年5月、米国Columbia University School of Law(LL.M.)。2010年9月から2011年3月まで米国ニューヨークのHughes Hubbard & Reed法律事務所勤務。2011年3月、ニューヨーク州弁護士登録。2011年4月-6月、アメリカ仲裁協会(AAA)の国際部門International Centre for Dispute Resolution (ICDR、米国ニューヨーク)にて研修。2011年9月、当事務所復帰。2012年10月から日弁連ADR(裁判外紛争解決機関)センター国際投資紛争特別部会幹事。2014年1月、当事務所スペシャル・カウンセル就任。
 著書に「仲裁・ADRフォーラム Vol. 4」(日本仲裁人協会編、信山社 2013年2月)(共著)、「精選 金融判例解説-金融実務の観点から-」(日本加除出版 2013年2月)(共著)、「新会社法の読み方-条文からみる新しい会社制度の要点-」(社団法人金融財政事情研究会 2005年)(共著)がある。
 論文に"Getting the Deal Through – Investment Treaty Arbitration 2014" (日本関連部分)(Law Business Research, 2013)(共著)、"International Comparative Legal Guide to: International Arbitration 2013" (Japan Chapter) (Global Legal Group, London (www.iclg.co.uk) 2013年8月)、「投資協定・投資仲裁の活用 ~海外投資リスクを最小化するために」 Global Angle No. 86 (2013年5月号)(共著)、「投資協定を海外ビジネスの武器に~発効が待たれる日中韓投資協定~」 ビジネス法務(2013年4月号)、「中国ビジネスにおける投資仲裁の可能性 日本企業による日中韓投資協定の活用」 ザ・ローヤーズ (2012年11月号)(共著)、「投資協定仲裁の概要と日本企業による活用」 ザ・ローヤーズ (2012年9月号)(共著)、"International Comparative Legal Guide to: International Arbitration 2012" (Global Legal Group 2012年8月)、「企業紛争処理における国際仲裁[入門編]」(Lexis企業法務2007年5月号)(共著)などがある。

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