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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

駅員・車掌だった私が弁護士になって感じる社会人経験者と法曹

中村 拓朗(なかむら・たくろう)

元駅員・車掌が弁護士になって感じること
 ~ 社会人経験者弁護士への乗り換え案内

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
中村 拓朗

 勤務場所は「法務…」ではなく「(駅の)ホーム」

拡大中村 拓朗(なかむら・たくろう)
  2003年3月、慶應義塾大学法学部卒。2003年4月から2007年3月まで東日本旅客鉄道株式会社勤務。2005年11月、社会保険労務士試験合格。2010年3月、東京大学法科大学院(法務博士(専門職))。2012年12月、司法修習(65期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2013年1月、当事務所入所。
 私は、2003年に大学を卒業してから4年間、鉄道会社に勤務していた。私は事務系社員として採用されたが、新入社員研修では、トンネルや橋の保守、信号点検、工場等で実習する機会にも恵まれた。信号設備の点検で夜勤をした翌日、大規模な信号トラブルが発生した際はさすがに背筋が凍ったが、その後、私が点検に立ち会った信号所が原因でなかったことがわかり、ほっと胸を撫でおろしたことが印象に残っている。

 その後、千葉県内の某駅に駅員として配属され、約1年間勤務した(なお、私は当時、東北地方への配属を希望していたが、「人事」と書いて「ひとごと」と読める通り、人事異動の希望は通らないのが常である)。駅員時代は、原則24時間拘束の勤務体系のもと、改札や発券窓口でのお客様対応、ホームでの保安業務等に従事した。金曜深夜の最終電車で人身事故が発生し、電車が長時間止まった際には、改札口で数十人のお客様に囲まれた上、胸ぐらをつかまれ、数時間にわたって怒鳴られ続ける経験もした。また、当時は駅内にある宿泊設備の都合上、二段ベッドに父親位の年齢の先輩社員と宿泊することもあり、物音を立てたり、いびきをかいたりしないよう気を遣っているうちに、なんとなく寝付けないまま、翌日早朝から通勤ラッシュの対応をしたこともあった。

 2年目は、神奈川と埼玉を結ぶ電車を担当する車掌となり、日々、電車に乗務しながら、お客様の安全確保、ドアの開閉、車内放送等の業務に従事した(弁護士になった後、宴会等で「車掌の声マネやって」と言われることが度々あるが、私の場合は「声マネ」ではなく、一応「元」本物である)。車掌時代には、乗務した電車が、線路内に立ち入ったお客様と接触事故を起こしそうになるという経験もした。また、駆け込み乗車したお客様の傘が挟まったまま電車が発車し、お客様が電車に引きずられかけたため、私が即座に電車を非常停止させ、事故発生を未然に食い止めたこともあった。

 その後は、支社の人事・労務部門に異動となり、これまでの労働者の立場とは全く正反対に、経営者側の立場から、社員の労務管理や労働組合との折衝等を担当する部署で約2年間勤務した。

 そんな私も、法科大学院進学、司法試験受験を経て、現在は、国際的な企業法務案件等を扱う法律事務所で弁護士をしている。

 各駅停車? 特急電車?

 前置きが長くなってしまったが、この記事を読まれている方の多くは、いわゆる「社会人」に分類される方々であろう。社会人の方々にとって、私が歩んできた、大学院進学・資格取得・転職は、かつての私がそうであったように、皆さん一度位は意識されたことがあるテーマではないかと思う。

 私にとって、会社員時代の経験は、人間としての成長という意味でも、また、現在、弁護士として執務する上でも、極めて貴重な財産となっている。とはいえ、駅員や車掌として現場に勤務していた頃は、時として単調で、また、時として自分ではどうしようもない事柄でお客様から怒鳴られることも多い中、自分は社会人として十分に成長しているのか、このままの生活で良いのだろうかと考えることも多くあった。就職氷河期と言われた時代、仕事を頂けるだけでもありがたいのだが、自分は各駅停車である一方、他社に就職した友人は特急電車で、社会人としてどんどん離されているのではないかと不安に感じたりもした。社会人の方々の中には、友人等の話を聞いて、同じような思いを持ったことがある方も多いのではないだろうか。私は会社を辞めてみて、はじめて、当時の自分がいかに甘い考えだったか、他人の芝が青く見えていただけだったかということを痛感したが、渦中の当事者本人が、自分の立ち位置を客観的かつ冷静に分析・判断することは難しい。また、キャリアプランというものは、常に外在的要因に阻害され、考えた通りには進まないのが現実である(鉄道旅行の計画と似ている・・・のかもしれない)。とはいえ、リスクを恐れて何もしなければ、自分が望む新しい世界を見ることはできないし、また、逆に思い切りが良すぎても、結果的に自分が望まないキャリアしか選択できなくなる可能性がある。若輩者の私が述べるのも畏れ多いが、転職を経験した身としては、職業を変えても社会人経験が活きることを踏まえ、それぞれが自身・家族の人生計画にあったキャリアを歩んで頂けたらと思う。

 社会人経験者の方へ‐弁護士転身のススメ‐

 私は、紆余曲折を経て、会社員というレールから少々脱線し(やや駆け込み乗車的にではあるが)、法曹の道を歩むこととなったが、先程も述べた通り、社会人時代の経験が弁護士として執務をする上で極めて貴重な財産となっている。私は現在、労働法案件を中心に取り扱っているが、クライアントに何かを提案する際も、自分があの頃の労働者側の立場だったらどう思うだろうか、逆に、経営者の立場だったら気になる点はないかとできるだけ考えるようにし、労使双方の立場を経験したメリットをできるだけフル活用するようにしている(とはいえ、弁護士としては極めて未熟であり、学ぶことばかりの日々であるが・・・)。一方で、社会人経験者は、司法試験に合格しても、年齢的な観点等から就職先が見つかりにくいという話も聞く。しかし、社会人としての経験は、若さとはまた違った一つの大きなアドバンテージであるように思う。実際、私が所属する法律事務所においても、金融、商社、メーカー、シンクタンク等で社会人経験を積んだ後に弁護士へ転身した先生が多数おり、それぞれの経験を活かし、各分野において活躍している。

 私が法科大学院に入学した2007年頃、私のクラスの約2割程度は社会人経験者であった。しかし、現在は、弁護士となった後の生活の不安、法科大学院の費用、当初の想定から大幅に減少した司法試験合格者数などの理由から、法科大学院を経て法曹を目指す社会人の割合は大きく減少しているようである。とはいえ、働きながら予備試験(合格すれば法科大学院を経ずに司法試験受験が可能となる試験)を受験する社会人の数は毎年一定数存在する(法務省の発表によれば、平成26年度予備試験の出願者数12,622人のうち、約3割程度は社会人のようである)。働きながら予備試験を突破すること、または、キャリアを中断して法科大学院に進学することは容易なことではない。しかし、当初の法科大学院設立の趣旨がそうであったように、是非、一人でも多くの社会人がそれぞれの経験を活かし、弁護士として活躍できるような法曹養成制度が構築されることを願ってやまない。

中村 拓朗(なかむら・たくろう)

2003年3月、慶應義塾大学法学部卒。2003年4月から2007年3月まで東日本旅客鉄道株式会社勤務。2005年11月、社会保険労務士試験合格。2010年3月、東京大学法科大学院(法務博士(専門職))。2012年12月、司法修習(65期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2013年1月、当事務所入所。
  論文に「相談室Q&A(セクハラにより諭旨退職が検討されている一方で、退職勧奨されていると主張する従業員を懲戒解雇できるか)」(労政時報第 No.3865 2014年4月11日号)がある。

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