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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

法律業務と言葉 ~ 文章作成の際に意識すること

甲立 亮(こうだて・りょう)

法律業務と言葉

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 甲立 亮

 はじめに

拡大甲立 亮(こうだて・りょう)
 2001年3月、早稲田大学法学部卒。2003年10月、司法修習(56期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2010年5月、米国 Northwestern University (LL.M.)。2010年9月から2011年6月までシドニーのMallesons Stephen Jaques法律事務所勤務。2011年8月、当事務所復帰。2014年1月、当事務所パートナー就任。
 私が弁護士として働き始めてから、10年以上が経過した。弁護士になろうと思った動機にそれほど特別なものはないが、当時を振り返ってみると、文章を書く能力や論理性など、言葉を使う能力が人より長けていると思っていたのは一つの理由だったと思う。後にそれはとんでもない勘違いだと分かって、今思うと恥ずかしい限りだし、相変わらず拙い文章を書いてばかりだが、仕事をする上で言葉について考えることは多い。

 言うまでもなく、弁護士として仕事をするにあたって、言葉は重要である。当事務所では海外の当事者が関係する仕事も多く、日本語のほかに英語も必要になる。また、頭で考えたことを言葉を介して発信する仕事なので、メールや電話、書面など、発信の形式は変われど、あらゆる場面で言葉を扱う能力が重要となる。

 日本語について

 弁護士になったばかりの頃、一つ印象に残っているのが、日本語で書いた文章について何度も書き直しをさせられたことだ。構成が悪い、論理的でないといったレベル以前に、そもそも分かりづらいということが大きな理由だった。それまで20数年間日本語を使って生活してきて、そんなことを言われたことはなかったし、文章を書くことについて特に苦手意識はなかったので、とても衝撃的だった。その一つの要因が、読み手をあまり意識していなかったことだと思う。実際にできているかは別問題だが、今は、読み手がどのような人かによって、表現や構成を柔軟に変えるように意識している。法律に関する文章だと、どうしても用語は難解になりがちなので、可能な限り平易な表現を使うのは大前提だし、例えば法務部の人に説明する場合と、他の部署の人に説明する場合では、表現もそうだが、どういう例を使って説明すれば納得を得られやすいのか、そういったところも違ってくるように思う。また、当然ながら、書類の性質によっても違いが生じる。格式が要求されない書類、例えば問題点を整理するためのレジュメのような書類では、文章の形式にこだわらず、表形式で整理したり、図を挿入したりもするし、場面によってはパワーポイントで作成した方がいい場合もある。結局、多くの人に読まれる書類を作成しなければならず、かつあまりくだけた表現が使えないような場合、例えば複雑な論点についての意見書を作成するような場合が、私にとっては一番難しいように思う。

 英語について

 冒頭で書いた通り、当事務所では英語を使った業務も多い。最近は東南アジアや南米など、様々な地域に行くようになったが、少し前までは、働き始めて何年か経験を積んだ後、アメリカや欧州の大学に一年留学して、その後、やはり半年から一年程度、英語圏の法律事務所で研修をするということが多かった。学生時代、英語の成績はそれほど悪くなかったが、やはりいざ仕事で使うとなると全く別物だった。読むにしても、学校の試験のような2~3枚の分量ではなく、何十ページ、何百ページといった書類が出てくることもあるし、書くことについてはもっと経験不足だった。ましてや話す、聴くに至ってはもはや壊滅的だった。私は、5年ほど実務経験を積んだ後、米国の大学に留学し、オーストラリアの法律事務所で研修したが、その前後で英語の能力そのものが劇的に変わったかというと、あまりそういう実感はない。ただ、書くにしても話すにしても、英語を使ってコミュニケーションをとることについての意識は変わって、正確に意思疎通をするためのツールというような捉え方になった。個人的な推測で恐縮だが、英語が母国語で、かつ国際的な仕事をしている人達は、ネイティブでない人と会話する機会も多いからか、上手ではない英語にも慣れているような印象があるし、その点についてそこまで頓着しないように思う。私がオーストラリアの法律事務所で研修していたときも、何人かのパートナーの下で働いたが、一様に、私が作った書類やメールを直しもせずに外部に出していたし、電話を掛けさせられることも多かった。

 法律業務の特殊性

 近年、法律業務も多様化しているが、やはり契約書や意見書といった文書の作成は主要な業務である。また、憲法や刑法など、法律の文言が短い場合には特に顕著であるが、一つの表現をめぐって幾通りもの学説、解釈が唱えられる。

 法律業務で書類を作る際も、明確さや分かり易さといった観点はもちろん必要である。例えば、100ページを超えるようなローン契約を作って、契約が締結され、貸付けが行われれば、ひとまず取引は完了する。しかし、貸主は、お金を貸している間は借主の財務状態が気になるし、財務状態を悪化させるような借主の行為を制限する必要があるため、貸付後に借主が報告しなければならない事項や、借主がやってはならない事項を契約で定める場合がある。貸付期間が5年といった長期に及ぶ場合、その間、契約の作成に携わった関係者が異動してしまうかもしれないし、契約作成時の状況は忘れ去られてしまう。その際に、契約作成時の状況を知らない人が契約を見て、何をしなければならないのか、何をしてはいけないのかが分からなければ不都合であろう。また、従来、日本の当事者間の契約は、欧米式の契約に比べて短いことが多かった。義理人情の世界ではないが、細かいことを決めなくても、この人ならそんなにひどいことはしないだろう、という信頼関係が重視されていたのではなかろうか。しかし、近年では、契約が長大化し、100ページを超える契約というのもそれほど珍しいものではなくなってきた。そういった場合に難解な言葉を使ってじっくり読まないと意味が分からないようでは、もはや読む気も起こらないように思う。

 これまで述べてきたのとは反対に、あえて含みを持たせる場合もある。読み手にどこまで伝わるのかは分からないが、ある問題について、どうしても結論がはっきりと出ない場合もあり、そのような場合には回りくどい言い回しにならざるを得ないこともあるように思う。また、契約交渉の場面で、こちら側の交渉力が弱く、ある条件について譲歩せざるを得ない場合に、関係する契約の規定をあえて不明確で解釈の余地が残る形にするという戦略もある。その後、その規定の解釈が問題となった際に、どちらも譲らなければ裁判となるわけだが、裁判に持ち込めば勝つ見込みがゼロではないし、途中で和解するようなことがあれば、完全に譲歩するよりもいくらかは得られるものがある。

 最後に

 私自身、特に何か人に語れるような趣味や特技があるわけではなく、安易に普段考えることが多いものをテーマにしてしまったが、ある程度まで書き進んだ後に後悔した。こういったことを書いておきながら分かりづらい点も多々あるかもしれないが、どうかご容赦頂ければ幸いである。

甲立 亮(こうだて・りょう)

 2001年3月、早稲田大学法学部卒。2003年10月、司法修習(56期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2010年5月、米国 Northwestern University (LL.M.)。2010年9月から2011年6月までシドニーのMallesons Stephen Jaques法律事務所勤務。2011年8月、当事務所復帰。2014年1月、当事務所パートナー就任。

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