メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

ベトナムの日本人弁護士の自問自答

坂崎 宏幸(さかざき・ひろゆき)

ベトナムに赴任して得られたもの

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
坂崎 宏幸

 1. はじめに

拡大坂崎 宏幸(さかざき・ひろゆき)
 2000年3月、東京大学法学部卒。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)。柳田野村法律事務所、ブレークモア法律事務所での勤務を経て2007年9月、当事務所入所。2013年5月、米国University of Southern California (LL.M.)。2013年9月から2014年8月までホーチミンのKelvin Chia法律事務所に勤務。2014年10月、当事務所復帰。
 私は、2013年秋より1年間、シンガポールの法律事務所のベトナム支店(ホーチミン支店)で実務研修を行う貴重な機会を得た。
 ここ数年でビジネスローヤーの海外法律事務所における研修事情は大きく様変わりしたように思う。従前は海外のロースクール卒業後、引き続き留学先の欧米に留まり、同地の法律事務所で実務研修を行うことが主流であった。しかし、特にリーマンショック以降、多くの日本企業が海外マーケットへの進出を図り、現地で発生する様々な法律問題に直面する中で、日本の法律事務所が所属弁護士を出向あるいは研修という形で新興国に派遣するケースが増加している。私が1年間滞在したベトナムのホーチミンシティにおいても正確な実数はわからないが、10人以上の日本人弁護士が現地に駐在しており、私の駐在中にベトナム史上初であろうと思われる(日本の法律事務所の所属でない)現地の日系企業に就職する日本人現地採用弁護士も誕生していた。なお、私の場合、司法修習の同期で既にベトナムで研修を行っていた友人が自分の後任として推薦してくれたことがきっかけで、図らずもこのトレンドに乗ることになった。

 2.ベトナムでの日本人コミュニティー

 ホーチミンでは、現地企業の多くは日本企業の互助会ともいうべき商工会に加入し、商工会主催の活動も活発に行われている。また、こういったオフィシャルな活動のみならず、アンオフィシャルな活動も多岐にわたって行われている。ホーチミンでは、スポーツ、趣味、同期会、県人会など様々なカテゴリーに基づく日本人の集まりが存在し、また、在住者及び出張者を問わず参加できるイベントも多い。新たな日本食のレストランがオープンするとなると、在住者の話題を集め、オープンすると我先にと多くの在住者が駆け付ける。日本では当たり前の出来事が在住者にとって一種の娯楽でありイベントになっているのである。こうした私的な集まりからビジネスに発展することが多いのも現地の人間関係の特徴であり、酒席の場で遭遇して翌日には早速営業活動の一環で互いの会社訪問を行うことも多い。さらに、ベトナムでは、周辺のアセアン諸国と比較してITに習熟した現地人材が豊富で日系の新興のIT企業やスタートアップも多く、そうした人々が様々なイベントを企画し、そこにも人が集まる。皆プラスアルファを得たいとひしめき合っている印象で狭いながら濃密なコミュニティーが存在した。

 私は、日本では、不動産証券化を含むアセットファイナンスやストラクチャードファイナンスの分野の仕事を取扱うことが多い。同分野ではリーマンショック以降、市場が停滞し、多くの有力なプレーヤーがマーケットからの退場を余儀なくされた。私のベトナム在住時には、そのようなかつての有力プレーヤーの関係者で東南アジアに活動の舞台を移したビジネスマンとお会いする機会も多くあり、ベトナムにいながらにして思いもかけず昔の証券化マーケットの話で盛り上がって意気投合することもよくあった。彼らは、東南アジア全域で活動しており、出張ベースでの来越になるため、在住者と目線は異なるものの、ベトナムのマーケットに熱視線を送っている。ベトナムの投資環境は外資にとって未だハードルが高いが、今後大きな変化が期待できる。

 3.新興国での日本の弁護士としての役割とは?

 以上のように私の在住期間中、日本人のコミュニティーは活況を呈していて非常に熱かったといえる。このように狭いコミュニティー中で様々な方が様々な活動を行っていて、それぞれに強く自分をアピールしている中で、自分の役割とは何なのか、あるいは自分のできることは何なのかについて考えを巡らせることが多かったのは当然のなりゆきかもしれない。現地法の資格すら持たない日本人の弁護士がこの地で何をできるのか、また何をすべきなのか、これは、私がこの1年間で自問自答してきたことでもある。
 もっとも、ベトナムの法律は手ごわい。日本では大きな書店に行けば学者や実務家による法律の解説書がありそこで法律解釈が展開されたりもするが、ベトナムではこうした解説書は非常に少ない。裁判例も公開されておらず、確定した判決が事後の最高裁判所等の申立てにより覆るといった日本にない制度も存在する。そのような中で、依拠できる資料は少なく、条文が曖昧な場合にはクライアントから提示された疑問に対し「解」を提示できないこともあり得る。ベトナムでは、賄賂の問題は避けて通れないとも言われるが(現地在住の日本人でバイクに乗る日本人は多いが、身近なところでは、警官から交通法規違反を指摘され、その解決に賄賂の提示を求められたという話もよく聞く)、その賄賂も、根源は法律が曖昧で恣意的に運用されやすいことと無関係でない。こうした中でローヤーが活躍できる場面について制約が生じることは否めず、そこが新興国法務の難しい部分である。ではこれに対する打開策はないのか。そこで、一つの答えとして考えられるのが政府相手のロビー活動であろうと思う。例えばベトナムでは、商工会を中心とした日本企業の代表とベトナム政府との法律面を含めた事業環境改善を目的とするラウンドテーブル(日越共同イニシアティブという)が設けられており、このラウンドをもとに特定の分野で規制が緩和されるなど成果も出ている。個別の案件に関わることも重要だが、こうした活動に長期的にコミットし、説得力ある交渉提案を行い、新たな制度作りに積極的に関与していくことは、法律家として求められる役割といえるのではないか。

 また、少し視点が異なるが、クライアントとなる現地企業の駐在員は日常のビジネスにおいて東南アジア各国を飛び回っている。ベトナムにいても数ヵ月後には別の東南アジアの国に異動するというケースもたくさんある。彼らの多くはアジアのプロフェッショナルなのである。1国の事情に精通したとしても未だアジア初心者の域を出ず、彼らからすれば頼りになる存在とはいえない。むしろアジア各国の社会及び制度の共通項及び相違点を俯瞰することで、新興国特有のリスクに対し解決のためのより多様なアプローチを提示できるようになるのではないかと思える。弁護士の場合ともすると国ごとに異なる分野として位置づけられそうだが、むしろ東南アジア人材として各国を横断的に理解するという視点やそうした視点に基づき複数国での駐在経験を積むなどのアプローチが重要になってくるかもしれない。

 4 ベトナム人とのかかわり

 ここまで書いてみると、在ベトナムの日本人社会との関わりが中心になっているので若干ベトナム人との交流についても触れたい。ベトナムでの研修先事務所の同僚には一緒に企画した日本向けセミナーでの議論に根気よく付き合ってもらったこともあれば、バイクの買い方をはじめベトナムでの生活のあらゆる面でサポートや気遣いを頂いた。また、業務外でも、例えば夕方仕事を終えて帰宅すると、近所の顔見知りのベトナム人が集まって道端で七輪を使って魚を焼いていて、顔見知りの私を見掛けるや一緒にその輪に加わらないかと気軽に誘ってくれるようなフレンドリーな一面もある。ベトナム人コミュニティーについて「三丁目の夕日」という映画を引き合いに出されることもあるが確かに日本人が忘れてしまった絆のようなものを思い出させてくれる。

 5 最後に

 ベトナムと聞いて多くの方が思い浮かべるバイクの洪水は今のベトナムでは日常生活の一コマでもある。バイクの洪水は人々が帰途につく夕方には道路を埋め尽くし、奔流となって合流、分岐を繰り返しながら東へ、西へと縦横無尽に流れていく。こうした風景をオフィスから眺めていると、彼らは今もなおどこかに向かっていて、そしてその行き先はどこになるだろうかと強く考えさせられる。そして、おそらく何かの縁あってベトナムという国に関わることとなった僕達をどこに連れて行ってくれるのか、その流れに巻き込まれた僕達に彼らはどのような景色を見せてくれるのかという意味でもこの国に対する興味は尽きるところがない。

坂崎 宏幸(さかざき・ひろゆき)

 2000年3月、東京大学法学部卒。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)。2004年10月から2005年8月まで柳田野村法律事務所勤務。2005年8月から2007年8月までブレークモア法律事務所勤務。2007年9月、当事務所入所。2013年5月、米国University of Southern California (LL.M.)。2013年9月から2014年8月までホーチミンのKelvin Chia法律事務所に勤務。2014年10月、当事務所復帰。
 論文に「再生手続開始後の再生債務者が民法177条の第三者に該当するとされた事例」(「ビジネス法務」2009年5月号)、「債権譲渡人について支払停止または破産の申立てがあったことを停止条件とする債権譲渡契約に係る債権譲渡について否認権行使を認めた判決」(民事研修No. 629、2009年9月号)(共著)がある。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。