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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

シンガポールでの日本食レストラン出店戦略のポイントと法務

副田 達也(そえだ・たつや)

シンガポールの経験

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
副田 達也

拡大副田 達也(そえだ・たつや)
 2005年3月、東京大学法学部卒。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2009年から2010年まで国内大手証券会社勤務。2012年5月、米国New York University School of Law (LL.M.)修了。2012年から2013年までシンガポールの法律事務所で勤務。2013年9月、当事務所復帰、ニューヨーク州弁護士登録。2013年から2014年までシンガポールオフィス勤務。
 海外で暮らすと、自分が日本人であることを強く自覚するというのは、よく言われることだと思う。特に食事だ。私は4年前にニューヨークに1年間留学し、その後はシンガポールで2年4か月暮らした。シンガポールは最初の1年間は現地の法律事務所での研修であり、その後は2013年に開設された所属事務所のシンガポール支店でのいわゆる駐在弁護士としての勤務だった。計3年4か月に及ぶ海外生活である。その間、ニューヨーク、シンガポールそれぞれの日本食レストランにはすっかりお世話になった。
 せっかく海外で暮らしているのだから、現地でしか食べられないローカルフードを満喫したらいいのに、という声が聞こえてきそうだが、日本人同士で集まるときはやっぱり日本食の居酒屋(ニューヨークにもシンガポールにもたくさんあった)で飲むのが落ち着くし、現地の友人と食事をするときも、日本びいきの友人だと「日本人がチョイスする日本食のレストランに行きたい」などと言い出すので、結局日本食になってしまう。
 結果、外食で日本食を選択する頻度はとても高かった。

 ところで、シンガポールではこの数年日本食ブームが続いている。帰国直前の昨年11月の時点でも、次々に新しい日本食のお店が開店していて、いまもってその勢いは衰えていないようだ。
 おそらくブームの最初は日本食を掲げていれば客は入ったのだろうが、何年もブームが続くとお店の数も増え、競争が激しくなってくる。実際、開店したと思ったらほんの数か月で閉店してしまうお店も多い。それでも、シンガポールを起点にして東南アジア各国に展開したいという野心もあってか、シンガポール出店をもくろむ日本の飲食店はまだまだ多いようだ。
 そこで、シンガポールに2年4か月居住して日本食店を巡り、また仕事の上でも、飲食店を経営するクライアントの案件をしばしば担当した経験から、本稿ではシンガポールで日本食レストランを開店することの難しさについて触れてみたいと思う。なお、言うまでもないが、私は弁護士であって飲食業経営の専門家ではないので、以下はあくまで個人的感想として受け取っていただきたい。

 シンガポールで日本食店を成功させることの難しさの一つは、シンガポール人の客層を掴むことの苦労だろう。日本人が好む味のきちんとした日本食であれば、日本人客はある程度は来るかもしれない。しかし、客層として絞り込むには人口が少ないし、日本人から見てもおいしいお店は既にたくさんある。
 市場規模を考えると、シンガポールでこれからお店を開店して成功させるためには、シンガポール人に気に入られることがどうしても必要なのだ。

 実は、シンガポール人と日本人とではその味覚には違いがあり、日本人が美味しいと感じる味でも、シンガポール人にはいまひとつ、ということはしばしばある。例えば、日本食の一部はシンガポール人には少々塩辛く、甘みが足りないように感じられるようだ。(逆に、シンガポール人のお気に入りのローカルフードの中には、日本人にとっては甘すぎるものがよくある。)
 ところが、日本人の客層は捨ててシンガポール人のみをターゲットとする味付けをしても、うまくいかない。シンガポール人はブランドや箔といったものを重視する。日本食である以上、日本人に認められることはお店の箔として必要であり、日本人が「おいしくない」と断じたお店は敬遠されてしまうのだ。こうなると、結局どちらの客層もつかめない。

 [余談] こうした問題をうまくクリアして繁盛させているお店のひとつに、私が毎週のように通っていた博多系のとんこつラーメン店がある。このお店は、紙に記入して注文する方式だが、日本人向けに味付けした「オリジナル」とシンガポール人向けにアレンジした「ローカル」を(さりげなく)選択することができるようになっていた。一杯S$15からS$20とラーメンとしては高めの価格設定であったにもかかわらず、毎日昼時にはシンガポール人と日本人が混在した行列ができていた。(なお、上記で味を選択できることを「さりげなく」可能にしたということは、個人的には重要だと考えている。シンガポール人向けにアレンジしていることを露骨にアピールすると、日本人客とシンガポール人客の両方に敬遠されていたかもしれない。)

 さらに、シンガポールではホーカーと呼ばれるフードコートでS$4(現在S$1は約90円である)も出せばおいしい麺やチキンライスが食べられる。シンガポールは外食文化で、シンガポール人は朝食から夕食まで毎日このホーカーを利用する。
 他方で、日本食は、多くの材料を日本や韓国から仕入れなければならないため、材料費がかかる。仕入れルートの開拓だって簡単にはいかない。日本人シェフを雇っていれば人件費も高い。そのため、日本食店ではランチでもS$15はくだらないし、ディナーであれば、ちょっとした居酒屋でも、あっという間にS$100程度はかかってしまう。
 そのため、シンガポール人に日常的に使ってもらえるような価格帯で勝負するのは容易ではないのだ。

 また、シンガポール政府は、この数年の間に、外国人労働者については付加価値の高い労働者のみを受け入れる政策にシフトし、外国人労働者の就労ビザの発行審査を厳格化している。

 [余談] シンガポールは、建国以来、経済発展を優先する観点から、外国人労働者を積極的に受け入れてきた。しかし、近年は、賃料の高騰や交通機関の混雑に対するいらだちや、外国人に就労機会を奪われているのではないかという意識が高まり、シンガポール国民の外国人労働者に対する不満が蓄積されていた。そこに、シンガポールの民主化の浸透という状況が重なることで、この有権者の不満が政権の支持基盤にまで影響を与えるに及び、政府は大きな政策転換を行ったのである。

 日本人シェフやホールスタッフを日本の本社から派遣しようとする場合、あるいは永住権のない日本人を現地採用する場合、雇用者側で就労ビザを取得しなければならないが、就労ビザの審査が厳格化したことで、ホールスタッフのような特に技能を必要としないものとみなされる職種で就労ビザを取得することは非常に難しくなった。就労ビザを取得できる場合でも、固定給与を日本では考えられないような高い金額に設定しなければならないので、日本の店舗よりもはるかに高い人件費がかかる。
 ホールスタッフなどはシンガポール人を現地で雇用すればいいのだろうが、文化や国民性の違いから、日本食のお店で日本人が期待するレベルのサービスを提供できるまでに教育するには大変な苦労が必要になるだろう。その上、シンガポール人は転職に躊躇がなく、人材の流動性も高いため、せっかく教育した従業員が他のライバル店に移ってしまったという事例も珍しくない。
 日本人客はサービスにうるさいので、サービスレベルが低下してしまうとあっという間に離れる。そうなるとシンガポール人客も離れるので、お店を適切に運営できるスタッフの確保は非常に大きな問題である。最初に開設した店舗が好評だったことから新規店舗をオープンしたが、熟練スタッフが足りずにオペレーションが回らなくなってしまい、両方のお店で閑古鳥が鳴いてしまったという話も聞く。

 以上、ネガティブなことばかり述べてしまったので、ここで、シンガポール進出のメリットについても少し触れておく。シンガポールは経済的にも地理的にも東南アジアのハブとしての機能を有しており、各国から人や情報が集まりやすく、各国への情報発信もしやすい。そのため、シンガポールでの成功は、東南アジアの他の国々に進出するための大きな足掛かりになる。(シンガポールを海外初出店とする日本の飲食店も多い。)また、所得水準が高く、日常的な食事としてのホーカーが安価であっても、いざ日本食レストランで贅沢をしようと決めたときは、日本人客よりもはるかに客単価が高い。なにより、日本食が大人気であり、富裕層だけでなく、一般の若者も日本のラーメンなどが大好物である。外資規制がほとんどなく、行政の透明性が非常に高いことも大きな魅力だろう。少なくとも、シンガポールが日本の外食業界にとって非常に魅力的な市場であることは間違いない。

 私自身も、現地の駐在員時代は新しい日本食のお店ができるといつもわくわくして訪問していたし、日本食の美味しさを多くのシンガポール人が実感してくれるのは純粋にうれしい。本来なら素晴らしい競争力を持っている飲食店が、ちょっとした文化や考え方の違いで躓いてしまうようなことはあってほしくない。弁護士としては、双方の文化・法制度を正しく踏まえたアドバイスによってできる限り障害を取り除き、一店でも多くの日本食レストランがシンガポールで成功するように尽力していきたい。

副田 達也(そえだ・たつや)

 2005年3月、東京大学法学部卒。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2009年4月から2010年3月まで国内大手証券会社M&Aアドバイザリー部門勤務。2012年5月、米国New York University School of Law (LL.M.)修了。2012年9月から2013年8月までシンガポールのRajah & Tann法律事務所勤務。2013年9月、当事務所復帰。2013年9月、ニューヨーク州弁護士登録。2013年11月から2014年11月までシンガポールオフィス勤務。2014年11月、当事務所復帰。
 論文に"Civil Liability for False Statements in Securities Reports"(International Law Office (January 2009))(共著)、「金融債を受働債権とする相殺の可否」(民事研修No. 625、2009年5月号)(共著)、「M&Aと組織再編(10)反対株主による株式買取請求権(下)」(旬刊「商事法務」 No.1903、2010年7月5日号)(共著)、「勢い衰えぬ日本食ブーム 人材確保に落とし穴」(グローバルBizジャーナル、2013年8月31日号)(共著)、「シンガポールにおける日系企業によるカルテルの摘発事例とリニエンシーの実務」(ザ・ローヤーズ、2014年12月号)(共著)、「東南アジア諸国における労働法制の留意点~シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、ミャンマー~」(人事実務、2015年1月号)(共著)がある。

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