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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

ブラジルの裁判所を見てまわって感じた日本との違い

石井 淳(いしい・じゅん)

ブラジルの裁判所巡りをしてみて

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 石井 淳

拡大石井 淳(いしい・じゅん)
  2005年3月、東京大学法学部卒。2007年3月、東京大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。2014年6月、米国University of Chicago (LL.M.)修了。2015年9月、ニューヨーク州弁護士登録。
 昨年、私はサンパウロの大手法律事務所で1年ほど研修していた。ブラジル滞在中、いろいろな観光スポット、レストラン、サッカー場等に行き、それはそれでおもしろかったが、ブラジルの裁判所も(私にとっては)それと同じか、それ以上におもしろい場所だった。というわけで、今回は裁判所に行った際のエピソードをいくつか紹介したい。なお、内容から明らかなとおり、以下は私の個人的な印象や体験談にすぎず、ブラジルの裁判所や法律について客観的に説明したものではない。

 1.裁判所巡りをしようと思ったきっかけ

 ブラジルの法律を日本人が理解するのは難しい、と言われる。その理由としては、ブラジルの法律は当然ながらポルトガル語で書かれている(しかもポルトガル語の法律用語が多用されている)ことに加え、法律の文面どおりに運用されていないことも多く、実務はどうなっているのかを把握するのが難しいことが挙げられる。

 これは、裁判についてもあてはまると思う。辞書を片手にブラジルの民事訴訟法の主な条文を読んでみたものの、法律自体には驚くようなことは特に書かれていないように見えた。それどころか、ごくおおざっぱに言えば、ブラジルの民事訴訟法では、原告も被告も最初の段階で原則としてすべての主張や証拠書類等を提出することが求められており、日本のように当事者が交互に主張と反論を繰り返すようなことは想定されていない。そのため、ブラジルの裁判は短期間で終わるようにさえ見える。

 しかし、実際にはブラジルは裁判の数が桁違いに多いことで有名であり、非常に多くの事件が裁判所に係属している。1人の裁判官が担当している件数も極端に多く、例えば私が最初にサンパウロ市のセントロにある裁判所で会った若い裁判官は、「自分が今かかえている事件は少ないよ。だいたい5000件ぐらいだよ。」とマジメな顔で言っていたが、たしかに私が直接話したブラジルの裁判官の中では、1人5000件という担当件数は一番少ない。(しかし、それでも日本の裁判官がかかえている事件数の10倍以上ではないかと思う。)

 また、裁判にかかる時間を予測するのも、ブラジルでは難しい。ブラジル人の弁護士に裁判にかかる時間の見通しを尋ねても、予想はほとんど不可能という答えや、見通しとは呼べないほど幅の広い答えが返ってくることが少なくなく(しかも幅の広い見通しでもけっこう外れる)、この点も少なからぬ日系企業を悩ませているように見えた。

 そんなわけで、結局法律を読んでも、人の話を聞いても、ブラジルの裁判所で何が起きているのかよくわからなかった。そこで、裁判を直接見に行ってみることにした。

 2.サンパウロ市の労働裁判所

 当初サンパウロ市のBarra Fundaという地区にある刑事裁判所に行ってみたが、午後からでないと入れないと言われ、仕方なくBarra Fundaの駅に戻ることにした。その途中、大きな建物があるのが目に留まり、看板を見ると一審の労働裁判所のようだったので中に入ってみた。

拡大サンパウロ市にある労働裁判所
 そのモダンで大きな建物の入り口付近で、何階が労働裁判所かと尋ねてみると、全部労働裁判所だと言われ、まずその大きさに驚いた。そう言われてもどこに行けばよいかがわからないので、とりあえず入った部屋の窓口で、「ブラジルで研修している日本の弁護士ですが、何か裁判の資料を見せてもらえないでしょうか?」と聞いてみた。私のポルトガル語が下手すぎたからなのか、そんなお願いをする人はいないからなのか、私が言っていることを理解してもらうためにかなり時間がかかったが、なんとか理解してもらい、運良く実際に裁判を担当している部の書記官室のようなところに入れてもらった。

 そこで辞書を片手に裁判の記録をいくつか読んでいると、珍しかったからか、いろんな人が話しかけてきた。また、(日本人基準で見ればそうでもないと思うが)「あなたやせすぎているから甘くしておいた。」と言いながら、コーヒーやお菓子まで持ってきてくれる人もいて、ブラジル人の温かさに触れたような気がした。本当に甘くて吐きそうになったが、せっかく出してもらったので全部食べながら話を聞いていると、この労働裁判所で外国人を見かけることは少なく、裁判所では英語はほとんど通じないということや、ひとつの部(1人の裁判官)あたり現在約7000件の労働訴訟を担当しており、この建物だけで数十の部があること等を教えてくれた。たしか、7000件というのは日本全体で係属中の労働訴訟や労働審判の数と同じぐらいではなかったかと思うが、ブラジルではそれを1人の裁判官でさばいている計算になる。もっとも、そのときは、ブラジル全体で毎年300万件を超える労働訴訟が新たに提起されているという話を思い出して、妙に納得した。ただ、それだけの数があれば当然かもしれないが、各訴訟の記録はかなり薄く、いくつかの記録を見る限り、意外にも訴訟の提起から1、2年で一審の判決が下されているようであった。

 そうこうしているうちに裁判官も来て、口頭弁論(audiência)も見せてもらうことになった。口頭弁論といっても、法廷ではなく普通の部屋で行われる手続で、真ん中のテーブルの両サイドに原告側と被告側が座り、テーブルの真ん中に置かれたモニターには、裁判官が口頭で伝えた内容を書記官がひたすらタイプした調書(Mata de audiência)がリアルタイムで表示されていた。そして、部屋の外は大勢の弁護士、(元)従業員、企業側の担当者等でごった返していて、当事者が代わる代わる席については、手続が進められていた。証人尋問がされたケースもあったが、尋問は短く、しかも双方の弁護士が直接証人に質問するのではなく、裁判官に質問したい内容を知らせ、裁判官が証人に質問するという制度がとられている。そのため、裁判官は証人にひとつ質問すると、弁護士に「Que mais?(他に質問はあるか?)」と早口で毎回聞いており、できるだけ早く尋問を終わらせようとしているようだった。

 3.サンパウロ州の州裁判所

 日系ブラジル人の裁判官に案内していただき、あるサンパウロ州の一審の州裁判所を訪問する機会もあった。この裁判所でも、民事事件の担当裁判官は1人当たり約8500件の裁判をかかえているそうで、毎月300件近い新件が割り当てられると言っていた。そのため、訴状を提出してから一審の判決が言い渡されるまで、2、3年かかるケースが多いらしい。

 裁判の数が多い理由のひとつとして、ブラジルでは民事事件でも一定の所得以下の当事者は無料で弁護士をつけられることが挙げられる。その裁判官の感触としては、約半数のケースでは、当事者の少なくとも一方はこの制度を利用して弁護士をつけているのではないか、とのことであった。

 また、一審が和解で終了するケースは少なく、一審の判決に対しては控訴されるのが大半であって、控訴されるとさらに3年程度かかることが多いらしい。なお、今年の3月から裁判の迅速化を図ること等を目的として、新民事訴訟法が施行されているが、現場の裁判官の感覚では、「法律を変えただけでは実際に裁判にかかる時間が短くなることはないのではないか…」という見方が多いようである。

 この裁判所の訪問では、忙しそうに働くスタッフの姿が印象に残っている。裁判を行う部屋に3人ほどのスタッフがいて、裁判官の指示にしたがって判決のドラフト等をしているほか、別の部屋では20名近くのスタッフが裁判の記録の管理や送達の事務等を行っていた。1人の裁判官あたり20人程度のスタッフが働いている計算になり、これだけの数の裁判があれば、裁判官だけでなく裁判所の職員も大変だなと思った。

 4.最高裁判所等

 私が研修していた法律事務所は、ブラジリアにもオフィスがあり、国会や最高裁判所(STJ)等のすぐ近くにある。このあたりはサンパウロとはかなり雰囲気が違い、スーツを着た人が多く、(あまり共感してもらえないが)私はブラジルの中でも特にブラジリアが好きである。

 ブラジリア・オフィスの仕事のひとつに、国会での法改正の状況の把握がある。そのため、よく国会に行く弁護士もいて、私も委員会の公聴会の傍聴に同行した。その後、別の訴訟チームの弁護士に連れられ最高裁判所の裁判を見に行くと、その日はたまたま11人の裁判官により審理されるセッションの日だった。その審理は、大学の授業を思い出させるような階段状の部屋で行われており、同僚の弁護士によれば裁判所よりも傍聴人(国民)のほうが偉いことを示すために、傍聴人が上にくるように部屋が設計されているとのことであった。もっとも、弁護士はバーの外で正面を向いて裁判官に対してスピーチを行う点が特徴的であり、日本の裁判所のように、バーの中で両当事者が向かい合う形にはなっていない。

 傍聴席に座っているのはほぼ全員がスーツを着た弁護士と思われる人ばかりで、みんな自分の事件の審理が始まるのを退屈そうに待っていた。自分の出番になると、弁護士はバーの前に立ち、黒い法服を着て裁判官に対して15分間のスピーチをする機会が与えられる。それが終わると、傍聴人の目の前で裁判官による評議が行われ、その場で判決が下されることも多い。裁判官の評議の様子もおもしろく、熱心にしゃべっている裁判官も入れば、他の裁判官がしゃべっているにもかかわらず割り込んで自分の意見をしゃべり出す裁判官、雑談している裁判官や携帯で電話している裁判官、ウェイターが運んできたコーヒーを飲みながら物思いにふけっている裁判官等、様々な人間模様が見られた。

 最高裁判所等では、それぞれの事件ごとに主任裁判官が定められ、まず主任裁判官がその件の検討を行い、意見を述べる。もっとも、主任裁判官の意見が、後に他の裁判官の多数決により否定されることも珍しくないようである。私の同僚が担当していた件でも、二審で敗訴し、かつ最高裁判所でも主任裁判官は上告を棄却すべきという意見だったが、他の裁判官がそれに異を唱え、審議が延長された末、裁判官の多数決によって逆転勝訴した。主任裁判官の意見を事前に聞いていた私は、これはまあダメだろうと思っていたので驚いたが、まさか負けると思っていたとも言えず、訳がわからないまま同僚の弁護士と肩をたたき合って喜んだ。ブラジルでは、裁判官ごとに意見が異なることが日本よりずっと多いのかもしれない。

 5.おわりに

 このほかにも、ブラジリアにある労働最高裁判所(TST)やサンパウロ市にある刑事裁判所等にも行き、裁判やその記録を見てみたが、やはりブラジルの裁判を理解するのは簡単ではないという印象を持った。次にブラジルの裁判所を訪れた際にはもっと理解できるよう、今後もブラジルの法律、実務、そしてポルトガル語の勉強を続けたいと思う。

石井 淳(いしい・じゅん)

 2005年3月、東京大学法学部卒。2007年3月、東京大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。2014年6月、米国University of Chicago (LL.M.)修了。2014年9-11月、チリ(サンティアゴ)のBarros & Errázuriz Abogadosに勤務。2014年12月- 2015年11月、ブラジル(サンパウロ)のPinheiro Neto Advogadosに勤務。2015年9月、ニューヨーク州弁護士登録。2016年1月、当事務所復帰。
 論文に「ブラジルの労働法のアップデート及び留意点(1)」(BTMU Global Business Insight、2015年8月14日)(共著)、「ブラジルの労働法のアップデート及び留意点(2)」(BTMU Global Business Insight、2015年9月11日)(共著)、「ブラジルの倒産法の概要」(BTMU Global Business Insight、2015年9月11日)(共著)、「ブラジルの消費者保護法 − 企業側から見たポイント」(BTMU Global Business Insight、2015年11月20日)(共著)、「ブラジルにおける債権回収」(BTMU Global Business Insight、2015年12月4日)(共著)、「ブラジル:不法行為に基づく損害賠償」(BTMU Global Business Insight、2016年2月19日)、「チリ2014年税制改正」(BTMU Global Business Insight、2014年11月7日)(共著)、「中南米進出企業の法務リスクをチェックする - コロンビアとペルーの法制度に関するポイント -」(会社法務A2Z 2016年3月号)(共著)等がある。

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