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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

「どうぞ」… 人のために想像力を働かせること

門永 真紀(かどなが・まき)

「どうぞ」… 人のために想像力を働かせること

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
門永 真紀

 「どうぞのいす」 小さな思いやりのリレー

拡大門永 真紀(かどなが・まき)
 2005年3月、慶應義塾大学法学部卒。2007年3月、慶應義塾大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。
 「どうぞのいす」という絵本をご存知だろうか。1981年に出版されたロングセラーの人気絵本なので、幼少の頃に読んだことがある方や、自分の子供に読み聞かせたことのある方も多いのではなかろうか。あらすじは非常にシンプルである―うさぎさんが椅子を作り「どうぞのいす」という立札を立てておいたところ、そこへどんぐりを背中に背負ったろばさんがやって来る。ろばさんは、椅子の上にどんぐりの入ったかごを置いて木の下でうとうとお昼寝。次にやって来たくまさんが椅子の上のどんぐりを発見、「どうぞならばいただきましょう」とどんぐりをすべて食べてしまうが、「ぜんぶ食べてしまっては後の人にお気の毒」と自分が持っていたはちみつを椅子の上に置いていく。その後も次々と出てくる動物たちは「どうぞならばいただきましょう」と椅子の上の食べ物を食べてしまうのであるが、次に来るだれかのためを想って、自分が持っている食べ物を代わりに置いていくという小さな思いやりのリレーのようなお話だ。
 可愛らしい挿し絵とユーモラスな展開で我が家の子供たちのお気に入りの一冊である。

 コミュニケーションの潤滑油としての「どうぞ」

 前出の絵本のタイトルにも入っている「どうぞ」という言葉は非常に便利な日本語で、様々な場面で使われている。英語でも、人に何か渡すときは「Here you are」、依頼するときは「Please」、許可を表すときは「Yes, you can」等、場面に応じた訳語は色々あるが、日本語の「どうぞ」にぴったりあたる訳語はない。
 日本人は、まだ片言しか話せないような幼い時期から「どうぞ」という言葉を覚えている。公園のお砂場で「はい、どうじょ(どうぞ)」とおもちゃを手渡す子供の姿を微笑ましく眺めたことのある方も多いだろう。
 「どうぞ」という言葉には、相手に対する思いやりや敬意といったニュアンスが多少なりとも含まれる場合が多いように感じる。「どうぞ」は相手のことを想像することでコミュニケーションを円滑にする、日本語独特の表現なのかもしれない。

 ナレッジ・マネジメントという仕事

 ここで、仕事の話に移りたい。
 私の仕事は、法律事務所内のノウハウ管理やクライアントへの情報発信を担当することを通じて、所内の弁護士の業務をサポートする、いわゆるナレッジ・マネジメント業務である。欧米の法律事務所では「プロフェッショナル・サポート・ロイヤー」と呼ばれる職種で一つの業務分野として確立されているが、国内でナレッジ・マネジメント業務に専従する弁護士は非常に少ない。
 弁護士が依頼者にアドバイスを行う際、最も重要なのは知識と経験であるため、これらを整理してノウハウとして管理し、事務所内で効率よく共有することで弁護士が働きやすい環境を整えると同時に、依頼者の多様なニーズにも迅速に応えられるような仕組みづくりをするのが、私の役割である。具体的には、弁護士が作成した書類を分類・管理して他の弁護士が先例を利用できるように整理したり、法令改正等の新着情報を所内で配信したり、特定の弁護士が有するノウハウを事務所内の他の弁護士が利用できるようにアレンジしたりしている。
 このように説明すると、非常に画一的・無機質な情報管理をイメージされる方もおられるかもしれないが、実は「ナレッジ・マネジメント」は「どうぞ」の意識を基盤に成り立つ有機的な業務であると私は考えている。

 弁護士の伝統的な仕事のスタイルは、依頼者から相談を受けた弁護士が自分の知識・経験を基に必要な分析を行い、アドバイスするというものである。そのため、依頼者も個々の弁護士の資質や実績を見て案件の相談をしに来るパターンが多い。たとえば、何か重い病気を患って医者を探しているとき、「○○総合病院がいい」というよりは、「○○病院にはこの分野に知見の深い○○先生がいる」「○○病院の○○先生はこの分野で手術実績が多い」という評判を聞いて医者を見つける方が多いと思う。弁護士もこれと同じで、大規模法律事務所であっても「この事務所にはこの産業の業規制に詳しい○○先生がいる」「この分野のM&Aを多く手掛けている○○先生に依頼しよう」といった形で、「個人プレーヤー」としての弁護士に対して依頼が来るケースが圧倒的多数を占める。
 このような弁護士の仕事の性質上、業務に必要なノウハウは属人的に蓄積されていくのが常である。私の所属する事務所のように大きな法律事務所では、案件の規模に応じてチームを組むことから、実際その案件に関わったチーム内では当然知識・経験を共有することができる。それでも会社組織とは大きく異なり、「上長に案件報告をする」「関係部署に報告書を回す」といった仕組みはないし、個々の案件で得た多様なノウハウを事務所全体で共有するというのは、なかなか難しいのが現状だ。

 「どうぞ」でノウハウ管理・共有を効率化

 さて、法律事務所のナレッジ・マネジメントは、本来個々の弁護士がいわば「自分の仕事道具」として有する知識・経験を収集、一元管理して事務所内で共有することにより、事務所全体の業務の効率化を図ろうとする仕組みである。そのため、先に述べた「個人プレーヤー」という弁護士のあり方との関係では、本来的に矛盾を抱えている。
 そこで、効率良いノウハウ共有のために最もシンプルな方法の一つとして、「どうぞ」の連鎖を生み出していくことが有効であると私は考える。
 例えば、A弁護士が担当した案件で非常に難解な法的論点に関する検討をしていたときに、類似の論点を検討したB弁護士からその経験を教えてもらったとする。A弁護士はB弁護士の知見を得てさらに深まった知識を基に、より良いアドバイスを依頼者に行うと共に、今度は自身が得た有用な知見があれば、それを事務所内で共有する。B弁護士に対する感謝と、将来A弁護士の知見を使うであろう他の弁護士への「どうぞ」という気持ちあるいは言葉を添えて。
 ここには単なるノウハウの収集・共有という作業だけでなく、「役に立つ知見をもらったから自分も何か提供しよう」という、ノウハウ共有に対するインセンティブと、「自分の有するノウハウがどのような形で役に立つか」と想像力を働かせ、有用なノウハウを取捨選択するプロセスが介在している。これらを経て出てくるのが、最後の「どうぞ」という気持ち(言葉)だ。
 すべての属人的な知識・経験を集約することは現実的に不可能であるが、この「どうぞ」の意識を個々の弁護士が持つことで、より共有価値の高いノウハウを効率良く蓄積することが可能になるのである。
 しかも実際に「どうぞ」を口に出して言ってみると、それだけで「ノウハウ共有」という作業が円滑なコミュニケーションになる。「どうぞ」という言葉は、言う方も言われる方も気持ちがいいものだ。
 ナレッジ・マネジメントはあくまでも業務の一環として行うものなので、これを「他人への思いやり」といった表現で説明するのは適切ではないだろう。しかし、人のために想像力を働かせること、「どうぞ」の意識を持つことは、ナレッジ・マネジメント業務を効率的かつ円滑に進めていくうえで非常に重要だと考えている。そして、ナレッジ・マネジメント担当としての私の使命は、これらの「どうぞ」が最大限生かせるよう、私自身フルに想像力を働かせながら細やかなニーズに応えられるプラットフォーム作りを進めていくことだ。
 仕事でも生活でも当たり前のように使っている「どうぞ」だが、その言葉の裏にある気持ちを大切にしながら日々過ごしたいと思う。

門永 真紀(かどなが・まき)

 2005年3月、慶應義塾大学法学部卒。2007年3月、慶應義塾大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。
 著書に「知財ライセンス契約の法律相談〔改訂版〕」(青林書院 2011年)(共著)、「IBA国際仲裁条項ドラフティング・ガイドライン(日本語訳)」(日本仲裁人協会 2011年12月号)(共著)がある。論文に"New Act Sets Out Terms of Jurisdictional Immunity for Foreign States" (International Law Office 2009年8月) (共著)がある。

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