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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

会社は株主だけのものか? 従業員・顧客・地域社会など「債権者」による支配

粟田口 太郎(あわたぐち・たろう)

コーポレートガバナンスと企業危機
 - 株主支配と債権者支配とのあいだ

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 粟田口 太郎

拡大粟田口 太郎(あわたぐち・たろう)
 1995年3月、早稲田大学法学部卒業。2002年、司法修習(55期)を経て、弁護士登録。2011年5月、ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所(外国法共同事業)パートナー。2012年、経済産業省ABL普及のための課題検討委員会委員。2015年4月、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。2016年11月、ABL協会運営委員長。
 今年はあたたかい日々が続き、桜の満開が早く訪れました。昨年4月からこの3月まで、ご縁あって、茗荷谷にある跡見学園女子大学マネジメント学部で会社法を教え、判例研究のゼミも受け持つという機会に恵まれました。一週間に2コマの担当でしたが、初学者の皆さんに会社法の全体像を分かりやすく伝えるとなると、いろいろと工夫が要りました。誰よりも私自身が、まず虚心に学び直す必要がありました。教えることは学ぶこと、を実感する一年間でした。

 このようななかで、株式会社のあり方を、自分自身で考え直す機会を得ました。桜のもとで卒業生を見送った記念に、最近、議論の多い「コーポレートガバナンス」について、私なりに考えていることを、記しておきたいと思います。

 コーポレートガバナンスは、企業(コーポレート)をどのように統治(ガバナンス)するかという命題です。この問題をめぐって、「会社は誰のものか」という議論があります。伝統的な通説は、会社は「株主」のものだと説明してきました。この考え方に対しては、会社は株主だけのものではない、従業員、顧客、地域社会などを含めた「ステークホルダー」のものだ、という考え方が対立しています。
 この問題について、どのように考えるべきでしょうか。

 まず、法の原則に立ち戻ってみましょう。この問題を考える上では、次の3つの原則が重要だと思っています。
 第1に、株式会社からの財産の分配においては、債権者が株主に優先する(株主は債権者に劣後する)ということです。このことは、株主は、債権者がまず満足を受けた後に、余りが出たら、その分け前にあずかるという立場にあることを意味しています。株式会社の貸借対照表において、純資産の部(かつての用語では資本の部)よりも負債の部が上にくるのも、この原則を端的に示しています。
 第2に、債務者は、負担した債務を弁済しなければならないということです。株式会社も同じであり、株式会社は、自社が負担した債務は、自ら弁済しなければなりません。
 第3に、株主は、株式会社が負担した債務について、弁済する責任はないということです。すなわち、株主は、株主になった後は何らの義務を負っておらず、株式会社に対する債権者との関係においても、会社債務の弁済責任は負っていないということです。これは株主有限責任の原則と呼ばれます。

 伝統的な通説は、自らリスクのある出資をした株主(およびそのような株主から株式を譲り受けた株主)が会社の所有者であり、株主は経営の専門家である取締役を選任して会社の経営を委ね、そこから生ずる利益の分配にあずかるものと考えてきました。このため、会社法上、取締役と株主とは同一人物であることを要しないものとされており、これは「所有と経営の分離」と呼ばれます。もちろん所有権は物に対する権利であり、会社は物ではありませんから、この表現は比喩にとどまるものですが、株主を「所有」者になぞらえる表現が、伝統的にとられてきたのです。
 また、先ほど述べたとおり、株主は、債権者がまず満足を受けた後に、その残った余りの分け前にあずかるという立場にあります。そのように劣後する立場にある株主こそ、最もまじめに会社経営を考えるはずであり、だからこそ、株主が主権者として会社をコントロールすることが正当化されるとも説明されます。
 こうした考え方からは、さらに、取締役が会社経営を考えるにあたっても、株主の利益を最大化させるべきであるという考え方が生まれます。取締役は、株式会社を委任者、取締役を受任者とした委任関係に立ち、取締役は、会社に対して善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)を負いますが、その会社を支配するのは所有者である株主ですから、その株主の利益が最大化するよう経営すべきであるという考え方です。

 このような考え方は、法的には正しい核心を含んでいるように思われます。また、株式会社、とくに上場会社が、株主から調達した資本金と内部留保金から、どれだけの純利益を生み出しているか、すなわち事業の収益力(稼ぐ力、Return On Equity)をアップすることが、株主の利益にかなうだけでなく、内外の投資家を呼び込むためにも重要であるといわれています。
 もっとも、「会社は誰のものか」、あるいは「取締役は誰の利益を考えて行動すべきか」と問われたとき、いつでも単純に「株主」とだけ答えることで足りるのだろうか、という素朴な疑問もまた、生じてきます。

 この素朴な疑問の正体は、次の2点にあるのではないか、と思われます。
 第1に、株主が会社を「所有」している、会社は「株主のもの」だ、という考え方は、会社が「社会の公器」であることをどう説明するのか、という問題を抱えていることです。会社はいうまでもなく社会的な存在であり、従業員、仕入先、顧客、借入先さらに地域社会に支えられて事業を行う存在です。会社は「株主のもの」とだけ、単純に言われると、違和感を覚える方は少なくないでしょう。
 第2に、株主が会社を支配する「所有」者であるとの考え方は、健康体の会社には当てはまっても、健康を害した場合には、必ずしも当てはまらないのではないか、ということです。会社の資産が会社の負債を上回っている「資産超過」の場合(=健康体の場合)には、債権者が債権の全額を回収できる状態にあります。しかし、会社の負債が資産を上回っている「債務超過」の場合(=健康を害した場合)には、そのままでは債権者が債権の全額を回収できない事態が生じています。前述のとおり、株主は、債権者がまず満足を受けた後に、その残余にあずかるという立場ですから、債権者が全額を回収できない状態にあっては、株主には何も分け前は残っていない(株式の価値はゼロである)ことになります。実務上、債務超過であることが間違いない会社の株式が、1円などの備忘価格で取引されるのも、このためです。このような場合にまで、株主が会社を「所有」しており、株主のものだ、と説明することでよいのか、ということです。

 以上2つの問題は、いずれも債権者の立場を実質的に検討することによって、説明することができるのではないかと思われます。
 まず、第1の問題については、会社は株主のものであるという考え方に対立する考え方として、冒頭に紹介したとおり、会社は、単に株主だけのものではなく、従業員、顧客、地域社会などのステークホルダーのためのものでもあるという考え方があります。
 ただ、このことを、株式会社について、法的にどのように基礎づけるのかという問題が残されているように感じます。
 そこで考えてみると、実は、株主以外のステークホルダーというのは、その多くが債権者であることに気が付きます。
 会社は、事業を通じて、社会の公器たる存在となっています。その事業は、従業員、仕入先、顧客、借入先、地域社会などから成り立っています。従業員とは、会社との間の労働契約に基づいて働き、その対価として賃金を受け取る「労働債権者」のことです。仕入先とは、会社との間の商品供給契約などに基づいて会社に商品を納入し、その対価を受け取る「取引債権者」のことです。顧客とは、会社に対して対価を支払って、会社に対してその商品やサービスの提供(給付)を求め、これを受け取る「給付債権者」のことです。さらに事業を行う上で金融機関などから借入れを起こしていれば、「金融債権者」も存在しますし、社債を発行していれば「社債権者」も加わります。「地域社会」は漠とした概念であり、これを債権者に含めることには困難も伴いますが、地域社会とは具体的には地方公共団体であったり、そこで生活し、環境の利益を受ける住民であったりすると考えられます。その意味では、地方公共団体は「公租公課債権者(租税債権者)」としての顔をもちます。また、住民は、前述の従業員(労働債権者)や顧客(給付債権者)である場合もあれば、環境や健康を害された場合の「不法行為(損害賠償)債権者」として登場する場合もあるのであり、その意味での潜在的な債権者とも見ることができます。以上のとおり、もちろん、株主以外のステークホルダーのすべてを債権者として位置づけることはできませんが、その多くは債権者であり、実質的な重なり合いをもっているということができます。このことは、株式会社が、何よりもまず、事業体であり、その事業を通じて社会的な接触関係を有するに至り、ステークホルダーとの間で債権債務関係が生ずることを考えれば、当然の帰結でもあるのです。
 以上を要約すると、株主以外のステークホルダーは、事業体としての会社との間で、さまざまな利害関係をもち、その多くは債権者ないし潜在的な債権者です。このような債権者の利益を、健全な事業活動を通じて確保することが、株式会社の社会的な存在意義でもあります。そして、会社は、営利法人として、株主に対して利益を分配することを目的としますが、前述のとおり、株主は、債権者に対して満足を与えた後の残余の分け前を得る立場ですから、会社の債権者の利益を確保した後でなければ、株主に分け与えるべき利益は生まれず、利益の分配をすることができないということができます。
 このため、株主の利益を最大化する過程において、債権者(株主以外のステークホルダー)の利益が当然に確保されるはずであるから、取締役は、株主の利益を最大化することを考えて経営すればよいのだ、という考え方があります。もっとも、次に述べる債務超過に転じる可能性という視点をも考慮に入れると、むしろ、債権者は、もともと株式会社の潜在的な持分権者であり、潜在的な会社支配権を持っているのだと説明することもできるのではないかと思われます。

 そこで、第2の問題、すなわち会社が健康を害して債務超過にある場合にも、株主「所有」者論が、そのまま当てはまるのかどうか、という点について考えてみます。
 この点を考えるために、債務超過の株式会社について、会社更生法がどのように規律しているかを見てみましょう。会社更生法は、株式会社の事業を再建するための、会社法の特別法としての役割を果たしています。
 会社更生手続では、裁判所から選任された管財人が株式会社(更生会社)の事業の経営権と財産の管理処分権をもち、取締役は実権を失います(従前の取締役が管財人となる場合もありますが、その場合も取締役としてではなく管財人として会社を経営します)。そして、管財人が、会社を再建するための計画案(更生計画案)の提出義務を負い、平時であれば株主総会決議で決められる事項、例えば役員選任などの普通決議事項だけでなく、定款変更、組織再編行為などの特別決議事項も、更生計画案の決議で決められます。債務超過である更生会社の株主には、更生計画案の決議における議決権が認められておらず、債権者(更生担保権者・更生債権者)のみによる多数決で決せられます。更生計画認可の決定に対する株主の不服申立ても制約されています。債務超過であることが明らかであるときは、裁判所から株主に対して更生手続開始を通知することすら必要とされていません。
 また、平時においては、会社法上、事業譲渡をするには株主総会の特別決議による承認が必要とされています。しかし、会社更生手続が開始された後は、株主総会の特別決議なくして事業譲渡ができるものとされています。そして、債務超過である更生会社については、更生計画により事業を譲渡する場合には前述のとおり株主は計画案に対する議決権をもちません。また、更生計画によらないで事業を譲渡する場合には、資産超過であれば株主の意思確認手続を要し、一定数の株主が反対の意思を表明すれば裁判所が事業譲渡の許可をすることができないのに対し、債務超過であれば株主の意思確認手続を経ずして事業譲渡を許可することができるのです。
 このように、法は、株式会社についての会社法の特則である会社更生法において、債務超過をメルクマールとして、株主の議決権を制約しています。債務超過においては、株主の剰余金配当請求権も制約されていますから、株主権は、経営に参加する権利(共益権)・経済的利益を受ける権利(自益権)のいずれも制約された状態となります。
 以上のように、法は、株式会社が会社更生手続に至った場合には、その更生会社が債務超過であること(更生会社はほぼ例外なく債務超過です)をメルクマールとして、株主による支配を排除し、債権者による支配を認めているものと考えることができます。
 ちなみに民事再生法や破産法は、株式会社のみに適用されるわけではないため、債務超過を基準として株主権を制約するという規律が、会社更生法ほどには徹底されてはいません。その結果、例えば民事再生手続における再生計画案の決議について、株主は、再生債務者である株式会社(再生会社)が債務超過である場合はもちろん、債務超過でなくても、議決権をもちません(届出をした再生債権者のみが決議に参加できます)。債務超過である再生会社については、裁判所が、株主総会の特別決議に代わる許可をすることができ、これによって、再生計画によらなくても事業を譲渡することができます。また、破産手続では、会社再建の計画案が作成されませんから、その多数決という問題が生じませんし、破産管財人が事業を譲渡する場合においても、裁判所の許可のみで足りることとされています。
 このような違いはありますが、いずれの倒産手続においても、株式会社が債務超過に至った場合に、株式会社の株主権が一定の制約を受けていることは、明らかです。すなわち、 会社更生手続における債務超過会社の取扱いに端的に表れているとおり、株式会社は、債務超過に陥ることにより、株主の持分が実質的に失われ、債権者の持分まで危殆に瀕するに至るために、債権者に支配権が実質的に移転することが分かります。

 債務超過をメルクマールとして、株主支配から債権者支配へ、株主主権から債権者主権へと、実質的なパラダイム転換が生ずるのです。

 債務超過の株式会社の取締役が、株主のために大ばくち的な経営行動に出て、結果的に債権者の債権をさらに毀損させてしまったならば、債権者はきっと怒り出すことでしょう。前述した原則のとおり、株主は株主となった後は、誰にも責任を負っていませんから(株主有限責任)、株主は、大ばくちを通じて、もしかしたら利益を得ることはあっても、何も損失を被ることはないのです。むしろ、大ばくちの結果、少しでも株主に利益が生ずる可能性があるならば、債権者がどうなろうとも、大ばくちをやりなさい、という極論さえ正当化されかねません。すなわち、債務超過状態にあっては、債権者と株主とは利害が先鋭に対立した状況となるため、そこでは債権者が実質的な主権者であり、実質的なコントロールを及ぼすべき立場になっているのです。債権者は、このように債務超過により株主が実質的に持分を失った場合に持分権者(支配権者)として浮上しますので、もともと株式会社の潜在的な持分権者であると捉えることができます。

 このような債務超過会社における債権者支配は、以上にみた倒産法のほか、民法の規定とも通底しています。例えば、民法上、債権者には、債権者代位権や詐害行為取消権によって、債務者の無資力(有力説によれば債務超過を意味します)を要件として、債務者の財産の管理処分権に介入する道が認められています。これは株式会社に限られた法制ではありませんが、株式会社についても同じです。つまり、株式会社に対する債権者は、株式会社が債務超過であれば、株式会社の財産である債権を代位行使したり、株式会社が行った財産処分行為(資産や事業の譲渡など)を詐害行為として取り消すことを通じて、債権保全を図る道が開かれています。これは、債権者が、債務者である債務超過会社による債権の行使や資産の処分に関する経営判断に対して、介入する道を認めているものということができます。

 もっとも、株式会社が債務超過に至った場合に、直ちに、前述した支配権の移動が生ずるのか、という問題があります。株式会社が、資産超過の健康体である間は、株主支配の状態にあり、潜在的な支配権者である債権者の利益も保護された状態にあります。これに対し、株式会社が債務超過に至り、しかも裁判所における倒産手続(特に会社更生手続)に入った状態においては、前述のとおり、株主権が制約されるに至り、債権者支配の状態にあることが明らかです。
 それでは、これらの中間の状態、すなわち債務超過に至っているが、まだ裁判所における倒産手続が開始されていない間は、どのような状態なのか、という点が問題となります。平時でも法的破綻時でもない、危機時における債務超過会社において、会社は誰に支配され、取締役は、誰の利益を考えて行動すべきなのか、という問題です。
 これは微妙な問題ですが、理論的にいえば、債務超過にあっては、株主の実質的な持分が失われている以上、やはり実質的な債権者支配が始まっているといえます。しかし、まず債務超過を簿価上の形式的な債務超過と考えるか、実質債務超過で考えるべきかという問題がありますし、これを後者と考えるべきであるとしても、ごくわずかな債務超過であれば、事業の好転により解消する道は残されています。その意味で、理論上は実質的な債権者支配状態にあるといえても、それは浮動的、流動的な側面を含んでいます。また、実質債務超過がある程度進んでいても、スポンサーによる資本の増強や、金融機関による金融支援(債権カット)などが成り立てば、これにより解消する道も残されています。
 したがって、会社法は、たとえ株式会社が債務超過に至っており、実質的な債権者支配が成り立っていても、直ちに株主の議決権まで制約することはしていません。もちろん、債務超過においては、株主の実質的な持分がなくなり、分配可能額(かつての用語では配当可能利益)も失われている以上、配当や自社株買いを通じて株主に利益を還元することはできなくなっていますが(会社から経済的利益を得るという自益権が制約された状態)、議決権という共益権(経営参加権)はなお残された状態になっています。ただ、これがさらに、裁判所による倒産手続に至ると、議決権も制約されるに至る、という仕組みがとられているわけです。
 このように、株式会社においては、平時においても債権者の利益を確保する要請が働いており、それは株主に実質的持分がある間は(=資産超過の間は)株主利益の最大化を図る過程で達成できるとも説明できますが、むしろ、債権者を潜在的な持分権者と捉えるならば、会社が平時も債務超過時も債権者に迷惑を掛けないよう行動するのは当然であり、債務超過時は、債権者の損害拡大の防止や弁済率の向上などの利益保護が、いよいよ具体的な命題となって顕在化することになるということではないか、と考えられます。

 それでは、取締役は、債務超過に至ったならば、会社財産を保全し、債権者の損害が拡大するのを防ぐために、直ちに裁判所に倒産の申立てをしなければならないのでしょうか。世界各国の立法のなかには、例えばドイツなど、このような申立義務を明文で定めている法制があります。
 わが国にも、このような規律があるのでしょうか。あまり知られていないことですが、実はわが国の商法は、かつて明治32年(1899年)に制定された当時、取締役の破産申立義務を明文で認め、その違反に対して過料の制裁を定めていたのです。これは昭和13年(1938年)に廃止されて現在に至っていますが、わざわざ規定が廃止された以上は、債務超過会社の取締役は、債務超過にあっても、直ちに破産申立義務を負うわけではないと理解するほかはありません。
 しかし、株式会社が債務超過に陥り、すでに実質的な債権者支配が始まっている以上、前述した債務超過の解消措置や倒産申立てを不断に検討すべき義務は、取締役の善管注意義務として課されていると言わざるを得ないものと思われます。この善管注意義務違反(取締役の損害賠償責任)の判断についても、いわゆる経営判断の原則が適用され、意思決定の過程、内容に著しく不合理な点があるか否かがポイントとなりますが、その検討においては、平時とは異なり、株主から債権者へと支配権が実質的に移動した後の問題であることから、債権者の利益保護を中心に考えるべきであり、取締役の裁量の範囲には自ずと平時とは異なる制約が伴うことになるはずです。

 今般、「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案」が法務省により公表され、そのなかで、社債権者集会による社債の元利金の減免を認める立法案が提示されていますが、これも債務超過の解消措置の一つとして重要なものであり、企業危機における株主利益と債権者利益(特に元利金の減免に反対した社債権者の利益)との関係を考えるうえでも興味深いものです。この立法提案は、また、「『日本再興戦略』改訂2015」でも取り上げられた、金融機関による金融支援(私的整理)について、一定の場合に、対象とされた金融機関の全員の同意を要しないこととする旨の立法論議(いわゆる私的整理の多数決を認める論議)とも、通ずるところがあるように感じます。

 東京証券取引所は、「コーポレートガバナンス・コード」という上場会社の指針をまとめ、上場会社がこの指針に定められた73の原則に従うこと、従わない場合にはその理由を説明することを求めています。この指針には、コーポレートガバナンスの定義が示されており、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味するものとされています。ここから、この指針は、「株主をはじめ」としつつも、前述したステークホルダーの利益をも重視する考え方がとられているものと理解することができます。そして、ステークホルダーと債権者とは実質的に重なりあうはずであるとすれば、株式会社において株主支配と(潜在的な)債権者支配との二元構造がとられているという前述した捉え方も、この指針と矛盾するものではないと思われます。
 コーポレートガバナンス・コードへの対応を通して、日本の上場会社が「攻めのガバナンス」を展開する一方で、不祥事などによって足をすくわれないための「守りのガバナンス」を固めることも、引き続き重要と思われます。日本を代表する上場企業でさえ、一瞬のうちに債務超過に転落する実例を、日本社会は、最近も目の当たりにしました。このことは、守りの大切さを改めて教えてくれていると思われます。また、コーポレートガバナンスの重要性は、ひとにぎりの上場企業だけに当てはまるものではなく、広く非上場企業にも当てはまるものです。

 このような観点から、健康体のときだけでなく、健康を害したときのことをも考えて、企業統治のあり方を検討することが適切ではないかと思うのです。攻めのガバナンスは、守りあってこそともいえます。人は健康を害してはじめて、健康の大切さをかみしめます。株式会社は「法人」であり、法がつくりあげた「人」です。会社にも人と同じように、一生があり、そこでは風邪を引くこともあれば、大病を患うこともあります。したがって、やはり非常時や、そこにおける守りをも、あらかじめ想定しておくことが適切ではないかと思います。
 このためにも、株主だけでなく債権者(すなわちステークホルダー)の利益を確保するという経営命題を、あらかじめ織り込んだガバナンスの考え方が必要ではないかと思うのです。潜在的な債権者支配という捉え方も、この一つの試みです。
 そして、債権者が、株式会社の潜在的な持分権者(潜在的な支配権者)であること、すなわち債務超過となり株主の持分が実質的に失われた場合には株主に優先する持分権者として浮上することに照らすと、会社は、平時においても危機時においても、一貫して債権者の利益保護をも念頭において経営すべきであると説明することもできるのではないかと思われます(取締役の第三者に対する損害賠償責任の規定があることも、このような捉え方を支えるものと思われます)。もっとも、これは、平時において、債権者の利益を最大化させれば、それで足りるという意味ではありません。平時においては、株主支配と潜在的な債権者支配とが併存・両立している状態ですから、債権者の利益の確保という足元固めをしつつ、株主利益のいっそうの増進、最大化が図られるべきであるということです。債権者の利益をまず確保しなければ、株主への配当はできないのですから、債権者の利益を確保しながら経営することが、株主利益の最大化と整合することはあっても、矛盾することはありません。もともと債権者が得られるのは一定の給付額まで(金銭債権でいえば元本・利息・損害金まで)という有限の世界であるのに対し、株主が得られる利益は、本来、そのような有限性のない世界です。ここで収益力を発揮し、株主価値の最大化を図ることが求められるのと同時に、それは債権者の利益の確保が大前提となります。当たり前のことのようですが、当たり前と思えるようなシンプルな説明が適切なのではないかと考えています。
 このように、株主利益のいっそうの増進と、債権者(すなわちステークホルダー)の利益保護との共存を図るガバナンスの考え方が適切なのではないでしょうか。

 「会社は誰のものか」という冒頭の議論に戻れば、結局、持分権者である株主と、潜在的な持分権者である債権者(すなわちステークホルダー)のもの、ということになるのではないかと思います。それは、株式会社の貸借対照表において、左側に資産が、右側に株主資本と債権者に対する負債が記されることとも合致します。このように、「株主以外のステークホルダー」を、「債権者」と捉えることによって、会社法や会計との関係でも、ステークホルダーの実体を基礎づけていき、コーポレートガバナンスのあり方にも反映させていくことができるのではないかと思います。会社は「株主のもの」と捉えるのは、会社との出資・資本関係(組織法的関係)だけを問題としたときは、そのとおりともいえますが、会社が、社会的な実在として、株主以外のステークホルダーとの間で、さまざまな債権債務関係(取引法的・不法行為法的関係)に立つことに照らすと、やはり、そのようなステークホルダー(すなわち債権者)との関係も織り込んで、企業統治のあり方を考えていくことにも、意義があるのではないかと思われます。会社法上、取締役が法令遵守義務を負っていることからみても、法令の保護法益となるさまざまなステークホルダーの利益を無視して経営することはできないと思われます。また、会社は、ときに「従業員のもの」だといわれることもありますが、これは、労働債権が先取特権を伴う優先債権であり、会社の究極の破綻状態である破産手続においても優先保護されること、つまり、ステークホルダーたる債権者のなかでも優先保護される立場にあることから、このような従業員の保護こそ会社の基盤であり、この保護さえもできないようでは、会社経営はおぼつかないのだという点を強調する感覚にもよっているのではないでしょうか。

 以上は、まったくの個人的な意見であり、さまざまな考え方やご批判も成り立ち得る問題だと思いますが、平時の会社法務のほか、数々の企業危機にも立ち会い、株主支配の動揺と債権者支配の台頭を目の当たりにしてきた実務感覚に基づいて、率直な雑感を記してみました。これからも、折に触れて、考えていきたいと思います。

 今春、ゼミを巣立った卒業生は、それぞれの道を探し、見つけて、会社に就職していきました。社会人の一年生として、かつ株式会社の重要なステークホルダーの一員として、元気で活躍することを願っています。

粟田口 太郎(あわたぐち・たろう)

 1995年3月、早稲田大学法学部卒業。2002年、司法修習(55期)を経て、弁護士登録。2011年5月、ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所(外国法共同事業)パートナー。2012年、経済産業省ABL普及のための課題検討委員会委員。2015年4月、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。2016年11月、ABL協会運営委員長。2017年4月、跡見学園女子大学マネジメント学部兼任講師(担当科目:「株式と法」、「コーポレートガバナンスと法」、「経営法務」)。2018年4月、武蔵野大学大学院法学研究科(ビジネス法務専攻)特任教授(担当科目:「金融法特講」、「倒産・執行・保全法実務」)。
 主な著書や論文に「ABLの10年と今後 実務の進展と債権法改正を踏まえて(パネルディスカッション)」(事業再生と債権管理 No. 160、2018年4月)、「債権譲渡法制に関する民法改正と事業再生」(商事法務、2017年9月)、「破産管財人の債権調査・配当」(商事法務、2017年6月)、「輸入商品譲渡担保における占有改定による引渡しと直接占有の要否―最二小決平29.5.10―」(金融法務事情 No.2068、2017年6月25日号)、「FinTech法務ガイド」(商事法務、2017年3月)、「ビットコイン等の仮想通貨をめぐる法環境の進展」(金融法務事情 No.2041、2016年5月10日号)がある。

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