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深掘り

証券取引等監視委・佐渡委員長インタビュー

地下経済とのあくなき戦い ―― ゴールはまだ見えない

 

村山 治(むらやま・おさむ)

 佐渡賢一が証券取引等監視委員会の委員長に着任した2007年、東証マザーズなどでは、破綻に瀕した企業を利用して市場を騙し、カネを巻き上げる事件が続発していた。暴力団のフロント企業の影もあった。証券市場には個人投資家を含む多様なプレーヤーが参入。外国の市場との制度間競争も激しくなり、公正・透明な市場を実現しないと、投資家を奪われかねないとの危機感が市場関係者の間で生まれていた。佐渡は、新たな摘発手段を編み出した。=敬称略

(朝日新聞編集委員・村山治)

 

拡大地下経済との長い戦いの歴史を振り返る佐渡委員長

 ■ワル摘発の目玉は「偽計」適用

 ――佐渡委員会の新機軸のひとつが、暴力団などとつながって企業を食い物にする市場のワルを摘発するための偽計罪の積極適用でした。

 「これまで監視委は、発行市場と流通市場をそれぞれ別個にとらえてきた。流通市場は金融商品取引法(旧証券取引法)の世界。だいたいそこでは株価操縦、インサイダー取引事件を摘発する。一方、発行市場の方は会社法の世界。開示の関係で有価証券報告書に粉飾はないかの観点だけで見ていた。摘発スタイルも決まっていた」

 「しかし、実際の市場では、発行と流通をともに使って悪さが行われている。破綻しかかった企業が第三者割当増資などを悪用したもので、我々は『不公正ファイナンス』と呼んでいる。それにかかわる連中は、発行、流通市場を両方使って詐術的な手段を使いながら、市場からカネを騙し取る」

 「そういう事案になってくると、偽計という概念がないと、摘発できないんだ。従来の手法では、そういう大がかりな事件の一部を、インサイダー取引や粉飾などで摘発するだけ。そういうスキームを組むためのカネを用意し背後でスキームを書く知恵者は、全部、摘発対象からはずれてきた」

 ――なるほど、従来の手法では網にかからなかった本当のワルを、新しい手法だとひっかけることができる、というイメージはわかります。

 「両方の市場を使って、いろんな違法な手口が日々開発されてくる。そういうものをごそっと一網打尽にしようじゃないか、と問題提起した。そういう観点で事実や法律を検討すると、黙っていても、偽計罪に行き着く。うちが重点施策の一つにうたう『包括的・機動的』運用とは、そういうことだ」

 ――偽計摘発の第1号は?

 「最初はアイ・シー・エフ。大阪府警捜査4課と合同で摘発した。被疑者が、会社を脅し、株式交換を使って乗っ取った。一種の恐喝なんだけど、偽計罪を使う構成――証券市場の事件に、作り直させた。被疑者は元暴力団幹部。背景はヤクザに近かったと思う。その男の会社が上場会社を支配下において市場で資金を調達する、という構図が明らかになった。暴力団の資金源になっているのではないかと疑ったが、犯罪収益の摘発まではできなかった。その後、ペイントハウスユニオンホールディングストランスデジタルまで偽計の3連発をやった」

 「ペイントハウス事件は、証券会社出身の投資顧問業者が、『箱企業』化していたペイントハウスに食い込み、自分が支配する投資ファンドを引受先として、第三者割当増資をさせ、払い込んだ資金を商取引を装って直ちに社外に流出・環流させる一方、取得した株券を市場で売り抜けて利益を得た事案。この投資顧問業者はこの種の行為を繰り返していたことから行動を監視していた。本件では、資金に逼迫していたようでこのスキームを1日で仕上げていた。あまりに露骨だったことからようやく摘発できた」

 証券市場では、資金繰りに困った上場企業の経営権を第三者割当増資などを使って握った特定の株主が、その上場企業に繰り返し第三者割当増資を行わせたり、相場操縦で株価を吊り上げて、一般投資家からの投資を誘い資金調達する手口の不正が横行した。その資金調達の「箱」として悪用される上場企業を監視委は「箱企業」と呼んでいる。

 「ユニオンホールディングス事件は、大阪府警と合同で摘発した。ユ社の社長は、仕手筋と組んで相場操縦をしては自社の株価をつり上げて資金調達をはかっていた。それがおもわしくいかなかったことから実体のない会社を設立し、見せ金による水増し増資を行った。同時に、資本増強を図ったとの虚偽の事実を公表して株価を上昇させ、増資による新株券を売却して利益を得ていた。このスキームを実施するための資金を提供した者まで突き止めて相場操縦の共犯として摘発した大型事件だった」

 「トランスデジタルは、典型的な『箱企業』化していた会社であり、警視庁と合同で摘発した。架空増資を用いた偽計事案で、警視庁も暴力団の『共生者』としてマークしていた連中ではあったが、知能犯罪を扱う捜査2課と暴力団の事件を追う捜査4課にまたがる案件で、その連携がもうひとつで根こそぎしとめるには至らなかった」

 ――とはいえ、監視委としては快調ですね。こういうふうに摘発が進むと、その間に監視委の職員の力もついてくるのではありませんか。

 「ついてきたね。直接の偽計事件ではないが、人材派遣大手のグッドウィル・グループ株をめぐるインサイダー取引事件は、特別調査課の職員が、関係者を2日で落とした(自白させた)。全容を供述したので検察もすぐに告発受理を了解した。職員は、市場のことを勉強しているし、IT技術を駆使する能力がある。やる気もある。出向検事は指導するだけだった。一般職員が割った(自白させた)というのには驚いた」

 「この事件は、グッドウィルによる同業他社の巨額買収にからんで仲介で得た利益を隠した投資事業会社コリンシアン・パートナーズ元社長の公認会計士らの脱税事件に発展した。さらに、コ社の元役員がトランスデジタル事件にも連座した」

 ――市場を舞台にした偽計事件は、経済事件としては複雑です。しかも、市場犯罪としては前例がなかった。検察や警察はすんなり告発を受け入れましたか。

 「何の問題もなかった。初めての案件だから、とまどいはあったかもしれないが、事実や法律構成については何も問題はない。ちゃんとした事案だから。お互い、法律家として話をすれば足りる話。事件の形が大きくなるのに、いやだという検事や刑事はいない」(笑い)

 ――ずいぶん前から、暴力団とつながった元証券マンや会計士らが経営難に陥った企業を乗っ取り、そこを使った増資などで市場からカネをだまし取る手口が横行しているといわれていました。

 「上場会社を『箱企業』にし背後で操る連中が、投資家からカネをだまし取っていたのに、それまで手をつけていなかった、ということだ。偽計概念を使うことにより、摘発できるようになった。一連の摘発で、架空増資を中心にしたやり方については、一応、一掃したという感じはする」

 「ただ、ワルは、いくらでもいる。企業は市場を利用していろんな工夫をして資金を集める。まっとうな経済活動をしながら、苦しくなって、そういうところにはまって行くヤツも出てくる。特定の誰かを捕まえたら、ワルがいなくなるという世界じゃない」

 ■市場の暴力団汚染の実態

 ――昔は、相場操縦やインサイダー取引で利権を漁る政治家や暴力団と、彼らをつなぐ大物フィクサーがいて、水面下で利害調整が行われていた。割とわかりやすい構図で、大きな経済事件があると、暴力団・大物フィクサーを中心としたチャートが比較的簡単に描けた。しかし、金丸ヤミ献金事件の後ぐらいから、そういうフィクサーや大物暴力団組長が次々と世を去った。仕切り屋がいなくなった。地下社会は一層複雑になっている感じがします。

 「確かに、フィクサーはいなくなった。暴力団の動きはわからない。昔の証券市場は『鉄火場』だった。インサイダー取引も犯罪じゃなかったから、政治家はいくらでも市場で政治資金を調達できた。選挙の前に『政治銘柄だ』と煽って株価操縦し、売り抜けて稼ぐ。暴力団もその相場操縦に便乗したり、仕手戦に参加して儲けた」

 「相場操縦も大がかりだと、物理的に立証が難しかった。簡単に犯罪として摘発できない世界だった。いまは相当、我々の監視が効いているから、露骨な利権漁りはできなくなっている。政治家や暴力団が、堂々と市場に姿をさらすことはない。表面的には、企業や経営者らの経済活動という形をとっている」

 「それに、金融システム自体が複雑になっている。法の隙間を利用した金儲けを日々彼らも工夫している。違法でなければ、新たな商機を見つけたということになる。そうでなければ捕まる」

 ――新興市場では、暴力団関係者が違法収益を元手にボロ儲けしているという話が絶えず流れます。実態はどうなのでしょう。

 「あるのかもしれないが、具体的な情報がない。監視部門からそういうところに行き着く事件は少ない。我々は、市場で不合理な取引を見つけると、そこから入り、違法な行為をしている人に行き着く。行く着く過程では非常に大きな能力を発揮するが、取調べで関係者から供述を得て、事件を切り開く能力はまだまだだ」

 「暴力団やその周辺関係者の情報を持っているのは警察だ。警察は、人に関する情報に強い。そっちの方から、市場で悪さをしている連中の情報を上げてきて欲しい。情報さえあれば、証拠はこちらが突き止めてあげる。警察庁にうちとの窓口があり、活発に情報交換している。特に、大阪府警とはコラボ(協働)がうまくいっている」

 ――それぞれの役所が、得意技で情報を取り、協働して事件を掘り起こしていく。いっそ、暴力団関連の事件情報を共有してことに当たった方が、摘発の効率が上がるのではないでしょうか。

 「単なる情報の共有には僕は反対だ。情報は、それぞれの機関の持ち味を生かして収集しないと、うまく生きない。へたに共有ということになると、相手から情報をらもらおうという、もたれあいになる恐れがある。そうなったら、ろくなことにならない。そういうことは排していかないと」

 「警察がしっかりしてくると、その先に犯罪収益=マネーロンダリングの世界が開けてくる。いまは、そこがすっぽり抜け落ちている。市場犯罪の犯罪収益を追いかけていけばヤクザが出てくる可能性が大だ」

 ――不公正ファイナンスが増えた原因をどう見ていますか。世界金融危機などで企業の金回りが悪くなったことが背景にあるのでしょうか。そこに付け込むワルがいたということでしょうか。

 「それもあるし、『箱』に使われる企業は、たいていビジネスモデルがひとつだけで、上場したときが一番いいとき、ということが多い。そういうところはどうしても、追従企業の追い上げで商売がおもわしくなくなって、資金繰りも苦しくなって狙われる。

 ――上場時の市場審査には問題はないのですか。

 「どういう市場でどういう企業を育てるか、基準がはっきりしていればいい。市場から退場するルールさえきちんとしていれば、とも言い換えることができる」

 「第三者割当増資を悪用した偽計事件の摘発が続いて、東証でも、一般投資家の株式の希薄化という問題との関連で規制を強めた。そうすると、以前のように簡単に第三者割当ができず、『箱企業』は退場していく。いい方向だ。上場の入り口を閉めてはいけない」

 「ヤクザの実態はわからない。『私、ヤクザです』といって市場に入ってくるヤツはいないからね。(笑い)市場監視は厳しくなっている。しかし、そこをすり抜けられる連中はいる。そういう連中が事件の背後にいる」

 「悪いヤツがいるんだ。いま調査中の事件では、粉飾のアレンジャーをやっているのが出てくる。資金を循環させて架空売り上げを隠す口座の作り方を教えている。連中の世界も高度化している」

 「市場が複雑になっているから、そこで悪さをすること自体にプロを必要とする時代。そういう専門知識を使って悪さをする連中はいっぱいいる」

 ――そういう人たちは、もともとは専門的知識をもった表の世界の人たちだったのでは。それがヤクザ化しているということですか。

 「ヤクザ化といえるかどうか。弁護士、会計士、不動産鑑定士など市場の公的インフラにかかわる人たちが悪さにかかわっている。専門的な分野の知識をつかわないと、悪さはできない。多くの人がかかわっている」

 ――一時、タックスヘイブンを悪用し、脱法的な資金迂回のノウハウを提供するワル・グループがいた。そういう人たちは一掃できましたか。

 「いやいや。摘発したのは架空増資にかかわる犯罪だけ。そういう人たちの一掃はしていない。いろんな人たちがいるから。手口はどんどん変わっていく。それは仕方がないこと。問題を早く見つけて摘発し、脱法の穴があれば塞いでいく。あまり大きく、太らせないようにするしかない」

 ――かつては、暴力団の組長が会社の名で証券口座を開いたり、暴力団系の総会屋が普通に証券会社に出入りしていたともいわれます。もう、さすがにそういうことはないのでしょうか。

 「いまは、口座開設の時に暴力団は排除することになっている。我々の証券検査もある。そういう口座を見つけたら、行政処分の対象になる。そういう露骨な形の取引はできない。証券会社としても、暴力団など『反社会的勢力』とのつきあいが発覚すると、それだけで死活問題になることを知っている。『反社』の噂が立った人物と取引するだけでもリスクがある。かなり透明化は進んでいる」

 ――表面上きれいになっても、企業社会に対する暴力団の浸食がさらに深くなり見えにくくなっているだけ、ということはありませんか。大企業のトップが、組織暴力団の幹部と密かに会食している、などという噂も聞きます。

 「そこはわからない。ただ、不公正ファイナンスでは、金主とか金の流れのさきに暴力団がいる。そういう不正なスキームを動かすためにカネがいる。摘発する側も、そこに手が伸びるように工夫しないと、暴力団の摘発は難しい。市場で踊っている『名義人』の摘発だけではだめだ」

 「暴力団の犯罪収益を摘発できるような体制を構築しないといけない。いまの組織犯罪対策法は、まず基本犯罪があり、それに関連して違法収益を摘発するという構造。ところが、警察は、暴力団の知能犯罪捜査は、縦割りになっていてなかなか基本犯罪の摘発も進まない。そういう事件のコーディネーターも検察がすればいいのだが」

 ■戦いの原点

 ――佐渡さんの、地下経済との戦いの原点は、特捜検事時代に摘発した光進事件にあるのではないですか。佐渡さんが摘発した仕手グループ「光進」の小谷光浩代表は、地上げ屋で儲け、株の仕手戦から企業のM&Aまで手がけていた。政界ともコネクションを持ち、さらに、その「経済活動」の陰では暴力団が蠢いているのではないかといわれていました。

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)。

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