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深掘り

裁判例分析

パロマ事件刑事判決の教訓と企業コンプライアンスの視点

本判決の射程範囲、その広さの光と影を探る

 ■パロマ事件刑事判決の衝撃

山口利昭弁護士拡大山口 利昭(やまぐち・としあき)
 弁護士。ブログ「ビジネス法務の部屋」主宰。大阪大学法学部卒業。1990年、司法修習(42期)を終えて、弁護士登録。大阪弁護士会所属。日弁連業務改革委員会コンプライアンスPT委員、日本内部統制研究学会理事、日本公認不正検査士協会理事など。最新の著書に『内部告発・内部通報-その光と影-』(2010年7月、経済産業調査会)。
 平成22年5月11日、東京地裁において企業経営者を震撼させる刑事判決が出た。パロマ工業製ガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒事故の刑事責任を問う裁判で、同社元社長および元品質管理部長が有罪(業務上過失致死傷罪)とされたのである。そして本判決は被告人らが控訴を断念したため、5月26日確定した。

 企業コンプライアンスの視点から、被告人らの行動もしくはパロマ工業社の行動の反省点を指摘することは比較的容易かもしれない。しかし被告人らに法的責任、とりわけ刑事責任が認められるとなると、この結論を「意外」と捉える向きも少なくなかったように思う。なぜならパロマ工業製ガス湯沸かし器自体に安全面での欠陥が認められたのではなく、第一次的には同製品のメンテナンス業者による安易な修理(不正改造-判決文では「短絡」と称されている)に問題があったからである。また同製品の安全性を確保するためには、メーカーだけでなく、ガス事業者や行政当局など、消費者の安全な使用に向けてメーカーと協力しなければならない関係者が存在するにもかかわらず、メーカーの経営トップと品質管理責任者だけが刑事責任を問われたからである。

 製品事故で死亡された方、負傷された方の気持ちを十分にくみ取った判決内容については、一般的には評価される反面、これまでの刑事裁判実務、とりわけ過失犯処罰の実務からすれば、かなり緩やかな要件のもとで経営トップの刑事責任が認められた印象がある。JR西日本の福知山線脱線事故に関する刑事裁判への影響も予想される。今後企業経営者はどのような点に留意して商品の安全対策を講じていけばよいのか不明な点も残る。そこで、このパロマ事件刑事判決が確定した今、本判決の射程範囲を探ることは、法律家にとって残された重大な課題であると思われる。以下では、AJ(Asahi Judiciary 法と経済のジャーナル)に掲載された本事件の東京地裁判決要旨を読んだうえで感想を述べる。

 ■「湯沸かし器製造業者」だから刑事責任が問われたのか?

 まず当判決の射程範囲を考えるにあたり、被告人らがとくに消費者の生命の安全に配慮すべき製品を供給する業者であるがゆえに高い注意義務が課せられたのか、という点が検討課題である。

 判決要旨(量刑の理由)を読むと「ガス器具は日常生活に大きな利便を与えるが、ガスやガスの燃焼による生命への危険を常に伴う。そのような製品を社会に提供する企業としては、機器の安全性の向上を図ることはもちろん、消費者の下で安全に使用され続けるように配慮することも求められる」とされ、高度な注意義務が課せられるのは特殊な一部業種の経営者に限定されるかのようにも読める。

 しかしこれは「消費者の下で安全に使用され続けるよう配慮する」という文言からも明らかなように、製造業者は製品自体の安全性欠如だけでなく、修理業者の不正改造についても最終責任を負うことへの理由を示したものであり、ごく一部の業種の経営者のみが刑事責任を負うことの理由とは言えないであろう。もちろん「湯沸かし器」は消費者の生命の安全性に配慮すべき製品であり、また長期間使用されることが当然の前提とされた製品だからこそ、メーカーとしては第三者による「不正改造」まで刑事責任を負うべき、との結論に至ったものと思われる。しかし、およそ消費者の生命・身体の安全に配慮すべき製品(商品)を世に送り出しているメーカーの経営者にとっても刑事責任を問われる可能性は十分にある。判決要旨(量刑の理由)では「本件を含む一連の事故の直接の原因は、修理業者による不正改造だが、両被告人はそのことを理由に安全対策を回避するのではなく、何よりも使用者の生命の安全を優先し、ガス器具を社会に提供する企業の責任を踏まえた対応が求められていた」とある。つまり、そもそも本件で経営トップにまで刑事責任を問う根拠は、企業が安全な商品を消費者に提供すべき「社会的責任」に求められているからである。

 ■経営者にどのような対策があれば刑事罰に問われないのか?

 元社長らを有罪とした当判決は、社会の風潮やマスコミの動き、そして新設された被害者参加制度に後押しされたものである、との評価を耳にするが、決してそのようなものではない。刑事裁判では、できるだけ処罰対象となる行為はあらかじめ明確にされることが憲法の要請(罪刑法定主義)であり、けっして「社会の気分」によって有罪認定されてはならない。本判決で有罪認定の射程範囲を推察できるのは過失犯処罰の根拠となる被告人らの「予見可能性」や「結果回避可能性」に関する判決内容であろう。

 まず「予見可能性」であるが、これは事故当時、被告人らが一酸化炭素中毒による死亡事故の再発を認識していたか(認識できたか)という点である。事故発生を認識していた(認識できた)にもかかわらず、十分な安全対策をとらなかったことで被告人らの刑事責任を問うことが可能となる。裁判所としては「有罪の結論ありき」の後だしジャンケンではない根拠が示さなければならない。

 ところで、ここで重要なことは、安全性に関する経営判断は無数にある、ということである。事故が発生すれば、その事故原因だけがクローズアップされ、あたかも製品事故を発生させた企業としては、当該事故原因となった部分だけに集中して安全性の配慮をすべきであった、という見方となる。しかしこれは完全な「後だしジャンケン」の発想である。日常業務において、経営トップには多くの部署から製品の安全性に関わる情報が寄せられ、これに対処している。したがって経営トップに刑事責任を追及するためには「なぜ多くの安全性に関する情報のうち、事故発生の原因となった安全性情報への対応を優先的に行うべきだったのか」という点について真正面から向き合う必要がある。

 この点判決要旨(犯罪事実)を読むと、(1)過去に同種の事故が少なくとも13件発生し(15名の死亡、14名の負傷)、そのうち12件については事故の発生と原因に関する情報を経営トップが集約していた、(2)事故情報および原因情報を集約しているのはメーカーのみであり、現場の修理業者の判断に任せることができない状況にあった、さらに(3)当時、ガス事業者や経産省などによる事故情報の集約作業には限界があり、万全の事故対策を期待できるような状況ではなかった(もしそう考えているのであればパロマ工業社は軽率だ、とする)と認定し、経営トップとしては今回の一酸化炭素中毒事件に対する安全配慮措置を「最優先の経営判断」とすべき状況にあったことを客観的に認定している。事故当時、このような客観的な状況にあったからこそ、被告人らは一酸化炭素中毒事故の再発を「認識しえた」と評価できるのである。

 この裁判所の判断過程は、今後の経営トップの刑事責任が問われる事件においても参考になると思われる。事故直前における経営トップの安全対策には多くの経営判断の可能性があるが、集約された情報から当該事故防止措置を最優先とする経営判断が可能であったか否か、が詳細に検証されるのである。

 つぎに「結果回避可能性」であるが、安全対策を直ちに実行しようと思えば、すぐに実行できたか否か、という点である。容易に実行できたにもかかわらず、対策を実行しなかったことに刑事責任に問うべき正当性が示される。この「結果回避可能性」については、裁判所の要求はかなりハイレベルなもののようにも思える。つまり「過去のリコール実績、問題となった7機種の点検・回収の実施状況を踏まえれば、2001年1月ころから本件事故までの間に、把握可能なすべての7機種の点検と、不正改造された機器の回収は可能であった」とされ、安全対策としては、メーカー本部がすべての問題製品の回収を行って事故を回避すべき、としている。弁護人は「当時の水準で、パロマ工業社として、できるかぎりの対策はとっていた」と主張しているが、裁判所は事故が多発していた当時の状況からすれば、消費者に向けて不正改造防止を訴え、製品の回収、修理の徹底がなされるべきことを判決文において明記しているのである。

 ただし判決要旨を読むと、被告人らは社長として、また品質管理責任者として長年その地位にいたからこそ、抜本的な対策を容易にとりえたように述べられている。したがって事故発生時におけるポストへの在籍期間も、安全対策の実行可能性を判断するための要因になっているように思われる。

 消費者へ安全な製品(商品)を提供するすべての企業経営者に、パロマ工業社の元社長と同様の結果回避義務が課せられるかどうかは不明であるが、事故を発生させてしまった企業がどこまで安全対策を実行することが可能なのか、裁判所としても被告人の職務上の地位や、その在籍期間等から客観的に判断したうえで刑事責任を判断していることがうかがわれる。安全対策については、実行可能なものであれば予算などへの配慮とは無関係に最優先課題として対応すべき、ということになるのであろう。

 ■経営トップに刑事責任を問うことと企業コンプライアンスの視点

 刑事責任を追及するのは、過去の犯罪行為に対する被告人への制裁である。問題企業の元経営者や元品質管理責任者の過失行為に厳罰が下されることによって被害者参加制度の実効性は高まるであろう。また消費者とつながる製品(商品)を供給する企業経営者に向けて、安全対策の重要性について警鐘を鳴らす意味もある。企業コンプライアンスにとっても意義のある判決と思われる。

 しかし一方において課題もある。安易に企業トップの刑事責任が認められるとなれば、経営トップが事故情報を隠ぺいし、社外に対して虚偽の発表を行うのではないか、との不安がよぎる。製品事故を発生させた企業としては、事故情報を自ら進んで公表し、事故原因を究明し、再発防止策を徹底して実行することがコンプライアンス経営の視点から求められる。そのような企業の進むべき道を逆行する企業が出てくることが危惧される。

 また、社内で情報が自由に流通している企業ほど、「社長の耳に事故情報が届きやすい」「安全対策の実行可能性が高い」のであるから、裏を返せば内部統制システムが整備されている企業ほど企業経営者の刑事責任が問われやすくなるのではなかろうか。本来、安全対策に熱心な企業の経営者こそ、責任が軽減されるシステムが構築されるべきである。企業にとっては、事故情報の速やかな集約とともに、安全対策としてのリコールの手法をあらかじめ検討しておく必要があろう。

 経営トップに厳格な刑事責任を問うことに関して、企業コンプライアンスの視点からは「光と影」があるように思えるのである。

 

 山口 利昭(やまぐち・としあき)
 山口利昭法律事務所(大阪市)の代表弁護士。ブログ「ビジネス法務の部屋」主宰。
 大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。1990年、司法修習(42期)を終えて、弁護士登録。大阪弁護士会所属。日弁連業務改革委員会コンプライアンスPT委員、株式会社フレンドリー監査役(社外)、日本内部統制研究学会理事、日本公認不正検査士協会理事、全国社外取締役ネットワーク会員、日本取締役協会会員。
 近著に『非常勤社外監査役の理論と実務』(2007年4月、   東京地検次席検事「消費者の安全確保に責任認めた判決」商事法務、共著)、『ビジネス法務の部屋』(2009年10月、大阪弁護士協同組合)、『内部告発・内部通報-その光と影-』(2010年7月、経済産業調査会)。

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