メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

深掘り

株主の権利弁護団から

株主として有価証券報告書虚偽記載を提訴するとき

投資家・株主の視点から考える
有価証券報告書虚偽記載による民事賠償

弁護士 古川 拓

拡大古川 拓(ふるかわ・たく)
 らくさい法律事務所所属。京都大学経済学部卒業。司法修習を経て2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。08年に京都弁護士会に登録替えの上、現事務所設立。過労死問題をはじめとする労働事件や民事・家事事件のほか、JR福知山線事故被害者弁護団で活動している。西武鉄道事件において、個人投資家集団訴訟(原告)弁護団の事務局長を務めるほか、株主の権利弁護団に所属し、株主代表訴訟等にも取り組んでいる。
 ■1.はじめに

 株式を証券取引所に上場している企業が、金融商品取引法(以下「金商法」という)に基づき作成し、金融庁に提出する有価証券報告書(以下「有報」という)には、財務状況をはじめとする企業内容が記載されており、投資家が当該株式を株式市場で購入または売却するかどうかを判断する際の基本情報となる(金商法24条。以下単に「法」という場合には同法をさす)。

 そのため、株式上場会社が、その発行・提出する有価証券報告書に虚偽記載又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている場合(以下「虚偽記載等」という)、発行会社等に刑事責任(法197条)が発生するのみならず、投資家から関係者に対して民事上の損害賠償請求がなされる可能性がある。

 この種の損害賠償請求訴訟は、虚偽記載の自主公表に端を発した西武鉄道事件(平成16年)以降、同年の証券取引法(現金商法)改正後に発覚したライブドア事件(平成18年)なども含め、近年多くなされるようになってきた。

 そこで、本稿では、西武鉄道事件において個人投資家集団訴訟の原告弁護団(西武鉄道株主弁護団)の一員として同事件を担当している経験を踏まえ、虚偽記載等が明らかになった株式会社の株式を保有していた投資家・株主がたどるであろう思考過程に沿って、この問題について考察してみたい。

 ■2.虚偽記載等の発覚

 (1)虚偽記載等の公表


 ある会社の虚偽記載等が発覚するきっかけは、(A)自らによる公表だけでなく、(B)ニュースリリース、(C)捜査当局による発表など多岐にわたる。この点、何が「虚偽記載等の事実の公表」(法21条の2第3項)にあたるかが、後述する賠償請求の当否や賠償額算定との関係で問題になるが、(C)で検察官が司法記者クラブを通じて複数の報道機関に対し捜査情報を伝達することを以て「虚偽記載等の事実の公表」にあたるとの裁判例(ライブドア事件)がある。


 (2)株価の下落と上場廃止の可能性


 虚偽記載等が発覚すると、市場は敏感に反応し、株価が下落するケースが多い。有報の虚偽記載等は、その影響が重大であると判断されれば、東京証券取引所をはじめとする証券取引所が定める上場廃止基準に該当するからである。


 また、そうでなくても、いわゆる粉飾決算の場合などでは、財務内容が実は悪化していたことなどが明らかになれば、そのことを反映した株価下落が起きる。


 証券取引所は、虚偽記載等が公表された企業の株式を「監理ポスト」に移した上で上場廃止の可否を検討し、上場廃止と決定した場合には、さらに「整理ポスト」に移した上で、上場廃止とする。


 上場廃止となってしまった株式を処分するには、もはや証券取引所を通じての売買が不可能になり、自身で直接売買相手を探し価格交渉する相対取引を行わざるをえなくなる。つまり、その株式は、取引時間内であればいつでも株式市場において取得・換金可能である、という金融商品・投資対象商品としての本質を失ってしまうことになるのである。


 (3)投資家・株主の行動


 ここで、投資家・株主は決断を迫られる。すなわち、(A)株価下落の前、又は上場廃止により市場取引が不可能になる前に株式を処分(いわゆる「損切り」)してしまうか、(B)将来株価が公表時価格まで回復するという見とおしのもとで保有を続けるか、ということについてである。この点については、虚偽記載公表直後の市場はストップ安が続くこともしばしばであり、いずれの判断をするに際しても判断が難しい。


 なお、ここでとった行動が損害賠償請求の可否と関係してくるか否かが、訴訟での争点となっている(詳細は後述)。

 このような状況推移の中、株式を処分したか否かを問わず、公表時にその株式を保有していた投資家は、これらによって被った損失の補償を求める損害賠償請求を行うか否かを検討することになるのである。

 ■3.損害賠償請求の当事者について

 (1)請求権者(原告)となる投資家(法21条第1項、21条の2など)

 虚偽記載等のある有報の公告・縦覧期間内に、その会社の株式を取得した投資家が請求権者(原告)たりうる。虚偽記載等の公表後にその株式を取得した投資家はその権利がない。また、虚偽記載等を知って株式を購入した投資家も、請求権者から外れる。

 これらは、金商法の関連規定が、虚偽記載等による偽の情報に基づいて投資行動を行った者の権利救済規定であることの表れである。

 (2)損害賠償請求の対象(被告)となる関係者(法21条1項1~3号、21条の2第1項、同22条、同24条の4など)

 金商法は、有報の重要な事項に虚偽記載等がなされた場合、

 <1>発行会社、

 <2>有報提出時の役員(取締役、会計参与、監査役若しくは執行役。)、

 <3>監査証明を行った公認会計士又は監査法人

などに対する損害賠償請求権を認めている。

 この点、<2>役員、<3>公認会計士及び監査法人は、自らに故意・過失あるいは注意義務違反がなかったことを自分側で立証すれば責任を免れることができる(法21条2項1、2号)、とされている。具体的に役員などのうち誰を被告とするかについては、原告となる投資家側で、その者の役職・権限、会社の状況などを考察しながら選定することになろう。

 ■4.損害について

 (1)損害推定規定

 問題は、いかなる損害が発生したと認められるかである。この点が、まさにこの種の事件の訴訟における最大の争点である。

  まず、金商法は、発行会社に対する損害賠償について、株式取得価格から処分価格又は現在の市場価額を差し引いた金額を損害額の上限と定めている(法21条の2、同19条1項)。


  続いて金商法は、発行会社に対する損害賠償について、いわゆる損害の推定規定を設けている(法21条の2第2項)。


 すなわち、(A)虚偽記載公表日前1年以内に株式を取得し、(B)公表日に引き続き同証券を保持している者については、「公表日前1ヶ月の市場価額の平均額から公表後1ヶ月の市場価額の平均額を差し引いた数額」を損害とすることができる。


 この規定の存在は、特に虚偽記載等の内容が粉飾決算であった場合に、「株価の下落要因は多様である」という裁判官の先入観を超える立証を求められてきた投資家・株主にとっては重要な意義を持っている。


 もちろん、この推定規定に頼らなくても、「虚偽記載がなければ株式を取得することがなかった」ことを立証することで、取得価格から処分価格等を差し引いた損害額の請求が可能になる。


  ただ、金商法は、虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下がり以外の事情により原告の損害が生じたことが認められる場合、裁判所が請求棄却又は裁量によって損害額の減額認定をすることができるとされており(法21条の2第4,5項)、被告となった発行会社からの執拗な反証が予想される(この点については、後述する)。


  一方で、役員や公認会計士・監査法人に対する請求については上記のような推定規定や損害の上限規定は存在しないため、投資家・株主側での損害立証が必要となる。


 もっとも、投資家・株主側が、同発行会社と役員等を同時に訴えた場合であれば、損害の認定が立証の成否のみで異なった結果になることは事実上想定し難く、発行会社に対する損害論と同論に収斂していくものと思われる。

 

 (2)これまで裁判で認定されてきた損害額について

 ア これまで争われてきた訴訟の中で、下級審裁判所が判断した損害額について、大まかにまとめると以下のとおりとなる(注1

 A 損害推定規定が適用されない事例(主に西武鉄道事件)

 (A) 株式取得価格から処分価格を差し引いた数額(注2

 (B) 虚偽記載等の公表直前の価格から処分価格を差し引いた数額(注3

 (C) (B)から、民事訴訟法248条に基づく裁量減額をなした数額(注4

 B 損害推定規定が適用される事例(主にライブドア事件)

 (D) 損害推定規定を適用した上で3割の減額(注5

 (E) 損害推定規定を適用した上で3分の2の減額(注6

 (F) 損害推定規定を適用した上で1割の減額(注7

 イ このように、同じ事実関係の事件においても各裁判所の判断が分かれるなど具体的予想が困難な状況であり、最高裁判所の判断が待たれる。

 ただ、投資家・株主の立場からすれば、問題となった虚偽記載等がなされなければそもそもその株式を購入すること自体がないことが多い。上記2事件も、もっと早く公表がなされていれば既に当該株式は上場廃止になり、投資家が市場から株式を購入することが不可能になる可能性の極めて高い事例であった。

 その意味では、株式という金融商品にも、他の欠陥商品を購入させられた際と同様の考え方(購買価格と欠陥商品であることを前提とした現実価格との差額が損害)を採用する(A)の判決の考え方が、最も自然かつ合理的である。

 ウ なお、西武鉄道における(B)及び(C)の判決は、いずれも株式を保有している投資家原告について、非上場株式となってしまった株式の現在価額が、虚偽記載公表直前の価格を下回っていないとして、損害がないと判断した。

 しかし、投資家にとって取得した株式が非上場株式になることは、前述した換価可能性という金融商品の本質を失うことを意味する。虚偽記載公表後、そのような可能性が現実化した混乱期に各投資家が売却あるいは様子見の行動を取ることはいずれもやむを得ない自衛策といえよう。にもかかわらず、前掲(B)及び(C)判決は、このような一般論については是認しつつ、非上場株式の現在価額が公表直前の価格を下回る立証がないとして、上記の結論をとった。

 しかし、結果的に見れば、株式を売却して売却価格を手にした投資家・株主は保護され、売却困難な非上場株式を保有したまま換金ができない投資家・株主は保護されないという逆立ちの状況となっており、問題の多い判決であると言わざるを得ない。

 エ また、(C)のように、この種の事件における損害額をできるかぎり限定しようとする立場がある。すなわち同判決は、

 「西武鉄道株式を売却した者に1株1081円と個別の売却価格との差額をすべて損害と認めることは、結果的に最悪の売却選択をした株主に最大の損害賠償を認めることとなり、あたかも1審被告西武鉄道が、株主に対し、虚偽記載公表前の株価1株1081円を保証し、損失補填を認めたような結果を招来し、株式取引の本質に反する結果をもたらす」

と述べる。しかし、損害賠償とは、本来損害を被った者に対する損失補償(補填)にほかならず、このような考えは合理性を欠くと考える。

 このような考え方の底流には、「株価変動に基づくリスクは須く投資家が負担すべきであり、損失補填を許すべきでない」という観念的な自己責任論とともに、株式の「会社持分権」としての側面を過度に重視して、出資払戻を制限する会社法的視点を優先させる考え方があるのではないかと推察される。

 しかし、株式はいったん上場されると、むしろ金融商品としての性質がその最も重要な本質となり、投資家もこの点に着目して投資行動を行っている(金商法的視点)。また、投資家に対する「自己責任論」は、正しい情報提供を義務付けられた発行会社が虚偽記載を行っている状況下ではその前提を欠くものと言わなければならない。

 そして何よりも、金融商品取引法が発行会社に対する責任を、損害推定規定を設けてまで明記したそもそもの立法趣旨に照らせば、むしろ損害額の減額のための被告側立証のハードルを上げるべきであり、(C)判決の論旨の不合理性は一層明らかであると言わなければならない。

 ■5.消滅時効

 有報の発行会社に対する損害賠償請求権の消滅時効が、通常よりも短い2年とされていることに留意されたい(法21条の3)。

 ■6.訴訟上の主張・立証活動などをめぐる実務上の問題

 最後に、この種の事件における訴訟上の主張・立証活動などをめぐって投資家・株主側が直面する実務上の問題点などについて若干指摘しておきたい。

 (1)訴訟上の方針について

 ア 結局、投資家・株主側が訴訟においてとる方針としては、(A)の考えに立った主張のもと「虚偽記載等がなければ株式を取得しなかった」ことの立証活動を行いつつ、損害推定規定の適用による損害額の認定を予備的に主張することになろう。

 そして、どのような場合に「虚偽記載等がなければ株式を取得しなかった」と言えるかについては、損害推定規定の適用がないために損害立証・認定が必要となる西武鉄道事件(現在、上告・受理申立中)に対する最高裁判所の判断が注目されるところである。

 イ 一方、これに対する発行会社などの被告側からは、「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情」(法21条の2第4,5項)の立証活動がなされ、投資家・株主側としてはこれを阻む攻防を行うことになるが、ここで、投資家・株主側が訴訟上で直面するであろう立証・反証上の困難性について指摘しておきたい。

 (2)立証・反証上の困難性について

 上で述べたように、損害推定規定の適用を前提としても、被告側からは裁判所による裁量減額(法21条の2第5項)の当否をめぐっての立証活動がなされる。中でも粉飾決算をめぐる問題が争点となっている場合、あるいは当該株式を保有している投資家が訴訟追行する場合には、現在の株式価格算定の問題をめぐって、発行会社の財務分析とその内容が大きな争点となってくる。前掲(D)から(F)で見たとおり、同一の事実関係でさえ裁判所の認定した減額の幅が1割から3分の2までの大きな差異があることからすれば、重要な争点である。

 ここで実際的に生じる一番の問題は、個人・小規模の投資家がこの種の訴訟を行った場合、上場会社の財務分析等をめぐる論争に耐えられるかという点である。

 すなわち、通常、上場会社の財務分析やその当否を争う場合には、発行会社側が自社データとして提出してきた財務諸表等と主張に対して、弁護士のみならず公認会計士などの専門家を加えての詳細な分析と反論が必要となってくる。

 機関投資家であれば、これについての労力・費用などを準備することが比較的可能であろう。しかし、そもそも単位株程度の投資であれば、個々の投資家に発生する損害が取得価格全額を損害と考えたとしても、数十万円程度にとどまる場合も少なくない。そのような場合、個人・小規模投資家が、場合によっては数千万円にも及ぶこともある上記調査・分析費用を、この争点に投じることは事実上困難である(裁判所による鑑定申出も、敗訴した場合に負担させられる同程度の鑑定費用を考えると躊躇せざるをえない)。

 弁護士による「110番」活動などの取りまとめで相当多数の個人投資家の糾合に成功すれば別論、そのような枠組みが奏功しない場合には、個人・小規模投資家が泣き寝入りを余儀なくされるケースが少なくないものと思われる。

 この点については、クラス・アクション制度の導入など、個々の投資家の資力の差で損害賠償請求が制限されることのない枠組みの整備が必要であると考える。

 古川 拓(ふるかわ・たく)
 らくさい法律事務所所属。京都大学経済学部卒業。司法修習を経て04年に弁護士登録(大阪弁護士会)。08年に京都弁護士会に登録替えの上、京都府西部の郊外に現事務所を設立。地域で生じる様々な事件に幅広く取り組む一方,過労死・過労自殺問題やJR福知山線事故被害者弁護団で活動するなど、人のいのちと健康の問題に継続的に取り組んでいる。西武鉄道事件において、個人投資家集団訴訟の原告弁護団(西武鉄道株主弁護団)の事務局長を務めるほか、株主の権利弁護団に所属し、株主代表訴訟等にも取り組んでいる。

 

注1)下級審裁判例における損害のとらえ方及び損害額の認定状況については、既に黒沼悦郎教授が「有価証券報告書の虚偽記載と損害との間の因果関係」(法

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。