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深掘り

背景解説

郷原氏の語る東電の将来「送電施設を国に売って賠償原資に」

福島第一原発事故の賠償スキーム案を斬る

郷原 信郎(ごうはら のぶお)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、日本経済を揺るがし、電力事業と政府のあり方を根本から問い正そうとしている。原発事故の被害者らの損害はどのようにして誰が賠償するべきなのか。東京電力をはじめとする電力会社は今後どうなっていくのか。独占禁止法と企業コンプライアンスに詳しい郷原信郎・名城大教授に聞いた。

  ▽聞き手・筆者:朝日新聞編集委員・村山治

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郷原 信郎(ごうはら のぶお)拡大郷原 信郎(ごうはら・のぶお)
 1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事などを経て、2005年桐蔭横浜大学法科大学院教授・コンプライアンス研究センター長。2006年検事退官。2008年 郷原総合法律事務所開設。2009年より名城大学教授・コンプライアンス研究センター長。2010年総務省顧問・コンプライアンス室長に就任。

 ■政府の東電原発事故の賠償スキーム

 福島第一原発の事故の損害賠償に関して、政府原案とされるスキーム案が報じられている。

 賠償主体は東電で、足りないカネは国や電気事業者らが肩代わりし、東電の毎年の事業収益から返済させる、というものだ。朝日新聞の報道などによるとその案の骨子は以下の通りだ。

(1)国の最終的な財政負担を生じさせないことが基本。東京電力を損害賠償の支払い主体とし、上場を維持し、国有化はしない。原発を持つ電力各社が負担金を出して賠償の支払いを支援する機構を立法で新設する。

(2)東電が債務超過に転落するのを回避するため、機構が東電の優先株を引き受け、政府は東電支援に交付国債を発行する。東電が政府に特別援助申請。閣僚の判定会議が資金援助を判断する。

(3)資金の返済は、東電が経常利益から機構に対して行う。機構は国庫納付で交付国債分を返済。東電の事業計画は認可制にし、東電の電力安定供給に支障が出る場合、政府が補助する。

 東電の賠償額は、少なくとも数兆円に上るとみられている。賠償で債務超過に陥れば、賠償そのものが困難になる。そのために、国費や電力各社が負担して助け、最終的に事業利益から返済していく。返済がうまくいけば最終的な財政負担は発生しないが、滞れば、税金投入という事態も予想される、という。

 ■原発損害の賠償債務を負うのは事業者か国か

 ――東電原発事故の損害賠償スキームにかかわる政府原案が明らかになりました。この賠償スキームは、原発事故による損害はすべて事業者の東電が負担するという前提で考えられていますが、電力会社側には異論があるようですね。

 原子力損害については無過失賠償責任が定められていますが、「異常に巨大な天災地変」による損害は例外とされています。今回の原発事故が、この例外に当たるのではないかという意見や、そもそも原発は国策によって運営していたのだから、原発による損害は国が賠償すべきではないかという意見もあります。しかし、「異常に巨大な天災地変」というのは「一般的な意味の『不可抗力』のレベルを超えた『通常では想定できない特別な事象』」のことです。原発の津波災害については、1100年余り前の貞観地震など巨大津波の発生が指摘されていましたし、女川原発のように震源に近く津波が大きかった原発でも原発事故が発生しなかったのは今回のような大津波を想定した対策がとられていたということです。福島第一原発にとって「不可抗力」だったという理屈は通りません。

 それに、もし、この例外に当たる場合は、国が代わりに損害を賠償する義務があるのではなく、天変地異と同じで、誰も責任を負わないということです。今回の原発災害が、誰にも法的責任を問えない「天変地異」だとは常識的にあり得ない主張です。「不可抗力」による免責の問題と国の肩代わり責任の問題とを混同してはいけません。

 ――原発は国策でやっていたから国が責任を負うべきだということも言われていますが。

 国策に沿って行われる民間の事業というのはたくさんあります。公益的事業のほとんどは国策に沿ったものですが、だからといって、その事業で事故が起きて発生した損害を国が賠償すべきだということにはなりません。国に強制されて嫌々やっていたというのであればともかく、電力会社側も原発による電力供給で大きな利益を得ていたわけですから、賠償責任は、原則として事業主体、利益の帰属主体が負うべきです。国策に沿ったものであったことは、国の政策によって賠償責任を負う事業者を救済するかどうかの判断要素に過ぎません。東電側が今回の原発事故について「自分達も被害者だ」という感覚で法的責任を否定しようとしているのであれは、大きな誤りです。法的責任は原則として事業者である東電にあります。

 ――法的には東電が賠償責任を免れる余地はないということですね。

 そうです。ただ、国が事故対応を誤ったために損害が拡大したのであれば話は別です。また、国が、政策として、東電を救済するために、賠償を肩代わりすることも一応可能です。しかし、そのためには東電の事故対応への国民の理解と、救済についての社会的コンセンサスが不可欠です。東電は、今回の原発事故発生後の対応の混乱、不手際、経営トップの姿勢、情報開示の在り方などで厳しく批判されており、その東電を納税者の負担で救済することに国民の理解が得られるとは思えません。

 ■90年代末の金融危機の処理スキームとのアナロジー

 ――このスキームは、90年代後半の金融危機の際、不良債権を抱えた大手銀行に国費を注ぎ込んだときの処理のスキームと似ています。

 政府が、東電の賠償問題で守ろうとしているのは、最終的にはこの国の金融システムなのでしょう。機関投資家が持っている東電株式の総額は膨大、加えて大手銀行による巨額の融資。最近も2兆円の協調融資があったばかりです。東電発行の社債も大量に流通しています。

 避難者の直接損失に加えて、農業、漁業など様々な産業に及ぶ事故の損害、1基あたり1千億円以上ともいわれる廃炉の処理費用などを考えると事実上の債務超過です。普通の民間会社ならただちに経営破綻です。

 本来、賠償のスキームは、原発事故が収束し、事故原因や事故による損害の規模や範囲が把握でき、東電と政府の責任が明らかにならなければ、決められないはずです。ところが、上場会社としての東電にはそんな悠長なことをいっていられない事情がある。

 ――それはどういうことですか。

 6月の株主総会を控え、監査法人の監査意見が今月末か来月には出され、それが「適正」意見でないと、東電は上場を維持できない。いまのままだと、監査法人は監査意見を出せない。監査法人の意見が出なければ、有価証券報告書を提出できず、東電は自動的に上場廃止になるのです。今回、金融庁が被災地の企業については報告書の提出期限を延長していますが、それは被災によって決算作業自体が困難になった場合に提出期限が猶予されるもので、東電のように震災の影響で決算内容の確定に問題が生じている場合は含まれないと考えられます。監査法人は、賠償債務がどれほど膨らむか分からないから、賠償金の引当をどれだけ積めばいいか分からない。だから、意見を出せない。

 銀行などの金融機関の東電への融資の債務者区分の問題もあります。もし仮に、東電が「破綻懸念先」ということになったら、融資した銀行側は相当額を引当しなければならない。その点がはっきりしないと、金融機関側の監査法人が監査意見を出せない。東電への膨大な額の貸付金の引当をするとなると銀行の決算にも重大な影響が生じます。東電処理問題は経済界全体に及ぶ。

 ――市場規律の観点からすれば、事実上、債務超過になることが確実な企業は破綻処理し、市場から退場させるべきなのでしょうか。

 破綻処理の中で一番、透明性のある法的整理を行った場合、株式や社債は紙くずになり、融資もほとんどが回収不能になります。東電は規模が大きいから、破綻処理すると、大手の金融機関を破綻処理する以上の金融市場の混乱が予想される。そういう事情があるので、破綻処理ができないのではないでしょうか。

 だから、東電を存続させ、社債、融資は東電に返済させる。賠償も東電自身に行わせる。そのためには巨額の資金がいる。東電ではまかないきれないからそれを国と他の電力会社などが出す。

 これは、金融危機で、金融システム安定のため、国と銀行が預金保険機構を通じて「公的資金」としてカネを注ぎ込んだのと同じ構図です。政府案の「機構」は、預金保険機構がモデルでしょう。

 そして、国その他への返済は、時間をかけて、高額の電気料金を国民・ユーザーから取って埋め合わせる。こちらは、金融機関が傷んだ分を、長期の低金利政策を継続することで一般庶民に負担させた金融危機乗り切りのスキームと同じです。

 ■「東電の上場廃止は避けられない」

 ――税金負担の可能性があるうえに、高い電気料金を支払え、といわれて納得する人は少ないのではないでしょうか。

 金融システム危機のときは、公的資金を銀行に注入して金融システムを守った。特に傷みがひどかった日本長期信用銀行と日本債券信用銀行については破綻処理した。株主は責任を取り、経営者は刑事、民事の責任を追及された。市場規律を守る上では合理的で整合性があった。

 ところが、今回は、破綻させること自体がまさに金融システムをおかしくするという理由で、破綻処理をしない。原発事故による膨大な損害について一次的な責任のある企業を存続させ、なおかつ、存続させるコストは電気料金に上乗せする形で庶民に負担させる。

 そこに、金融システム危機の回避との大きな違いがあります。こういうスキームについて国民の理解が得られるのか、疑問です。

 ――監査法人が「適正意見」を書くためには、何らかの「保証」が必要です。政府案は、それを意識したものではないのでしょうか。

 本来であれば、被害者から膨大な額の賠償債務の支払いをいつ求められてもおかしくないわけで、それによって債務超過になる恐れがあるということになると、監査法人は意見を書けません。そこで、機構を作って、そこに資金を集めて、東電を資金面で支援するスキームを確定させることで、東電が債務超過にならないようにしようということでしょう。

 とはいえ、東電の賠償債務負担のための政府案は、今の世の中の東電に対する風当たりの強さからすると、簡単には決められないのではないでしょうか。そうこうしているうちに監査法人の意見が出なければ、東電は自動的に上場廃止になる。それは、現在の東電という会社の状況を考えたら当然です。

 むしろ、東電の株式が上場されていること自体が問題なのです。現在の東電の株価は企業価値を反映したものではありません。政府の救済スキームをめぐる思惑だけで動いている賭博的な相場です。

 ■「電力の地域独占体制もこの際解体を」

 ――金融システムの混乱を招いても法的整理しか方法がないということでしょうか。

 法的整理を免れようと思えば、東電の資産を徹底的に洗い出すことです。東電には有形無形の膨大な資産があります。まずはそれを賠償原資に回すべきです。その中で最も大きいのは電気事業の自由化を前提とした場合の「送電施設」の財産価値です。政府案のように機構の支援で東電に賠償金を支払わせるのであれば、その返済原資として、送電施設という電力会社の膨大な「隠れ資産」を活用すべきです。

 電力会社は送電施設を独占しており、それが収益の安定化につながっています。送電事業を自由化した場合に送電施設が生み出す収益を前提にすると、その経済的価値は膨大で、何兆円にも上ると思いますが、自由化されていない現在は、それは資産価格には反映されていません。それを、今回の原発事故による賠償債務の原資に活用すべきです。機構を設立して東電に賠償資金を支援するのであれば、その返済を東電の送電施設を機構に譲渡することで行えばよいのです。送電事業を自由化して、機構が東電から事業のための人員を受け入れて送電事業を運営し、施設の維持管理も行うのです。

 それ以外にも東電がこれまで蓄えてきた含み資産が相当あるはずなので、10兆円ぐらいの賠償原資は十分に捻出できるはずです。東電が送電施設というこれまでの経営の根幹になってきた資産を拠出することで賠償原資を自らの責任で捻出するのであれば、あとは国が賠償負担することにしても、国民は納得するでしょう。

 ――電力会社の経営は、発電、送電、配電を一括して行い、さらに全国を地域割し、その地域のユーザーは、事実上、その電力会社としか契約できない地域独占で成り立っています。送電施設を売るというのは、事実上の東電の会社解体ということですね。

 当然、送電施設がなくなると東電の経営形態は完全に変わります。送電事業は送電施設を東電から譲る受ける機構が行う。東電は、発電・配電会社となる。東電や東電以外の発電能力を持つ業者が利用料を払って送電施設を使って電気を供給することになります。 日本も2000年から、一般家庭など小口ユーザーは別にして、企業などの大口顧客は、どこの電力会社からでも電気を買えるようになりました。発電事業、卸電力供給が自由化され、石油、ガス、商社などが参入しました。しかし、送電施設を電力会社が独占保有しているので、発電した電気を大口ユーザーに供給しようとすると、電力会社に払う託送料が高く、結局、電力会社に電気を供給するしかない。電力会社は、これまでは原発で低コストで電気を生産することができたので、自家発電事業者から買い入れる電気の価格も低く、結局、新規参入業者は電力会社の競争相手にならなかった。だから、事実上の電力会社の独占状態が続いてきた。

 電気事業の自由化に対しては、電力会社側からは、安定供給が困難になってカリフォルニアの大停電のような事態に至るという反対論が強いのですが、自由化の一方で、安定供給に懸念を生じないようにするために、東電から送電設備を継承する事業者が東電から送電部門の人員を受け入れてノウハウを継承すればよいと思います。こうして東電管内で電気事業の自由化をやってみて、そのメリット、デメリットを見極めた上で、他の電力会社の管内に拡大するかどうかを判断すれば良いのです。

 電気のマーケットというのは特殊で、自由競争と安定供給の関係など難しい問題があります。単純に自由化しただけだと、設備投資が十分に行われなくて、カリフォルニアのように大停電が起きたり、地域によっては、電気料金が大幅に引き上げられることもあり得ます。日本で電気事業の自由化が進まず地域独占が維持されてきたことにも、それなりの理由があったのです。電気供給の事業を基本的に自由化するとしても、そこには、競争の弊害が生じないよう、きめ細かな競争政策が必要です。公正取引委員会が、発電、送電、配電の市場について、競争が適正に機能するよう、監視していくことが必要でしょう。

 少なくとも、従来のような電力会社による発電、送電、配電の垂直統合による地域独占という電気事業の枠組みを根本的に変える必要があります。従来の電力業界の構造を前提とする今の政府のスキームを根本的に見直さないと、原発事故の賠償問題も解決しません。

 ■「原発は国家管理に」

 ――送電施設だけでなく、今回のような重大事故を起こす潜在的な危険がある原発についても、この機会に電力会社から切り離す必要はありませんか。

 原子炉を冷却できず制御不能になるという最悪の事故が起きてしまった以上、原発そのものを根本から考え直す必要があります。まず。今回の事故の原因と対応の誤りを徹底的に明らかにして、同様の誤りによる事故が二度とが起きることがないということを、国民全体が確信できるかどうかが問題です。原発を続けていくとすれば、今までのように「絶対安全」の神話を信じ込ませるのではなく、原発の危険性と安全確保が実質的に理解されることが不可欠です。それは決して容易ではありません。もし、原発を今後も続けるとしても、今回の事故からも明らかなように、原発の安全確保というのは私企業としてやっていけるレベルを超えています。事業の特殊性を考えると原子力発電は国家管理にするしかないと思います。国が英知を集め万全の安全対策を講じて進めるべきです。

 ――原発のもうひとつの側面として、核兵器の原料となる「核の管理」との関係もあります。これは、まさしく国家の行うべき危機管理です。国家管理にする方が素直かもしれませんね。

 そういう国家的な危機管理の対象となる施設を純粋な民間の事業にすること自体にやはり無理があると思います。

 ――東電以外の電力会社の今後の経営はどうしていくべきでしょうか。

 電力会社から送電施設を全面的に切り離すことにすれば、その対価として膨大な金額が電力会社に入ることになります。東電はそれを原発事故の賠償に充てる。他の電力会社も、古い原発の廃炉、建設中の原発の償却など、原発見直しに伴って生じる膨大な経費に充てる。そして、その残りを活用して、新たな自然エネルギーによる発電の技術を積極的に進めていくべきです。そのためには、現在の10電力会社の体制も根本的に変えて、企業統合を行う必要があるかも知れません。新たなエネルギーによる発電の技術と、従来から培ってきた電力の安定供給のためのノウハウを電力会社のコア・コンピタンスにすべきです。

 ■独占は安全の敵だった?

 ――あるベテラン証券マンが言っていました。「今回の原発事故で明らかになった東電の

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郷原 信郎(ごうはら のぶお)

 1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公取委事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年検事退官。2008年 郷原総合法律事務所開設。名城大学教授、総務省顧問・コンプライアンス室長などを歴任。2012年から関西大学特任教授。専門は、組織のコンプライアンス、経済刑法、独禁法制裁制度論。

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