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深掘り

織田一の記者有論ワイド

迷走みずほ、11年目のリセット 「メガバンクは2つで十分」との声も

織田 一(おだ・まこと)

拡大織田 一(おだ・まこと)
 朝日新聞編集委員
 長崎県佐世保市出身。1986年、朝日新聞入社。新潟支局、横浜支局を経て、91年4月に東京・経済部。98年10月から約2年間、バンコク総局員。
 横浜支局では警察担当記者としてオウム事件などを追った。経済部では主に金融行政・政策、金融業界、国際経済を担当。

 日本が金融危機のどん底からはい上がろうとしていた2000年秋、第一勧業、富士、日本興業の3銀行が統合した。総資産140兆円の巨大金融グループ「みずほ」の誕生だ。分厚い顧客層を抱える都銀と産業界に太いパイプを持つ興銀。市場は「最高の組み合わせ」と評価し、みずほは「世界のビッグプレーヤーになる」と息巻いた。

 あれから11年。グループの持ち株会社の塚本隆史社長は5月下旬、「創業的出直し」を宣言した。グループで個人、中小企業向け取引をになう「みずほ銀行」で3月に大規模なシステム障害が起きたことが引き金になった。02年に続くシステムトラブルに世間はあきれた。

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 システム障害は、3月14日に東日本大震災の義援金が特定口座に集中し、口座の容量を大きく上回ってデータ処理ができなくなったことがきっかけだった。「今回の障害は念頭になかった」。記者会見した西堀利頭取は義援金の集中が「想定外」と言わんばかりだった。

 だが、他の銀行は事前に義援金専用の口座を作って容量の上限を無くすなどの対策をとったため、トラブルは起きなかった。みずほ銀はこうした措置をとっていなかった。

 判断も誤った。同日夜に障害が表面化し、夜間に給与振り込みや口座振替のデータを一括処理するシステムもマヒした。窓口営業に影響が出ないようにしようと、手作業での処理に切り替えたところ、慣れない仕事にミスが多発。未処理決済が雪だるま式に増え、約120万件に達した。

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 トラブルの火種は高揚感のなかで船出した11年前に埋め込まれていたと思う。

 3行は統合比率1対1対1の「対等」にこだわった。当時の首脳は「トップが3人だと多数決で決められる」と、意思決定のスピード感を強調したが、各行のメンツを立てる仕掛けでもあった。「3行のうちひとつは企業価値が低かったが背伸びさせた」と元みずほ幹部。

 持ち株会社の下に、みずほ銀行と大企業取引専門の銀行「みずほコーポレート銀行」をぶら下げ、三つのトップの座を分け合った。対等を演出する「器」まで用意した格好になり、旧3行の「ムラ」意識がはびこった。

 内部では旧行のバランス優先の人事が横行。「適材適所」は徹底されず、システム障害といった緊急事態に迅速かつ的確に対応できない人員態勢になってしまった。いま、みずほグループの役員ポストは90で3行できっちり分け合っている。「互助会になってしまった」。あるOBは唇をかむ。

 3年前にグループの当時の首脳の一人が女性スキャンダルを起こした。だが、旧3行の一角の実力者だったため、不問となり、発言力を維持した。「間違っていても行内で力があれば乗り切れる、という企業文化」。ある金融庁幹部の印象だ。

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 「ムラ」意識は今回のシステム障害を傷口を広げる直接の原因にもなっている。

 関係者によると、みずほコーポ銀の顧客企業が、みずほ銀に口座を持つ企業などに振り込めなくなるケースが相次いだ。すると、みずほコーポ銀の幹部は、みずほ銀の支店に直接連絡して振り込みを急ぐよう求め、手作業で応じる支店が出た。

 そこへ、システムの復旧とともに元の振り込み指示が動き始め、二重振り込み、三重振り込みが発生。それを取り消す指示が必要になるなどして、手がつけられなくなったという。

 みずほ銀は02年のシステム障害の後、金融庁に対して「リスクなどを入念に想定して総合的な危機対応計画をつくる」「効率的で実効性のある(グループ)体制をつくる」と誓った。結局、空手形に終わったことになる。

 尾道大学の講師、大野太郎さんらは昨年、合併した大銀行が合併前に比べて株主が期待する以上の利益(EVA)を増やしたかどうか調べた。「02年から08年をみると、業界全体のEVAは大赤字だったが、みずほはそれを年700億円も下回っていた」と大野さんは指摘する。

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 みずほの第二の創業は「対等」をぶちこわすことから始まる。組織に緊張感を吹き込む「信賞必罰」の企業風土づくりを急がないと、経営の主導権の所在がはっきりしていて「役員等分」になっていない三菱UFJや三井住友の収益力に引き離されるばかりだ。「眠れる巨象」のレッテルをはぐには、しがらみのない社外の人材をトップに引き抜くのも一案だろう。

 持ち株会社の塚本社長は「創業的出直し」を宣言するにあたって、みずほ銀とみずほコーポ銀の統合などを明言。旧3行体制の解体に取り組む姿勢を示した。

 海外を見渡せば、中国の銀行の伸長はすさまじい。日本が金融大国として生き残るには、弱いメガバンクは足かせとなる。金融当局にも「国際展開するメガは二つで十分」との声がある。

 「第二創業」は時間との勝負になる。

織田 一(おだ・まこと)

 朝日新聞編集委員。長崎県佐世保市出身。1986年、朝日新聞入社。新潟支局、横浜支局を経て、91年4月に東京・経済部。98年10月から約2年間、バンコク総局員。  横浜支局では警察担当記者としてオウム事件などを追った。経済部では主に金融行政・政策、金融業界、国際経済を担当。

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