メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

深掘り

株主の権利弁護団から

取締役が株主の共同利益に配慮する義務

大住 洋(おおすみ・ひろし)

取締役が株主の共同利益に配慮する義務
平成23年2月18日東京地裁判決(レックスMBO事件)の分析

弁護士 大 住   洋 

拡大大住 洋(おおすみ・ひろし)
 弁護士。小松法律特許事務所所属。
 京都大学法学部卒業。関西大学法科大学院修了。2010年12月司法研修所修了(新63期)。
 大阪弁護士会知的財産委員会に所属。現在、株主の権利弁護団で活動中。

第1 はじめに

 営利の目的を有する株式会社においては、企業価値の向上等を通じて「株主利益を最大化」することが一般的な目的となり、会社経営を任された取締役が、このような目的に反する会社経営を行えば、それは取締役としての善管注意義務違反、忠実義務違反になる(注1)。そして、通常は、企業価値の向上が実現されれば、それに伴い株主の利益も向上するものと思われるが、「株主の利益」はそのようなものに限られない。

 東京地裁平成23年2月18日判決(金融・商事判例1363号48頁、レックスMBO事件)は、取締役の善管注意義務・忠実義務の内容として、このような企業価値の向上に止まらない「株主の共同利益に配慮する義務」を認めた。本稿のテーマは、この判決を分析することを通じて、MBOの場面における取締役の「株主の共同利益に配慮する義務」の具体的内容を明らかにすることである。

第2 本判決の内容

1 事案の概要

 本件は、平成19年9月1日に被告会社(当時の商号は「株式会社AP8」。以下、合併前の被告会社を「AP8」という)に吸収合併された株式会社レックス・ホールディングス(以下、合併前の同社を「旧レックス」という)の株式を所有していた原告(以下、単に「原告」という。)らが、AP8による株式公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)及び旧レックスによる全部取得条項付株式の取得によるMBO(経営者による企業買収、以下「本件MBO」という。)が実施されたことによって、その所有する旧レックスの株式を1株当たり23万円という低廉な価格で手放すことを余儀なくされ、適正な価格である33万6966円との差額である1株当たり10万6966円等の損害を被ったと主張して、旧レックスを承継した被告会社に対し、会社法350条又は民法709条に基づき、旧レックスの代表取締役であった被告Y2に対し、会社法429条1項又は民法709条に基づき、旧レックスの取締役あるいは監査役であったその余の被告らに対し、会社法429条1項に基づき、連帯して上記損害金等の支払を求めた事案である。

2 本判決の判断内容

 取締役は、会社に対し、善良な管理者としての注意をもって職務を執行する義務を負うとともに(会社法330条、民法644条)、法令・定款及び株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実に職務を行う義務を負っている(会社法355条)が、営利企業である株式会社にあっては、企業価値の向上を通じて、株主の共同利益を図ることが一般的な目的となるから、株式会社の取締役は、上記義務の一環として、株主の共同利益に配慮する義務を負っているものというべきである。

 ところで、MBOにおいては、本来、企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべき取締役が、自ら株主から対象会社の株式を取得することになり、必然的に取締役についての利益相反的構造が生じる上、取締役は、対象会社に関する正確かつ豊富な情報を有しており、株式の買付者側である取締役と売却者側である株主との間には、大きな情報の非対称性が存在していることから、対象会社の取締役が、このような状況の下で、自己の利益のみを図り、株主の共同利益を損なうようなMBOを実施した場合には、上記の株主の共同利益に配慮する義務に反し、ひいては善管注意義務又は忠実義務に違反することになるものと考えられる。

 そして、MBOが、取締役の株主の共同利益に配慮する義務に違反するかどうかは、当該MBOが企業価値の向上を目的とするものであったこと及びその当時の法令等に違反するものではないことはもとより、当該MBOの交渉における当該取締役の果たした役割の程度、利益相反関係の有無又はその程度、その利益相反関係を回避あるいは解消するためにどのような措置がとられているかなどを総合して判断するのが相当である。

 ……被告Y2がいわゆるバイアウトファンドであるAPとの間で本件基本合意書を取り交わしてMBO及び株式非公開化に関する交渉を進めていたものであり、被告Y2のAP8に対する出資割合は株主総会において特別決議事項に反対し得る33.40パーセントにも及び、代表取締役にはならないものの、取締役会長になることが予定されていたことなどからすれば、被告Y2の利益相反の程度は相当強いものであったことは否定できない。他方、旧レックスの取締役会においては、外部のAMCからの「株主価値評価算定書」及び「意見書」、法律事務所の意見等を徴した上、出席した取締役全員が本件公開買付けに賛成し、社外監査役を含む監査役全員が取締役会が本件公開買付けに賛同を表明することに賛成の意見を述べ、被告Y2は特別利害関係人として決議には加わらず、かつ、これらの事実は、本件賛同意見表明において公表していたのであるから、上記の利益相反を解消するための措置も一応はとられていたものといい得る

 これらの利益相反を解消するための措置は、MBO報告書やMBO指針が提案する実務上の対応策や工夫と比べると、必ずしも十分なものであったとは言い難いが、MBO報告書やMBO指針は、本件MBOの実施後に策定されたものである上、実務上の対応策や工夫を提案するものであって新たに規制を課すものではないから、直ちに取締役の善管注意義務ないし忠実義務の具体的内容となるものではないと考えられる。そして、上記のように利益相反の解消を図る措置も一応されていたことにも照らすと、本件MBO当時において、被告Y2が、取締役としての株主の共同利益に配慮する義務に違反して、本件MBOを強行したものとまではいえないというべきである。

第3 検討

 1 MBOについて

 (1) MBOにおける利益相反的構造

 近年、企業のM&A取引が活発化する中で、いわゆるMBO(マネージメント・バイ・アウト)が注目を集めている。MBOとは、現在の経営者が出資し、事業の継続を前提として対象会社の株式を購入することをいい、このようなMBOには、市場における短期的圧力を回避した長期的思考に基づく経営の実現や柔軟な経営戦略を実現できるなどの積極的意義があるとされる。しかしながら他方で、MBOにおいては、本来、企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべき対象会社の取締役が、自ら株主から対象会社の株式を取得することとなり、必然的に取締役と対象会社の株主との間に利益相反的構造が生じることになる(注2)

 (2) MBO報告書・MBO指針の提案する「望ましいMBO」

 本判決は、MBO報告書及びMBO指針を参考にしているものと考えられる。 

 これらMBO報告書及びMBO指針は、望ましいMBOと評価されるためには、次の2つの原則が尊重されるべきであるとする(注3)

 すなわち、

[1] 企業価値の向上

[2] 公正な手続きを通じた株主利益への配慮

 

である。

 ここにおいては、単に企業価値を向上させるというだけでそれが直ちに望ましいMBOと評価されるのではなく、さらに、公正な手続きを通じた株主利益への配慮が求められることが示されているのである。

 (3) 「株主利益への配慮」の具体的内容

 そして、MBO報告書及びMBO指針が提案する具体的な「株主利益への配慮」の内容は大きく分けて、以下の3点である(注4)

 [1] 株主の適切な判断機会の確保

  MBOにおいて、各株主が納得して適切に判断し、その意思を表明できることが重要なポイントとなることにかんがみ、各株主の背景や属性等も十分に考慮して、株主の判断に資するための充実した説明を行い、かつ、株主が当該説明を踏まえた適切な判断を行える機会を確保する必要がある。

 [実務上の具体的対応]

ア) MBOを実施するに至ったプロセス等の充実した開示。

イ) 業績の下方修正後にMBOを行うような場合には、MBOが成立しやすくなるように意図的に市場株価を引き下げているとの疑義を招かないよう、当該時期にMBOを実施することとした背景・目的等についてのより充実した説明。

ウ) 取締役と他の出資者との出資比率や取締役の役職継続予定等、取締役が当該MBOに対して有する利害関係の内容の充実した説明。

エ) 株式併合を利用した手法など、MBOに反対する株主に株式買取請求権または価格決定請求権が確保できないスキームは採用しない。

オ) 公開買付けにより大多数の株式を取得した場合には、特段の事情がない限り完全子会社化(スクイーズアウト)を行うこと。また、スクイーズアウトを行う際の価格は、公開買付価格と同一の基準により行うこととし、その旨を開示資料等により明らかにしておくこと。

 

 [2] 意思決定過程における恣意性の排除

  MBOには、構造的な利益相反の問題が存在することにかんがみ、不当に恣意的な判断がなさなれないように、例えば、社外役員等の意見を求めた上で株主が判断するようにするなど、意思決定のプロセスにおける工夫を行う必要がある。
  例えば、機関投資家等の存在のみならず、個人株主等の存在にも配慮した丁寧かつ充実した説明も必要となる。

 [実務上の具体的対応]

ア) MBOの是非や条件につき、社外取締役や第三者委員会など独立した第三者への諮問、及びその判断の尊重。

イ) 特別利害関係を有する取締役以外の取締役及び監査役全員の同意。

ウ) 意思決定方法に関し、弁護士やアドバイザー等による独立したアドバイスの取得、及びその名称の開示。

エ) MBOにおいて提示されている価格に関し、独立した第三者評価機関からの算定書等の取得。

 

 [3] 価格の適正性を担保する客観的状況の確保

  MBOは、構造上の利益相反の問題に起因する不透明感が強いことにかんがみ、価格の適正性に関し、対抗買付けの機会を確保する等の客観的な状況により担保がなされる必要がある。

 [実務上の具体的対応]

ア)MBOに際しての公開買付期間を比較的長期に設定し、対抗的な買付けの機会を確保する。

イ)対象会社が対向者と接触等を行うことを過度に制限する合意をしないこと。

 

 2 MBOに不満な株主が採りうる対抗手段 

 (1) 株式の取得価額を争う方法

 MBOにおいては、通常、[1]経営者とファンドが一体となって買収目的会社(以下「SPC」という。)を設立し、当該SPCが対象会社株式の公開買付け(以下「TOB」という。)を実施することにより、対象会社の多数の株式を取得し、[2]その上で、残存する一般株主を締め出す(スクイーズアウト)、という手順が踏まれることになる。そして、スクイーズアウトには、SPCを完全親会社、対象会社を完全子会社とする株式交換を、一般株主には端数を生ぜしめる交換比率で行う方法や、普通株式を全部取得条項付株式に転換し、一般株主に対しては、端数が生じるような割合で、種類株式を対価として当該株式の全てを取得し、一般株主には金銭を交付するという方法が用いられる(注5)。本件では、後者のスキームによるスクイーズアウトが行われたものである。

 会社法上、このような場合に、反対株主には株式買取請求権(会社法785条1項、同116条1項2号)、及び裁判所に対する価格決定申立権(会社法172条1項)が与えられており、これらの手続きを通じて、株主は最低限の保護として、公正な価格での株式買取を求めることが出来る。 

 本件でも、旧レックスの株主は、会社法172条1項に基づく取得価格決定申立てを行い、これについて別途裁判所による判断が示されている(注6)。もっとも、取得価格を巡る別件訴訟の内容については、本稿が直接のテーマとするものではなく、また優れた論考が多数存在するので、そちらを参照されたい(注7)

 (2) 取締役等の責任を追及する方法

 さらに、株主が不公正な対価によって株式を取得されたことによって損害を被った場合には、それが取締役等の善管注意義務・忠実義務に違反するとして、取締役等に対する損害賠償(会社法429条1項)を請求することが考えられる。

 本件は、この方法で、株主が経済的利益の回復を求めた事案である。なお、上記(1)の方法で、株主が裁判所に対する取得価格決定の申立てを行ったにもかかわらず、会社が決定した価格を是認する判断が裁判所によってなされた場合には、そのような価格で株式を買い取られた株主が「損害」を立証するのは容易ではない(注8)。しかし、本件では、東京高裁平成20年9月12日決定(金融・商事判例1301号28頁)によって、会社の取得価格23万円を上回る33万6966円を適正な取得価格とする決定がなされていた(会社からの最高裁への特別抗告及び許可抗告はいずれも棄却されている[最高裁平成21年5月29日決定・金融・商事判例1326号35頁]。)。そこで、この差額が株主に生じた損害であるとして損害賠償請求がなされたものである。

 (3) その他の手段

 その他、スクイーズアウトのための株式取得にかかる株主総会決議の効力を株主総会決議取消の訴え(会社法831条1項3号)によって争う方法や、取締役による株式取得行為の差止め(会社法360条1項)を求める可能性も考えられる。しかしながら、後者については、MBOによって株主に損害が生じると考えることはできるとしても、MBOによって対象会社に損害が生じると考えることはそれほど容易でなく、実際には大きな困難を伴うと思われる(注9)

3 本判決の評価

 本判決は、取締役の善管注意義務・忠実義務の内容として「株主の共同利益に配慮する義務」を認め、MBOの局面における当該義務違反の有無につき、事案に即して詳細な判断を示した初めての裁判例として重要な意義を有するものである。

 本判決の判断枠組は、前掲MBO報告書及びMBO指針に沿ったものであり、被告Y2の行為は、「MBO報告書やMBO指針が提案する実務上の対応策や工夫と比べると、必ずしも十分なものであったとは言い難い」としながら、結論として被告Y2を含む被告らに善管注意義務・忠実義務違反はないとした。

 その理由として、本判決はMBO報告書やMBO指針が本件MBO実施後に策定されたものであること、MBO報告書やMBO指針は実務上の対応策や工夫を提案するものに過ぎず、それが直ちに善管注意義務や忠実義務の内容となるものではないこと、利益相反を解消するための措置も「一応」とられていたこと等を挙げる。

 確かに、本件MBOがMBO報告書やMBO指針が策定される前に実施されたものであることからすれば、当時の取締役の措置がこれらの提案内容に比して不十分であるというだけで、直ちに善管注意義務違反・忠実義務違反になるとはいえない。

 しかしながら、本件では、株式取得価格決定申立事件の抗告審である東京高裁決定において「MBOの実施を念頭において、……決算内容を下方に修正することを意図した会計処理がされたことを否定できない」と認定されるようなプレスリリースがされ、その結果下落した株価を基準に株式の取得価額が決定されていることや、また、旧レックスが公表したMBOへの賛同意見表明において、公開買付けに応じなかった場合には、株式買取請求権が認められるかどうか不明である旨記載され、一般株主の立場からすると、本件公開買付けに応じざるを得ないと受け取るものも出かねないような表現が用いられていたことなどからすれば、MBO報告書やMBO指針の規範内容を持ち出すまでもなく、取締役が「株主の共同利益に配慮する義務」を怠ったと認められてもよい事案であったようにも思われる。

 いずれにしても、既にMBO報告書やMBO指針が策定・公表され、その内容を踏まえてMBOを実施することが可能となっている今後については、これらにおいて示された行為規範をより強く意識して、「株主の共同利益に配慮する義務」に違反したか否かの判断がなされることが望まれるところである。

第4 終わりに

 なお、本判決は、直接的にはMBOの局面における取締役の善管注意義務・忠実義務違反が問題となった事案であるが、取締役が「株主の共同利益に配慮する義務」が善管注意義務・忠実義務の内容として認められることを判示した部分は、一般論として述べられたものであり、MBOの局面に限定されていない。

 今後は、MBOに限らず、取締役の経営判断全般にわたって、このような「株主の共同利益に配慮する義務」を強く意識した善管注意義務・忠実義務違反の判断がなされることが期待され、そのことが株主の利益保護に資することはもちろん、ひいては、我が国の資本市場全体の活性化にも資するものと考えられる。

▽注1: 江

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

大住 洋(おおすみ・ひろし)

 弁護士。小松法律特許事務所所属。
 京都大学法学部卒業。関西大学法科大学院修了。
 2010年12月司法研修所修了(新63期)。
 大阪弁護士会知的財産委員会に所属。現在、株主の権利弁護団で活動中。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。