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深掘り

背景解説

「ステークホルダーの皆様」は経営と収益性の弱さの言い訳か?

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

「ステークホルダーの皆様」をアピールする企業は経営と収益性の弱さの言い訳にそうしている臭いがする

外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)

拡大Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。京都大学法学部大学院留学後、ハーバード・ロースクール修了。
 日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。

 日本企業のIR(インベスター・リレーションズ、投資家広報)用のウェブサイトや資料にはしばしば「ステークホルダー」という用語が現れる。例えば、社長のトップメッセージに「ステークホルダーの皆さまへ」という挨拶がある。また、顧客、社員、株主、取引先、地域社会等が会社にとって全員同等な「ステークホルダー」であり、会社がそれぞれの利害関係を平等に尊重しているという考えがいろいろな形で表現されている。たぶん、多くの日本企業の経営者はこのステークホルダー理念を心から信じている。しかし、ステークホルダー理念を過剰に強調することによって、多くの投資家、特に外国投資家は、「そうか、これが噂の、株主と収益(自己資本利益率、ROE)を無視する日本企業なんだ!」と思わされることになる。

 いわゆるステークホルダー理論は日本人に馴染みやすい、「金より人間関係を優先する」響きを持つ。多くの日本人はおそらく次の文を読んで、特に違和感はないだろう。

 企業価値という概念は、企業が生み出す将来の利益の合計と考えられ、経営者は、その中に、従業員や顧客、取引先あるいは地域社会など幅広いステークホルダーとの関係が企業価値に与える影響も考慮に入れて判断を行うことが通例である。

 企業価値は、株主価値とステークホルダーに帰属する価値の合計であり、株主価値と企業価値は同じではない。このため、ステークホルダーから株主に所得移転だけを行う買収提案は、株主にとってメリットがあるように見えるが、企業価値には中立的であり、長期的にはマイナスになる可能性がある。従業員が期待していた報酬や雇用機会が、株主への所得移転の原資を捻出するために削減されるようであれば、従業員などが会社に貢献する意欲を阻害し、企業固有の投資行動を抑制する結果となる。信頼への裏切り効果とも呼ばれる。例えば、単に内部留保や従業員への賃金あるいは雇用削減を行って配当を増加させる買収提案の場合、ステークホルダーの会社に対する貢献を低下させるので、長期的にみれば企業価値を損なう可能性がある。

 これは、東京高等裁判所の有名な2007年のブルドッグソース判決から引用した文章である。スティールパートナーズが株主として強制的に追い出された取引の正当性を支える論理でもある。高裁の判決から4年も経ったが、いまだに外国投資家にとってはブルドッグソース事件と判決の根拠となったステークホルダー理論の後味は苦い。偶然かもしれないが、高裁のブルドッグ判決が言い渡された2007年7月9日は過去10年の日経225平均株価の最高値の1万8,282円を記録した日でもある。それ以来、株価はパンクしている。今年の日本企業の平均収益性(ROE)は前年度比約4%から6%に回復したものの、まだ欧米企業の平均の半分以下であることがその主な原因である。ステークホルダー理念を高く掲げる企業は収益性の弱さの言い訳にそうしている臭いが強い。

 ファジ―なレトリックとしてステークホルダー理論は多少説得力を持つかもしれないが、掘り下げて分析すると自由市場資本主義の基本原理を否認していると私は感じる。シカゴ大学法科大学院の教授を務めた米連邦高等裁判所のイースターブルック判事の名著『The Economic Structure of Corporate Law』(会社法の経済学的構造)は、ステークホルダー理論を徹底的に解体している。私は、ステークホルダー理論信者に解毒薬を与える目的で、ここでイースターブルックの論をごく簡単に要約する。

 まず、会社の資金調達の観点から考えよう。起業のため、資金を投資家から募集しようとしている2社の企業を想定しょう。A社は収益を唯一の目標とする無関心な企業で、B社は収益の半分を従業員、地域社会、環境等に「還元する」と宣言する良心的な企業だとしよう。投資家として、B社の収益の半分は最初から投資家に戻って来ないので、B社の企業価値はA社の半額となり、逆に言えばB社の資金コストはA社の2倍になってしまう。A社とB社がお互い競合し合うと、資金コストの高い方が当然に不利になる。最終的な競争に負け、弱って、存続できなくなると、皮肉なことにB社は雇用、地域社会、環境等への貢献がそもそもできなくなる。


 次に、会社の関係者(ステークホルダー)の権利関係とその本来の優先順位から考えよう。会社の取引先と従業員は会社と契約関係を持ち、一般債権者に当たる。会社は毎月、その契約により、仕入れ先や従業員に原材料の対価や給与を経費として払っている。その経費を払った後に初めて利益が生じ、経費が収入を上回る場合、赤字が生じる。同じく会社が倒産したり、清算されたりするとき、契約を持つ債権者は優先的に残った資産を配分される。株主はつまり行列の一番後ろに立つ身分である。一般債権の契約で確定されている経費を払った上で、残る利益を全員の「ステークホルダー」に「平等」に分配することは結局株主でない「ステークホルダー」への富の再分配、二重払いになってしまう。


 最後に、市場原理そのものから考えよう。競争に負け、ある工場が赤字に転落し、経営陣が工場を閉鎖することを検討し始めていると想定しよう。東京高等裁判所が掲げるステークホルダー理論からすると、経営陣はここで、株主の「単なる」金銭的な利害関係と、工場が閉鎖されたら雇用を失う従業員や地域社会へのダメージをそれぞれ測って、審判のように「正しい」判断を下す責任がある。経営陣は株主の利益を優先することはいけないことになる。しかし、経営陣が会社の利益という客観的な経済上の判断基準を使えなくなると、判断基準は必ず主観的且つ政治的なものとなり、そのような判断しかできなくなる。赤字工場は、いったいどの条件において、閉鎖して良いのか?

 イースターブルックは、この判断を政治的なものにしてしまえば、市場原理を否認することに等しい、と主張する。工場が赤字であること自体は、工場の生産性、効率、その製品に対する需要に基づく客観的な赤信号であって、それを無視することは社会の限られた資本・資源を無駄にすることになる。自動車が発明され後になお馬車と鞭の工場を閉鎖しないことは、国の経済の振興を犠牲にするということになる。

 経営陣にとって、ステークホルダー理論は責任を逃れるために都合のいい言い訳として使われる。株主から文句がでるとき、経営陣の他のステークホルダーに対する責任を主張することが出来るし、逆に従業員、その他のステークホルダーの不満に対して、株主を悪者にすることができる。完璧な抜け道だ。

 深く考えず、ステークホルダー理論の用語とその概念を投資家・外部へのコミュニケーションに積極的に引用する日本企業は

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Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。1976年から77年にかけて京都大学大学院に留学した後、1982年にハーバード大学ロースクール修了。現在、上智大学法学部教授。日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。国際間M&Aから、コーポレート・ガバナンス問題、民間・公的融資、戦略的提携、合弁事業などに経験を持つ。

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