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深掘り

株主の権利弁護団から

中小企業向け為替デリバティブ取引契約の法的問題

中小企業向け為替デリバティブ取引契約の法的問題

 弁護士   天  野   聡

 

拡大天野 聡(あまの・さとし)
 弁護士。天野法律事務所(大阪弁護士会)所属。
 東京大学法学部卒。平成19年4月司法研修所に入所し(61期)、平成20年10月弁護士登録(愛知)。現在、株主の権利弁護団で活動中。

 1 はじめに

 円相場が戦後最高値を更新し、メーカーなどの輸出産業が大打撃を被っている中、為替デリバティブ取引契約(米ドル/円)の損失拡大によって経営危機に陥る中小の輸入企業が増え続けている。この問題は平成21年10月20日の第2回金融庁政策会議で取り上げられ、平成21年度の監督方針に「顧客への説明態勢の充実等」を盛り込んで監督上の重点の一つとする方向を対外的に明示した(注1)。金融庁によれば平成22年9月末時点において為替デリバティブ取引契約(このうち、主として問題となっているのは「通貨オプション取引契約」である)を保有する企業は約19,000社とのことであり、未だ解決していない。

 本稿では、この中小企業向け通貨オプション取引契約に関する法的問題について検討を加えることとする。

 

 2 通貨オプション取引契約とは

 通貨オプション取引契約とは、一般には、「通貨を一定の条件で買う、又は売ることのできる権利」を売買する取引をいう。本稿で問題とするのは、金融機関が輸入企業に対してドルコール円プットオプション(以下では「ドルコールオプション」(注2)という)を売ると同時に、企業からドルプット円コールオプション(以下では「ドルプットオプション」(注3)という)を買い、オプションの対価(オプション料)の受取りと支払いを相殺することによって、契約締結時の費用をゼロ(ゼロコスト)にする取引である。

 タダで契約を締結できるため、企業にとっては取引に入る心理的な負担が低くなるうえ、大手の金融機関が熱心に勧誘していたことから、「大手行がそこまで勧めるなら損はしないだろう」との信頼感も働いて、損失リスクを把握できないまま契約してしまった例が多数を占める。

 

 3 問題点

 金融機関は輸入企業に通貨オプション取引契約を勧めるに際し、ドル建て債務についての為替変動リスクをヘッジするための商品であると説明していた。しかし通貨オプション取引契約の実態は、リスクヘッジのための契約というより、企業が大きな損失リスクを抱える投機的取引と見るほうが正鵠を射ている。ほとんどの金融機関はこの取引の危険性をありのままに説明せず、あくまで「為替リスクヘッジ」の取引であるとしか説明していなかった。それまでデリバティブ取引の経験などない堅実な中小企業に対してまで、為替リスクヘッジのためと称して投機性の高い危険な金融商品を販売していたのである。

 しかも「為替リスクヘッジ」を取引の目的に謳いながら、金融機関は契約締結に際して企業のヘッジニーズを精査せず、実際のニーズを遙かに超える過大な量の取引を勧誘したり、あるいはヘッジニーズがほとんどない企業にまで販売していた。ただでさえ投機性の高い取引を大量に締結した企業は、現在の超円高で多額の損失を被っている。金融機関は本来、企業のニーズを的確に把握し、ニーズに見合った適切な商品を販売すべきである。これをせずに大量の取引を勧誘したのは、一回の契約締結により得られる手数料収入が莫大な額に上るからに他ならない。

 すなわち、多くの通貨オプション取引契約において、企業が金融機関に売却するドルプットオプションの価値は、金融機関から購入するドルコールオプションの価値より数百万円~数千万円も高額である(注4)。それを相殺という形で「ゼロコスト」にして、金融機関はオプション料の差額分に相当する数百万円~数千万円の金額を、一度に手数料として得るのである。

 当然ながら、企業は自身が売却するドルプットオプションの価値と、金融機関から購入するドルコールオプションの価値の差を全く知らない。自らが売却する商品が、購入する商品よりも数百万円~数千万円も価値が高いと知っていれば、安易に「ゼロコスト」で契約を締結しようとは普通考えないであろう。金融機関は勧誘の際にオプションの価値の格差を決して明らかにせず、ただ「ゼロコスト」を強調して多額の手数料を稼ぐ訳である。

 

 4 取引の基本構造

 通貨オプション取引契約の基本構造は、企業からみれば「ドルコールオプションの買い取引」と「ドルプットオプションの売り取引」との合成取引である。企業は金融機関から「ドルを購入する権利」(ドルコールオプション)を買い、同時に、金融機関に「ドルを売却する権利」(ドルプットオプション)を売る(「売却する権利」を売ると、相手方のオプション行使によって「買う義務」を負担することになる)。

 輸入企業は金融機関からドルコールオプションを買うことで、ドル建て債務について円安(ドル高)リスクをヘッジすることができる。行使期日におけるドルの市場価格が、行使価格よりも円安(ドル高)であれば、企業はオプションを行使して行使価格でドルを購入することによって、為替差益を得られる。これに対し、ドルの市場価格が行使価格よりも円高(ドル安)であれば、オプションを放棄して市場でドルを調達すればよい。コールオプションを購入するだけなら、円高(ドル安)の場合の損失はオプション料に限定され、それ以上損はしない。

 ところが、 企業は同時に金融機関に対してドルプットオプションを売却しているため、オプションの行使により「ドルを行使価格で買う義務」を負っている。円高(ドル安)になると、オプションを行使した金融機関から市場より不利な価格でドルを買わざるを得ない。後述する特約の存在と相俟って、企業は円高メリットを享受できないどころか、逆に多額の損失を被ることとなる。為替変動のリスクをヘッジする取引のはずが、為替変動によって倒産の危機にまで陥るのである。

 

 5 ハイリスクの特約(注5)

 企業が負っていたハイリスクの特約の具体的内容は、以下のとおりである。

(1) レシオ(レバレッジ)特約

  企業が金融機関に対して売るプットオプションの取引金額が、金融機関から買うコールオプションの取引金額よりも2~3倍に設定される特約を「レシオ」(レバレッジ)という。

  企業にとってプットオプションの売却金額がコールオプションの購入金額より大きいということは、円安(ドル高)の場合に金融機関が被る損失(ただし、金融機関は反対取引によってリスクヘッジできる)に比べて、円高(ドル安)の場合に企業に生じる損失の方が大きいことを意味する。

(2) ギャップ特約

  オプションが発生する価格(トリガー価格)を、行使価格とは別に設定する特約を「ギャップ」という。例えば、ドルプットオプションの取引でトリガー価格を1ドル100円、行使価格を120円に設定した場合、市場価格が99円になって金融機関がオプションを行使すると、企業は1ドル120円でドルを購入することになり、1ドルにつき21円の損失を被ることになる。市場価格がトリガー価格に達した途端、損失がいきなり膨らむ仕組みである。

(3) ノックアウト特約

  オプションが消滅する価格(ノックアウト価格)を設定する特約を「ノックアウト」という。市場価格がノックアウト価格に達すると、オプション自体が消滅する仕組みである。多くの場合、ノックアウト価格は契約締結時の市場価格より円安(ドル高)方向にのみ設定され、円高(ドル安)方向には設定されていない。

  円安(ドル高)によって企業はドルコールオプションを行使して利益を得るものの、ノックアウト価格に達するとオプションが消滅するため、それ以上の利益は得られず、金融機関の損失も限定される。他方、円高(ドル安)の場合、金融機関がドルプットオプションを行使することにより企業は損失を被るが、ノックアウト価格が設定されていないため損失には歯止めがかからない。

  このようにノックアウト特約が片面的に付されている場合、企業は金融機関より大きな損失リスクを負うことになる。

(4) 長期に渡る契約期間

  通貨オプション取引契約の期間は、5~10年の長期間に渡るものが少なくない。しかし、輸入企業が為替リスクをヘッジするには、ドルコールオプションのみの購入や1年間の為替予約取引を行うなどによって目的を達成できる。為替リスクヘッジのために、数年間に渡るドルプットオプションの売り取引をする必要性は全くないのである。

  為替相場の変動要素は時間と共に増大するから、契約締結時にオプションの売り取引について数年先の行使価格まで固定するのは非常に危険である。契約期間が長期に渡っても、金融機関は必要に応じて反対取引を行うことによって適切なリスクヘッジが可能であるが、そのようなリスクヘッジの能力・方法を持たない企業にとっては、「リスクテイク」以外のなにものでもない。

  通貨オプション取引契約においては、契約期間が長期に渡るほど、(先渡し為替レートが円高方向に振れるため)ドルコールオプションの価値が低くなり、逆にドルプットオプションの価値が高まる。したがって、金融機関の得る手数料(ドルプットオプションとドルコールオプションの差額分)はその分だけ増大する。為替リスクヘッジニーズの小さい企業に対してまで長期間に渡る取引を勧誘していたのは、手数料の増収を狙っていたからとしか考えられない。

  企業にリスクヘッジの能力・方法がないことを知りながら、長期間のハイリスク取引を勧誘して手数料を稼いでいたことだけでも問題である。

(5) 中途解約清算金に関する抽象的な説明

  取引を中途解約する企業には、数千万円から数億円の解約清算金の支払義務が発生する。これは、金融機関が解約時から反対取引を再構築するためのコストに相当する金額とされ、金融機関独自の算定式に基づいて算出される。問題は、契約締結時に清算金の説明は抽象的にしかなされておらず、清算金を計算する算定式の説明も不十分だった点である。

  上記のとおり長期間に渡る通貨オプション取引契約は、リスクヘッジできない企業にとって損失リスクの高い取引である。中途解約は、損失を免れるための手段として極めて重要な意味を持つ。したがって企業は契約締結に際して、清算金の額による解約制限の程度を的確に知ることが必要不可欠であり、清算金の算定方法あるいは額について具体的な説明がなされなければならない。

  ところが、これについては抽象的な説明しかなされておらず、企業は契約締結の可否を判断するための重要な判断材料である、莫大な清算金が発生する事実を知らされないまま契約を締結していた。

  この点、企業に対する中途解約清算金の説明が抽象的であったことを説明義務違反の判断要素とした裁判例として、福岡高判H23.4.27金融・商事判例1369-25がある。

 

 6 法的検討

(1) 錯誤

  ヘッジニーズがないのに「為替リスクヘッジ」の勧誘に乗せられたり、「ゼロコスト」という契約条件や中途解約に関する抽象的な説明によって企業が取引の安全性を誤解したのであれば、錯誤無効が認められる可能性がある。大阪高判H22.10.2金融法務事情1914-68は、仕組み債の権利内容・リスクについての錯誤を認めた。

(2) 公序良俗違反

  一方当事者が、相手方との力関係の差に乗じて必要性の乏しい契約を締結させ、不当な利益を得る行為は、暴利行為として公序良俗違反となる。

  金融機関は契約締結に際して「ゼロコスト」を強調しつつ、ドルコールオプションとドルプットオプションの価値の差額分に相当する数百万円~数千万円の評価益を一度に獲得していた。企業はそもそもオプションの価値にそのような差が存在することすら知らず、損失リスクの程度についても十分な説明を受けないまま、「ゼロコスト」「為替リスクヘッジ」の勧誘に乗せられて、現実のニーズを超える量の取引を行った。

  通貨オプション取引契約は、円安になれば銀行が損をして企業が儲け、円高になれば企業が損をして金融機関が儲ける、という仕組みである。しかし実際には、反対取引によってリスクヘッジが可能な金融機関は円安になっても損失を被らない。この取引によって損をするのは企業だけである。為替のプロである金融機関と一中小企業とでは、リスクコントロールについての知識・経験・能力において圧倒的な差がある。その力関係の差を利用して、企業にとって必要性が乏しく、しかもハイリスクの契約を勧誘し、巨額の手数料を得た行為を全体として見れば、暴利行為にあたる可能性は十分にある。

  また、通貨オプション取引契約は、為替相場の変動という偶然の事情によって金銭の得失を決定する相対取引である。この点、外国為替証拠金取引に関しては、為替相場等の変動という当事者が予見し得ない偶然の事情によって損益金の額が決定され、偶然の勝敗によって金銭の得失を決定する相対取引であって、賭博に当たり、公序良俗に反する違法な取引である旨述べる裁判例が複数存する(東京地判H17.11.11判時1956-105、東京高判H18.9.21金商1254-35、東京地判H19.9.26 、同H19.11.27、同H19.12.27等)。

(3) 不招請の勧誘禁止違反

  金商法は、「勧誘の要請をしていない顧客に対し、訪問し又は電話をかけて」契約の締結を勧誘する行為を禁止している(法38条4号)。ただし、法人に対し為替リスクヘッジのために勧誘する行為は例外とされる(金融商品取引業等に関する内閣府令116条2号)。

  金融業者に対して要請がないのにリスクのある取引を勧誘することを禁止し、投資者の投資判断が歪められたり、不測のリスクが持ち込まれたりしないようにして、投資者を保護する趣旨である。

  金融庁も、平成22年9月13日に発表した「デリバティブ取引に対する不招請勧誘規制等のあり方について(概要)」において、「店頭通貨オプション取引等については、現行法令上、法人も不招請勧誘規制の対象となっているが、これについては、トラブルがなお多くあり、引き続きこれを継続する」との方針を明らかにしている(注6)

  通貨オプション取引契約では、企業から金融機関に為替リスクのヘッジを依頼した例は稀であり、金融機関の熱心な勧誘に根負けした企業が多い。取引の実態はハイリスクの投機取引でありながら、「ゼロコスト」「為替リスクヘッジ」の謳い文句によって損失リスクを誤解しやすいという事情の下では、金融機関の勧誘は法の趣旨に反する行為といわざるを得ない。

(4) 適合性原則違反

  金融商品取引行為については、顧客の「[1]知識、[2]経験、[3]財産の状況、[4]投資目的」に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならない(金商法40条1号)。これを適合性原則という。

  適合性原則違反について不法行為責任を認定する基準を論じた判例は、オプションの売り取引について顧客の適合性を判断するには、「当該オプションの基礎商品が何か、当該オプションは上場商品とされているかどうかなどの具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」と述べている(最判H17.7.14民集59-6-1323)。

  このように適合性の判断要素は大別して、「取引の内容」と「顧客の属性」の二つに分けられる。この観点から見ると、通貨オプション取引契約の内容について、企業の為替リスクヘッジニーズを超える大量の取引が勧誘され、保険の引き受けに匹敵するオプションの売り取引が数年間に渡って継続するハイリスクな方法であったこと、それにもかかわらず莫大な清算金の発生によって中途解約は事実上制限されていたことは、適合性原則違反を肯定する要素である。

  顧客である企業の属性についても、通貨オプション取引契約を締結した企業には、それまでデリバティブ取引の経験など一度もなかった堅実な企業も多く、投資者に取引の専門的知識や経験がなかったことは適合性原則違反の肯定要素となる。また、金融機関が説明していた投資目的は「為替リスクヘッジ」であり、企業は積極的にハイリスクの投機取引を行う意向など有しておらず、高い投機性を有する商品の実態とは合致しない。投資目的は顧客が当該取引においてどの程度のリスクを負担する意欲があるかの表れであるから、投資目的と勧誘された取引の内容が一致しないことはやはり適合性原則違反の肯定要素となる。

(5) 説明義務違反(信義則違反)

  リスクのある金融商品を販売する際には、「商品・取引の内容」と「リスク」について説明が必要である。金融庁は、平成22年4月16日、「主要行向けの総合的な監督指針」「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」をそれぞれ改正し、次のようなデリバティブ取引に関する説明態勢及び相談苦情処理機能の強化を求めている(注7)

(1)商品・取引の内容やリスクについての説明
 ・最悪シナリオを想定した想定最大損失額についての説明
 ・金融指標等の状況がどのようになれば、当該取引により顧客自らの経営又は財務状況に重大な影響が生じる可能性があるかについての説明

(2)中途解約および解約清算金についての説明
 ・中途解約すると解約清算金が発生する場合には、その旨及び解約清算金の内容

(3)ヘッジ手段の確認
 ・顧客の事業状況や市場における競争関係を踏まえても、継続的な業務運営を行う上で有効なヘッジ手段として機能することの確認

(4)フォローアップ態勢の整備
 ・契約締結後、適時、ヘッジの有効性とその持続可能性の確認を行い、顧客からの問合せに対してわかりやすく的確に対応するなど、適切なフォローアップに取り組むための態勢の整備

 

  上記監督指針は金融機関の民事上の説明義務を直ちに構成するとまではいえないが、同指針が裁判所等の判断に影響を与える可能性は大きい。前掲福岡高判H23.4.27は、解約清算金の説明が抽象的であったことを説明義務違反の根拠としている。追加担保についての説明義務違反を認めたものとして大阪地判H23.10.12参照。

  なおEB(他社株転換社債)取引に関し、EBのプレミアム部分が大きければ大きいほど下落株式による償還リスクが高くなること等について、当該投資家が理解できる程度に説明しなければならない、とした裁判例がある(大阪地判H15.11.4判時1844-97、同H16.5.28判タ1176-205)。

 

 7 結び

 金融機関が目先の手数料を稼ぐために、企業に一方的にリスクを取らせた結果が、現在、多数の企業を倒産の危機に陥れている。目先の利益のみを追求する戦略は、多くの場合、長期的には不効率な結果を招く。この問題の早期解決が望まれる。

 

 天野 聡(あまの・さとし)
 弁護士。天野法律事務所(大阪弁護士会)所属。
 東京大学法学部卒。平成19年4月司法研修所に入所し(61期)、平成20年10月弁護士登録(愛知)。
 現在、株主の権利弁護団で活動中。

 

▽注1: 第2回金融庁政

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