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深掘り

大野木克信・元長銀頭取と弁護人が語る長銀事件

長銀元頭取を無罪主張に変えた「金太郎飴みたいな供述調書」

(2) 検察捜査と裁判所の問題

村山 治(むらやま・おさむ)

 1998年に相次いで破綻し、ともに元頭取らが粉飾決算の罪に問われた日本長期信用銀行(現・新生銀行)と日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)。起訴された両行の全員の無罪が2011年秋までに確定した。東京地検特捜部の両行に対する一連の捜査は「国策捜査」と呼ばれ、その後の検察捜査のあり方が問われるきっかけの一つとなった。あの事件は何だったのか。長銀の大野木克信・元頭取と、大野木氏の弁護に当たった倉科直文弁護士に、長銀事件の歴史的意味や検察捜査などを聞く。2回目は検察捜査と裁判について語ってもらった。

 ■「甘んじて処罰を受けるという気持ちだった」

拡大大野木克信さん

 ――大野木さんは、逮捕前の5月に行われた検察の任意の事情聴取では、「98年3月期の会計処理は、当時の金融機関で一般的だった会計慣行に基づいて行ったもので、大蔵省のガイドラインでも許容されている」と供述していました。粉飾容疑の全面否定です。なぜ、逮捕後一転して容疑を認めたのですか。

 大野木元頭取:公判でも証言したのですが、経営者としての社会に対する責任は、いかなる理由であれ、何らかの処罰の対象となって贖わなくてはいけない、という気持ちがあった。逮捕されたら基本的には争うまい。違法とか違法じゃないとか関係なく、処罰を甘んじて受けることが、最後の「失敗した頭取」のとるべき道だという気持ちだったのです。一緒に起訴された元副頭取の須田正己、同鈴木克治の両君もほぼ同様の心境で、容疑を受け入れた。

 長銀事件の弁護団が11年7月にまとめた「長銀最高裁無罪事件読本」(信山社)によると、大野木氏らは、検察側から、回収不能で償却引当が必要な不良債権が1兆円を超す、との内部資料を突きつけられるとすぐに屈服。あっさりと「長銀の自己資本比率維持と配当目的で、貸出金の実態を粉飾し、違法配当や有価証券報告書虚偽記載を犯した」との罪を認める自白調書にサインした。特に、大野木氏は検事の求めに応じ、検察側が指摘する「商法の鉄則」に則った資産査定を行わなかったことを反省する上申書まで提出した、という。

 

 僕の自白は、検事に怒鳴られたり、暴力を振るわれたりして無理やり作られたものではありません。話の筋はちょっと違うなあ、とは思ってはいたが、検事から法律のプロとして説得力ある法律解釈を示されたうえ、違法なことをした、と指摘され、一方、こちらも責任を取らねばならない、と考えていたので、検事が作成した調書に抵抗せずサインしてしまったわけです。

 ――経営責任と刑事責任をまとめて呑み込んで腹を切る、ということだったのですか。いかにも日本的なけじめのつけ方ですね。

 大野木元頭取:というか、当時の政府や国会は、金融再生法で、巨額の不良債権を抱えて破綻した銀行の経営者の責任を追及すべし、と法律で決めた。検察が起訴に向けて動くのは当然でしょうね。2008年のサブプライム危機のときの米国の投資銀行処理のように、国の政策として、公的資金を使って救済した方がいい、というところからスタートしていれば、別の対応があったかもしれませんが、日本の金融再生法には、個人の責任追及がいわばビルトインされていましたからね。

 ――検察の捜査、起訴自体については、おかしいとは思っていなかったのですね。

 大野木元頭取:検察の法律解釈からすると、起訴すべきだと考える根拠、証拠があったのだと思います。実際、東京地裁と東京高裁は、検察の主張を認めて我々に有罪判決を言い渡しました。だから起訴したこと自体は間違っていないと思います。しかし、我々は、検察の解釈はおかしいし、自分たちに罪があるとは思っていなかった。だから、長い間、法廷で争い、最後に無罪になった。それも正しい。
 だから、最高裁で無罪判決が出たあと、記者に感想を求められてとっさに「検察もベストを尽くしたのではないか」と言ったのです。このプロセスはしょうがないですよ。法治国家としてはね。異なる法律解釈の争いだったのですからね。

 倉科弁護士:検察の起訴は、そもそも、限られた時間、限られた証拠の中で、有罪の見込みがある、ということで行うものです。だから、事実と違うかもしれない、あるいは、その法律解釈には異論があるかもしれない、という前提のある行為です。真相を明らかにするだけの証拠がうまく揃っている保証はないし、また、神ならぬ人が行う判断だから、間違えることはいくらでもある。でも、それは仕方がない。刑事裁判というのは、そもそも誤差のある制度だという前提でできているんです。だから、その誤差が表面化して無罪判決が出たからといって、ただちにその起訴が違法だったということにはならないのです。

 ■無罪主張を決意させた「金太郎飴のワープロ調書」

 大野木氏らがそろって容疑を認めたため、検察は初公判を待たずに大野木氏らを釈放した。初公判を控えた大野木氏らは、事実に沿わない供述調書にサインしたことに疑問を持ちながらも、無罪主張をすることには消極的だったという。

 

 ――「処罰」を受け入れようという気持ちが無罪主張に変わったがきっかけは何ですか。

 大野木元頭取:起訴後、開示された元部下の長銀職員らの供述調書を読みました。ワープロで作成された大量の調書は、実際には、そんな発言がないにもかかわらず会議などでの僕らの発言が臨場感あふれる表現で記載されていた。しかも、どれも、酷似した表現だった。まるで「金太郎飴みたいな調書だな」と思った。須田君も公判で「優に1兆円を超える引当、償却引当義務を知りつつとか、4分類イコール即時引当とか、そのような言葉が、みんな一様に同じように載っている調書がたくさんある。これはどうしたんだと、銀行の仲間は誰もこんなこと言ってなかったじゃないかと」と言っていた。それで、待てよ、と考えた。
 そのうち、かつての部下から「心ならずも調書にサインした。いいたいことがあったら、遠慮なく言ってください」などの「うめき声」が伝わってきました。供述調書に添付された行内資料を見ると、むしろ、当時、僕らがとった立場が会計慣行に沿った正しいものであったことを裏付けているように思えた。ありのまま正直に筋道を立てて話し、裁判の審判を仰ごうと考えた。そうしないと、そういう調書だけがこの事件の歴史的な文書となって残ってしまう、と。
 須田君も公判で「長銀の伝統と歴史をしっかりと後々に伝えるためには、説明すべきことは、きちんと説明しておかないと。その説明をすることが、長銀の最後の経営者の一番大事な経営責任の果たし方ではないかという心境になった」と言っていました。

 ――大量の供述証拠で容疑をがちがちに固めるのが検察伝統の捜査手法です。その検察の得意技が、従順だった被疑者を、闘う被告に変えたのは皮肉ですね。それにしても10年もの長期裁判によく耐えられたと思います。

 大野木元頭取:まあ、個人的には無罪になりたいという気持ちはもちろんありましたよ。家族の名誉の問題もありますからね。だけど、最後まで頑張ったのは、起訴事実が粉飾決算だったからです。粉飾というのは、現職、OBも含め長銀に関わった全ての人がその汚名を負うということです。それだけは防ぎたいという思いがありました。これが、乱脈融資などでの特別背任罪に当たることを我々がして、そのことでの起訴だったら、個人が悪いことをした、ということだから、判決で執行猶予が付いたら、そこで、ありがとう、これでお終い、という話だったかもしれません。

 ■「捜査中に気づいた検察捜査の矛盾」

 検察は「経営判断」など評価の難しい要素がからむ事件の捜査は得意ではなかった。検察の捜査現場にとって、長銀事件は難物だった。

 

 ――裁判で、検察側は「回収不能となることが明白な不良債権は損失として処理しなければならない。それは不変の原理であり、長銀の決算処理は、企業の財産状況を外部に分かりやすく表示させるのを旨とする商法(会社法)の原則に違反している」と主張しました。それに対し、大野木さんらは「商法の原則は原則として、当時、銀行が支援する再建途上の銀行関連会社(ノンバンク)への融資は当該支援先をゴーイングコンサーンとして評価し毎期の支援のみを4分類として処理する特別扱いの会計慣行(税法基準)があった。それに従った会計処理であり、違法、不公正とはいえない」などと主張しました。すぐれて会計実務をめぐる専門的な話です。取調べ検事との間では、捜査段階から丁々発止の闘いがあったのですか。

拡大元長銀頭取の大野木克信さん(右)と倉科弁護士

 大野木元頭取:いや、実は、勾留中の検察の取調べでは、「公正なる会計慣行」の話はまったく出てこなかったのです。長銀が自己査定の際に行った会計判断はおかしい、という話もなかった。検事は、起訴された98年3月期の決算だけでなく、97年3月期も、96年3月期も、95年3月期もみんな証取法違反、商法違反だったと決めつけ、「粉飾決算だったと認めろ」と迫ってきました。関連ノンバンクに対する債権は腐っている。すぐに引当処理するのが商法の鉄則で、それをやっていないじゃないか、と。検察のその論理はおかしいと思った。

 倉科弁護士:資産査定通達は97年3月に出された。だから、それより前は、資産査定通達はなかった。「資産査定通達に反して違法だ」とは言えないんですよ。

 大野木元頭取:当然、検察は、公判でもその「商法の鉄則論」で押して来ると思っていたのです。ところが、一審の公判では「98年3月期時点での公正なる会計慣行は、大蔵省銀行局の資産査定通達などが基準になっていた。それを採用しなかったことが違法だ」と問題をすり替えてきた。やはり、「公正なる会計慣行」を持ち出さないと有罪判決をもらえないということに気がついたな、と思った。

 倉科弁護士:一審公判の冒頭手続きの求釈明で、98年3月期の会計処理をする判断基準は何なのか、という議論をした。それについて検察側はその段階では抽象的な答えしかしなかった。検察側の冒頭陳述では、大蔵省の資産査定通達を持ち出してきた。資産査定通達を基にして計算し、引当がこれだけ足りない、と。一方で、検察は捜査の段階では、大野木さんがおっしゃったように98年以前も全て真っ黒だった、という前提で取調べに臨んでいた。おそらく起訴の時に、その矛盾に気がついたんじゃないですかね。いくら足りないということを議論する時には、いくら足りないと計算するための基準が必要だ。それで、その資産査定通達を使うことにしたんじゃないでしょうか。
 捜査の時には、資産査定通達のことは大野木さんたちに1回も示していない。そういう取調べをやっていない。供述調書は98年以前のどの決算期も「真っ黒主義」で作成しながら、起訴の論理と以後の検察官の立証活動は、資産査定通達基準の98年3月期だけ、となっているのです。

 ■旧商法が定める「不良債権処理規程」と「公正なる会計慣行」

 事件当時、不良債権処理をめぐり株式会社が作成すべき会計帳簿の詳細を規定する最上位の法規は旧商法だった。

 同法285条の4第2項の「金銭債権ニツキ取リ立テ不能ノオソレアルトキハ取リ立ツルコト能ワザル見込ミ額ヲ控除スルコトヲ要ス」と同32条2項の「商業帳簿ノ作成ニ関スル規定ノ解釈ニツイテハ公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」がそれだ。現在は2005年の新会社法制定にもとづく法務省令「会社計算規則」に引き継がれている。

 一方、90年代、大蔵省銀行局は、不良債権の処理を先送りする会計慣行を容認していた。それは、長銀事件の裁判の中では「税法基準」と呼ばれた。

 しかし、国内外の批判を受けて、大手行を潰さないとしてきた金融国策は大きく変わる。97年から98年にかけて大蔵省銀行局の決算経理基準や大蔵省金融検査部の資産査定通達、日本公認会計士協会の実務指針など損失処理の手順に関する様々な文書が発出された。

 銀行側はこれを目安に会計処理することを求められたが、98年3月期の決算では、不良債権の処理を依然として先送りする銀行も少なくなかった。

 2008年7月18日、最終的に被告に無罪を言い渡した最高裁判決の「公正なる会計慣行」に対する判断は以下のようなものだった。

 「資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は、特に関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関しては、新たな基準として直ちに適用するには、明確性に乏しかったと認められる上、本件当時、関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関し、従来のいわゆる税法基準の考え方による処理を排除して厳格に前期改正後の決算経理基準に従うべきことも必ずしも明確であったとはいえず、過渡的な状況にあったといえ、そのような状況のもとでは、これまで『公正ナル会計慣行』として行われていた税法基準の考え方によって関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定を行うことをもって、これが資産査定通達等の示す方向性から逸脱するものであったとしても、直ちに違法であったということはできない」

 

 ■「検事の贈収賄感覚」と「基礎捜査不十分」

 ――検察起訴と最高裁判決との「ずれ」はどうして生じたとお考えですか。

 倉科弁護士:本来、企業の会計に関する話であるにもかかわらず、政治家や官僚などに対する贈収賄事件と同じ感覚で捜査したことが原因ではないでしょうか。被疑者に「俺は間違ったことをやったと思う」と口を割らせ、それを周辺の供述や物証でがっちり固める手法です。
 長銀事件でいえば、大野木さんらに「不良債権処理の先送りが悪いと思っていた」とまず言わせた。検事は、「融資先の資産は清算価値からいえばマイナスだ。収益を上げていない。そういう状況なら、貸出債権は全部腐っており、真っ黒だ。全部取り立て不能だ。そう評価するのが商法だろう」と大野木さんたちに迫った。大野木さんたちは「そういわれればそうです」と。
 そうなると、検事は、大野木さんたちに「私らは間違ったことをやっていました」と認めさせ、なぜ間違ったか、を説明させる。「それは、不良債権をごまかそうという動機があるからです。だから、それなりの処理基準を作った」と言わせる。さらに「なぜそんな処理基準になったか。それは不良債権をごまかそうとしたからです」と言わせる。ごまかそうとして行った基準で処理した処理は違法な処理。こういう循環です。そういう構造に組み立てて立件した。
 しかし、よく考えてみたら、企業会計として許容される範囲を客観的に超えていたかどうか、という話。主観的に先送りしようと思っていたかどうか、という話ではない。
 企業会計の客観的許容範囲とは何なのか。もっと謙虚に検討してかかるべきだった。そのためには、かなり会計実務の実情調査をする必要があったが、していない疑いがある。裁判で開示された証拠の上では、実情調査をした形跡がないのです。とにかく長銀経営陣をお縄にしろ、という政治的な要請に流されすぎた面があったのではないか。

 ――検事は法律解釈のプロでもあります。商法の不良債権処理規定についての解釈には絶対の自信を持っていたと思います。それが最高裁で否定され、検察部内などでは、いまだに長銀事件の無罪判決は間違いだ、という人がいます。

 倉科弁護士:会計基準というのは、人間がポリシーで作った人為的線引きの話です。そもそも、金融の世界でそういう線引きは無理ではないか、という説がある。それを踏まえて「公正なる会計慣行」という言葉で補充する世界だった。にもかかわらず、検察は、実情についての知識、判断力がないまま、「とにかくこれが線だ」と決めつけて線を引いた。しかも形式的な判断で一方的に、ね。
 贈収賄のようにお金の授受があり、賄賂を贈った趣旨を自白させれば終わり、という事件とは性質が違うのに、そういうアプローチをした。本人がどう自白したかどうかは関係ないのに。会計というのは、だれが見ても真っ黒なものが白くなるのだとしたら、それは会計基準の方がおかしい。議論として謙虚に耳を傾けざるを得ない。
 だけど当時通用していた会計基準には、必ずしも、この基準で見れば、真っ黒とはいえないじゃないか、当然に取り立て不能とはいえない、という別の考え方があったのも事実。そういう中で、検察は「真っ黒論」で行ける、と無理して突っ走った面があった。

 ――しかし、現実に、問題となった債権はどんな基準で見ても回収不能だったのではありませんか。我々も当時、長銀傘下のノンバンクの物件の取材をしましたが、そうとしか思えなかった。そこが、我々の腑に落ちないところです。

 倉科弁護士:まず指摘したいのは、一般先と異なり、当時、大手行の関連ノンバンクは母体行の支援を受けて再建途上にあったことです。こうした再建途上にある企業の価値は単純にある時点で輪切りにして清算価値で評価したものだけで回収不能、従って4分類と判断するものではありません。その企業の収益力、営業基盤、資金調達力、経営者の力量、さらには支援の効果のあるなし、そういったものを総合的に判断して決まるものです。
 たとえば、日本リースは長銀の支援により逐次、財務内容を改善していった結果、ご指摘の不良資産すなわち不稼働資産を抱えるコストを負担したうえでなお、170億円レベルの利益を上げていました。将来に向けて好循環局面に入っていたのです。こうした先を単純に清算価値で評価して真っ黒だから4分類企業と言えるのか。要するに、再建に向けての動態を把握しなければいけないということです。
 こうした見方から、母体行サイドでは、必要支援額を各期4分類とし損金処理して貸出残高から落としていくというのが当時の商法32条2項の「公正なる会計慣行」として確立していたルールだったのです。この4分類の考え方は取り立て不能の対象としてのそれとは明らかに性格の違うものでした。
 取り調べ時、そして最後の最高裁法廷における検察側の弁論は32条がなぜあるか、それは複雑な企業評価に客観的物差しをあてる意味がある、という点を無視したものです。 
 付言すれば、99年3月ごろ、プルーデンス政策や税効果会計が導入されたことを受け金融監督庁が「金融検査マニュアル」を策定しこれがそれからの会計処理の基準となったのですが、ここにおいても再建途上の関連ノンバンクに対して貸出債権を清算価値に基づいて償却引当をするのではなく、将来に向けての支援見積額を「支援引当金」として計上することを定めています。

 ■長丁場の法廷闘争、「いろんな偶然が重なった無罪」

拡大大野木克信さん

 ――裁判で「無罪になる」と確信したのはどの時点ですか。

 大野木元頭取:刑事一審判決で、唯一の「公正なる会計慣行」という考えを、裁判長が採用した。有罪判決ではあったが、まあ、これあたりから、なんていうか、これはおかしいぞ、という方向にはずみがついたという感じですね。

 倉科弁護士:刑事一審の判決は、「97年3月の資産査定通達などが唯一の公正なる会計慣行」だ、というところまで踏み込んだ。そこからもう話が非常にわかりやすくなったんです。

 ――そこが整理されると、後は、実態としてどうだったのかの事実立証でシロクロが決まる。そういう通達を出した側の人や他の銀行で会計実務をしていた人たちの証言がカギになるわけですね。

 大野木元頭取:我々が運が良かったことの一つは、民事裁判があったことでしょうね。我々経営陣は、国有長銀から、粉飾決算に伴う違法配当をして銀行に損害を与えたとして賠償を求められました。民事裁判のその審理のタイミングも我々に有利に働いた。民事一審と我々の刑事の控訴審は、ほとんど同時に審理された。刑事控訴審の争点は、「公正なる会計慣行」論に絞り込まれたが、同じ議論が民事一審の裁判でも焦点になったわけです。おかげで我々の議論も相当高度化されていった。

 倉科弁護士:刑事事件で被告にならなかった長銀幹部が、民事裁判では被告になった。人は「火の粉」が降ってくると真剣になるものです。彼らは積極的に情報提供してくれるし、一緒になって考えてくれる。そうすると、ものごとの考え方が整理されてくる。そういうこともあって、「唯一の公正なる会計慣行」論では、被告側の論理を認めて民事判決は請求棄却となり、違法配当を認めなかった。本来、企業会計に強いはずの民事法廷が違法とはいえない、と認定した。一方、そういう議論を普段やったことのない刑事法廷は同じ事実で有罪にする。おかしなことになって、最高裁もさすがに、これは変だということになった。

 ――ある程度時間がたち、長銀の破綻処理や刑事、民事の責任追及に対する世間の受け止め方も変わってきていたのではありませんか。

 倉科弁護士:長銀が潰れ、4兆円の公的資金が入った。それについて検察が捜査する。新聞テレビで毎日大きく報道される。普通の人は、何かあったと思う。もともと被告側は冤罪を訴えて争われた事件じゃない。裁判所が、そういう状況に影響される面が初期はあったと思います。
 しかし、時が経てばだんだん冷静になる。刑事一審の一代目の裁判長はひどかったが、交代した裁判官の訴訟指揮はよかった。でも判決前に栄転してしまった。刑事控訴審の判決を見ると、有罪だけど、被告側がかわいそう、みたいな雰囲気が出てきていた。
 それでも、刑事裁判官の多くには「まず悪いことした。だから起訴された」の先入観があった。こういう事件では、「悪いことをしました」と被告が思っていたとしても、意味がないのに、そういう感覚が抜けなかったのではないか。
 それに対し、民事法廷は、当事者の主張と証拠だけで議論していくやり方です。客観的に見てみると、どうしてこれが違法なんですか、という話になる。そういう点が違った。

 大野木元頭取:裁判では、いろんな人に助けてもらいました。いまでこそ、官・業の要職にあった人は、事実関係について証言を求められれば法廷に出るのは当たり前、というふうに受け止められていますが、当時は大変だった。我々は、何兆円かの税金を使う元凶とされていたし、実際、いろんな迷惑をあちこちにかけている。多くの人は、我々が訴追されたことは理不尽だ、と思っていても、助けようという気にはなかなかなれなかったと思います。そういう中でも、いろんな人にご助力いただいた。それがなければ、無罪の結果はなかった。本当にありがたいと思っています。

 倉科弁護士:民事事件の方で、某メガバンクの経営者だった人が、当時の銀行がどういう会計処理をしていたか、法廷で証言してくれた。刑事裁判の証人にはならなかったが、その証言調書を刑事法廷で使った。こういうやり方もできるし、ああいうやり方もできる、そういう時代だったんだ、という証明に役だった。そういう方の協力を得られたのは、検察の起訴が変だな、という思いがそれらの方々にあったことと、被告(大野木氏ら)の玉(人柄や現役時代の仕事ぶり)がよかった。この被告のためなら、手を貸してやろう、助けてやろう、ということがあった。それも大きかった。

 ■刑事判決と民事判決に見る「公正なる会計慣行」論の認定と推移

 長銀事件の刑事と民事の判決の流れを整理しておく。


 ▼刑事一審判決(02年9月10日、東京地裁)

 大野木元頭取に懲役3年執行猶予4年、須田、鈴木両元副頭取をいずれも懲役2年執行猶予3年を言い渡し。判決は、早期是正措置の目的や制度趣旨を理由として97年3月に旧大蔵省が出した「資産査定通達」などの会計処理を方法を「唯一の公正なる会計慣行」だったと認定。被告側の無罪主張を退けた。


 ▽民事一審判決(05年5月19日、東京地裁)

 配当可能な利益がないのに97年9月期と98年3月期に計約140億円を違法配当したとして、国有長銀が、増沢高雄元会長や大野木克信元頭取ら当時の旧長銀経営陣計8人に10億円の損害賠償を求めた訴訟(違法配当訴訟)で「当時慣行となっていた会計処理の基準によれば配当可能な利益はあり、配当は違法ではなかった」と請求棄却。

 判決は「基準変更にあたっては関連ノンバンクへの貸出金の償却・引き当ての仕方などで大きな変化があるのに、関係者への周知徹底が図られていなかった」と指摘。判決は「当時の大蔵省による事前指導・監督・規制を前提とする保護的な金融行政のもとでは合理性を有する」として長銀の会計処理を容認した。


 ▼刑事控訴審判決(05年6月21日、東京高裁)

 被告の控訴を棄却。判決は、旧大蔵省の資産査定通達などについて「それ自体は法規範性を有しない」とする一方、従来に比べ金融機関に透明性の高い会計処理が求められるようになり、通達の基準から大きく逸脱する自己査定は許されなくなっていたと指摘。通達などの基準に従うことが「公正なる会計慣行」になっていたと判断した。そのうえで、旧長銀による従来の税法基準での会計処理について「もはや『公正なる会計慣行』に従うものではなくなっていた」と認定した。


 ▽民事控訴審判決(06年11月29日、東京高裁)

 違法配当訴訟で、機構側の控訴棄却。97年に旧大蔵省が出した資産査定通達などについて、「周知徹底が不十分で唯一の会計慣行とはいえない」と判断。


 ▼刑事上告審判決(08年7月18日、最高裁第2小法廷)

 被告全員無罪。判決は、旧大蔵省の資産査定通達が「大枠の指針」にとどまり、関連ノンバンクなどへの融資の査定に適用するには、明確でなかったと指摘。同じ時期に大手18行中14行も長銀同様の会計処理をしていたことを挙げ、「従来の会計基準で査定しても違法とはいえない」と結論づけた。


 ▽民事上告審判決(最高裁第2小法廷)

 違法配当訴訟で国有長銀側の上告棄却。

 

 ■「検察の経済音痴」批判

 ――経済事件に対する検察の捜査や裁判所の判断について、経済界から「経済常識と違う」と違和感を指摘する声がしばしば聞こえます。それは何に由来すると思われますか。

 倉科弁護士:検察や裁判所は、銀行の事業というものに対する理解が浅かった。再建の可能性のある融資先を清算価値で見れば破綻だ。取り立て不能だから損切りする、なんていうのは、およそ経済を知らない人の感覚です。
 といっている私だって偉そうなことはいえない。本当いうと、この弁護を引き受けるまでは、検事さんたちと同じで、「え、長銀経営陣の弁護?だめなんじゃないの」という受け止め方だった。大野木さんたちが捕まって勾留されている頃から、なんか変だな、という感じになってきて、起訴されて初公判前の打ち合わせしている間に、検察のものの考え方は基本的に違っているんじゃないのかな、と思うようになった。それで、よし、やってみようと。
 弁護団は、企業会計、特に銀行の会計については素人ばかりだった。それがかえってよかった。どうして、これが違法になるんだ、というところから疑問を持って勉強した。それがかえってよかった。弁護人が、ヤメ検(検察OB)型だったら、被告人に全部認めさせて早く裁判を終わらせる方針をとっただろう。素人的な弁護士ばかりだったのがかえってよかった。刑事慣れしていると、「この辺が相場だ」と早めに納得したかもしれない。

 ――検察は、公判では、誰が見ても回収不能だと見込まれる第4分類の不良債権がどれだけあるか、という、いわば地上戦の世界で勝負しようとしていた。ところが、弁護士さんたちの戦略で、彼らにとっては空中戦の世界である「公正なる会計慣行論」に上手く誘導された、地上戦の議論がないままに勝負が着いてしまった、という感じを持っているようです。

 倉科弁護士:ただ、関連ノンバンクの分というのは、その「地上戦」の評価だけではすまない世界で、そこはやっぱり検事がわかっていなかったんじゃないでしょうか。民事でも、日本リース支援はおかしい、という議論があったが、一審でこちらが勝ちました。

 ――長銀事件後、金融行政は大きく転換しました。

 倉科弁護士:清算価値説的なものの考え方が国際会計基準としてどんどん強くなってきている。それに対する跳ね返しもありますね。実情にあわない、と。企業の議論をするのに清算価値だけでいいのか、と。長銀事件の摘発が終わったあと、金融庁が、客観的ルールとして、グレーだった会計判断基準に線を引くガイドラインを作った。いま、長銀が同じ会計処理をしたとすれば、大野木さんたちが無罪になるかどうかは、保証の限りではありませんな。

 ――長銀事件で検察捜査に問題はあった、と思われますか。

 倉科弁護士:こういう事件の立て方はおかしいのではないか、あるいは、別の見方があるのではないか、というチェックが検察内部で働かなくなっていたということだと思う。それは、検事個々人の中に「待てよ」「俺のやっていることは、こういう見方はできないか」ということに気が付くことが無くなってきたということ、組織として、そういうことをチェックすることが無くなってきた両方だと思う。

 ――破綻処理してから強制捜査の着手までに半年くらいありました。その間に、検察は、証券取引等監視委員会や長銀の調査委員会と事実上、一体となって捜査・調査していました。当時、捜査を指揮した検察幹部によると、商法や会計基準をどう理解するか、というところも含め、共通認識を持って進めていたようです。

 倉科弁護士:その割にはお粗末な話だった。検事だけが素人考えでやっていたのでなかったとすれば、監視委や国有長銀の調査委員会がそもそも、素人だったのではないですか。

 大野木元頭取:というか、よく言えば、恐らく、ある種の使命感というか……。

 倉科弁護士:そうか。そうだな。そのへんの内情を知っている人が無罪判決が出てから私に言うんですよ。国有長銀の調査委員会でも、やっぱりその「公正なる会計慣行」という点で、刑事事件にするのは難しいんじゃないか、ということを言っている人がいた、と。でもそのとき、調査委員会の委員長をはじめとして、もうこんなものは事件にするんだ、ということで通らなかった…と。
 それを言うなら、最高裁判決が出る前に言わないとね。まあ、そういう体質。なぜそうなったのかというと、結局もう、わっとやるんだというムード。で、そのムードというものは、実は半分は自分で考えたつもりでいるかもしれないけど、半分は要するに煽られているんだよね。誰かにね。

 ――誰かじゃなくて、メディアと言いたいわけですね?

 大野木元頭取:まあもう、日本の民度と言うかね…。(笑)

 ――ただ、先ほども申し上げましたが、メディアは、どう転んでも回収不能な債権を引当せずに済ましてきたことを素朴におかしいといってきただけだと思うのですが。

 大野木元頭取:これは先ほど倉科先生から詳細説明があったことに尽きます。こうした点を我々は法廷で縷々説明し、民事では一審から、刑事では最高裁で認められたところです。この考え方が当時の「公正なる会計慣行」の基礎になっているのです。検察の取り調べ時と最高裁の最終弁論でまったく変わらぬ主張をしていますが、その内容は「公正なる会計慣行」を通して企業内容を判断し、会計処理が行われているという基本、従って「黒」「白」ということ自体がその会計慣行を基準として決せられるという基本を忘れた議論のような気がします。

 ■「徹底した捜査をした。その結論が商法基準だった」と検察幹部

 検察は、倉科弁護士の指摘するように、「手抜き」をしたのだろうか。これに対し、当時、特捜部の捜査を指揮した検察幹部の反論を紹介する。


 会計ルールについて、検察が素人のくせに勝手な基準で判断した、といわれないために、徹底的に捜査した。会計のプロがいる証券取引等監視委員会と合同捜査をしたのもそのためだ。

 長銀、日債銀事件には、不良債権を判定する会計上の「基準論」と、それに当てはまる事実があるかという「事実認定論」の2つの論点があった。

 「基準論」では、公正なる会計慣行をどう理解したらいいのか。あるいは、旧商法の強行規定との兼ね合いでそれをどう理解するのか。一方で、税の認定基準との関係でどう考えたらいいのか。全てをさんざん議論した。

 償却・引当の判断を、ぎりぎり、どこでやっているのか、という話になると、旧商法に戻ってしまう。不良債権の分類基準のうち第4分類は、誰が見ようと、どこに持って行こうが、回収ができない見通しという評価は変わらないもの。どの基準にあてはめても、それだけは変わらないはずだ、とそういう結論に達した。

 だから、訴追対象になる不良債権を4分類だけに絞った。どこから見ても腐っているというものしか拾っていない。

 ところが、裁判では、最終的に、基準論だけで、空中戦をやられた。基準論にはいろいろ、被告側の言い分があるかもしれないが、どうみても、結局は4分類の問題に帰着する。しかも、本件の事実認定を前提にすれば、これが4分類に該当しないという理屈はどこにもない。

 そこをどう説明するのですか、と突くと、必ずしもきちんとした答えが出てこない。被告側の基準で、検察が事実認定で提示した債権について腐ったというのか、腐っていないというのか。そこを問うと、被告側はそこをきちんと答えていないのだ。

 最高裁の審理では、そのすれ違いを解消すべく、また事実論=地上戦に引き戻すべく詳細な弁論書を提出した。商法基準は強行規定だ。基準も何もない。回収不能と見込まれる債権は控除しろ、と決めている。4分類はまさしくそれに該当する、と。

 最高裁では、ある種の、判断の回避が行われた。あの手の事件では必ず出てくる論理だ。

 70年代初めの石油闇カルテル事件、90年代末の大蔵省の接待汚職事件。行政の実情とか、そのものの考え方が定着していない、とかいう理屈をつけて、事件の本質に踏み込まない。長銀、日債銀事件も同じだ。謙抑的に引いた考え方をとる人が結構いる。行政的な考え方を追認し、ぎりぎりまで尊重する。刑事はそれに入るべきでない、という意見だ。

 僕らはそういうことも承知しながら、コアの部分で、不良債権の実態は、誰がなんと言おうと変わらない、という確信にもとづいて起訴し公判を維持してきた。価値のある債権だった、というものがない。いくら口実をつけても無理ではないか、とコアの部分で勝負しようとした。

 証券取引法(現金融商品取引法)は市場規律を維持し、投資家の利益を保護するためにある。有価証券報告書の虚偽記載の追及は、投資家目線でやらないといけない。それを無視するほどの行政的事情というのはあったのだろうか。

 

 ■裁判所の問題

 長銀事件は最終的に最高裁で無罪が確定したが、一、二審は検察に軍配を上げた。裁判所について、大野木氏や弁護団はどう見ているのか。

 

 ――検察捜査に対する最大のチェックシステムは裁判です。長銀事件で、裁判所システムは十分機能したと考えていますか。

 大野木元頭取:裁判所には危険を感じましたよ。本来、裁判所は、当事者である検察と被告側と等距離でなければならないと思います。ところが、実際には、検察と裁判所が物凄く近い関係にあるという印象を持った。

 ――日本の刑事裁判の99.9%は有罪になります。これは、検察が起訴、不起訴を決める段階で事実上裁判をやっているようなものだとの批判があります。裁判所は、戦後長く、刑事事件で検察が作成した自白調書が客観事実と符合すれば、まず有罪の心証を形成するスタイルで裁判を行ってきました。それは非常に効率がよくて、日本の戦後の治安は、裁判所と検察のこうした「二人三脚」で維持されてきた面があります。裁判所と検察が此岸にあり、被告は彼岸にある状況といってよかった。

 大野木元頭取:そう。だから、それはある意味では国家に対しては非常にプラスがあった。ただ、裁判官が検察に対してそういうスタンスでは、検事が歪んだ正義感にとらわれて本来の仕事をしない場合に、それをチェックできなくなる。

 ――長銀、日債銀事件の摘発後に司法制

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)。

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