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安倍首相インタビューを不正確引用した米紙の東京特派員

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

安倍首相インタビューを不正確引用したワシントン・ポスト特派員
 色眼鏡をはずしてくれ

 

外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)

拡大Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。京都大学法学部大学院留学後、ハーバード・ロースクール修了。
 日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。

 「日本首相安倍晋三:中国にとって紛争の必要性は『根強い』」(Japan's Prime Minister Shinzo Abe: Chinese need for conflict is deeply ingrained)という過激な見出しの下に、2月21日のワシントンポストは安倍首相との独占インタビューを報道した。

 記事によると、「中国にとって、日本や他のアジア近隣国との領土問題をめぐる衝突の必要性は『根強い』もので、中国共産党はこの紛争を強い国内支持を保つために利用している」(China has a “deeply ingrained” need to spar with Japan and other Asian neighbors over territory, because the ruling Communist Party uses the disputes to maintain strong domestic support)と安倍首相が述べたそうだ。

 中国メディアが翌日この記事を取り上げて、「安倍首相は『中国は日本や他の国との衝突を根強く求めている』と発言した」などさらに化けた形で報じていた。これに対し、2月22日の記者会見で日本政府の菅官房長官は「首相の実際の発言を正確に引用しておらず、誤解を招く。日中関係は最も重要な2国間関係であり、大局的観点から中国との戦略的互恵関係を推進していくと首相も繰り返し述べている」と説明した。

 私はこの数年間、アメリカでもっとも信頼性の高い新聞だとされているニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストの日本関連報道における知識の欠如とある種のバイアスに気づき、それらの日本発記事を読む度にいらいらするようになってきた。安倍首相インタビュー記事の執筆者で、ワシントン・ポスト東アジア特派員であるChico Harlan氏は、2010年に日本に来て以来、今回の不正確な引用と同じようにネタを歪ませるパターンを繰り返している。問題をよく理解しないまま、限られた中から素材を都合よく選択するのは、彼の癖であるように見える。

 安倍首相インタビューの全文を詳しく読むと、安倍首相が「中国にとって日本や他のアジア諸国との領土問題をめぐる衝突の必要性は『根強い』もので、中国共産党はこの紛争を強い国内支持を保つために利用している」と述べているわけではないことが分かる。しかも、安倍首相が実際に述べた話の「解釈」や「要訳」だとしても、それが不正確であることも分かる。にもかかわらず、これがこの記事の過激な前文となっている。この前文の中で唯一引用符のついた「根強い」という形容詞は皮肉にも、安倍首相自身が自ら率先して使った言葉ではなく、最初に記者が質問の中で使ったフレーズである。いくつかの「事実」を併置して、それをもとにHarlan氏の固定観念や先入観(安倍は右翼だ)を導くというテクニックは彼の記事にしばしば現れる。

 では、安倍首相は実際に何を言ったのか?

 「中国の主な目的は何だと思いますか? 中国は尖閣諸島で何をしようとしているのでしょうか?」というのが記者の質問である。これに対する安倍首相の長い答えの全文はワシントン・ポストのウェブサイトに掲載されている。質問に対して、安倍氏は丁寧に、そして精密に答えている。まず、自由経済の導入により生じた経済上の不平等は、共産党の正当性を揺るがしている。それに対して、共産党は高度成長と愛国主義を新たな柱に据えようとしている、という前提条件を述べた。中国の海洋進出は高度成長のための天然資源獲得が目的である。同時に中国は愛国主義教育を強化している。中国では、不幸にも愛国教育は反日教育となっている。これらを背景に、中国の南シナ海および東シナ海における行動は中国国民の強い支持を得ている――。

 安倍氏は「根強い」というフレーズをこの答えに一切使っていない。この答えに続く記者の質問の中で「根強い」は初めて現れた。「では、おっしゃる理論がそうであれば、中国におけるこの問題は非常に根強いですね。では、日本はどう対抗し、海洋問題、もっといえば日中関係全体の改善をどう探っていくのでしょうか?」

 安倍氏はこの質問に対して、「最も大切なことは、中国の指導者やビジネスリーダーがこの問題がどれだけ根強いかを認識することだ」と答えた。「この問題」が具体的に何を指すかは明確ではない。

 このやりとりを材料に、ワシントン・ポストに発表された記事を合成するのには、相当な操作が必要だ。記事のキーメッセージは明らかに「安倍は『中国にとって日本に喧嘩を売るニーズは根強い』と言った」だが、安倍氏の発言を包括的にみると、このような解釈は大きく歪んでいるように私には見える。英語の単語の選択にもネタのひねり技が見える。「need」は「necessity」(必要性)という意味を持つが、同時に「依存性」「中毒性」「飢え」という響きもある。その「need」を見出しの中で使っている。「spar with」はボクシングの殴り合いをイメージさせ、辛味を加えるが、それを敢えて記事の前文の中で使っている。

 いくつかの「事実」を併置して、それをもとに記者個人の固定観念や先入観を導くというテクニックは、安倍首相インタビューの記事だけでなく、Harlan氏のほかの記事にもしばしば見られる。

  Harlan氏はなぜこのように材料を捻るのか? Harlan氏の他の記事を読めばすぐわかるように、安倍政権は右翼である、と言いたいようだ。彼の記事によると、選挙期間中の安倍は「一連の極右的な約束」(”a string of far-right campaign pledges”)を掲げ、安倍は今後「右翼的な道楽」(“controversial rightwing hobbyhorses”)を押し付ける可能性が「問題」であるという。また、安倍が、第二次大戦の行為に対する戦後日本政府の謝罪を修正する可能性について、「気がかりだ」という。靖国神社、慰安婦問題、南京事件、教科書問題その他の日本側の「罪」を日中韓領土問題に触れつつ解説しようとした2012年12月の記事によると、日本経済が衰退する中、日本が戦時中無実だったという考え方が強まっており、その傾向は、右翼だけではなく、主流の考え方として一般人にまで及んでいる、という。

 このような記事は「ニュース」とは言いにくい。新しく、いま現在動いている出来事について取材した情報は提供されていないからだ。むしろ、陳腐で古い「ニュース」がリサイクルされ、記者の個人的な固定観念(「安倍は右翼だ」)を支えるために都合よくちりばめられている。「ニュース」という位置づけで記者の主観的なオピニオンを暗に掲げることはもちろん問題だ。しかしそれよりも、この記者の日中関係、日韓関係、この地域の長い歴史等に関する根本的な知識の無さが私には気になる。このように複雑で、長期間にわたる歴史的な問題について本格的な知識を持つ記者であれば、これほど一面的な決まり文句ばかりの記事を書くはずはない。

 Chico Harlanとはいったい何者なのか?

 インターネットで探ると、彼は現在30歳のアメリカ人であることがわかる。シラキュース大学(ジャーナリズム専攻)を卒業してから、ピッツバーグ、シドニー(オーストラリア)の新聞社の記者(主にスポーツ部門)を経て、ワシントン・ポストに移り、2008~10年にメジャーリーグのワシントン・ナショナルズ(ワシントンD.C.)を取材するスタッフの一人となった。その後2010年、28歳にしていきなり、日本を含むアジア地域の政治、経済、外交、その他の状況を読者のために解説する立場に抜擢された。

 Harlan氏が東京に着任して間もなく異国での経験と感想を日記風に記録する個人ブログを始めた。このブログには、彼の担当する広大な地域に関するおそろしいほどの無知と偏見が晒されている:

 ワシントン・ポストの東京支局は、私の寝る布団とラップトップ・コンピューターぐらいしかない。


 アジアに来て経験した事の一部:直ちに多くの話題(日本経済、キム家の家系図、日中領土問題等)のニュアンスをつかむこと。通訳を介してインタビューすること(これは、実に多くのニュアンスが失われてしまう)。記事のリサーチ(良い情報は大抵韓国語か日本語でしか手に入らない。)。


 今や私はお箸をかなり上手に使えるようになった。米粒、一粒ずつお箸でつまむこともできるし、おそらくお箸でジェンガ(積み木ゲーム)をプレーすることもできるだろう。


 東京では、洗剤、食料品をはじめ、すべての商品の表示が日本語表示のみなので、私は、ふけ用シャンプーが欲しくて時々薬局に行くのだが、その度に、ブランド名を比較し、これは果たしてふけ用シャンプーか、それとも普通のシャンプーかを見分けようとして、棚の間を15分間むなしく歩き回る。


 先日、中国に初めて行った。12日間しか滞在しなかったが、中国はとんでもない国だ。――行儀が悪く、騒々しくて、道徳を無視した行動をする男の子のようだ。とにかく、要は、中国には14億人もの人間が住んでいる。もう一度言う。14億人!つまり、中国はこの地球上で最も人口の多い国なのである。また、想像し得るかぎり最悪のことをしようとする人が少なくとも一人はいる、そんな唯一の国でもあるのだ。


 もしあなたが人間観察を楽しみたいのならば、日本は、そんなあなたにとって、まさにルーブル美術館のような所だ。これまでに私は色々な国に行ったことがあるが、日本ほどおかしくて、滑稽で変わったしぐさをする人がいる国に行ったことはない。

 

 

 アジアの広大な地域に関するみずからの無知を認めながら、特に恥ずかしいとは思っていないようだ。逆に異国の習慣、価値観、言語が本人の母国のものと異なるのなら、それだけで異国が「とんでもなく」そして「おかしい」ようだ。

 このような人が、たとえば40年前、ワシントン・ポスト東京特派員に任じられることはあり得なかった。

 その間に何が変わったかと考えると、大きな要因は二つあるだろう。

 まず、インターネットにより、情報やニュース報道の信頼性とクオリティが非常に不均質になってきたことである。今はインターネットにさえ接続できれば、誰でも無差別に「情報」「ニュース」を全世界に流すことができる。情報の絶対量は大きく増えたが、信頼性は薄れてきた。かつてワシントン・ポストのような有力報道機関は情報の客観性と信頼性をある意味で保証していた。しかし品質の保証を提供するには相当コストがかかる。「信頼性」よりも「話題性」「ヒット数」が成功の決め手になってきた。

 誰もが「ニュース」を報道できる時代になれば、品質保証のコストに見合う収益性が成り立たなくなる。例えば、私は、幼いときからニューヨーク・タイムズをほぼ毎日読んでいた。しかし、一年ほど前に無料だったニューヨーク・タイムズのインターネット版が有料化された際に、私は、一部の無料コンテンツのほかは、ニューヨーク・タイムズを読まなくなった。同時に皮肉にも、まだ無料であるワシントン・ポストを毎日読むようになった。おそらく無料サイトに比べて有料サイトの情報のクオリティは高いだろうが、仕事等に絶対不可欠な情報以外に対して、毎月数千円を払うのには抵抗がある。激しい競争の中で生き残る報道機関は結果的に、徹底してコストを削減するしかない。

 Harlan氏のブログに「東京支局」である彼のワンルームマンションの写真が載っている。ブログに書かれているとおり、布団のマットレスは、むきだしのフローリングに敷いてあり、まるで学生の部屋のようだ。この部屋を見るとワシントン・ポストにとってHarlan氏を東京特派員に任じたのは、彼が扶養家族を持たない、高い報酬を求めない若者であることが見込まれただけなのだと想像できる。

 米有力紙の東京特派員の質が落ちた要因の二つ目は、経済力の衰退に伴い、日本のニュース・バリューが落ち込んでいることだ。Harlan氏のブログにもこの現象をうかがうことができる:「ワシントン・ポストの中国支社は、私のいる布団とラップトップ・コンピューターぐらいしかない東京支社に比べ、はるかに充実している」

 多国籍企業や金融機関がアジア本部を東京から香港、シンガポールに移す流れと同様に、報道機関も東京から撤退し、人材と資源を他のアジアの国に振り向けている。実は2012年末にHarlan氏自身も東京からソウルへ引っ越した。「東京特派員」から「東アジア特派員」になり、東京に常駐せずに、その時々のニュースの都合により一時的に日本を訪れることになったのである。

 結果として、外国に届く日本関連の情報――つまり外国報道陣が外国の読者に提供する情報――のボリューム、頻度そして信頼性がますます損なわれる悪循環に陥っている。外国報道陣が「日本の経済は絶望的だ」という記事を流すと、そのメッセージを受ける外国の読み手の側の日本に対する意識とイメージに影響を与え、それは微妙に自己実現的予言にもなりうる。外国の政治家、企業の経営陣、投資家、他の報道陣がこのメッセージを受け、彼らの日本に対する具体的なアクションが左右されることもある。大げさかもしれないが、日本の株式市場をはじめとする経済と政治は、無知な外国人同士の伝言ゲームによって踊らされていると私はしばしば感じる。

 日本にとって、諸外国に報道されている日本の情報がこのように歪んでいることは極めて不利益

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Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。1976年から77年にかけて京都大学大学院に留学した後、1982年にハーバード大学ロースクール修了。現在、上智大学法学部教授。日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。国際間M&Aから、コーポレート・ガバナンス問題、民間・公的融資、戦略的提携、合弁事業などに経験を持つ。

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