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深掘り

検証・医療事故

生活保護受給者に心臓カテーテルを強制、相次ぐ匿名告発

山本病院事件(2) 1999~2004年

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 実際にはやっていない治療を実施したと偽って、生活保護を受けている患者の医療費を不正に請求する。がんでない患者をがんと誤診して、執刀経験のない肝臓の切除手術に踏みきり患者を死亡させる――。「医療犯罪」と形容するしかない事件が奈良県の民間病院で起きた。診療報酬の不正請求に関しては詐欺罪、患者死亡事故については業務上過失致死罪で起訴された元院長は、それぞれの事件でいずれも実刑判決を受け、厚生労働省から医師免許取り消しの行政処分を受けた。社会的に弱い立場にある生活保護受給者を主たるターゲットに、公費で賄われる医療費を病院経営のために食い物にするという、医療機関を舞台にした犯罪としては史上まれに見る悪質な事件であった。病院を経営していた元院長が大阪大学医学部卒の「エリート医師」であったことから、社会的にも注目された。入院してくる生活保護受給者に片っ端から心臓カテーテル検査やカテーテル治療を実施するこの元院長の過剰診療やでたらめな医療を告発する匿名の情報は、実は病院開設当初から奈良県に寄せられていた。しかし、「医師の裁量権」の壁に阻まれた県は不正を摘発することができず、最後は、実態の解明と責任の追及に警察の力を借りるしかなかった。事件は、医療行政にも大きな課題を残した。医療の名の下に行われた数々の不正行為はなぜ長期間にわたって放置されたのだろうか。
 前回の「山本病院事件(1) 1997~1999年」に引き続き、本稿「山本病院事件(2) 1999~2004年」では、病院開設5カ月後に始まり、その後も相次いだ匿名の告発を紹介する。

 生活保護の患者に心臓カテーテル強制

拡大山本文夫医師=医療法人雄山会「山本病院」のホームページから
 看護婦を名乗る匿名の電話の主の言葉の中にある「心臓カテーテル」というのは、太ももの付け根の部分の大腿動脈や、手首の橈骨(とうこつ)動脈からカテーテルと呼ばれる細いチューブを入れて、カテーテルの先端を心臓のすぐそばの冠動脈まで到達させる検査のことを指す。

 心臓に酸素や栄養を供給する冠動脈が狭くなることで引き起こされる病気が狭心症で、冠動脈が閉塞してしまうことで起きるのが心筋梗塞だ。こうした冠動脈の異常によって発症する病気の疑いがある場合に行われる検査が、心臓カテーテル検査の一種である「冠動脈造影検査」である。心臓の周囲を冠のように取り巻く動脈である冠動脈までカテーテルの先端を到達させ、その先端から造影剤(写真に写る液体)を冠動脈の中に流し、血管が狭くなっているか否か、血管のどの部位がどの程度狭くなっているかを確かめる。

 通常、この検査をいきなり行うことはない。心電図検査などで異常が見つかった患者に対し、血液検査で腎機能に異常がないかどうか、造影剤のアレルギーがないかどうかなどをまず確認する。カテーテルの挿入部分や腹腔内での出血のリスクなどもあるので、検査の目的、実施方法、リスクを患者に十分説明し、理解を得たうえで行う必要がある。
しかし、山本病院ではこうした手続きを踏まず、入院してくる生活保護受給者に対し、片っ端から検査を行っていたとみられる。

 奈良県警による強制捜査が始まった約1カ月後の2009年7月29日、奈良県は生活保護受給者を対象に診療報酬の不正請求が行われた経緯、背景、原因について調査し、再発防止策を検討するため、「生活保護医療扶助不正請求事案に関する調査・再発防止委員会」(以下、調査・再発防止委員会)を設置した。同年12月にまとまった調査・再発防止委員会の報告書と、県の開示文書に基づき、警察に捜査を依頼するまでに奈良県がどのような対応をしたかを時系列で詳しく振り返ってみよう。

 なお、「■■」部分は、県が筆者に文書を開示する際に個人名などが特定されないよう消去した箇所であり、「回答」は県の担当者が情報提供者に答えた内容を記したものである。

 1999年12月3日(奈良県医務課への匿名の電話)
 院長は患者に3回1クール(週1回)の心臓カテーテルを実施。患者は、生活保護の人ばかり。患者が拒否すれば退院してもらうと院長は脅す。(生活保護の人なので退院させられたら行くところがない。)心臓カテーテルを行うときに、業者が同席している。看護婦も入っているが院長側の■■なので、何をさせているかわからない。(略)何も知らずに外来で朝から歩いて来た■■歳の患者に、当日午後に実施した。血液検査の結果も出ないうちに。この患者は心停止したが、カウンターショックで持ち直し入院中。院長はまたカテーテルをすると言ったが、もう一人の■■が主治医になって反対してくれているので、行わずに済んでいる。おかげで歩けるようになり、■■日に退院する予定。早く退院してほしい。(略)心臓カテーテルは、体に負担があり、亡くなった人もいる。生活保護の人なので文句を言う家族もいない。こんな状況なので、■■月■■日に外来■名、病棟■名の4名の看護婦が辞める。あと残る常勤は婦長だけ。こんな診療をなんとかできないのか? 何もできなければ新聞社に言おうと思っている。
 〈回答〉
 「カテーテルの処置は、院長が必要と判断しているのなら、行政から何も言えない。看護婦不足については、検査指導ができる。指導できることはする

 以下、「山本HP」は「山本病院(ホスピタル)」のこと。「心カテ」は心臓カテーテル、「Dr」は医師(ドクター)、「NS」は看護師(ナース)を指すとみられる。

 1999年12月16日(奈良県医務課への匿名の電話)
 山本HP 医療内容がムチャクチャで患者が可哀そうである。患者の9割は県外、■■からの行路(行旅)、又は■■からの紹介で生活保護をうけている。60~70才。院長は彼らに心カテを行う。3回終ると、1週間あけてまたする。患者がいやがっても、退院をほのめかして強制する。心カテは心血Drと消化器内Drが2人でするはずだが、消内Drは■■■■の名前貸しである。
 NS…■/■で私を含めて4人やめた。数日中にもう1人やめる。外来対応NSはいない。
 Dr…■■Drやめた。■■Drは頑張っている。■■Drは下手。手術は全て失敗。高価な機械はほしがるが指導できない。院長は前の日の酒が残った状態で心カテをする。
 救急…とらない。心カテでペイできる為(略)。

 〈回答〉
 「立入検査時に確認する。指導可能なものは指導する。ただ内容が、医師が行った医行為の場合はとり締れない。又診療報酬も■■■に行っていれば本県で把握できず、指導できない

 県の調査・再発防止委員会の報告書によれば、2000年1月24日に県の医務課が医療法25条1項に基づく立入検査を実施し、「感染性廃棄物と他の廃棄物の保管区分及び保管場所への必要な事項の表示が不十分」などの指摘を行い、改善を指導。それに対し山本病院側から同年4月28日付で改善報告文書が提出された。匿名の電話でもたらされた心臓カテーテル検査の情報については、カルテ等の書類は整備されていたため不適切な医療かどうか確認できなかった。看護師等の必要な人員は充足していた。詳しくは後述するが、山本病院に入院していた患者の多くは、大阪など他府県の病院から転院してきた生活保護受給者だった。そうした患者の医療費は奈良県以外の自治体から支払われる。医務課の回答にある「本県で把握できず」というのはそうした実情を示していると思われる。

 2001年5月22日(奈良市への匿名のメール)
 (略)山本医院(原文ママ)で以前看護助手をしていた方から聞いたお話です。それによりますと、この病院は、経営が行き詰まりそうになると、目が不自由な人、体の不自由な人、身寄りのない人(ホームレスなど)に心臓カテーテルを薦めるんだそうです。(略)タフな人は、5回もやらされた人もいるらしいです。まったく悪いところなんてないのにね。そして、看護補助の子に、注射針の扱い方や薬品注入のし方を教え、強要します。なんでも、その医院長のやりかたについていけなくて、どんどん看護婦がやめていってしまって、人手がなくなるからだそうです。(略)私は、近畿内に住む1女性です。どうしてもこのことを知らせたくて書きました。きっと、この病院で働いていた人たちは、早くにこのことを訴えたかったと思います。(略)私は、その山本医院なんて、見たことないんです。ですが、この話を聞いていてもたってもいられなくて、書きました。カテーテル実施の数を調べてみていただいたらわかることです! どうか、この事実を「事実」だと信じてください。お願いします。

 県の調査・再発防止委員会報告書によれば、このメールに関して県医務課から生活保護を担当する保険福祉課へ情報が提供され、保険福祉課でレセプトをチェックしたが、特に問題は認められなかった、という。

 2004年7月16日(山本病院の「元看護師」から社会保険事務局への匿名の電話)
 心カテ、PTCA(心臓の手術でステントを入れるもの)の手術を、■■(■■■■が多い)等から集めてきた生活保護の患者について、心臓に異状が無いのにドプタミン(正常者に使うと不整脈が出る薬。※筆者注=心臓の収縮力を増強させる薬である「ドブタミン」を指すとみられる)を注射しデータを作り、手術を行っている。カテーテル・ステントの業者(担当者:■■)からもリベートをもらっている。心カテグループとして院長が中心で■■■■等が実行している。(略)患者は■■■が集め、月30件程手術している。送られる患者のサマリーには心臓病は無いが、あらかじめ用意のカルテには狭心症と入っている。いやがる患者もいるが、■■は、「国の費用で治療しているのだからモルモットになればよい」と言っている。身元がわかると仕返しが恐いのでこれ以上は言えない。証拠になる物は持っていない。あまりのことであり電話した。

 県の調査・再発防止委員会の報告書によれば、この電話の主は「大阪等から集めてきた生活保護の患者」に心臓カテーテル検査などを行っていると話したとされる。

 2004年9月1日(山本病院の「元看護師」から奈良県医務課への匿名の電話)
(略)山本病院に就職して■■になる。今回、院長の医療行為に対して恐ろしくなったので電話をした。匿名でお願いします。山本病院では毎月30件位の心カテ、PTCA(経皮的冠状動脈拡張法)等の検査、手術がされている。患者は主に■■■■から紹介されてくる。院長は紹介状の内容を見ないで「狭心症」と診断され、ルチン化した検査がされる。(略)殆どの人にステンド(原文ママ)を挿入され、時には除脈になった時はペースメーカ(原文ママ)の挿入となっている。(略)患者の9割は生活保護の方で、■■■■から紹介されてくる。患者は身よりがなく、患者・家族等から苦情はない。外来に通院されている患者は家族等はおられるから対応は違う。時に患者が拒否した時、■■は『アンタは税金で食べさせてもらっているのや、モルモットになれ!』暴言を吐かれているのを横で聞いていた。今まで■■病棟でされていたが、■月から■■病棟にも患者を入れる、院長命令だ!と事情が変わってきたので、自分はこの様な方針の病院で仕事はできないと考え退職願いを提出、退職した。(略)毎月少なくとも10名前後のスタッフが退職している。(略)この様な病院を放置しておくのが許せない。匿名ですみませんが何とか調査をお願いしたい。

 県の調査・再発防止委員会の報告書によれば、この匿名の電話の主に対し、県の担当職員は「立入検査時に確認し、指導可能なものは指導します」と回答したとされる。この電話から8日後の2004年9月9日、医務課、郡山保健所、保険福祉課の担当者が今後の対応を協議した。(次回につづく

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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