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深掘り

検証・医療事故

「医療監視では対応しきれない」と警察に捜査を依頼

山本病院事件(4) 2007年9月~2009年6月

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 実際にはやっていない治療を実施したと偽って、生活保護を受けている患者の医療費を不正に請求する。がんでない患者をがんと誤診して、執刀経験のない肝臓の切除手術に踏みきり患者を死亡させる――。「医療犯罪」と形容するしかない事件が奈良県の民間病院で起きた。診療報酬の不正請求に関しては詐欺罪、患者死亡事故については業務上過失致死罪で起訴された元院長は、それぞれの事件でいずれも実刑判決を受け、厚生労働省から医師免許取り消しの行政処分を受けた。社会的に弱い立場にある生活保護受給者を主たるターゲットに、公費で賄われる医療費を病院経営のために食い物にするという、医療機関を舞台にした犯罪としては史上まれに見る悪質な事件であった。病院を経営していた元院長が大阪大学医学部卒の「エリート医師」であったことから、社会的にも注目された。入院してくる生活保護受給者に片っ端から心臓カテーテル検査やカテーテル治療を実施するこの元院長の過剰診療やでたらめな医療を告発する匿名の情報は、実は病院開設当初から奈良県に寄せられていた。しかし、「医師の裁量権」の壁に阻まれた県は不正を摘発することができず、最後は、実態の解明と責任の追及に警察の力を借りるしかなかった。事件は、医療行政にも大きな課題を残した。医療の名の下に行われた数々の不正行為はなぜ長期間にわたって放置されたのだろうか。
 「山本病院事件(1) 1997~1999年」、「山本病院事件(2) 1999~2004年」、「山本病院事件(3) 2004年9月~2007年9月」に続く今回の本稿「山本病院事件(4) 2007年9月~2009年6月」では警察の対応を紹介する。

 重い腰を上げた奈良県

 県の調査・再発防止委員会報告書や開示文書によれば、奈良県は2007年9月28日、厚生労働省の地方部局である近畿厚生局医療監視専門官に相談した。同専門官から次のような助言を受けた。

 社会保険事務局との連携で、全診療報酬請求のうち心臓カテーテルの件数を把握し、同規模病院との比較のうえ再度医療監視を実施して告発の突破口にしてはどうか。

 医療監視において、看護師が検査後のカテーテル抜去及び止血した事実は、明らかに医師法第17条(※筆者注=「医師でなければ、医業をなしてはならない」との規定)の違反に該当するため告発要件としてはどうか。

 10月2日、郡山保健所が山本病院の看護師に対し聞き取り調査を行い、①8月27日の立入検査の際に院長に指導し、確約されたカテーテル抜去及び止血について改善されているか②入院患者に対して心カテ検査がルーチン化され実施されているか――を尋ねた。それに対する回答は、①については「現在は行っていない」、②については「ほとんどの入院患者に対して心カテを実施している」というものだった。

 10月18日、県は医療安全に関するアドバイザーである弁護士に今後の対応について意見を求めた。開示文書によれば、県の相談内容は次のようなものであった。

 県で実施する医療監視では、投書の内容について管理者である山本文夫医師に対し、カルテ等資料の提出を求め、事情聴取をすることは可能であるが、そこで行われた医療行為そのものが適正であるか否かについては判断が及ばず、また、犯罪捜査の権限がない(医療法第25条第5項)ので、あくまで病院(開設者、管理者)に対し、医療法上の業務や施設、設備が適正であるか、人員が充足されているか等の検査をするのみであるとされている。 公務員は、刑事訴訟法第239条第2項の規定によると、告発の義務を負うこととなっているが、医療法上、捜査権限がないので、いわゆる証拠集めをすることができない 。告発をするにあたっては、それに足る確かな証拠をもって、かつ、より慎重な対応が求められるものと思料する。この場合、どのように対応することが最も適切であるか。

 医療法25条5項の規定というのは、医療機関に対する立入検査の権限について、「犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない」と定めたものである。

 県の相談を受けた弁護士は「7月13日の投書で、全ての患者に対して心カテを実施しているとあるが、事実確認は出来ているか、事実であればもはや医療ではない」と指摘したうえで、少なくとも6カ月分のレセプトを収集するよう求めた。

 これに対し県側は「事実確認はできていない。8月請求分からレセプトのコピーを保存している」と答えた。

 警察への捜査依頼

 最後の匿名の投書が届いてからちょうど1カ月後の2007年10月25日、山本病院に勤務する看護師2人が郡山保健所を訪れ、それまでの匿名の投書や電話とほぼ同様の情報を提供した。筆者に開示された、郡山保健所長から県医務課長に宛てた「山本病院に関する内部情報の提供について」(2007年10月29日付)には、心臓カテーテル検査の実施状況が詳述されているので、その一部を以下に引用する。

 H19.7.21採用の■■副院長が、事務長より退職勧告を受け、H19.10.10に退職した。

 退職に追い込まれた経緯は、医療監視後しばらくは■■Dr.により心カテ後のカテーテルの抜去と止血を実施されていたが、院長のやり方に不満を漏らしたことで退職となった。(経緯は定かでない)■■Dr.の退職後は、看護師には止血をさせていないと言う形式を保つためか、止血帯により実施されているが、その止血帯は橈骨動脈からカテーテルを挿入したときに用いるもので、山本病院で実施しているソケイ部(※筆者注=太ももの付け根部分)に適応できるものではない。もしその止血帯を用いるとしても、手で圧迫止血をした後に使用するものなのに、その行為をしないまますぐ止血帯を使うので止血が不十分となり鬱血・血腫などを起こすケースが頻発している。

 それにより、心カテ実施前は元気に歩行できていた人も寝たきりになる状況となっている。

 また死亡例も発生しており、院長も血栓が飛んだため死んだと言っていたらしい。(略)

 心カテの実施状況は、医療監視後も変わらず月25~28事例に対し実施している(月~木まで2件/日)

 それだけの件数を実施するため、提携医療機関同士で患者をたらい回しにし、心カテ実施後にはすぐ退院させると言うことを繰り返している。

 それでも患者が足りない場合は、「どこかから拾ってこい」と物扱い。(略)

 毎月の入院患者数は50人で、うち行旅・身寄りのない生活保護の人が45人前後。

 心カテのオーダーは、入院日が決まった時点で診察もせずに検査日が既に予定されている。

 検査に関してのムンテラ(医師による事前説明)がDr.からは全くなされず、代わりに事務長が行っているが、どんな検査かの説明がないため患者が不安を感じ検査拒否をすると患者の前で背広を脱ぎ、ネクタイを外してシャツの前をはだけ、ヤクザまがいにすごんで「おまえみたいな者はどこにも行くところがないやろ。検査をうけるのが嫌やったら退院しろ」と暴言を吐く。最近は、心カテ後の不十分な止血で苦しむ患者の姿を見かねる看護師が以前のように手で圧迫止血を実施する姿もちらほら見受ける。この件に関しては止血するように指示はでていないが、患者のことを思えばこそ自主的に行動している。

 2007年10月25日に山本病院勤務の看護師が郡山保健所を訪れた5日後の同年10月30日、奈良県は投書の内容や職員の内部告発の概要を郡山警察署に説明し、「もはや医療監視では対応しきれない重大な局面になってきているので、警察の協力をお願いしたい」と、捜査を依頼した。

 警察による強制捜査までここからさらに1年半以上を要することになるわけだが、捜査に触れる前に医療法に基づく立入検査と、生活保護受給者の医療費の支払いならびにレセプト点検の仕組みについて概略をみておこう。

 医療法に基づく検査では

 医療法は1948年にできた。第1条で「病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的とする」と定めている。医療機関の開設、運営に必要な人員、設備の基準などを定めた法律である。

 その25条1項は「都道県知事、保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は、必要があると認めるときは、病院、診療所若しくは助産所の開設者若しくは管理者に対し、必要な報告を命じ、又は当該職員に、病院、診療所若しくは助産所に立ち入り、その有する人員若しくは清潔保持の状況、構造設備若しくは診療録、助産録、帳簿書類その他の物件を検査させることができる」と定めている。

 奈良県は病院開設から警察へ捜査を依頼するまでの間、2000年、2004年、2005年、2006年、2007年の5回、山本病院に対して医療法に基づく立入検査を行っているが、看護師などのスタッフが病院としての必要数を下回るなどの重大な法令違反は見つからなかった。また、ほとんど全員に実施されているとの内部告発があった心臓カテーテル検査についてもカルテなどの書類は整備されていて、「不適切な医療」と判断することはできなかった。

 県が本腰を入れ始めた後に近畿厚生局から告発の要件になると助言を受けた「看護師によるカテーテルの抜去・止血」は、動脈に挿入したカテーテルを扱う行為だけに、その手技には大量出血のリスクが伴う。しかし、奈良県は2007年8月の立入検査の際、山本医師に口頭指導をするにとどまっていた。

 ちなみに、看護師の業務は保健師助産師看護師法によって「療養上の世話」と「診療の補助」と定められている。患者の血管を扱う治療・検査のうち、薬剤を直接血管に注入する「静脈注射」はリスクを伴う行為であるため、1951年以来厚生省の通知で「医師または歯科医師が自ら行うべき業務であって、保健師助産師看護師法に規定する看護師の業務の範囲を超えるもの」とされてきたが、2002年9月30日付厚生労働省医政局長通知によって、「医師または歯科医師の指示の下に看護師等が行う静脈注射は保健師助産師看護師法に規定する診療の補助行為の範疇に含まれる」と、方針が転換された。

 しかし、厚生労働省はあらゆる診療行為について看護師が医師の指示のもとで行えるか否かを一つひとつ明文化しているわけではない。現在、厚生労働省は看護師など医療専門職種の専門性を生かしてチーム医療を推進するための検討を進めている。医師の負担軽減などのためだ。その中で、看護師が医師の指示の下に実施してもよい行為についても検討されており、現在41種類の行為が候補に挙がっている。その中で血管に対する行為としては「動脈血を採取した後、針を抜き圧迫止血を行うこと」や「橈骨動脈ラインの確保」「栄養補給目的で中心静脈に挿入されているカテーテルを抜き、止血を行うこと」などが含まれている。

 生活保護受給者への医療扶助

 生活保護受給者の医療費は、生活保護法に基づく「医療扶助」として生活保護費から支給される。保険診療とは異なり、生活保護受給者は窓口負担(一部負担金)がない。生活保護受給者は保護の決定をした市町村の福祉事務所で「医療券」の交付を受け、それを医療機関に提出することで受診できる。その医療費の請求が適正かどうかはどのように点検されているのだろうか。

 生活保護受給者への医療を行う医療機関は、都道府県知事、政令市長、中核市長の指定を受ける必要がある。医療機関が医療費を請求する際に作成する診療報酬明細書(レセプト)は、生活保護受給者への医療でも、保険診療でも基本的に同じもので、請求にあたっては厚生労働大臣が告示した診療報酬の算定要件を満たす必要がある。

 保険診療では、公的医療保険を運営する保険者(健康保険組合や市町村の国民健康保険など)が医療機関に診療報酬を支払うが、生活保護受給者の医療費は、生活保護の支給を決定した福祉事務所を設置している自治体が支払う。レセプトの審査と医療機関への診療報酬の支払いは、保険診療と同じく、各都道府県に置かれている社会保険診療報酬支払基金が都道府県、政令市、中核市と契約を結んで代行している。診療報酬を支払うための審査が済んだレセプトは都道府県などを通じて、生活保護の支給を決定した自治体の福祉事務所に送られる。

 生活保護受給者への医療を提供するための指定を受けていた山本病院は、大阪など他府県の生活保護受給者を数多く受け入れていたが、それらの患者の分も含めレセプトはすべて社会保険診療報酬支払基金奈良支部に提出し、支払基金奈良支部が奈良県以外の自治体の生活保護受給者のレセプトの審査も行って、各自治体にレセプトを送っていた。

 前述したように、警察への捜査依頼前に奈良県の保険福祉課が山本病院のレセプトを点検しながら、特に問題はないと結論づけていたが、それは奈良県内の一部の福祉事務所に保管されていたレセプトだけが対象であり、山本病院に入院していた生活保護受給者全体の診療の状況を把握できたわけではなかった。

 強制捜査

 奈良県の捜査依頼を受けた奈良県警が強制捜査に乗り出したのは、2009年6月21日のことだった。(次回につづく

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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