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深掘り

検証・医療事故

「医学生でも区別できるはずの良性腫瘍」を肝臓がんと誤診して不要な手術

山本病院事件(7) 2011年3月~2012年11月

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 実際にはやっていない治療を実施したと偽って、生活保護を受けている患者の医療費を不正に請求する。がんでない患者をがんと誤診して、執刀経験のない肝臓の切除手術に踏みきり患者を死亡させる――。「医療犯罪」と形容するしかない事件が奈良県の民間病院で起きた。診療報酬の不正請求に関しては詐欺罪、患者死亡事故については業務上過失致死罪で起訴された元院長は、それぞれの事件でいずれも実刑判決を受け、厚生労働省から医師免許取り消しの行政処分を受けた。社会的に弱い立場にある生活保護受給者を主たるターゲットに、公費で賄われる医療費を病院経営のために食い物にするという、医療機関を舞台にした犯罪としては史上まれに見る悪質な事件であった。病院を経営していた元院長が大阪大学医学部卒の「エリート医師」であったことから、社会的にも注目された。入院してくる生活保護受給者に片っ端から心臓カテーテル検査やカテーテル治療を実施するこの元院長の過剰診療やでたらめな医療を告発する匿名の情報は、実は病院開設当初から奈良県に寄せられていた。しかし、「医師の裁量権」の壁に阻まれた県は不正を摘発することができず、最後は、実態の解明と責任の追及に警察の力を借りるしかなかった。事件は、医療行政にも大きな課題を残した。医療の名の下に行われた数々の不正行為はなぜ長期間にわたって放置されたのだろうか。
 「山本病院事件(1) 1997~1999年」、「山本病院事件(2) 1999~2004年」、「山本病院事件(3) 2004年9月~2007年9月」、 「山本病院事件(4) 2007年9月~2009年6月」、「山本病院事件(5) 2009年6月~2011年9月」、「山本病院事件(6) 2009年9月~2011年3月」に続く今回の本稿「山本病院事件(7) 2011年3月~2012年11月」では、業務上過失致死の罪で起訴された山本文夫医師らの公判の行方を紹介する。

 「息子はモルモットにされた」

拡大長男の仏壇に手を合わせる父親=2011年3月8日、愛媛県愛南町
 山本病院で不要な肝切除の手術をされて亡くなったAさんの父親は朝日新聞記者の取材に応じ、息子の思い出や裁判への思いを語っている。2010年2月6日付夕刊社会面(大阪本社発行版)と2011年3月23日付奈良版に掲載された記事に基づき、生前のAさんや遺族の思いを紹介してみよう。

 Aさんは、愛媛県の南部、高知県との県境にある愛南町の出身だった。地元の中学校を卒業した後、父親が営む鉄工所で溶接の仕事を手伝っていた。大阪府堺市の機械部品メーカーの工場が同町にでき、1991年に入社。数年後、堺市の本社に転勤したが、4、5年ほどで退職したという。Aさんはその後、大阪市西成区で日雇い仕事に従事したが、体調を崩し、生活保護を受けるようになった。大阪府内の病院から山本病院へ転院したのは、亡くなる5カ月前のことだった。

 2006年6月、山本病院からAさんの死を電話で知らされた父親はすぐに病院へ駆けつけた。病院では「病気で死んだ。死因は心筋梗塞」などと説明されたという。

 Aさんは入院生活の様子を日記に残していた。「早く退院して働きたい」「お世話になっている看護師には感謝している」という記述の一方で、肝臓がんと告知されたことについては、「(検査結果などの説明を聞いても)難しいカタカナ用語が多く、意味がわからない。本当に大丈夫だろうか」などと不安な気持ちをつづっていた。

 父親は山本、塚本両医師が逮捕された2010年2月6日、奈良県警を通じて以下のような談話を公表した。

 「息子(長男)が死亡する前日まで付けていた日記には、健康を取り戻すために医師を信じて手術を受けることを決心した心境が書きつづられています。信頼していた医師にむちゃくちゃな手術をされ、何も知らずに息子が死んでいったのかと思うと無念でなりません。今後の捜査により事件の真相が明らかになることを望みます」

 山本医師の初公判直前の2011年3月初めには、朝日新聞記者に対し、「モルモットのように実験台にされた。息子の無念を晴らしてほしい」と語った。

 初公判で起訴内容を否認

拡大初公判に臨む山本文夫医師=2011年3月23日、奈良地裁、絵・岩崎絵里
 初公判で山本医師は「患者が肝血管腫であることは認めるが、それ以外は否認する」と誤診は認めたが、手術態勢と患者の死亡との因果関係などは否認し、争う姿勢をみせた。

 裁判では、かつて山本病院に勤務していた医師、看護師、診療放射線技師らが出廷し、証言した。Aさんが肝臓がんであるとの診断や、山本病院の診療態勢で肝臓の切除手術をすることに疑問を感じ、山本医師にその疑問をぶつけたと証言した元職員もいた。一方、山本医師は「主治医である塚本医師の『肝臓がん』という診断を信じた」と主張した。

 また、Aさんの遺体が解剖されていなかったことから最大の争点になった死因について弁護側は「出血死とは言えない」と主張した。その主張の根拠について最終弁論の一部を引用してみよう。

 手術中の出血量が2500ミリリットル以上あったことを示す証拠はなく、その出血量に見合う輸血や輸液が投与されていた。手術終了の午後1時30分までの間、血圧や心拍数も一定程度保たれており、尿量も確保されていたのだから、止血はされており、出血が続いていたということはできない。麻酔記録によると、午後2時以降、心拍数や血圧が上下し、それまでの状況とは打って変わって患者に明らかな異変が生じた。患者の診療報酬明細書に「急性循環不全」「出血性ショック」と記載されたことについて検察官は出血死を裏付けるものと主張するが、術中の症状をとらえてそのように記載したとしても何らおかしいわけでない。使用した新鮮凍結血漿などの診療報酬を請求するための記載であって、出血死を裏付けるものではない。患者の右冠動脈には75%の狭窄があったのだから、これによって急性心筋梗塞をもたらし、死亡した可能性を否定できるものではない。

 詐欺罪に続く実刑判決

拡大判決言い渡しを聞く山本文夫医師=2012年6月22日、奈良地裁、絵・岩崎絵里
 2012年6月22日、奈良地裁は山本医師に禁錮2年4カ月の実刑判決を言い渡した。判決要旨によると、地裁は「注意義務及び注意義務違反」として次の5点を指摘した。

  1.   本件腫瘍はS7と呼ばれる肝臓右葉後区域に存在し、右肝静脈やその枝静脈に近接していたから、本件腫瘍の切除手術は、適切な手技により慎重に行わないと、誤って右肝静脈等を傷つける危険性が高く、肝切除術の中でもより高度の専門性を必要とした。そこで、本件手術を実行する場合は、肝臓の専門医が適切な手術方法によって執刀するとともに、迅速かつ的確な止血処理ができるよう十分な人員態勢を確保して実施すべきであった。
  2.   被告人及び塚本は、肝臓外科の専門医や指導医に認定されたことはなく、本件手術より前に執刀医として肝切除術を行ったこともなかった。両名は、肝切除術を安全に行うために必要な医学的知識や経験を有していなかったと認められる。
  3.   以上に照らせば、被告人及び塚本が自分ら2名の医師だけで本件手術を実施すれば、手術中の執刀ミス等によって大出血が起こり、それに対する適切な止血処理ができずに、被害者が出血によって死亡するおそれがあることを十分に予見できたし、予見しなければならなかった。そして、被告人らは、専門医を招聘したり被害者を転院させる等の方法を容易に取り得た。
  4.   したがって、医療業務に従事する被告人及び塚本には、肝臓外科の専門医でなく、肝切除術の執刀経験もない医師2名のみでは、本件腫瘍のようなS7に位置する腫瘍の切除術を安全に実施できないことを認識し、そのような手術の実施を厳に避けるべき業務上共通した注意義務があった。
  5.   しかし、被告人及び塚本は、医師が被告人及び塚本の2名、その他看護師2名という、S7の肝切除術を実施するには不十分な人員態勢で、本件手術を開始した。

 判決は、最大の争点となった死因について「証拠中のデータや、これを説明する関係者及び専門家の証言等からすれば、被告人及び塚本が、本件手術当時、手技上のミスにより被害者の肝臓を傷つけて出血させ、この止血を十分になさなかったこと、そのため、被害者はその後も出血が継続した状態にあったことが認められる。そして、その状態は、本件手術終了時までは、出血部位が圧迫されるなどしてある程度安定していたものの、手術後の体位変換により、循環動態が変動し又は更なる急な出血を来して、急変したと認められる。そうすると、被害者の死因は、本件手術の実施により大量出血したことによる出血死である。急性心筋梗塞等の他の死因については、その具体的可能性をうかがわせる所見や事情はない」と結論づけた。

 量刑の理由について判決は、「本件腫瘍が摘出の必要のない肝血管腫であることは容易に判断できたのに、軽率にもこれをがんと誤診し、不十分な人員態勢等のまま、被害者の生命に対する危険性の高い本件手術を実施し、被告人はその実施に主導的な役割を果たした。塚本を信じたという被告人の弁解は、医師としての基本的姿勢に問題があることを示している。被告人の過失は、患者の生命を預かる医師として最も基本的な義務に反した、重大なものである。被害者の死亡という結果は重大であり、遺族に対する慰謝の措置も講じられておらず、他人に責任を転嫁する被告人の態度には反省が見られない。また、医療に対する信頼を大きく揺るがした本件事件の社会的影響の大きさも軽視できない」とした。

 判決の最後に橋本一裁判長は山本医師を証

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞青森総局長。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002年から編集委員。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医療経済社)。

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