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深掘り

検証・医療事故

不要手術で死亡の疑い、医師の裁量権を前に告発断念

山本病院事件(8)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 実際にはやっていない治療を実施したと偽って、生活保護を受けている患者の医療費を不正に請求する。がんでない患者をがんと誤診して、執刀経験のない肝臓の切除手術に踏みきり患者を死亡させる――。「医療犯罪」と形容するしかない事件が奈良県の民間病院で起きた。診療報酬の不正請求に関しては詐欺罪、患者死亡事故については業務上過失致死罪で起訴された元院長は、それぞれの事件でいずれも実刑判決を受け、厚生労働省から医師免許取り消しの行政処分を受けた。社会的に弱い立場にある生活保護受給者を主たるターゲットに、公費で賄われる医療費を病院経営のために食い物にするという、医療機関を舞台にした犯罪としては史上まれに見る悪質な事件であった。病院を経営していた元院長が大阪大学医学部卒の「エリート医師」であったことから、社会的にも注目された。入院してくる生活保護受給者に片っ端から心臓カテーテル検査やカテーテル治療を実施するこの元院長の過剰診療やでたらめな医療を告発する匿名の情報は、実は病院開設当初から奈良県に寄せられていた。しかし、「医師の裁量権」の壁に阻まれた県は不正を摘発することができず、最後は、実態の解明と責任の追及に警察の力を借りるしかなかった。事件は、医療行政にも大きな課題を残した。医療の名の下に行われた数々の不正行為はなぜ長期間にわたって放置されたのだろうか。
 「山本病院事件(1) 1997~1999年」、「山本病院事件(2) 1999~2004年」、「山本病院事件(3) 2004年9月~2007年9月」、 「山本病院事件(4) 2007年9月~2009年6月」、「山本病院事件(5) 2009年6月~2011年9月」、「山本病院事件(6) 2009年9月~2011年3月」 、「山本病院事件(7) 2011年3月~2012年11月」に続く今回の本稿「山本病院事件(8)」では、不必要な手術で患者を死亡させたと疑われる事件がほかにもありながら刑事告発を断念する事態に立ち至った事情を紹介する。

 ほかにもあった治療直後の不審死

 山本病院では、Aさん以外にも治療直後に亡くなった患者が複数いた。奈良県への匿名の情報提供の中に死亡事例が含まれていたことはこれまで述べてきた通りだが、警察による強制捜査が始まった後、奈良県は匿名の情報提供の投書に記載があった3例について県立病院長らで構成する事例調査検討委員会を組織し、カルテや検査画像をもとに心臓カテーテル検査及びステント留置術の必要性や医療行為の妥当性を調べた。そして、これら3人の死亡事例を警察へ告発できるかどうか弁護士に相談するなどして検討していたことが、筆者に開示された県の文書からわかった。

 開示された文書は、患者の個人情報が黒塗りされているため、年齢・性別、入院日、死亡日、検査・治療を受けた時期、入院期間などはわからないが、匿名を条件に筆者の取材に応じた県の関係者によれば、これら3人の患者は2007年1月、8月、10月にステント留置術を受けた後に死亡しており、1月事例(症例1)は手術当日、8月事例(症例2)は手術翌日、10月事例(症例3)は手術2週間後に死亡したという。開示文書の記載にしたがって、3人の診療経過の概略と検討委員会に参加した医師の見解を紹介してみよう。

 【症例1】
 他院からの紹介状記載の病名は糖尿病、慢性肝炎、腰痛症等で、心疾患の病名はなかったが、外来初診時にいきなり、「不安定狭心症」と心臓病名がカルテに記載され、入院時の病名も「不安定狭心症」「糖尿病」とされるが、カルテには胸部症状に関する記載はなかった。その後、心電図検査、負荷をかけて心臓の働きをみるトレッドミル検査、超音波検査の指示や結果に関する記載があるが、検査所見の記載がないものもあった。
 その後、冠動脈造影検査が行われ、左冠動脈の前下行枝に91%の狭窄があるとしてステント留置術が実施される。説明と同意は検査・治療の当日だった。ステントを留置した後、留置した血管に血栓がつまり、100%の狭窄をきたした。心臓の心室から全身に血液を送ることができなくなる心室細動となった。看護カルテには、カテーテル検査・治療を行う部屋から病棟に戻った後、心臓マッサージを1時間以上施行したが、死亡が確認されたと記載されていた。
 開示文書には「専門医によるCAG再読影では、明らかな狭窄部位は確認できず(捏造の可能性あり)」と記載され、血栓ができた後の処置については「もっと再疎通する努力が必要(血栓吸引や血栓溶解など)」と書かれている。
 そして結論として、「専門医のCAG再読影による総評では、狭窄のない冠動脈に必要のないステントを留置するという極めて悪質な事例と判断された」と記されている。

 【症例2】
 他院からの紹介状記載の病名は脳梗塞、気管支喘息、糖尿病、胸椎腰椎圧迫骨折、胃潰瘍などで、心疾患の病名はなかった。入院時の病名は、「冠不全」「気管支喘息」「心筋梗塞」「糖尿病」と、いきなり心疾患の病名が入った。入院カルテに胸部症状の記載はなく、心電図検査やトレッドミル検査、心臓超音波検査の指示はあるものの、検査所見の記載はない。冠動脈造影検査の結果、左冠動脈の前下行枝の2カ所に85%と91%の狭窄部位があるとして、それぞれの狭窄部にステントが留置された。しかし、その翌日、突然血圧が60台に低下し、急性冠不全に陥った。ステント内に血栓ができた疑いがあるため、緊急に冠動脈造影検査を行ったところ、血栓により完全に血管が閉塞している場所があったため、血栓を溶かす薬を使用した。一時血圧が100に回復したものの、心不全の進行を止めることができず、死亡した。
 開示文書には「専門医によるCAG再読影では、糖尿病もあり、冠硬化症が進行している事例であり、術中所見に記載された部位に狭窄を認めた。しかし、手術手技が未熟なことから手術中に何らかのトラブルが発生したものと思われる」と記載されている。

 【症例3】
 他院からの紹介状には多発性脳梗塞、C型慢性肝炎、大腸癌術後、慢性胃腸炎、認知症などの病名が記載されていたが、心疾患の記載はなかった。山本病院の外来カルテにいきなり「狭心症」という病名が入った。ただし、そのカルテに胸部症状の記載はなかった。入院後に心電図検査や負荷を与えて心機能を見るトレッドミル試験が行われた。心臓超音波検査では異常所見は認められなかったが、冠動脈の造影検査が実施された。そのための説明は実施の前日で、実施当日に手術の同意書を取っていた。ステントは右冠動脈の2カ所に留置されたが、専門医の造影検査再読影では1カ所については50%の狭窄でステント留置の対象ではなく、「意図的に狭窄度を高度に捏造している」と評価された。この患者の術後経過は順調だったが、次第に貧血が進行して呼吸停止が起こり、死亡した。看護記録によれば、冠動脈の検査、治療用のカテーテルを挿入した右の太ももの付け根と右のひじが術後に腫れ、患者が痛みを訴えていたことがわかる。カテーテル挿入箇所が2カ所になっているのは、最初右の太ももの付け根からカテーテルを挿入したが、胸部から腹部の大動脈の蛇行が大きく、カテーテル操作ができなかったため、右のひじの動脈からカテーテルを挿入し直したためである。開示資料には「(カテーテルを入れるための)穿刺部位の止血不充分は明らか」「手術後の状況については、シーズ挿入部位の止血不充分なまま放置されたことが死亡に至る何らかの原因であったと考える」との記載がある。

 奈良県がこれら3症例について大阪市内の弁護士に法的な観点からの助言を求めたのは、2011年2月22日のことだった。山本医師の詐欺罪での実刑判決が確定し、業務上過失致死事件の初公判を約1カ月後に控えた時で、弁護士への相談は、これらの患者死亡事例についてカルテや動画をもとに作成した分析記録が傷害致死罪での告発根拠になるか否か、を尋ねるためであった。

 開示文書の中には、前述した3人の患者の診療経過や専門医の評価を記した文書のほかに、弁護士への相談の際に示したとみられる「奈良県警察本部の動きについて」と題する文書も含まれていた。その文書には「県警本部捜査第一課に確認(H23.2.3)」と記されていることから、弁護士と面談する約20日前に山本医師に対する捜査の経緯を聞き取り、その概略をまとめた文書であることがわかる。県が他の患者の死亡例についても告発を検討していることに対する県警側のコメントが次のように記されている。

 捜査するについて現実問題として、手術を受けた人の所在がなかなか摑めないこと

 また、医師の治療行為について不適切な手術であることの証明(医師の裁量)というのが大変難しい問題であるということ
 県が改めて医師の治療行為について調査して告発されるとしても、難しい判断になると思われる。

 開示文書によれば、県の相談を受けた弁護士は告発に関して次のような意見を述べた。

  •  (警察は)必要不可欠なもの、確実に立件できるものしか取り上げない。医師の故意の立件はとても難しい。
  •  同じ罪状の事例が2~3件増えたとしても、刑罰がそんなに重くならないのであれば立件しないだろう。
  •  警察は証拠として採用するのは、どの医者が見ても同じ判断を示すものでなければならない。
  •  医師の医療行為が正しくなかったということを証明することは中々できない。警察がすべての書類を押収して検討した上で立件できなかったということは、証拠不十分と判断したためだろう。
  •  異常死(原文ママ)とは外見上異常であるか正常であるかで判断され、外観上で何もなければ異常死とは言わない。現在、遺体がなく写真もないということであれば異常死とは言えない

 奈良県は3人の患者の診療関連死について弁護士や県警に相談したが、最終的に刑事告発は断念した。

 開示文書から見えてくるのは、「医師の裁量権」の壁である。この壁は、ある医師の行為が不適切と判断することのハードルになっているだけではない。明確な基準を定めた診療関連死の届け出制度がない中、診療関連死の原因をさぐり、再発防止につなげるための第三者による評価を阻む要因となる。

 山本医師が肝臓手術を受けた直後に死亡したAさんについて「心筋梗塞であり、異状死ではない」と郡山保健所の担当者に説明したことは前述したが、県が助言を求めた弁護士が「外見上異常であるか正常であるかで判断され、外観上で何もなければ異常死とは言わない」と述べているように、診療関連死を第三者が評価するきっかけにするという点では、医師法の異状死届け出義務規定には限界がある。山本病院事件は、その問題を改めて浮かび上がらせたと言えるだろう。

 山本病院事件が投げかけた問題とは何か。それを考えるために、異状死

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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