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深掘り

検証・医療事故

「不適切治療を前に対応できない現状」の改善を厚労省は拒否

山本病院事件(9)完

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 実際にはやっていない治療を実施したと偽って、生活保護を受けている患者の医療費を不正に請求する。がんでない患者をがんと誤診して、執刀経験のない肝臓の切除手術に踏みきり患者を死亡させる――。「医療犯罪」と形容するしかない事件が奈良県の民間病院で起きた。診療報酬の不正請求に関しては詐欺罪、患者死亡事故については業務上過失致死罪で起訴された元院長は、それぞれの事件でいずれも実刑判決を受け、厚生労働省から医師免許取り消しの行政処分を受けた。社会的に弱い立場にある生活保護受給者を主たるターゲットに、公費で賄われる医療費を病院経営のために食い物にするという、医療機関を舞台にした犯罪としては史上まれに見る悪質な事件であった。病院を経営していた元院長が大阪大学医学部卒の「エリート医師」であったことから、社会的にも注目された。入院してくる生活保護受給者に片っ端から心臓カテーテル検査やカテーテル治療を実施するこの元院長の過剰診療や、でたらめな医療を告発する匿名の情報は、実は病院開設当初から奈良県に寄せられていた。しかし、「医師の裁量権」の壁に阻まれた県は不正を摘発することができず、最後は、実態の解明と責任の追及に警察の力を借りるしかなかった。事件は、医療行政にも大きな課題を残した。医療の名の下に行われた数々の不正行為はなぜ長期間にわたって放置されたのだろうか。
 「山本病院事件(1) 1997~1999年」、「山本病院事件(2) 1999~2004年」、「山本病院事件(3) 2004年9月~2007年9月」、 「山本病院事件(4) 2007年9月~2009年6月」、「山本病院事件(5) 2009年6月~2011年9月」、「山本病院事件(6) 2009年9月~2011年3月」 、「山本病院事件(7) 2011年3月~2012年11月」 、「山本病院事件(8)」に続く今回の本稿「山本病院事件(9)」はこのシリーズの最終回となる。

 新たな医療事故調査制度の課題

 広尾病院事件を契機に、診療関連死は警察へ届けるのではなく、中立的専門機関に届けて評価すべきという声が医学会から出された。広尾病院事件の最高裁判決から5カ月後の2004年9月30日、日本医学会加盟の19学会が「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向けて~」と題する声明を出し、「届出制度を統括するのは、犯罪の取り扱いを主たる業務とする警察・検察機関ではなく、第三者から構成される中立的専門機関が相応しい」と訴えた。

 厚生労働省は2007年4月から新たな医療事故調査制度の検討を進め、2008年4月に新制度の試案を発表した。それは、国に診療関連死の死因究明や原因調査のための「仮称・医療安全調査委員会」を設置し、地方ブロック単位に地方委員会を置いて、その下に事例ごとに調査チームを設置する、というものだった。調査の対象となる死亡事例の届け出については、大学病院などを対象に実施されている「医療事故情報収集等事業」の「医療機関における事故等の範囲」を踏まえて定め、「ある診療行為を実施することに伴い一定の確率で発生する事象(いわゆる合併症)として医学的に合理的に説明できる」事例は届けなくてもよいとされた。また、医師法21条を改正し、医療機関が医療安全調査委員会を所管する大臣に届け出を行った場合は、医師法21条に基づく異状死の届け出(警察への届け出)は不要とする、とされた。

 厚生労働省はこの試案を基に、「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を2008年6月に公表した。大綱案では、医療事故死の届け出に関して届け出基準を定め、届け出を法律で義務づけることとされた。届け出義務に違反したり、虚偽の届け出をしたりした場合には所管大臣が届け出や届け出内容の是正を命令でき、それに違反した場合の罰則も盛り込むこととされた。

 医療事故に関する届け出先は警察でなく、中立的専門機関へというのが医療界の意見だったが、厚生労働省が実際の制度案を示すと、今度はその案への批判が医療界から噴出した。

 特に批判の対象になったのは、医療安全調査委員会の調査によって「標準的医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」であると判断された場合や、「事実の隠蔽」「同じような事故を過失により繰り返すリピーター医師」などについては警察に通知することが規定されたことだった。罰則つきで医療事故の届け出を義務づけるという内容にも医療界の一部は反発した。

 こうした医療界の批判を吸い上げ、事故を起こした医療機関による院内調査を基本とするという案を提示したのが、当時野党第一党だった民主党だった。その民主党が翌2009年8月の総選挙で政権の座についたため、厚生労働省の大綱案は葬られてしまった。

 厚生労働省は民主党政権下の昨年2月、医療事故の調査の仕組みを検討する新たな会議「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(以下、医療事故調査検討部会)を発足させた。この会議は昨年12月の総選挙で民主党が敗北し下野した後も存続し、今年5月29日に新たな仕組みの「基本的なあり方」をまとめ、公表した。

 まず調査の目的は、「原因究明及び再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る」こととされた。調査の対象は「診療行為に関連した死亡事例(行った医療または管理に起因して患者が死亡した事例であり、行った医療または管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期しなかったものに限る。)」となった。

 調査の流れはこうだ。

 診療行為に関連した死亡事例が発生した場合、医療機関はまず遺族に十分な説明を行い、第三者機関にも届ける。必要に応じて第三者機関に助言を求めつつ、速やかに院内調査を行い、その調査結果を第三者機関に報告する。院内調査の実施状況や結果に納得が得られなかった場合など、遺族または医療機関から調査の申請があったものについて、第三者機関が調査を行う。

 第三者機関については、「独立性・中立性・透明性・公正性・専門性を有する民間組織」を設置することになった。民間組織としては、2004年から大学病院などの事故情報の収集、分析を行っている公益財団法人・日本医療機能評価機構や、2005年に始まった「診療関連死調査分析モデル事業」を担ってきた一般社団法人・日本医療安全調査機構が母体となる可能性が高いとみられる。2008年に厚生労働省が公表した大綱案との大きな違いは、国に「医療安全調査委員会」という新たな公的機関を設置することはやめ、第三者機関の役割を民間組織に担わせることにした点にある。

 大綱案では、医療安全調査委員会の調査によって「標準的医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」であると判断された場合や、「事実の隠蔽」「同じような事故を過失により繰り返すリピーター医師」などについては警察に通知することになっていたが、今回の「基本的なあり方」では、診療関連死についての情報は第三者機関である民間組織から警察を含む行政機関へは「報告しない」とされた。警察の医療現場への介入や、調査結果が行政処分の根拠として使われることを嫌う医師ら医療提供側に大幅に譲歩した内容となっている。

 診療関連死や異状死の届け出問題はどの

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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