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深掘り

オピニオン

コーポレートガバナンス・コードが効果を発揮するために

Nicholas E. Benes(ニコラス・ベネシュ)

日本版コーポレートガバナンス・コードが目指すべき方向

 6月24日に閣議決定した「日本再興戦略改訂2014」(成長戦略)では、次のように述べ、日本経済が抱える最大の問題は「生産性の低下」であると指摘している。

 サービス分野を含めて生産性の底上げを行い、我が国企業が厳しい国際競争に打ち勝って行くためには、大胆な事業再編を通じた選択と集中を断行し、将来性のある新規事業への進出や海外展開を促進することや情報化による経営革新を進めることで、グローバル・スタンダードの収益水準・生産性を達成していくことが求められている。企業の『稼ぐ力』の向上は、これからが正念場である。(内閣府、改訂版成長戦略、4頁)

 そこで、経営者のマインドを変革し、企業の経営規律を強化すべく、成長戦略の柱として企業統治の強化と、「コーポレートガバナンス・コード(以下、「本コード」と称する)」の策定が宣言された。政府は金融庁と東京証券取引所を共同事務局とする有識者会議を設置し、今年秋までに基本的な考え方を取りまとめ、来年6月の株主総会シーズンに間に合わせて策定することを目標としている。

拡大Nicholas E. Benes(ニコラス・ベネシュ)
 公益社団法人会社役員育成機構 代表理事。
 米国スタンフォード大学で政治学学士号を取得した後、米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンにて11年間勤務。米国カリフォルニア州及びニューヨーク州における弁護士資格、ロンドンと東京で証券外務員資格取得。現在、在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース座長を務める。
 筆者は長年、日本企業の役員を務め、現在は社内外役員の研修を提供する組織である公益財団法人会社役員育成機構(BDTI)の代表理事に就いている。これまで社外役員や投資銀行家など様々な立場から日本の企業統治の問題に関わり、提言してきた。2014年1月27日には、本ウェブサイト「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」で金融庁主導の「コーポレート・ガバナンス・コード」制定を提唱した。2月6日には自民党の日本経済再生本部・金融調査会に呼ばれ、同提唱を説明する機会を得た。そのような私から見て、政府が成長戦略の一環としてこの問題に取り組んでいることは、非常に心強いことだと思っている。しかし、政治的な思惑から有識者会議の回数は限られており、どこまで議論を深められるか不安に思う部分もある。もし具体性に欠けるコードとなってしまった場合には、株式市場に評価されない形式論で終わってしまうことも懸念される。本稿では、本コードをよりよいものにするために、国際的に見て具体的なレベルでどのような記述が求められているか、筆者なりの考えを述べてみたい。

 さて本コードの策定に当たり、成長戦略では、「『OECDコーポレートガバナンス原則』を踏まえ、我が国企業の実情等にも沿い、国際的にも評価が得られるものとする」とされている。有識者会議の議論を聞いていると、特に企業側の論者からこの「実情」という言葉を取り上げて「実情を踏まえ、現場の理解を得られるものを」との主張があるようだ。もちろんせっかくコードを作る以上、現場に浸透するものでなければならない。既存の監査役をうまく活用していくことも重要だろう。しかし、「実情」とは「現状維持」のことではない。むしろ「実情」とは、日本企業がこの20年間、「選択と集中」や「新規事業への進出」を行うことができず、「稼ぐ力」を失ってきたという、改訂版成長戦略が指摘したその現実のことを意味していると考えるべきではないだろうか。
 そうだとするならば、有識者会議の役割は、何が日本企業の再編と生産性が高い新規投資を妨げてきたのか、その「実情」を共有し、事実に基づいてこれからのベスト・プラクティスを探ってゆくことにあるはずだ。

 ではその目を向けなければならない実情とは何だろうか。筆者がこれまでの経験を通じて強く感じるのは「内輪主義」に他ならない。日本の企業組織が持つ同質性は極めて高い。そして戦後、経済の量的拡大を目指す時代においてそれが奏功したのは疑うべくもない。人口も所得も増加し、「作れば売れる」時代においては、売上規模を拡大することこそ企業経営の目標であり、そのためには同じ考え方を持つ、男性を中心とした新卒生え抜きの正社員がなす共同体は効率的に機能した。また、このように直線的な成長経路を描くことができる時代においては銀行借入がしやすく、銀行が企業のモニタリングを行うメインバンク制にも一定の合理性が存在した。
 しかし今、量的拡大の時代を終え、日本企業は「作っても売れない」という事態に直面している。液晶テレビやデジタルカメラが在庫の山を築いているように、コモディティ化した商品をつくってもコストでは新興国に太刀打ちできない。世界中の消費者の生活様式を変えるようなイノベーティブな商品が求められている。そのような思考は終身雇用を前提とした、同質性の高い共同体組織からは生まれにくい。中途採用者はもちろんのこと、社外役員も能力を発揮できる多様性(ダイバーシティ)を持った組織に優位性がある。
 また、共同体組織では現状の温存と企業体の存続が目的となりがちなので、資本・資産の的確な再配分という今日のグローバル企業経営において最も重要な意思決定を行うことがとても難しい。その結果、不採算部門からの撤退が遅れ、その間に企業価値・事業価値を毀損し続けることになってしまう。ようやく撤退を決めたときには事業資産を二束三文で売り払うしかなく、それが従業員のためにもならないのは明白である。企業がその存続のために内部留保を溜め込むことは一見合理的にも思えるが、限りある資本を企業内部に留めることは他の企業や事業から成長資金を奪うという意味で機会コストは大きく、また当該企業が低収益に留まることで年金財政にも大きな悪影響を及ぼしていることが自覚されなければならない。
 このように、日本企業が不採算事業から撤退し、技術力を活かして積極的な新規事業の開拓を行うためには、株主が拠出するリスクマネーの重要性が増してくる。リスクを負担する以上、株主から「稼ぐ力」を要求されるのも当然である。また、投資先企業が期待する収益を上げられないときには配当の増額や経営陣の交代を求めることもある。
 したがって、日本企業は、かつてメインバンクとの密接なつながりがその成長を支えたように、”Comply or Explain”の原則に基づく情報開示を充実させることで、投資効率向上について株主との対話に基づく信頼関係を構築しなければならない。そのために本コードでは資本配分と規律や、取締役の責任と役割など、対話の要点となる事項についてベスト・プラクティスを示していくことが求められる。

 このように、従来の内輪主義で量的拡大を目指すことから、多様性や開放性を高め質的成長を追求することに日本企業は転換しなければならない。アベノミクスの「第1の矢」として日本銀行による量的・質的金融緩和が行われているが、日銀が国債を買い取り、金利を下げたところで、資本性の資金は増加しない。ETFやJ-REITを購入したところで、投資先企業のガバナンスに不安があれば他の投資家は後には続かない。各企業が資本配分の規律を高めることで、企業全体の利益率が改善し、その結果、企業は株主の信頼を獲得し、更なるリスクテイクに繋げることができる。このように企業の資本効率が改善することは、経済成長を通じて株主だけではなく広く国民全体に利益が享受されるものである。だからこそコーポレート・ガバナンスの強化は「第3の矢」である成長戦略なのであり、本コードはその重要な部分を担っている。
 こうした前提認識なくして社外取締役の増員を謳ったところで、いつまでも現場の理解を得ることはできないだろう。これまで内輪主義に慣れ親しんできた人々には多少不都合を伴うものかもしれないが、投資家の現実的な視点を交え、企業が適切なリスクを取ることは、中長期的には全ての国民に大きな便益をもたらすものであるはずだ。本コードの前文ではこのように、なぜ日本企業に収益性の改善が求められ、なぜそのためには内輪主義にメスを入れなければならないのか、十分に示す必要があるだろう。この「実情」を共有することから本コードは始まらなくてはならない。
 この20年間、数々の金融危機や信用不安はありながらも欧米先進国、アジアを始めとした新興国のいずれにおいても、株式市場は着実に拡大し、国民に富を還元してきた。他方、その間、日経平均株価は低迷を続け、国民財産や公的年金を毀損し続けてきたことの損害は計り知れない。この責任は企業と投資家の双方にある。公的年金制度の改革や機関投資家の受託者責任に関する改革が進む中、企業側の改革も遅らせることはできない。日本の資本生産性改革は待ったなしである。

 内輪主義の三つの問題

 次に、筆者が認識する内輪主義の問題を三つ指摘したい。
 第一に、日本企業の取締役会の多くは、減点主義の社内政治を勝ち残った内部者による「部門代表会議」であって、OECD原則が求める「客観的な独立の判断を下す取締役」の数が十分ではない。また、相談役などOBからの影響力も大きい。これらのことが、「身内の論理」や「過去の遺産」にとらわれる原因となり、不採算事業からの撤退を先送りさせてきた。
 第二に、新卒で入社した社員が昇格して役員になるため、新任役員の85%以上がそれまでに役員経験を持っていない。そのため全社的な視点から経営戦略、財務戦略、ガバナンス・プラクティスを考える能力が不足している役員が多い。にもかかわらず、これを補う研修制度が充実していない。
 第三に、ガバナンス体制に関する詳細な事項が開示情報として認識されていないばかりか、そもそも個別具体的なレベルでガバナンス体制が作り込まれていない。メインバンク制の下では銀行はインサイダーとして企業のモニタリングを行うため、日本企業は概して対外的な情報開示には力を入れていなかった。最近では財務情報に関しては国際的に見て遜色のない程度にまで開示されるようになってきたが、グローバル・スタンダードに沿ってガバナンス面において他社と差別化し、投資家にアピールしようとする企業は数少ない。しかし、スチュワードシップ・コードが実効的に機能するためには、各社のガバナンス・プラクティスについての詳しい情報が不可欠である。従って、日本の場合こそ、その情報を開示させるコーポレートガバナンス・コードが極めて重要である。充実したコーポレート・ガバナンス・コードから生まれるガバナンス体制の情報開示は、スチュワードシップ・コードや建設的な対話を推進するための大前提であり、これらは両輪として機能するものなのである。

 OECD原則が求める「客観的な独立の判断」の確保

 第一の点については何よりもまず独立社外取締役を増員し、経営に社外の目を取り入れる必要がある。その際、弁護士・会計士・学者ばかりではなく、企業価値を見極め株主の利益を代弁できる存在として、企業経営経験者や投資経験者を迎え入れることが望ましい。また、現状では社外取締役が企業情報にアクセスするには内部者の説明を受けるしかないため、社外取締役が必要に応じて直接情報を取得できるような仕組みも必要である。
 もっとも、社外取締役として十分な役割を果たすだけの経験を持つ人材が少ないことはよく指摘されているが、実は、足りないのは社長が納得する候補である。そしてその少数の者が複数の会社を兼務する傾向があるが、そのうちのどれか一社で事件や不祥事など有事が起きたとき、他の会社での任務を全うできるのか疑わしい。
 コードは指名プロセスの透明性および兼任制限などでこれらの問題に手当てすべきである。しかし、いずれにしても、社外取締役が普及する過渡期においては、社外取締役が過半数に満たない企業が多いだろう。その場合こそ、内部の業務執行取締役の自己利益が関わる事項については、独立社外取締役と独立社外監査役のみからなる委員会を設置し、ボード(取締役会)が彼らの事前の審議とアドバイスを受けることが望ましい。歴史上、これは独立社外取締役が導入されたもともとの目的(原点)であるし、ガバナンスのグローバル・スタンダードになっている。「モニタリング・ボード」という言葉を最近よく聞くが、モニタリング・ボードの最重要な役割は経営マターについて助言することではなく、自己利益や利害関係性が関わる事項について株主が納得できるプロセスで「客観的な独立の判断」を確保することである。
 特に、指名、報酬、MBOの交渉と価格設定、買収防衛策の発動など、内部者だけではバイアスがかかる恐れがある事項については、このような委員会を設置することで客観性を担保することができる。報酬の決定を経営陣自らに任せるとお手盛りになることが懸念されるが、こうして第三者によるチェック機能を備えることで、業績連動報酬を適度なリスクテイクを促す健全な手段として活用できるだろう。このように、委員会は少数の独立社外取締役のみから構成されることで、他の多数の内部取締役の利害に影響されず、自身の株主に対する説明責任を最大に意識した意思決定がなされる蓋然性が高まる。

コードが推奨すべき独立委員会(監査役会設置会社の場合)

  •  独立社外取締役3人以上
  •  独立社外監査役一人は、決議権のないメンバーとして
    委員会に参加する。議事録と通知期間などの手続き
  •  指名、幹部報酬、不祥事調査、MBOなど経営者の自己利益が関わる事項について先に検討し取締役会にアドバイスを提供する
  •  委員会メンバーにアカウンタビリティのスポットが当てられているので、多人数の役員会の中で隠れない
  •  「当該事項は委員会に事前検討を委ねるべき」との提案があれば、
    役員会が委ねるかどうかについて採決を行う
    (委ねない場合には、取締役は説明責任を負う)

 取締役会の指名機能は、将来の企業価値増大を監視・監督する「客観的な独立の判断を下す取締役」を選定することであるから、この指名のリーダーシップを独立委員会に移すことをコードの最大の目的の一つにすべきである。「人事権」は日本企業の社長にとって最も大きな権力の源泉であるが、社長を監視する取締役を社長自らが(事実上)選定するのでは株主の信任は得られない。社長がこの圧倒的な権力を手放すことこそが、日本経済全体のためになるのである。独立委員会を設ければ、社長、専務等が一番重要な委員会のアドバイザーで残るが、その後、委員会メンバーは経営陣がいない場で自由に話し合って他のインプットと役員候補を検討できなければ、「客観的」な指名プロセスがとても期待できない。
 また、こうした客観性を確保する役割は、独立社外取締役だけではなく、独立社外監査役にも求められる。そしてこれら社外役員の中で、議論をまとめ、対外交渉の窓口となるリード役を設置することは、社外役員と役員会全体の機能をより高めることにつながる。具体的にはリード役の独立社外取締役、リード役の独立社外監査役の役割として、下図のことが期待される。

 リード役の独立社外取締役の役割

  1.  他の取締役の懸念相談、取締役会の議題の提案
  2.  監査役などと協力して全取締役の情報アクセスを確保*
  3.  株主がコンタクト出来る、いざという時の相手となる
  4.  必要に応じて、議長を務める
  5.  役員一人ひとりと相談し貢献、研修ニーズを評価しアドバイスを提供

リード独立社外監査役の役割

  1.  全役員の情報アクセスを確保する*
  2.  株主がコンタクト出来る、いざという時の相手となる
  3.  必要に応じて、取締役会の議題を議長、リード独立取締役に提案

 (* 他国では、これは社外取締役の数およびcorporate secretaryの存在によって確保している。)

 これらの事項はほとんど全て、他国の「リード役の取締役」と同じような役割であるから詳述は避けるが、監査役と情報アクセスに関する点のみ補足したい。
 現在、多くの監査役は十分に活用されておらず、社外取締役と十分な連携が図れているともいえない。例えば、独立社外取締役が過半数を占めない日本の役員会では、社外取締役は内部者から提供される情報によってのみ、社内の状況を把握することができる。一方、監査役には独自に使える広範な調査権があり、極端に言えば社内に保管された資料を自ら取りに行くこともできる。この情報を社外取締役に共有すれば、より実効的な監視機能が可能になるが、法令違反または損害が起きそうな場合以外には現行法では監査役にそのような義務はない。そこで、本コードがそれをベスト・プラクティスとして指定すれば、各社ではどの監査役がそのベスト・プラクティスに沿って行動しているか、Comply or Explainの原則で開示されることになる。この情報は投資家にとっては、当該企業において社外取締役が実行力を有しているのか判断する助けとなる。
 もっとも、監査役による調査権はいざというときのためのものであり、日頃使われるものではない。しかし、社外取締役が一切その効力を共有できないのでは、いざというときに少数派の監視者として力不足になりかねない。また、社外取締役の行動を善管注意義務などの観点から「適法性監査」をする監査役は、なぜ社外取締役のその義務に必要な情報を共有しないのか、矛盾が起きる。

 新米の医者に依頼する時は、慎重に

 第二の点については労働市場の流動化で役員経験を持つ人材が増えることが望まれる。特に、退職後の人材(又は、弁護士、会計士、教授など、経営の経験がない人材)ばかりではなく、現在取締役又は執行役員などの経営幹部を務めている人材が他社の社外取締役に就くことがもっと奨励されるべきであろう。利益相反の管理さえ適切に行えば、企業経営の「現実」を監督にも生かすことができ、またそうして経営と監督を同時に経験することは、当該役員の成長にも資することだろう。コードのComply or Explain開示項目として、利益相反のない限り取締役の兼務を禁じない原則を設けることを検討されたい。
 しかしそうだとしても最初に役員に就任する際の研修は今よりも格段に充実させなければならない。そもそも、マネジャーが行う「経営」(例えば、営業部長、商品開発部長、総務部長)は役員が行う「指揮・統制・監督」と根本的に仕事の性質が異なる。優秀な営業部長であったからと言って、優秀な取締役になれるとは限らない。イギリスのボッブ・ギャラット教授の言葉を借りれば、「健全な組織には(マネジャーと役員の)両方が必要だが、この二つは非常に異なる態度、知識、スキル、考え方を必要とする」ということだ。

 「経営」(managing) :
 実際の経営・統制システムに実践的に取り組むことである。
 (部門、組織の観点。現場で、日々の活動。)

 「指揮・監督 (supervising)」 :
 方向付けである: 長期的な戦略を決めて、市場や環境の変化を見ながら導き、「ボードのジレンマ」に対処する。会社全体の観点。企業家的であるが、思慮深い。
 経営者から距離を置いてステークホルダーのことを考慮。短期の結果を監視しつつ、長期的な視点がある 。「縦割り」がない世界である。

 実効的な取締役になるには、知識と経験の両方を蓄積することが必要であるが、はじめの段階ではまず最低限の知識が必要になるのは言うまでもない。例えばタクシーの運転手、床屋、会計士、医者はいずれも試験に合格し最低限の知識を持つことが確認されなければ業務に就けないのに対して、なぜ兆円単位の時価総額を持つ日本企業では、役員を務めた経験がない内部者が新任役員候補の約85%を占めることになるのだろうか。実務の中で経験を積むことが重要であるとしても、研修を通じて最低限の知識を得ていなければ、投資家は取締役として信頼することができないはずだ。いくら言葉で、「OJTで役員を徐々に育てる」と言ったところで、日本の「実情」を考える場合こそあまり説得力がない。社外取締役が過半数に満たないのならば、その場合こそ、せめて内部出身者の「役員力」(資質)を指名前の段階で上げることに努めなければならない。もっともこの点、教育熱心な日本はその強みをいかすことができるはずだと筆者は期待している。
 筆者の経験からすると、経営陣が「役員力」として不可欠な知識(会社法、ガバナンスのベストプラクティス、ファイナンス、経営戦略)を持っていれば、たとえ社外取締役が少人数でも、彼らは大きく貢献することができる。しかし内部者役員にこれらのスキルセットが共有されていなければ、資本の配分という企業にとってもっとも重要な点について合意形成ができなくなってしまう。日本の会社役員は国際的に見ても極端にファイナンスの知識が欠けており、このことが「稼ぐ力」の低下につながっていることは間違いないだろう。ファイナンスの知識は修得するのに時間がかかるし、法務部長は勿論のこと、経営をしたことがないお馴染みの顧問弁護士からも学べない。海外にあるようなビジネス・スクールもしくは専門機関が提供する役員研修プログラムが必要である。

 「稼ぐ力」、ROEなどの向上に寄与することは勿論のこと、役員の財務関連の知識不足が致命的である状況が少なくない。筆者は数回このことを目撃している。オリンパスの第三者委員会調査報告書はファイナンス・会計の知識の重要性を以下のように指摘した。

 例えば、1999年から2000年にかけては、財務経理担当取締役を除き、取締役会の構成員である取締役の中に財務経理経験者がほとんどいなかった。そのため、含み損全体の把握ができず、損失の先送りを容易に許してしまった可能性がある。本来であれば、多額の営業外損失の報告を受けた時点で、その実態、発生原因、開示の要否、解消に向けた具体的な施策、あるいは同じような事態を招かないための牽制や再発防止策などが十分に議論されて然るべきであるが、それがされた形跡はない。もしこの時点で徹底した原因究明がされていれば、隠されていた損失の全容が解明できた可能性も否定できず、また、十分な再発防止策さえ講じていれば、適正に償却することにより、早期に健全な体質の会社に蘇生できたと考えられる。(オリンパスの第三者委員会調査報告書、145頁)

 下記の通り、各国のガバナンス・コードには役員の研修について規定されており、研修や資質について何もルールを持たない日本はむしろ珍しい存在である。

 イギリス

 「就任する時点ですべての役員は、オリエンテーション・研修を受け、その後も定期的に自分のスキルと知識を磨き、最新のものにしておくべきである。会長は、一人一人の役員が定期的にスキルや知識を磨くとともに、会社について熟知している状態を確保すべきである。会社は、役員の知識と能力を発展、アップデートするための必要な資源を提供しなければならない。会長は、新しく就任した取締役に、カスタマイズされ、かつフォーマルな充実した研修を受けさせることとする。研修の一環として、取締役は主要株主に会う機会を利用すべきである。」
 「会長は一人一人の役員と定期的に面会し、各役員の研修・人材開発ニーズについて合意すべきである。」

 ドイツ

 「監督ボードは機関としての構成について具体的な目標を定めることとする。当目標[基準]は、会社の特性を視野に入れながら、事業の国際性、利益相反の可能性、メンバーの年齢制限、多様性(女性参加も含めて)を考慮する。」
 「監督ボードの構成員一人一人は責務を果たすために、自主的に必要な研修と教育を受けるべきである。これについて会社から適切な支援を受けるべきである」

  米国

 NYSEの上場規定では、国内の上場企業はコーポレート・ガバナンス・ガイドラインで役員のオリエンテーションと定期的な教育について説明しなければならない。ガイドラインは役員の研修、オリエンテーションについての企業の方針を説明することとする。
各社はガイドラインを会社のウェブサイト上で公表することが義務づけられている。
 SECのルールでは、「各々の取締役、または取締役候補が、会社の事業内容を考慮した上で取締役として相応しい」と取締役会が結論に至るために要した個人が有する経験、資格、特性、スキルについての情報開示が求められている。

  シンガポール

 「1.6 新しく就任した取締役はカスタマイズされた、網羅的なオリエンテーション、研修を受けるべきである。内容には、取締役としての義務、および会社のビジネスとガバナンス・プラクティスが含まれ、彼らがこれらに精通している状態を確保すべきである。初めて取締役になる人には、必要に応じて会計、法律、業界特有の知識を網羅する研修を会社は提供すべきである。現役取締役が定期的な研修を受けることも同等に重要である。特に、事業に関連する新しい法令、規制、変化するリスクなどを時々研修で扱うべきである。

 会社は、役員の研修を用意し、金銭的に負担すべきである。また、ボードは年次報告書に新任・現役役員に提供される会社紹介、オリエンテーション、研修について開示すべきである。」

 「4.2  指名委員会は、以下の項目についてボードに対して推奨すべきである:
 ボード・メンバーのための専門的な人材開発プログラムのレビュー

 コーポレート・ガバナンス体制についての開示
新任・現役役員に提供される会社紹介、オリエンテーション、研修」

  香港

 原則: 「一人一人の役員は、発行体会社、事業会社の役員としてどのような責任を負うのか、また、その会社の事業活動、成長について精通しなければならない。ボードは単一の会議体のため、非業務執行者は業務執行者と同じ善管注意義務、その他の受託者責任を負う。」

 コード規定: 「A.5.1 新任役員は就任の際、カスタマイズされた、包括的かつ正式なオリエンテーション、研修を受けるべきである。その後、必要に応じて説明や専門的能力開発プログラムを受けるべきである、A.5.5.  全ての役員は専門家として成長し、知識とスキルを磨くための継続的な能力開発プログラムに参加すべきである。このようなプログラムに参加することによって、彼らのボードへの貢献が高度且つ適切であることを確保するのである。発行体会社は人材開発プログラムを用意し、金銭的に負担すべきである。」

 パキスタン

 2002年のコーポレート・ガバナンスコードは、すべての上場企業に対して、役員が義務と責任をきちんと認識し、株主のために会社を実効的に運営できる能力を育てることができるように、役員への適切なオリエンテーションと研修を準備することを求める。

 2002年のコード条項14(2012年のコード条項11)により、上場企業の取締役は、SECPの基準を満たす役員研修プログラムを受け、提供機関(パキスタン国内、又は海外の機関どちらでもよい)からの認定を受けなければならない。ここでは、適当な機関として最低限満たさなければならない基準と、プログラムで網羅しなければならないトピックを定める。

 また、今年制定されたオーストラリア証券取引所のコーポレート・ガバナンス・コードでは、ボード又は指名委員会が各取締役のスキルと知識を定期的に評価し、オリエンテーションプログラムを提供し、必要であれば研修を確保するだけではなく、各社のボードが目指している「スキルと多様性のマトリックス」の開示が求められている。また、財務経験がない取締役の会計知識を補う必要性を特定してまで重視している。このような体制(研修、評価、マトリックス)は世界のスタンダードになりつつあると言えよう。

 本コードでは、最低限の原則として①社内外役員研修についての企業方針、及び②前年度の実績を開示項目として定めることが必要である。現時点では本コードで経験豊富な社外取締役が過半数を占めることを義務付けるのは難しいと思われるが、そうであるならば、せめて研修を充実させなければ国際的な理解は得られない。しかしこの点は「教育熱心な国」である日本の強みをいかせる部分でもあるだろう。筆者は長年役員研修に携わってきた立場から、他国の例をみながら具体的に以下のような内容を企業方針のベスト・プラクティスとして推奨する。

  •  第三者による執行役員のガバナンス研修、役員研修および(2)社内外新任役員のオリエンテーション、必要な予備研修
  •  法律、会計、規制、リスク課題についてのアップデート、役員会メンバー全員にたいして継続的研修を定期的にアレンジする
  •  社内外役員が独自に受けた役員知識関連の研修費を還付する体制
  •  独立委員会のボード、各取締役の評価結果に基づいて、リード独立社外取締役は毎年、一人ひとりの役員と面談をし、役員としての貢献を話し合いフィードバックを与え、必要があれば、今後の研修方針を定める
  •  目指している「スキルと多様性のマトリックス」の開示
  •  取締役会は(1)総会に提案する役員会メンバーのスキル、知識と経験が適切且つ十分に広いこと(2)研修体制が十分であることを確認して、決議する

 独自のガバナンス・プラクティスを持つ場合には説明が求められる

 第三の点については、本コードで投資家がガバナンスに関して重要視している情報を挙げ、企業はそれらについて比較可能な形で開示することが望ましい。一方、長年経団連が主張してきたように、企業や業界によって特殊な事項、ガバナンス・プラクティス、KPIも存在するだろう。それらについては法定開示のように表現方法を制約するのではなく、自由な記述を認める必要がある。そのように企業が自社で説明することで当該事項へのコミットメントを確保し、投資家の理解と信頼を深めることができる。
 例えばニューヨーク証券取引所は上場企業に対して以下のような項目について各社が策定する「コーポレート・ガバナンス・ガイドライン」で開示することを求めている。

  •  取締役と執行役員の役割
  •  取締役会の機能
  •  取締役、執行役員への選任要件
  •  取締役の独立性
  •  取締役会の定員と、選任過程
  •  取締役会にアドバイスを行う委員会
  •  委員会構成員の独立性
  •  非業務執行取締役のみで開催される会議体
  •  取締役会のリーダーシップ
  •  役員会の自己評価 
     等

 ガバナンスのPDCAには役員会の自己評価が最も重要

拡大
 以上、本コードに求められる「内輪主義」を排除する手段として、独立社外役員の活用と、内部者も含めた役員の教育、そしてガバナンス・プラクティスの情報開示強化を挙げた。これらに加えて役員会が自己評価を行うことで、右図のような好循環が実現することを筆者は期待している。

 この好循環の要は①過去に囚われない客観的な指名機能および②独立委員会が参加する役員会の自己評価プロセスである。実績と役員会評価に基づいて独立委員会が質の高い、企業の将来に必要なスキルを持っている取締役候補を提案すれば、取締役会の実効性がますます上がる。製造業を始め、現場において優れたPDCAサイクルを実現している日本企業は、ガバナンスにもこれを適用すればよいのである。

 イギリス版のコードでは取締役会の評価に力が入れられている。具体的には、①指名委員会は一人ひとりの取締役のスキル、知識経験などを評価し、役員会のスキル・バランスについて評価する。②取締役会は毎年取締役会自らを評価し、会長がそれに基づいて行動する。③独立した会長(independent chair) が一人ひとりの取締役を面談・評価して、研修ニーズについても相談する。④社外取締役は本人がいない場で会長を評価する。⑤会社は少なくとも三年に一度、第三者専門家のアドバイスを受けて取締役会の評価を行う。

【企業】British American Tobaccoの事例

  •  新任役員は必ず役員研修を受ける
  •  法律・規制の改正、業界変化などについてアップデートするための定期研修
  •  独立した会長は、各役員の「人材開発」上の研修ニーズに関する責任者として、各役員と個別面談を毎年実施
  •  会長も第三者機関も取締役会を評価する。会長が各取締役も評価する

 好循環を作ろう

 成長戦略の一環として、日本版コーポレートガバナンス・コードでは日本企業がこれまで「稼ぐ力」を失い、低収益に甘んじてきたという「実情」に迫るものでなければならない。そのためには、コードの目的は資本配分の規律を向上させることに置かれるべきであり、そうすることで適度なリスクテイクを促し、不採算事業からの撤退を後押しする必要がある。
 このような資本規律を具えるためには、日本企業はこれまでの「内輪主義」を脱し、独立社外取締役と独立社外監査役を実効的に活用するガバナンス体制を構築しなければならない。そうすることで独立性の高い役員と、適切な研修を受けた役員が、資本の配分という戦略的な意思決定を行い、自己評価を行っていくという好循環こそ、投資家と政府がともに期待しているものである。本コードがこのようなベスト・プラクティスを示すことで、日本企業は再び「稼ぐ力」を取り戻し、日本経済全体の復活につながるはずである。

 ▽注:本内容は筆者個人としての意見である。本稿の執筆に当たってはみさき投資株式会社運用部アソシエイトの槙野尚氏に協力を得た。

Nicholas E. Benes(ニコラス・ベネシュ)

 公益社団法人会社役員育成機構 代表理事(役員研修、ガバナンス研修及びコンサルティング)。
 米国スタンフォード大学で政治学学士号を取得した後、米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンにて11年間勤務した後、M&Aアドバイザリー業務に特化する株式会社JTPを創設し率いる。米国カリフォルニア州及びニューヨーク州における弁護士資格、ロンドンと東京で証券外務員資格取得。現在、在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース委員長を務める。
 2010年に、法務省と法制審議会会社法部会に対し会社法改正に対する意見を提供した金融庁のコーポレート・ガバナンス連絡会議に所属する。これまでに、国際大学大学院国際経営学研究科客員教授、在日米国商工会議所理事、同人的資本タスクフォース座長、同対日直接投資タスクフォース座長、内閣府対日直接投資会議専門部会の外国人特別委員、株式会社アルプスの取締役、スキャンダル後の株式会社LDH(旧名ライブドア)、株式会社セシールの社外取締役を歴任。
 2014年1月27日、本ウェブサイト「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」で金融庁主導の「コーポレート・ガバナンス・コード」制定を提唱。翌2月の6日に自民党の日本経済再生本部・金融調査会に呼ばれ、同提案を説明した。

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