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孫正義氏がつくった三つ首怪獣ギドラ:ソフトバンクとファンドの利益相反

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

孫正義氏がつくった三つ首怪獣ギドラ

 

外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)

拡大Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。京都大学法学部大学院留学後、ハーバード・ロースクール修了。
 日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。

 孫氏のつくった「怪獣」であるソフトバンクグループ社には2016年10月までは頭が一つしかなかった。つまり、孫氏が監督する通信事業、その他の情報関連事業に資本参加したいと考える投資家は「ソフトバンクそのもの」に投資するほかなかった。

 しかし、2016年10月に怪獣からもう一つの頭が生えてきた。ソフトバンク・ビジョン・ファンド(「ビジョン・ファンド」)という非公開巨大投資ファンドが誕生したのだ。ソフトバンクグループ自体は250億米ドル(約2.6兆円)をファンドに出資する予定とされ、サウジアラビア王国のパブリック・インベストメント・ファンド(「PIF」)による450億米ドル(約4.7兆円)の出資の基本合意書を交わした。ソフトバンクグループはファンドへの出資をアップル社、その他の複数のグローバル大手投資家から募り、総額1,000億米ドル(約10兆円)規模とするのを目標としている。

 プレスリリースによるとビジョン・ファンドの目的は「投資先企業との提携を通じて当社のグローバル成長戦略を加速させること」とされている。

 世界中のテクノロジー企業への出資をさらに推し進めることができます。本ファンドは、今後10年でテクノロジー分野において最大級のプレイヤーとなることでしょう。われわれは、出資先のテクノロジー企業の発展に寄与することで、情報革命をさらに加速させていきます

 ファンドの主導役には、フォートレス・インベストメント・グループというプライベート・エクイティ・ファンド出身のラジーブ・ミスラ氏が任命された。

 ところで、ビジョン・ファンドが目指す「テクノロジー企業への投資」はソフトバンク自体の主要な会社目的でもある。2013年以来、かつて主業だった通信事業と並行して、孫氏は4兆円以上をかけて「投資部門」という位置づけで数十社の情報産業関連のテクノロジー企業を買い集めてきた。ビジョン・ファンドの同業者はすでにソフトバンクグループ自体の中に含まれている。

 さて、孫氏が宝物、例えば次のアップル社の卵に目をつけたとしよう。ソフトバンクグループ自体にそれを買わせるか?あるいはビジョン・ファンドに組み入れるか?これは完全な板挟みだ。もしその卵をソフトバンクグループに入れて、後にその卵から白鳥が生まれたら、PIFやファンドの他の投資家から苦情が来るだろうし、逆もまたしかりだ。

 問題はどちらの器に卵を入れるかだけではなく、卵の買収後の運営にも及んでくる。仮に卵をビジョン・ファンドに入れたとしよう。ビジョン・ファンドの誕生を発表したプレスリリースによると、ソフトバンクグループはファンドの「投資先企業との提携を通じて当社のグローバル成長戦略を加速させることを目的」としている。つまり、怪獣には頭が二つあるが、胃袋は一つだというイメージだ。ファンドに250億米ドルを投資したソフトバンクグループは、ファンドに入っている「投資先企業」との「提携を通じて」、ファンドの卵の技術、人材等に優先的にアクセスして、ソフトバンクグループ側の卵とのシナジー効果を得ることを目標としている。

 しかし、ファンドの立場から考えるとソフトバンクグループにこのようなアクセスを提供することは必ずしも有利ではない。ソフトバンクグループ以外の第三者との提携の方が有利かもしれないし、提携関係の経済条件にもよる。ソフトバンクグループはまさに利益相反の立場にいるので、ソフトバンクグループに提携関係の有無、経済条件の判断を委ねることは、ファンドの他の投資家には不利益なものとなる。目標の「提携」を実現するために、利益相反関係のない独立した立場にいる第三者はいちいち「提携」の有無、相手先、経済条件についてファンド投資家全員の利益を最優先して判断しなければならない。皮肉なことに、二つ目の頭が生まれた結果、孫氏が目指す卵たち同士のシナジーを実現することがより困難になってしまうだろう。頭と胃袋が一つであれば、そもそもこのような問題は発生しなかった。

 そんな時に怪獣に三つ目の頭が生えてきた。ソフトバンクグループはビジョン・ファンド主導役ミスラ氏の元雇用主フォートレス社を2017年2月に約33億米ドル(約3,752億円)で買収すると発表したのだ。フォートレスの本業はファンド・マネジャー、つまり投資顧問である。現在フォートレスは機関投資家である顧客から700億米ドルを預かって、会社の買収をして資金を運用し、収入は顧客から受け取る手数料で得ている。フォートレスは投資顧問として、顧客の利益を最優先にして、顧客を平等に取り扱う法律上の義務を負っている。

 ソフトバンクグループはなぜフォートレスを買収したのか?フォートレスの既存客からの手数料の収入源そのものが魅力的だから?フォートレス買収を発表したプレスリリースには

 ソフトバンクにとっても、また近く設立予定のソフトバンク・ビジョン・ファンドにとっても、この機会はグループ全体のポテンシャルを拡大し、長期的な成長へ向けた大胆かつ規律の取れた投資と世界トップレベルの実行力をもつソフトバンク2.0への変革を加速させることでしょう

とある。つまりフォートレスは、これからソフトバンクグループとビジョン・ファンドの投資顧問の役目を果たすことになるのだ。

 となると、フォートレスが買収後にある「卵」に目をつけたとしよう。同じ「テクノロジー企業」への投資を目的とする三者の顧客(すなわち、既存客、ソフトバンクグループ、ビジョン・ファンド)のどの口座にその卵を入れるか?これもまた完全な板挟みだ。三者の顧客のいずれかの口座に入れると、他方の顧客からクレームがでる。だからこそファンド・マネジャーは複数のファンドを運営する場合、それぞれのファンドの投資目的を個別にはっきりさせて、ファンド間でバッティングが起きないよう気を付けるのだ。複数のファンドをきれいに目的別に分類しないと、顧客または証券取引担当当局(米国ではSEC)に法的責任を追及されるリスクが高まる。

 孫氏は最先端テクノロジー分野のウォーレン・バフェットになろうとしているといわれている。様々な投資家から巨額の資金を集めて、未来の情報産業開発のリーダーになることを目指しているようだ。しかし、バフェット氏が飼っている「怪獣」バークシャー・ハサウェイには頭と胃袋は一つずつしかない。バフェット氏が担当する投資案件は全てバークシャー・ハサウェイの口座に入り、バークシャー・ハサウェイの株主以外の利害を考慮する必要はない。そしてバフェット氏個人がおこなう投資は、バークシャー・ハサウェイ自体にとってはとても小規模な案件に完全に限定されている。

 敏腕ワンマン経営者の孫氏は、三つ首怪獣のどの口に餌をいれるのが最良なのかを自分で判断できると自信がおありなのだろう。しかし私は餌が喉に詰まったり、三つ首のギドラがお互いに喧嘩したり、飼い主に噛みついたりするシナリオも想像せずにはいられない。

 ▽AJ編集部による注釈:この論考について、ギブンズ氏の了解を得た上で、AJ編集部において、ソフトバンクグループの広報室にコメントを求めた。「ビジョン・ファンドはまだ立ち上がっておらず、また、フォートレス・インベストメント・グループの買収もまだ手続き中であり、コメントは差し控えます」との返答だった。

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)

 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。1976年から77年にかけて京都大学大学院に留学した後、1982年にハーバード大学ロースクール修了。現在、上智大学法学部教授。日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。国際間M&Aから、コーポレート・ガバナンス問題、民間・公的融資、戦略的提携、合弁事業などに経験を持つ。

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