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深掘り

トランプ大統領 vs.司法省・FBI

トランプ大統領のFBI長官解任、クリントン夫妻と捜査・司法省

政治権力と法執行機関の激突、日本への示唆(1)

北島 純(きたじま・じゅん)

 米連邦捜査局(FBI、Federal Bureau of Investigation)のコミー長官が電撃的に解任された。ホワイトハウスは当初、2016年大統領選期間中のヒラリー国務長官私用メール問題に対する捜査指揮に「重大な誤り」があったことを解任の理由と説明したが、実際にはそれが理由なのではなく、ロシアがトランプ政権誕生に肩入れしたいわゆる「ロシアゲート」に対する捜査を妨害しようとするものだったのではないかと反発する声が強まっている。果たして、メール問題は口実に過ぎず、捜査妨害が狙いなのだろうか。ウォーターゲート事件における「土曜日の夜の虐殺」の再来として世界に衝撃を与えた今回の解任劇を手がかりにして、デモクラシーにおける政治権力と法執行機関の関係を考えていきたい。

 

なぜコミーFBI長官は解任されたか?
クリントン国務長官私用メール問題捜査の検証

経営倫理実践研究センター主任研究員
北島 純

 ■FBI長官解任がなぜ世界中に衝撃を与えているか

拡大北島 純(きたじま・じゅん)
 東京大学法学部卒業。内閣官房長官等の秘書を経て、現在、株式会社グローバルリスク代表取締役。2013年から日本の主要企業を会員とするコンプライアンス専門機関BERC(一般社団法人経営倫理実践研究センター)の主任研究員として「外国公務員贈賄罪研究会」講師を担当。腐敗防止を研究。前・関西大学社会安全学部非常勤講師。日本経営倫理学会所属。著作に『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社)など。
 5月9日、FBIのコミー長官が電撃的に解任され、世界中に衝撃を与えている。大統領就任後のトランプ氏が矢継ぎ早に繰り出した政策、例えばイスラム7カ国からの入国を制限する大統領令は激しい批判を浴びた。しかし、「国境に壁を作る」と豪語してきたトランプ氏の公約から考えれば、大統領令は想定の範囲内と言えなくもない。また、外国首脳やメディアに対して遠慮なく放たれる品位に欠ける発言の数々も、その都度物議を醸すとはいえ、大統領に就任するまで一度も公職の経験がないことを考えると、驚く程のこととは言えない。

 しかし、今回のFBI長官解任は次元が別だ。トランプ大統領が「法の支配」や「司法の独立」、さらに言えば「デモクラシー」と「国益」を、本当には理解していないのではないかという深刻な懸念が顕在化したと言えるからである。

 解任の理由は当初、2016年の大統領選期間中に争点となっていたヒラリー・クリントン元国務長官の私用メール問題に対するFBI捜査に誤りがあったからだと説明された。しかし、その説明を額面通り受け取る人は今では少数派だ。トランプ政権誕生にロシアが深く介在していたのではないかという問題、いわゆる「ロシアゲート」に対するFBI捜査の妨害を狙ってコミー長官を解任したのではないかという説明が急速に説得力を増している。

 もしこれが真実だとすれば、大統領による司法妨害があったことになり、大統領弾劾が現実的な課題となる。これはニクソン政権末期に匹敵する、深刻な事態だ。

 さらに、もしロシアがアメリカ大統領の誕生に介在していたのならば、それは、アメリカのデモクラシーが危機に瀕していることを意味するだろう。冷戦期も含めて、これまでも外国諜報機関による世論操作等は行われていただろうが、大統領選の結果を左右するほどの影響を与えたことはなかったはずだ。しかし、高度に発達したインターネット空間におけるハッキング技術の向上が、選挙プロセスそのものに対する外国政府の大規模介入を可能にしつつあるのであれば、それは、我々のデモクラシーがかつて経験したことがない事態に直面しているということになる。トランプ政権がロシアとの関係を否定すればするほど、そうした疑義が膨らむ。これまではいわば観念上の疑問にすぎなかったものが、FBI長官の解任によって、やおらリアルなものに感じられる――。だからこそ、世界中に衝撃が広がっているのだろう。

 いずれにせよ、トランプ大統領は今回の解任劇によって、政治的攻撃を強める野党・民主党だけではなく、法の支配が揺らぐことに対して深刻な懸念を持つ専門家集団と、冷戦以来伝統的に敵国としてきたはずのロシアの介入に憤る治安・軍事・諜報関係者、さらにはデモクラシーそのものが破壊されるのではないかという不信を抱く全ての者を、敵に回しつつある。弾劾による大統領辞職が実現するかは分からないが、今回の解任劇はトランプ政治の終わりの始まりになるかもしれない。

 この連載では、こうしたトランプ政権によるFBI長官解任劇をまず検証し、それが日本にとってどのような教訓を持つのかを考えていきたい。

 ■FBI長官の解任理由

拡大ホワイトハウス=米ワシントンDCで北島純撮影
 ホワイトハウスは当初、トランプ大統領による解任は、司法省(DOJ、U.S. Department of Justice)のローゼンスタイン副長官およびセッションズ長官の進言に基づくものだと説明していた。具体的には、ヒラリー・クリントン候補の私用メール問題に関する大統領選挙中のコミーFBI長官の判断は「重大な誤り」だったとするレターを、着任したばかりのローゼンスタイン司法副長官がセッションズ司法長官に送った。セッションズ司法長官はそのレターを添えて、トランプ大統領にFBI長官解任を勧めるレターを送り、それを受けたトランプ大統領が長官解任に踏み切ったという説明だ。まるで黒ヤギさんと白ヤギさんの手紙のような牧歌的な光景が浮かぶが、実態はそうではない。ローゼンスタイン司法副長官のレターは、コミーFBI長官が2016年7月5日にメール問題の捜査終結を宣言したことは、司法長官の権限を侵害する越権行為であり、かつそれを記者会見で公表したことは、「検事や捜査官が教科書でしてはならないと教わる典型例」だと痛烈に批判するものだった。セッションズ司法長官のレターも「捜査及び訴追における誠実と公平(integrity and fairness)を取り戻すために、FBI指導部は新鮮なスタートが必要であり、長官を罷免すべきだ」という強い口調の内容だったのである。

 2016年の大統領選期間中に物議を醸したヒラリー・クリントン元国務長官の私用メール問題に対するFBIの捜査は、権力闘争に司法捜査がどう向き合うかという点で実に生々しいものだった。その過程でコミー長官による指揮に「重大な誤り」が本当にあったと言えるのか、一連の経緯を改めて振り返ってみたい。

 ■ヒラリー・メール問題の経緯

 ヒラリー氏の私用メール問題は、2015年3 月、ニューヨーク・タイムズ紙が放ったスクープ記事が直接の端緒だ。2016年大統領選挙への出馬が既定路線とされていたヒラリー氏が、オバマ政権の国務長官時代に国家の重要事項を含む問題を私用メールアドレスでやりとりしていたのではないかという疑惑が報じられるや批判が噴出、共和党側はもっぱら、公務に使われる文書やメールの記録・保存を義務付けるアメリカ連邦記録法(Federal Records Act)に違反する疑いがあると攻撃した。

 確かに、ヒラリー国務長官は、国務省の公用メールアドレス(ドメイン名: state.gov)とは別に、ヒラリー事務所が設置した私設メールサーバー(ドメイン名:clintonemail.com)を利用した「hrod17@clintonemail.com」や「HDR22@clintonemail.com」等のメールアドレスを使って業務上のメールをやり取りしていた。ちなみにHDRはヒラリーの旧姓「Hillary Diane Rodham」のイニシャルである。

 私設アカウントを使ったヒラリー国務長官のメールはもっぱら側近との間の連絡が中心だったが、大量にやり取りされていた。連邦記録法に違反していると言えるかは微妙だったとしても、少なくとも国立公文書記録管理局(NARA、National Archives and Records Administration)に関する行政規則に違反していた可能性は高い。連邦規則36巻1236条22項(b)(36 CFR 1236.22 of the 2009 NARA requirements)は、「官公庁によって運営されていないシステムを利用して送受信された電子メールは、しかるべき官公庁による記録保管システムに保存されなければならない」と規定しているからだ。また、仮にメールに機密情報が含まれていた場合、国家機密情報の指定に関する大統領令13526 号に違反していた可能性がある。

 一連の疑惑報道に対してヒラリー氏は「メールに機密情報は含まれていない」と釈明して潔白を強調するとともに、既に2014年12月の段階で、国務省からの要請に応じて、在任中に送受信したメール約6万通のうち半分(5万5000ページ分)のコピーを提出、残りのメールは削除していると発表した。

 批判は一旦鎮静化し、ヒラリー氏は予定通り2015年4月12日、大統領選挙出馬を正式に表明した。しかし、半年後の9月8日、「ヒラリー国務長官の私用メールに北朝鮮の核兵器開発に関する極秘情報が含まれていた」と報じられると、批判の声が再び高まった。そこでヒラリー候補は「個人用と公務用のメールアドレスを使い分けなかったのは私の誤りだ」と初めて謝罪したが、なお自らの法的責任や機密漏洩は否定したため、世論調査ではヒラリー候補を「嘘つき」であると見る人が5割を超えた。前回(2008年)の出馬では、ヒラリーの「傲慢」なイメージが敗退の主因とされただけに、これは痛手だったに違いない。

 なぜ、この私用メール問題が表沙汰になったのだろうか。実は、2012年のリビア・ベンガジ米領事館襲撃事件が発端だ。2012年9月11日夜、リビアの武装勢力がベンガジの米領事館を襲撃し、大使ら4名が死亡した惨事があったことを覚えているだろうか。これは、YouTubeに投稿された「イノセンス・オブ・ムスリム」(Innocence of Muslims)という短編動画がイスラム教を侮辱するとして、激高したイスラム集団がベンガジ領事館を取り囲み、一部が暴徒化した事件だが、計画的なテロという見方もあり、当時国務長官だったヒラリーが「領事館が襲撃される可能性を知りながら何の対策もとらなかった」と批判されてきたものだ。大統領選挙前に改めて特別委員会が設置され、2015年10月22日に開かれた公聴会では、共和党側がヒラリー批判を蒸し返した。11時間に及ぶ執拗な追及に対して「最善の対応をした」と反論してヒラリーは乗り切ったが、このベンガジ・スキャンダルの証拠収集過程で、共和党側が情報公開請求したところ、国務省が議会にヒラリー国務長官によるメール300通を提供し、その結果、ヒラリーが私設メールアカウントを利用してメールをやり取りしていたことが明らかになったのだ。国務長官時代から私用メールで指示を飛ばすヒラリーに国務省内で不安と不満が蓄積されていたが、ベンガジ・スキャンダルを契機についに問題が明るみになったのである。公聴会の場でヒラリーはあらためて「私用メールは正しい選択ではなかった」と謝罪した。

 国務省は2016年1月29日、ヒラリーの私用メール(計約3万通)のうち7通を「極秘」に事後指定したと公表、5月25日には国務省監察官室が「私用メールの利用は国務省の規定にしたがったものではなかった」とする報告書を連邦議会に提出し、ヒラリー批判の声は高まる一方になった。共和党の候補者指名を確実なものにしていたトランプは、「ヒラリー候補は嘘つきだ」とする中傷キャンペーンを執拗に展開した。

 ■捜査終結宣言(2016年7月5日)

拡大民主党政権のロバート・ケネディ元司法長官の名前を冠した米司法省のビル=米ワシントンDCで北島純撮影
 事態が動いたのは、ヒラリーの夫ビル・クリントン元大統領が動いてからだ。報道によれば、6月27日、アリゾナの飛行場に駐機中のプライベートジェットの中でクリントン元大統領が司法長官ロレッタ・リンチと面談した。リンチ長官といえば、オバマ政権下で黒人女性としては初の司法長官に任用された人物で、いわばオバマ政権の「ダイバーシティー」政策の象徴だ。この面談から約一週間後の7月5日、FBIのジェームズ・コミー長官が突如記者会見を開き、「ヒラリー候補に対して7月2日に実施した事情聴取の結果、メールに機密情報が含まれているという明確な認識(故意)がなかった」という理由で刑事訴追を見送るべきとの見解を示した。翌6日、リンチ司法長官もFBIの判断を受け入れるという声明を発表した。この7月5日の捜査終結宣言こそが、後にコミー長官解任の理由とされたものなのだ。

 クリントン元大統領とリンチ司法長官の面談内容は不明だが、クリントン元大統領の「調整」の結果、ヒラリーを聴取した上で立件を見送り捜査の幕引きが図られたという構図が透けて見える感は否めず、トランプ候補は「この国のシステムが不正に操られていることの証左だ」と強い口調で批判した。

 実際、コミーFBI長官によれば、ヒラリー氏が国務省に提出した約3万通のメールのうち113通に機密情報が含まれており、うち8通のメールに極めて機密度の高い情報が含まれていたとされる。捜査終結宣言後の8月22日にはワシントン連邦地裁が国務省に対して、FBIが捜査の過程で見つけたメール1万4900通を公開するように要求した。この中にはすでに国務省に提出済みの約3万通とは別のメールも相当数含まれていると報じられており、削除されたはずのメールがフォレンジック捜査で発掘された可能性が高い。ヒラリー国務長官に「機密情報に関する明確な認識」がなかったとしても、メール資料に対する客観的な捜査が尽くされていたとは言い難いことは確かだろう。

 ここで、確認しよう。メール問題捜査をめぐる疑惑の第一段階は、連邦記録法違反等の嫌疑がかけられていたヒラリー候補に対するFBIの捜査が、捜査途中であるにもかかわらず、ヒラリー陣営と接触した司法長官の指示でストップをかけられたのではないか、というものだったのだ。つまり、FBIの捜査に対する政治的な介入は、もともとはヒラリー陣営が仕掛けたと言える可能性がある。

 ■捜査の再開(2016年10月28日)

拡大星条旗のひるがえるFBIビル=米ワシントンDCで北島純撮影
 第二段階は、大統領選投票の11日前に突然

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北島 純(きたじま・じゅん)

 東京大学法学部卒業。内閣官房長官・文部科学大臣等の秘書を経て、現在、株式会社グローバルリスク代表取締役。2013年(平成25年)から日本の主要企業を会員とするコンプライアンス専門機関BERC(一般社団法人経営倫理実践研究センター)の主任研究員として「外国公務員贈賄罪研究会」講師を担当(FCPAやUKBA等の外国公務員贈賄罪やBRICs・ASEAN諸国の腐敗防止制度等を講義)。前・関西大学社会安全学部非常勤講師。日本経営倫理学会所属。
 主要著作として、『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社、2011年)、『中国における贈収賄罪の構造と日本企業のリスク対策』(ビジネス法務2012年10月号)、『ブラジル・ロシア・インドにおける外国公務員贈賄罪』(ビジネス法務2013年3月号)、『危機管理と外国公務員贈賄』(経営倫理No.76、2014年)、「私用メールに垣間見えた中国カジノマネーの闇」・「トランプ大統領の誕生でビジネス贈収賄の摘発は変わるのか」(宝島社、別冊宝島2538 『政府高官とFBIが明かす トランプの野望』、2017年)など。
 ツイッターは https://twitter.com/kitajimajun

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