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深掘り

トランプ大統領 vs.司法省・FBI

米大統領選へのロシアの介入とは? 米国家情報長官室報告書

政治権力と法執行機関の激突、日本への示唆(3)

北島 純(きたじま・じゅん)

 米連邦捜査局(FBI、Federal Bureau of Investigation)のコミー長官が電撃的に解任された。ホワイトハウスは当初、2016年大統領選期間中のヒラリー国務長官私用メール問題に対する捜査指揮に「重大な誤り」があったことを解任の理由と説明したが、実際にはそれが理由なのではなく、ロシアがトランプ政権誕生に肩入れしたいわゆる「ロシアゲート」に対する捜査を妨害しようとするものだったのではないかと反発する声が強まっている。果たして、メール問題は口実に過ぎず、捜査妨害が狙いなのだろうか。ウォーターゲート事件における「土曜日の夜の虐殺」の再来として世界に衝撃を与えた今回の解任劇を手がかりにして、デモクラシーにおける政治権力と法執行機関の関係を考えていきたい。連載第3回の本稿では、ロシアゲートとは何なのか、昨年11月の大統領選挙後の経過を見ていく。

 

ロシアゲートと米国家情報長官室報告書

経営倫理実践研究センター主任研究員
北島 純

拡大北島 純(きたじま・じゅん)
 東京大学法学部卒業。内閣官房長官等の秘書を経て、現在、株式会社グローバルリスク代表取締役。2013年から日本の主要企業を会員とするコンプライアンス専門機関BERC(一般社団法人経営倫理実践研究センター)の主任研究員として「外国公務員贈賄罪研究会」講師を担当。腐敗防止を研究。前・関西大学社会安全学部非常勤講師。日本経営倫理学会所属。著作に『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社)など。
 6月8日(木)、上院情報特別委員会でジェームズ・コミー米連邦捜査局(FBI、Federal Bureau of Investigation)前長官の公聴会が実施された。テレビ・ネット中継を通じて世界中の関心を集めた「世紀の政治ショー」が終わった訳だが、蓋を開けてみると、世界が驚愕するような新証言が飛び出た訳ではなく、トランプ大統領による「司法妨害」(obstruction of justice)の有無に対する政治的な注目は、いったん沈静化したかのようにも見える。

 特にコミー前長官が、共和党議員による質問への回答の中で、ロシアとの共謀を示唆する「ニューヨーク・タイムズ紙の報道は間違いである」とか、「トランプ大統領は捜査の対象になっていなかった」とか証言したことから、トランプ大統領による司法妨害の疑惑は「薄まった」とする向きもある。

 しかし、新証言が飛び出なかったという印象が残るのは、公聴会の前にコミー前長官があらかじめ詳細な陳述書を提出し、その内容が報じられていたという事情もある。またトランプ大統領が捜査の対象になっていなかったという証言は同時に、「フーバー初代FBI長官のように弱みを握って脅すようなことはしたくなかったから」という弁明または留保が付いていたものだ。

 いずれにせよ、今回の公聴会での証言内容を事前に提出された陳述書と併せみると、コミー証言の最大のポイントは、マイケル・フリン前国家安全保障担当大統領補佐官に対する捜査を中止せよというトランプ大統領の「圧力」が現実に存在したことをリアルに浮かび上がらせた点にある。公聴会における証言は、偽証罪の担保のもとで真実を証言することを誓約したものであり、その重みは格別だ。

 それゆえ、トランプ大統領に関するいわゆる「ロシアゲート」(Russia-gateまたはRussia Probe)と司法妨害に関する真相追及はこれで終わったのではなく、むしろ、今回のコミー証言を土台にしながら、これから更に深まっていくと言うべきであろう。

 その担い手が特別検察官(special counsel)である。ロシアゲートへの自身の関与を疑われているセッションズ司法長官に代わって、ローゼンスタイン副長官が元FBI長官のロバート・マラー氏を特別検察官に任命した。マラー氏はコミー前長官がFBI副長官だった時の上司であり、人望の厚い人物だと評されている。特別検察官は、ウォーターゲート事件で選任された、かつての「独立検察官」と比べると独立性はやや低いものの、広範な捜査権限を有しており、捜査期間に時間的な制限はない。今後は、このマラー特別検察官による捜査がロシアゲート真相解明の中心となると考えられる。

 7月7日(金)、ドイツ・ハンブルクで開かれているG20サミットに出席中のトランプ大統領が、就任後初めてロシアのプーチン大統領と会談した。トランプ大統領が会談冒頭、「ロシアによるハッキング疑惑」について言及したところ、プーチン大統領は一切の関与を否定したという。ロシアのラブロフ外相によれば「トランプ大統領はプーチン大統領の説明を受け入れた」とのことだ。

 果たしてロシアがトランプ大統領誕生にどのような役割を果たしたのか、そしてトランプ大統領による「司法妨害」はあったと言えるのか−。本稿では引き続き検証を重ねていきたい。前回の連載では、2016年11月8日にトランプ候補が大統領の座を掴むまでの経緯を検証した。今回はそれに続いて、トランプ当選後、米国の情報機関が総力を挙げて疑惑の解明に乗り出すまでの動きを振り返る。

 ■トランプ当選の衝撃(2016年11月8日)

 トランプ候補当選を伝えるニュースを忘れられないという人は、今でも多いだろう。実際、トランプ当選の衝撃は世界中を駆け巡ったと言っても過言ではない。事前にクリントン優勢と伝えていたメディアが大半だったこともあり、世界中が一種の政治的なパニック状態に陥った感がある。メディアにおける論評の多くは、2016年6月の英国のEU離脱(Brexit)と一緒にして「ポピュリズム」や「反グローバリズム」の分析に焦点を当てたが、英国離脱とトランプ当選に共通する要素がもう一つあることは、あまり知られていない。

 それは、ロシアによる「介入」ないし「浸透工作」である。英国下院行政委員会は2017年4月、英国離脱の国民投票最終盤で有権者登録のサーバーがダウンしたのは、ロシア(と中国)の関係者による介入工作によるものだった可能性があるという報告書を公表した。英国での工作はDDoS攻撃という、大量のリクエストを送りつけサーバー等を高負荷状態にすることで業務を妨害するものだったが、アメリカ大統領選における工作は深刻さが異なった。民主党全国委員会等のサーバー等からデータを窃取し、その内容を公開(リークサイトへの掲載)することによって有権者の投票行動自体に影響を与えるものだったからだ。さらに、前回検証したように、10月7日に国土安全保障省(DHS、Department of Homeland Security)と国家情報長官室(ODNI、Office of the Director of National Intelligence)が共同でロシアによるハッキングの背後にはプーチン大統領がいることを示唆する声明を発表する等、選挙期間中にロシア政府によるハッキング攻撃があることが大きく報じられており、リアルタイムでロシアの脅威が意識されていたという点も英国の事例とは異なると言えるだろう。

 ■政権移行期における米ロ協調の演出(2016年11月〜12月)

 「次期大統領」の地位についたトランプ氏はさっそく、11月14日にロシアのプーチン大統領と電話会談を行った。そこではシリア問題と並んで、クリミア併合に対する対露経済制裁で冷え込んでいた米露関係の修復が話し合われたと報じられている。「強く永続的な関係」の構築を呼びかけたのはトランプ氏の側だ。プーチン大統領もこれを受けて12月1日、クレムリンで年次教書演説を行い、国際テロとの闘いでトランプ新政権と協力する用意があると表明、対米関係修復の意欲を示した。

 さらに「米ロ蜜月」が言葉だけで終わらないことを示したのが、トランプ政権の閣僚級ポストの内定人事だった。11月18日、トランプ次期大統領は外交・安全保障政策の要である安全保障担当補佐官にマイケル・フリン元国防情報局長官を起用すると発表した。フリン氏は大統領選挙期間中、トランプ候補の外交アドバイザーを務め、中東政策においてロシアと協力する必要性を説いていた人物だ。なお、当選直後のトランプ氏と会談したオバマ大統領は「フリン氏を要職につけてはいけない」と忠告していたと後に報じられている。国防情報局(DIA、Defense Intelligence Agency)の長官だったフリン氏を2014年、管理能力不足等の理由で解任したのはオバマ大統領であり、因縁があった訳だが、トランプ次期大統領はその忠告を無視し、あえてフリン氏を起用したことになる。

 また12月9日には、国務長官の候補として石油大手のエクソンモービルのCEOレックス・ティラーソン氏が浮上したと報じられた。ティラーソン氏は石油取引を通じてプーチン大統領と親しい関係を構築し、ロシア政府から「友好勲章」を受章していた。

 そのほか、司法長官にジェフ・セッションズ上院議員、中央情報局(CIA)長官にマイク・ポンペオ下院議員の起用が決まるなど、論功行賞を中心とした政権移行チームによる閣僚級ポスト内定が続々と伝えられていったが、何よりも際立っていたのがトランプ新政権の「親ロ派登用」路線だった。

 ■オバマ大統領によるロシア報復の準備(2016年12月前半)

 このような動きに対して、オバマ大統領による「反撃」が始まったのは12月に入ってからだった。11月中はトランプ当選の衝撃があまりにも大きく、全米各地で「反トランプ」(Not My President)デモが繰り広げられている状況であり、事態がいったん落ち着く頃合いを見計らっていたのだろう。

 12月9日、ホワイトハウスは、オバマ大統領が、国土安全保障省、司法省、FBI、国務省等の情報機関に対して、ロシアによるハッキング等の「外国政府による大統領選挙への介入」について2008年の大統領選挙にさかのぼって調査し、2017年1月の退任までに結果を報告するように指示したと発表した。

 同時にCIAは、連邦議会上院で非公開の説明会を開き、上院指導部に対して「大統領選挙中のサイバー攻撃はトランプ陣営を後押しするためにロシアが実施した」と伝達した。議会内からも呼応する声が相次ぎ、ジョン・マケイン上院議員(共和党)らは連名で声明を発表し、サイバー攻撃に対する調査に対する超党派の協力を呼びかけた。

 さらに、オバマ大統領は12月15日、公共ラジオNPRのインタビューでロシアによるサイバー攻撃に関して、「外国政府が我々の選挙の健全性に影響を与えようとするならば、行動を起こす必要があることに疑いの余地はない」と語り、報復措置をとることを示唆した。翌16日、ホワイトハウスでの記者会見で、一連のサイバー攻撃はロシアによるものだと断定、プーチン大統領を名指しして批判した。この会見で衝撃的だったのは、9月に開かれたG20首脳会議(中国・杭州)の場で、オバマ大統領がプーチン大統領に直接、選挙への介入を目的としたサイバー攻撃を即座にやめるように求め、止めないと深刻な結果を伴うと警告したところ、それ以降サイバー攻撃による選挙干渉が止まったという認識を明らかにしたことだった。ベン・ローズ大統領副補佐官も「トランプ候補はサイバー攻撃がロシアによるものだと明らかに認識していた」と語った。

 このような政権による追及に対して、トランプ次期大統領は、FOXのインタビューで「ばかげている」と語るなど、不快感を表明した。トランプ氏による主張は「ロシアがサイバー攻撃をしたならば、なぜホワイトハウスは対応にこれほど時間がかかったのか」という点だった(なお、この主張は現在もなお繰り返されている)。プーチン大統領も12月23日の記者会見で「敗者はそれを誰かのせいにする」と批判し、トランプ氏に呼応する構えを見せた。トランプ氏は同日、プーチン大統領から「クリスマスと新年の挨拶状」を受け取っており、そこには米ロ間の関係を修復しようと書かれてあったことを明かし、次期政権における米ロ協調の演出に努めた。

 ■対ロシア報復の発動(2016年の年末)

 こうした中、オバマ大統領がトランプ・ロシアの蜜月演出に鉄槌を下したのが2016年の年末のことだ。12月20日に財務省が、ロシア系金融機関幹部ら7人と8の企業・団体への経済制裁を発表したことを皮切りに、オバマ政権は大規模なロシア報復の発動に踏み切ったのだ。

 12月28日、オバマ大統領は大統領令13757号に署名した。これは、2015年4月1日にオバマ大統領が発出していた「大統領令13694号」を修正するものだ。

 もともとの大統領令13694号は、「重大な悪意によるサイバー利用行為に関与した者の資産凍結」(Blocking The Property Of Certain Persons Engaging In Significant Malicious Cyber-Enabled Activities)を命ずるものだった。これは、2014年に北朝鮮政府が関与して発生したと疑われるソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント社(SPE)に対するサイバー攻撃を踏まえて、金融制裁措置の対象事案に新たに「サイバー攻撃」を含むことにした大統領令である。財務省が制裁対象に指名した人物・法人に関しては合衆国内の財産が凍結され、移転・支払い・輸出・回収などが禁止されることになる。

 今回の新大統領令は、更に、選挙プロセスに介入するロシアによるハッキング攻撃が資産凍結の対象事案に含まれるように、大統領令13694号を改正したものだった。

 大統領令に基づいて指名された者は、いわゆる「OFAC規制」の対象となる。OFACとは財務省の「外国資産管理局」(Office of Foreign Asset Control)のことだ。米国の安全保障の見地から好ましくないと判断される敵対国や軍事政権の関係者、あるいは組織的犯罪集団の関係者を「SDNリスト(特定国籍業者リスト:Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)として、OFAC当局がリストアップし公開するのである。いわば米国版「反社会的勢力一覧表」だが、ブラックリストに掲載された人物や法人との取引は違法になるので、金融取引・通商実務に大きな影響を与えているものだ。

 今回のロシア制裁の対象となったのは、9の組織・個人だった。まずは、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)、FSB(ロシア連邦保安庁)というロシア政府の諜報機関2つと、GRUの諜報活動をサポートした組織として、STLC(Special Technology Center St. Petersburg)、Zorsecurity (a.k.a. Esage Lab) 、非営利団体「ANO PO KSI」(Professional Association of Designers of Data Processing Systems)という3つの企業・団体である。さらに、GRUの最高幹部4名、イーゴリ・ワレンチノビッチ・コロボフ長官(Igor Valentinovich Korobov)、ギズノフ副長官(Sergey Aleksandrovich Gizunov)、コスチュコフ第一副長官(Igor Olegovich Kostyukov)、アレクセーエフ第一副長官(Vladimir Stepanovich Alexseyev)が個人として制裁対象となった。ハッキング攻撃を主導したとはいえ、外国政府の諜報機関最高幹部をOFAC規制の対象とするのは珍しく、いわばロシア政府の諜報機関に対する「見せしめ」的な報復だとも言えよう。

 更にオバマ大統領は、米国に駐在している「外交官」35人が実質的には諜報活動の工作員だと断定して「ペルソナ・ノン・グラータ」(Persona non grata:好ましからざる人物)に指定、家族共々米国から追放した。また、諜報目的で使用されていたニューヨーク州とメリーランド州のロシア関連施設2か所の閉鎖も命じた。

 大統領選挙に対するサイバー攻撃は、米国デモクラシーの土台を掘り崩すものに他ならない−。冷戦期ならいざ知らず、21世紀の米国でロシアに対する報復がここまで大規模かつ直接的なものになった点には、オバマ大統領による凄まじい怒りがあったことが窺われる。

 ■国家情報長官室の報告書(2017年1月6日)

拡大国家情報長官室の報告書
 こうした報復が実行された直後のタイミングで、米国の情報機関が総力を挙げてハッキング攻撃の真相解明に取り組んだ「公式結果」が公表された。2017年1月6日に発表された国家情報長官室(ODNI)の報告書である。以下、その内容を紹介しよう。

 報告書のタイトルは「最近の合衆国選挙におけるロシアの活動と意図に関する評価」(Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections)というものであり、CIA、FBI、国家安全保障局(NSA、National Security Agency)という3つの情報機関による分析結果を国家情報長官室が取りまとめたものだ。

 報告書はまず、「ロシアによる2016年大統領選挙への浸透の努力は、中長期的には、アメリカが先導する自由民主主義体制の土台を破壊しようとする工作の一環である」と断定するとともに、「これまでの工作と比較すると、直接性、活動のレベル、狙いの点で際立ってエスカレートしている」と指摘する。

 そして、「大統領選挙を狙った2016年の浸透工作を命令したのはプーチン大統領」であり、ロシアの目的は「アメリカの民主主義プロセスにおける公衆の信頼の土台を破壊し、クリントン候補を中傷して当選可能性を傷つけることにあった。プーチンとロシア政府のおかげでトランプ候補が明確に優位に立った」と評価するが、本文中でこの判断は「高い確証」に基づくものだと明記されている。つまり、これがオバマ政権の下した米国政府としての公式判断なのだ。

 さらに報告書は、「プーチンとロシア政府は、クリントン候補の評判を落とし、トランプ候補と比べて好ましくないと公然と対比させることで、可能な限りトランプ候補の当選可能性を高めることを望んでいた」と、より踏み込んだ評価も記述している。つまり、ロシアの工作が単にクリントン候補を貶めるだけではなく、トランプ候補の当選を助けようとする「意図」があったのかという点だ。この点について報告書は、CIAとFBIは「高い確証」を、NSAは「中位の確証」を抱いていると書いている。一つ一つの判断に、情報機関ごとに心証の程度を律儀に明記しているのが興味深い。

 さらに報告書は、「モスクワによるアプローチは、2人の主要候補者に関する選挙の見通しに対するロシアなりの理解に基づいて、選挙活動の進展に伴って発達していった。クリントン候補が選挙に勝ちそうなことがモスクワの目に明らかになった時、ロシアによる工作はいっそうクリントン候補を切り崩すことに焦点をあてるようになった」と続けている。

 そして、「投票日以降、2016年11月上旬以来のロシアの振る舞いと相まって、ロシアのモチベーションと目的に関する我々の評価における確証を増す更なる情報が明るみになった」として、具体的なロシアによる工作を以下のように挙げている。

 モスクワの浸透工作の先兵となったのが、サイバー活動のような秘密諜報活動を、ロシア政府や国営メディア、第三者機関、「トロール」と呼ばれる雇われSNSユーザーによる公然活動と一体化させる戦略だった。ロシアはソビエト時代の前任者と同様、諜報員・諜報機関・報道機関を使って、クレムリンにとって敵だと認識する候補を過小評価させる「米国大統領選挙に焦点を当てた秘密影響工作」を実施してきた歴史を有している。ロシアの諜報機関が、米国の二大政党を含めて、2016年大統領選挙におけるターゲットに対してサイバー工作を実施したのである。ロシアの諜報機関「ロシア軍参謀本部情報総局」(GRU)が、「Guccifer 2.0」と名乗るハッカーやDCLeaks.comというサイトを使って、米国の犠牲者のデータをネット上で公開し、あるいはメディアが独占的に報道するように仕向け、そしてウィキリークスに素材を提供したのだ。

 このように報告書は高い確証をもって評価している。これまで疑惑が示されてきたGuccifer 2.0等によるリークが、GRUによるものだと断定された訳であるが、それだけでなく、米国の大統領選挙に対する「秘密影響工作」は、ソ連時代からもクレムリンが行ってきたことを正面から認めている。

 ただし、一部で報道がされてきた有権者データベースへの侵入については、「ロシアの諜報機関は、複数の米国の連邦または地方の選挙管理委員会へのアクセスを獲得し保持したが、国土安全保障省(DHS)は、ロシアの手先が狙いを定め傷つけたシステムに「開票」は含まれていないと評価している」と述べ、投票結果自体が操作された可能性は否定している。

 報告書はまた、「ロシアの国家的なプロパガンダ・マシンは、ロシアおよび国際社会における聴衆に対するクレムリンのメッセージのプラットフォームとして機能することで影響工作に貢献した。モスクワは、プーチンが命令した米国大統領選挙を狙った工作から得た教訓を、米国の同盟国とその選挙プロセスに対するものを含めて、世界規模での将来的な浸透努力に生かすだろう」と警告を発している。

 その他に、報告書は、パナマ文書とオリンピックでのドーピングスキャンダルについて、プーチンが公の場で「米国が主導したロシアを中傷する努力である」と指摘したことに触れて、「プーチンとしては、米国のイメージを貶め、米国を偽善者に見えるようにするために、情報の公開を利用したがっている」と示唆している、と指摘している。

 また、なぜプーチンがクリントン元国務長官を誹謗したかったのかという「動機」について報告書は、「ほぼ間違いなく、2011年後期から2012年初頭にかけて発生したプーチン体制に対する大衆抗議活動をクリントン国務長官が扇動した」とプーチンが考えていること、そして、クリントン氏が「ほぼ確実に彼を見下している」とプーチンはみており、「クリントン国務長官のコメントに怨念を抱いているから」だと分析されている。つまり、ロシアによるハッキング攻撃の動機はなんと、クリントン候補に対するプーチン大統領の「個人的な恨み」にもあるというのである。

 その他に、「6月の初めから、プーチンによる大統領選挙に関する発言はトランプ候補を直接的に賞賛することを避けているが、これはおそらくクレムリンの官僚がプーチンによる賞賛は米国内で逆効果をもたらすと考えたからであろう」という細かい分析や、「モスクワはまた、トランプ候補の当選がISILに対する国際的なテロ包囲網実現への道」だと見ていること、「プーチンは、イタリアのベルルスコーニ前首相(Silvio Berlusconi)やドイツのシュレーダー元首相(Gerhard Schroeder)等の西側諸国の政治リーダーと働いた経験を多く有しているが、彼らはビジネス上の利益を得るためにロシアとうまくやっていこうとしたに過ぎない」と言った辛口の評価も記述されている。

 以上が、国家情報長官室による報告書の主たる内容である。読んで分かる通り、ロシアによるハッキング攻撃の「具体的な手法」や、なぜロシアのGRUが主導したと主張できるのかという「具体的な論拠」や「証拠」については触れられていない。

 しかし、この報告書は諜報機関が作成したものであり、防諜活動で集取された様々な情報に対するプロの総合的評価を基にしたものという性格を有している。また、一般公開するにあたって当然ながらオリジナルの大統領向け報告書から機密情報が削除されていることは間違いないだろう。したがって、具体的な手法や論拠・証拠が言及されていないのは仕方がないと言う他ないのかもしれない。

 いずれにせよ、前回検証したような、2016年6月の民主党全国委員会のメールサーバーに対するハッキング、クリントン陣営幹部のジョン・ポデスタ氏のメールがウィキリークスで暴露された件、そして7月の民主党有権者データベースへのハッキング等がいずれも、「ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)が首謀し、米国大統領選挙の信用性を貶め、ヒラリー候補を中傷し、トランプ候補の当選確率を高めようとしたサイバー攻撃である」と米国政府が公式に認めたという意味で、極めて重要な報告書だと考えられる。

 ■ロシアの反応とトランプ次期大統領(2017年1月9日〜11日)

 ロシア側は案の定、ペスコフ大統領報道官が「全く根拠がない。魔女狩りを思わせるこうした非難はうんざり」と反論した。次期大統領という立場で1月6日、クラッパー国家情報長官から機密情報を含む報告を受けていたトランプ氏はさすがに、「サイバー攻撃に対処する特命チームを発足させる」とコメントし、11日に当選後初めて開いた記者会見の場でも「サイバー攻撃はロシアが行ったと思う」と表明せざるを得なかった。オバマ大統領最後の置き土産とも言うべきロシアのハッキング攻撃に対する「報復」と「公式調査結果」はかくも強烈なものだったのである。

 しかし、プーチン大統領は結局、対抗措置を見送るという不自然な態度をとった。そして、それを誰よりも賞賛したのは、大統領就任を目前に控えたトランプ氏だった。トランプ政権発足後、このことの意味が深く問われることになる。(次回につづく)

北島 純(きたじま・じゅん)

 東京大学法学部卒業。内閣官房長官・文部科学大臣等の秘書を経て、現在、株式会社グローバルリスク代表取締役。2013年(平成25年)から日本の主要企業を会員とするコンプライアンス専門機関BERC(一般社団法人経営倫理実践研究センター)の主任研究員として「外国公務員贈賄罪研究会」講師を担当(FCPAやUKBA等の外国公務員贈賄罪やBRICs・ASEAN諸国の腐敗防止制度等を講義)。前・関西大学社会安全学部非常勤講師。日本経営倫理学会所属。
 主要著作として、『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社、2011年)、『中国における贈収賄罪の構造と日本企業のリスク対策』(ビジネス法務2012年10月号)、『ブラジル・ロシア・インドにおける外国公務員贈賄罪』(ビジネス法務2013年3月号)、『危機管理と外国公務員贈賄』(経営倫理No.76、2014年)、「私用メールに垣間見えた中国カジノマネーの闇」・「トランプ大統領の誕生でビジネス贈収賄の摘発は変わるのか」(宝島社、別冊宝島2538 『政府高官とFBIが明かす トランプの野望』、2017年)など。
 ツイッターは https://twitter.com/kitajimajun

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