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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

臨床研究の管理は「人体実験」に目をそむけてスキャンダル対応の歴史

生命倫理研究者・橳島次郎氏との対談(2)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究では、研究に参加する被験者の人権の保護とデータの信頼性確保が欠かせない。日本では過去、被験者への説明なしの試験薬投与や倫理審査委員会の機能不全など、臨床研究をめぐるさまざまな問題が表面化したが、根本的な対策がとられてこなかった。その結果、高血圧症治療薬ディオバンの臨床研究不正が2013年に明るみに出て、日本の臨床研究のずさんさが国内外に広く印象づけられた。臨床研究の不祥事が絶えないのはなぜか――。この連載ではその背景をさぐる。第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して問題の核心に迫る。その第2回では、海外と比較しながら、日本の臨床研究管理がスキャンダル対応を繰り返してきた原因を考える。

 出河 臨床研究の管理について日本が、医学研究の倫理の根本への理解を欠いたまま、場当たり的な対応を繰り返してきたというご指摘でしたが、海外とも比較しながらもう少し詳しく振り返ってみたいと思います。下の表に示したように、国内での制度改革は「事件対応」の繰り返しでした。

 臨床研究の規制をめぐる国内外の主な動き

1964年 世界医師会が医学研究の倫理原則「ヘルシンキ宣言」採択
74年 米国で国家研究法制定
75年 東京で開催された世界医師会総会でヘルシンキ宣言改訂
76年 国際人権自由権規約発効(1966年国連総会採択、日本は79年批准)
81~82年 日本で動物実験データ隠蔽や治験データ捏造相次ぐ
89年 厚生省が薬務局長通知「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」(=旧GCP、1990年10月施行)定める
93年 ソリブジン薬害
96年 血液製剤によるHIV感染の国賠訴訟で和解成立、刑事責任の追及
97年 改正薬事法と「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(=新GCP)施行
2000年 愛知県がんセンター抗がん剤治験訴訟で名古屋地裁判決(患者死亡は1988年)
03年 金沢大学病院臨床試験訴訟で金沢地裁判決(患者死亡は1998年)
03年 厚生労働省が「臨床研究に関する倫理指針」定める
10年 京都市のクリニックで細胞治療を受けた韓国人患者が死亡
13年 高血圧症治療薬「ディオバン」をめぐる臨床研究不正
14年 再生医療安全性確保法施行
14年 厚生労働省・文部科学省が「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」定める
17年 臨床研究法成立

 日本では1980年代以降、製薬企業による動物実験データ隠しや、治験データの捏造などの不祥事が続発した。当時の厚生省は1983年に「新薬の臨床試験の実施に関する専門家会議」を設置し、この専門家会議が1985年12月に「医薬品の臨床試験の実施に関する基準(案)」を提言した。それをもとに厚生省は1989年10月、「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」(1990年10月施行)を定めたが、これは法的な根拠がない薬務局長通知だった。実施基準(GCP)はのちに薬事法に基づく省令に引き上げられ、省令GCPが1997年にできて以降、局長通知による実施基準のほうは旧GCPと呼ばれるようになった。

 旧GCPをつくる過程の1987年5月、日本弁護士連合会(日弁連)は意見書で、厚生省の専門家会議がまとめた「基準(案)」がいくつかの条項でヘルシンキ宣言の基準を下回っていることを指摘した。その一つがインフォームド・コンセントの取り方で、ヘルシンキ宣言が「被験者の承諾を、なるべく書面で得るべきである」としているのに、「基準(案)」は「文書または口頭により、…………同意を得るものとする」と、文書同意と口頭同意を対等に扱ったことを日弁連は批判した。しかし、この指摘は旧GCPには採り入れられず、文書同意が義務づけられたのは、省令GCPになってからだった。このほか、「治験を実施しようとする医療機関の長」が設置する治験審査委員会のあり方についても、日弁連は「日本の医学研究社会が閉鎖的なたて社会であることから、本来、公的審査機構が検討されるべきではないか」と提言していた。

拡大105日間の医薬品製造業務停止処分を受けた日本商事の岡山製薬工場の扉に封かん紙を張り付ける岡山県職員たち=1994年9月5日午前8時40分、岡山県勝田郡勝央町で
 治験のデータ捏造という不祥事が起点となってできたGCPが省令に格上げされるきっかけは、薬害だった。1993年9月に発売された帯状疱疹治療薬ソリブジンと抗がん剤の併用による副作用報告が発売後1カ月の間に相次ぎ、製品が出荷停止、回収された。計23例の副作用が報告され、患者16人が死亡。翌1994年6月になって、ソリブジンの開発段階で行われた治験で3人の被験者が死亡していたのに、そのうち2人については、死亡の事実が承認申請の際に国に報告されていなかったことが判明した。このため、ソリブジンの製造元で当時大阪市にあった日本商事は厚生省から薬事法違反を認定され、105日間の医薬品製造業務停止処分を受けた。さらに、1996年に国家賠償請求訴訟の和解が成立(提訴は1989年)した、血液製剤によるHIV感染問題(いわゆる「薬害エイズ」)でも、製薬企業と治験を引き受ける医師の金銭的な結びつきが問題になった。これらの薬害事件に加え、医薬品の承認申請に関する基準について欧米と同一歩調をとる必要に迫られた結果、薬事法(現・医薬品医療機器法)が改正された。改正法が1997年4月に施行される時、GCPが法律に基づく厚生省令として位置付けられ、強制力を持つことになった。
 

 出河 省令GCPの施行によって、治験に参加する被験者への説明と同意取得は文書によることが義務づけられます。それまで、安全性、有効性がまだ確認されていない治験薬であることをきちんと説明せず、「ちょっと新しい薬があるけど試してみる?」という程度の説明で患者を被験者にするようなことが横行していた医療現場は当初、新しいルールの導入に右往左往していました。省令GCP施行から1年後に朝日新聞が大学病院や国公立病院300施設を対象にアンケートを実施しましたが、回答した170病院の約半数の79病院が「同意する患者が文書同意の導入で減った」と答え、治験の受託件数についても133病院が「減った」と回答しました。日本全体でも一時、治験の実施件数が法改正前の半分程度に減り、「治験の空洞化」が懸念された時期もありましたが、その後GCPは完全に定着して治験の実施件数も回復し、こと治験に関しては信頼性が高まったと言えるでしょう。

 薬害事件以外にも、臨床試験に関する二つの重要な裁判があった。一つは、旧GCPができる前の1988年に愛知県がんセンターで行われた、卵巣がん患者対象の治験をめぐる裁判である。治験薬を投与され、死亡した女性患者が新薬の治験であるとの説明を受けていなかったことが、女性の死亡から4年後の1992年に朝日新聞の報道で発覚し、その後、遺族が愛知県と主治医に対する損害賠償請求訴訟を起こした。名古屋地裁は2000年3月、主治医がインフォームド・コンセントを得る原則に違反していたことと、治験のプロトコール(実施計画書)に記載された投与方法を守っていなかったことを不法行為と認定し、損害賠償を命じた。被告側は控訴せず、一審判決が確定した。
 もう一つは、金沢大学医学部附属病院(2008年から金沢大学附属病院)が卵巣がん患者を対象に実施した臨床試験をめぐる裁判である。この臨床試験は新薬の治験ではなく、承認済みの抗がん剤を用いた二つの治療法の効果などを比べる目的で行われたが、臨床試験であることを説明されないまま被験者にされた女性の死後、遺族が「自己決定権が侵害された」ことなどを理由に、国に損害賠償を求める訴訟を起こした。金沢地裁は2003年2月、「患者の治療以外の目的が医師にあって、それが治療方法の具体的内容の決定に影響を与え得る場合、医師は患者に説明し、同意を得る義務がある」として、患者の自己決定権侵害を認めて国に賠償を命じる判決を出した。この裁判は高裁で賠償額が減額され、最高裁まで争われた結果、「説明義務違反があった」との高裁判決が確定した。
 

 出河 金沢大学病院での臨床試験をめぐる裁判の一審判決が出た5カ月後の2003年7月、厚生労働省告示として「臨床研究に関する倫理指針」が出されます。2005年4月の個人情報保護法の全面施行に合わせて2004年12月に改訂された指針をみると、前文に「この指針は、世界医師会によるヘルシンキ宣言に示された倫理規範や我が国の個人情報の保護に係る議論等を踏まえ、…………臨床研究の実施に当たり、研究者等が遵守すべき事項を定めたものである」と書かれ、本文には研究者や臨床研究機関の長の責務、倫理審査委員会、インフォームド・コンセントなどに関する事項が盛り込まれています。この指針の遵守は厚生労働省の科学研究費補助金の交付条件にはなりますが、法律に基づいたものではなく、違反者への罰則規定もありません。
 また、指針上の臨床研究の定義は「医療における疾病の予防方法、診断方法及び治療方法の改善、疾病原因及び病態の理解並びに患者の生活の質の向上を目的として実施される医学系研究であって、人を対象とするもの」と臨床研究全般を対象にしているようにも読めますが、「他の法令及び指針の適用範囲に含まれる研究」は対象外とされています。1997年施行の「医

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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