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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

高難度手術を医師の裁量に委ね、繰り返される医療事故

生命倫理研究者・橳島次郎氏との対談(4)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究では、研究に参加する被験者の人権の保護とデータの信頼性確保が欠かせない。日本では過去、被験者への説明なしの試験薬投与や倫理審査委員会の機能不全など、臨床研究をめぐるさまざまな問題が表面化したが、根本的な対策がとられてこなかった。その結果、高血圧症治療薬ディオバンの臨床研究不正が2013年に明るみに出て、日本の臨床研究のずさんさが国内外に広く印象づけられた。臨床研究の不祥事が絶えないのはなぜか――。この連載ではその背景をさぐる。第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して問題の核心に迫る。その第4回では、新しく開発された、難度の高い手術法の安全管理や、事故を繰り返したり医の倫理にもとるような行為をしたりしている医師を淘汰するために必要な仕組みについて考える。

拡大記者会見で頭を下げる群馬大学医学部附属病院の関係者=2014年11月14日午前10時31分、群馬県庁、井上怜撮影
 出河 臨床研究と言えば、新しい薬物や医療機器の治験、承認済みの医薬品の効果を比較する臨床試験などを思い浮かべますが、安全性、有効性が確立していない新しい手術法を患者に対して用いるような場合も、倫理審査を行うなど、同じように厳格な管理が必要となります。今回成立した臨床研究法は手術手技を規制対象としていませんが、ディオバンの臨床研究不正を受け、厚生労働省の「臨床研究に係る制度の在り方に関する検討会」が臨床研究に対する法規制を求める報告書をまとめる直前の2014年11月、群馬大学医学部附属病院で行われた腹腔鏡下肝切除術で患者8人が死亡していたことが明るみに出ました。8人の死亡事例はいずれも、公的医療保険のきかない保険適用外の術式で行われたものでしたが、院内での倫理審査は行われておらず、患者にも保険適用外であることは説明されていませんでした。医療保険の対象になっていないということは、一般的に、まだ安全性や有効性が確立しておらず、広く普及もしていない技術ということを意味します。
 しかし、厚生労働省は手術手技を臨床研究法案の規制対象とはしませんでした。その理由について、塩崎恭久厚労相(当時)は2016年5月25日の衆議院厚生労働委員会で「医薬品のように大量生産で一度に多くの患者に影響を与えてしまうといったようなものではなくて、個別性がこの手術・手技については大きいというのが一つ、それから、EU、米国でも原則として規制をしていないという事実、さらに、三番目には、通常の医療との境目がわかりにくく、手術・手技の臨床研究だけを規制するとバランスを失するのではないかという見方があるということ、こんなことから、本法案においては規制対象とはしなかったところでございます」と答弁しています。
 ただ、この群馬大学病院の医療事故が明るみに出たことによって、手術手技も法案の対象に加えるべきではないかという意見が与党から出された結果、検討課題として、附則に「政府は、この法律の施行後二年以内に、先端的な科学技術を用いる医療行為その他の必ずしも十分な科学的知見が得られていない医療行為についてその有効性及び安全性を検証するための措置について検討を加え、その結果に基づき、法制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする」という条文が加えられました。塩崎厚労相は国会審議で「必要な措置を検討していかなければならない」と述べています。

 橳島 手術手技を臨床研究の対象にしない理由として、「医薬品のように大量生産で一度に多くの患者に影響を与えてしまうといったようなものではなく、個別性が大きい」という理屈は、まったくナンセンスですね。リスクを与える影響が多いか少ないか、個別性が大きいか否かとは関係がなく、有効性や安全性が確かめられていない医療技術を人で試す行為はそれ自体が潜在的な人権侵害であり、厳格な管理が必要である、という医学倫理の根本に立ち返らなければ、いつまでたっても医療事故が繰り返されると思います。そういう根本理念に基づいて、臨床研究の対象者を保護することを目的にした立法でなければ、同じような事件の再発は、本当には防げないと思いますね。

 出河 有効性や安全性が十分に確かめられていない手術、難度の高い手術を安全に行うには何が必要でしょうか。

 橳島 群馬大学病院の事故では、医師たちが第三者による審査を受ける必要性を認識できていなかったといわれています。医学倫理の根本をわきまえず、自分たちの裁量でできる範囲だと思い込んで実施した結果、起きた事故だと思います。医療が高度化していく中、医師の裁量の範囲はどこまでなのかについて、もう一度見直さなければなりません。難度の高い手術の実施は臨床研究に準ずるものであるとの位置付けを法的に明確にする必要があるでしょう。

拡大腹腔鏡下前立腺摘出手術で患者を死亡させ、業務上過失致死容疑で医師3人が逮捕された事件で、東京慈恵会医科大学附属青戸病院(現・同大学葛飾医療センター)から押収物を運び出す捜査員=2003年9月25日午前11時25分、東京都葛飾区青戸6丁目
 出河 群馬大学病院の医療事故が明るみに出たとき、真っ先に思い出したのが、東京慈恵会医科大学附属青戸病院(現・同大学葛飾医療センター)で起きた腹腔鏡手術事故です。この事故は、同病院で2002年に腹腔鏡を用いた前立腺がんの摘出手術を受けた患者が死亡したもので、手術を行った3人の泌尿器科医が業務上過失致死罪に問われ、有罪判決が確定しました。3人の医師は腹腔鏡下前立腺摘出術の執刀経験がなく、いざとなれば開腹手術に切り替えればよいという考えで手術に臨み、止血管理に失敗して患者を死亡させました。当時、この手術法には公的医療保険が適用されておらず(適用は2006年)、厚生労働省が一定の要件を満たした医療機関に限って公的医療保険との併用を認める高度先進医療(現・先進医療、保険適用外の医療技術の実施に伴う診察・検査・入院費用などには保険を適用し、保険診療と保険外診療の併用を例外的に認める制度)の対象技術でした。青戸病院は高度先進医療が認められる医療機関ではなく、保険適用外の手術であることや医師たちに執刀経験がないことは事前に患者、家族に説明されておらず、院内での倫理審査にもかけられていませんでした。
 3人の医師が警視庁に逮捕され、社会的に大きな注目を浴びた後、東京慈恵会医科大学は9人の委員全員を大学外から選んだ医療安全管理外部委員会を設置し、事故を検証しました。その委員会が2004年4月にまとめた報告書は事故の発生要因として8項目を挙げていますが、その中には、学内手続きの誤り▽カンファレンスの不十分な機能▽術者の経験不足▽説明と同意の手続きの不備――などが含まれています。具体的には、「本手術に当たって当然取られるべき手続きを進めていれば、執刀者としての経験がない手術チームで本術式を行う計画が実施されてしまうことが防がれた可能性がある」「実験的意味合いの強い手術は、本院を含めた全学的なカンファレンスでの検討を経るなどの慎重な取り扱いが必要である。カンファレンスが本来の機能を発揮していたら、今回のような手術チームのみで本術式を実施することにはならなかったと思われる」「患者が本手術の危険性について判断し、本手術を受けることを決定するために必要とされる重要事項(病院で初症例、技術的に難度の高い手術、執刀医に執刀経験がないことなど)を医師は患者に対して説明していなかったと思われる。患者に対する説明と同意の手続きが適正に行われていた場合には、患者・家族が本術式を選択しなかった可能性が十分あると考えられる」といった指摘がなされました。
 さきほど、群馬大学病院の医療事故について「自分たちの裁量でできる範囲だと思い込んで実施した結果、起きた事故」と言われましたが、青戸病院事件で被告となった医師たちの弁護側は裁判で、「通常の医療過誤事件であり、手術の実施自体を強く非難するのは酷である」と主張しました。その理由として挙げたのは、①公的医療保険が適用されない手術法ではあったが、ある程度の規模の病院で広く実施されていた、②合併症が起きたり長時間手術になったりした場合には開腹手術に移行して安全に手術を終えることができると考えられていた――ことなどでした。しかし、有罪判決を言い渡した東京地裁は次のように述べて、3人の責任を強く指弾しました。

 あらゆる専門家と同様、医師の裁量もまた無限定に医師の行為を聖域化するものではなく、自らの技術を顧みずに何を行ってもよいわけではないことは明らかである。被告人3名は、自分たちの客観的な技術水準を把握することなく本件手術に臨んでおり、かかる行為が医師の専門的裁量の範囲外にあることは明白であり、そのような行為を行った者が、医師の専門性の名の下に免責を主張し、医学上の常識などという言葉を多用して責任を免れようとすること自体が、本来の意味での医師の専門的裁量性を脅かし、医師の専門性に対する国民の信頼を深く傷つけるものであることを被告人らは真摯に認識すべきである。

 橳島 当然の指摘だと思います。結局、研究と医療を区別する必要性、つまり何度も繰り返している医学倫理の根本が理解できていないから、「倫理審査など受けなくてもいいじゃないか」という考えで、執刀経験がない医師たちだけで

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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