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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

「科学的な裏付けのない臨床試験で人権無視、患者死亡」賠償請求増額の経緯

愛知県がんセンター「治験プロトコールに違反した抗がん剤投与」(2)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。第1弾として取り上げるのは、安全性と有効性が確認されていない新規抗がん剤の臨床試験(治験)で、説明を受けないまま被験者にされ、副作用に苦しんだ末に45歳で亡くなった女性の遺族が損害賠償を求めた「愛知県がんセンター抗がん剤治験訴訟」。その第2回では、提訴後に判明した主治医の治験実施計画書(プロトコール)違反の内容を詳しくみることにする。

拡大患者への説明なしに医師が治験薬を投与した愛知県がんセンター=1994年8月撮影
 愛知県がんセンターで主治医(以下、O医師と言う)からの説明がないまま新薬の治験の被験者にされた卵巣がん患者の女性(以下、Y子さんと言う)はどのような経過をたどって亡くなったのか。

 Y子さんが名古屋市内の病院で子宮筋腫と診断されたのは1988年4月19日のことだった。同月28日にその切除手術を受けた際、卵巣に悪性腫瘍が見つかったため、左右の卵巣と子宮の全摘手術が行われた。術後、同病院の医師から愛知県がんセンターの婦人科を紹介されたY子さんは5月16日に同センターを受診し、婦人科部長のO医師の診察を受けた。Y子さんは5月20日に同センターに入院し、その4日後の24日を皮切りに、計6クールの抗がん剤投与を受け、9月23日に死亡した。

 のちに名古屋地裁が認定する抗がん剤の投与経過は以下の通りである。投与量はY子さんに実際に投与された量である。254Sの投与は、第1クールでは単独、第2クールと第3クールは承認済みの他の抗がん剤との併用、第4クールと第5クールでは単独、最後の第6クールでは再び他の抗がん剤との併用だった。254Sの投与は計11回で、累積投与量は1105ミリグラムにのぼる。

クール 投与日薬剤名と投与量
第1クール(単剤)  5月24日 254S=140ミリグラム…①
第2クール(併用)  6月 7日 254S=140ミリグラム…②
  6月 8日 254S=75ミリグラム……③
    ブレオマイシン=15ミリグラム
  6月 9日 ビンブラスチン=4ミリグラム
  6月11日 ビンブラスチン=4ミリグラム
第3クール(併用)  6月27日 254S=75ミリグラム……④
    ブレオマイシン=15ミリグラム
  6月28日 ビンブラスチン=4ミリグラム
  6月29日 254S=75ミリグラム……⑤
  6月30日 ビンブラスチン=4ミリグラム
  7月 1日 254S=75ミリグラム……⑥
第4クール(単剤)  7月21日 254S=150ミリグラム…⑦
第5クール(単剤)  8月11日 254S=150ミリグラム…⑧
第6クール(併用)  9月 6 日 254S=75ミリグラム…⑨
    ブレオマイシン=15ミリグラム
  9月 7日 ビンブラスチン=4ミリグラム
  9月 8日 254S=75ミリグラム…⑩
  9月 9日 ビンブラスチン=4ミリグラム
  9月10日 254S=75ミリグラム…⑪


 こうした抗がん剤の投与によって、Y子さんの体には大きな変化が現れる。

拡大「強い骨髄抑制作用」があることが警告欄に記載されているアクプラ(治験薬254Sの承認後の商品名)の添付文書
 254Sは、安全性を確かめる第Ⅰ相試験の結果、血液を造る骨髄の機能を抑制し、特に血小板を減少させることがわかっていた。Y子さんのカルテの記載によれば、血小板数は、最初に254Sが投与された1988年5月24日の前日には、45万3千(血液1立方ミリメートル当たり。以下、同様)あった。それが、投与から2週間ほど経過した頃には、約4割の19万1千まで減少した。そこへ、6月7日、8日と連続して254Sが投与された結果、投与から約10日後には6万4千となった。さらに、6月27日、29日、7月1日と、1日おきに3回投与されたことで、7月14日には血小板数が3千にまで激減した。

 その後、濃厚血小板7単位が輸血されたが、7月21日に行われた7回目の254S投与の影響で、8月4日には3万2千となった。その1週間後の8月11日に8回目の投与が行われ、12日後の8月23日の血小板数は8千となった。

 8月24日と30日にそれぞれ濃厚血小板10単位が輸血され、9月1日の血小板数は5万1千となるが、以後の検査ではいずれも2万を切った。しかし、それ以降、血小板の輸血は行われず、9月16日に新鮮血2単位、翌17日に同じく新鮮血4単位が輸血されただけだった。

 血小板は血液の止血に重要な役割を果たす成分だ。その減少はただちに出血傾向をもたらす。Y子さんの体に現れた症状は看護日誌に次のように記録されていた。 

7月14日 「胸部打ったところやや腫脹が見られる」「採血部位皮下出血」
8月15日 「硬便にて出血、出血に注意」
8月19日 「坐薬挿入時出血、打撲しないように話す」
8月22日 「下肢をさすりながら、点状の出血斑をながめている。いつから出てきたのかわからない。化療後の血液状態も丁度悪化時期にさしかかろうとしている」
9月17日 「水様便が中等量、血液のようなものがほんの少し混じっていた」
9月18日 「こげ茶の粘血便多量に排泄あり」「こげ茶粘血便排泄あり」「紙オムツを裏返すと血液が浸透している」「排便8回で粘血便」
9月19日 「午前中に比べ、粘血便の量が増量しており、色調も最初は茶色~暗赤色だったものが、より血性に近くなっているようである」「消化管からの出血」


 前述したように、第Ⅰ相試験の結果、254Sには骨髄機能を抑制するはたらきがあり、特に、止血成分である血小板を減少させる副作用があることがわかっていた。そのため、第Ⅱ相試験では、骨髄毒性を考慮して、1回当たりの投与量や投与間隔などがプロトコールで細かく規定されていた。具体的には、「100mg/㎡を1回量として、4週間の間隔で投与する。4週間経過後に血小板数が10万以上に達していない場合には、更に2週間経過後にこの条件を充足することを確認した上で投与する。そして、投与から6週間経過しても10万に回復していない症例では、5万以上であれば減量して投与する。5万以下であれば投与を中止する」旨が記されていた。O医師が、こうしたプロトコールの規定を無視して254Sを使用したことは、投与経過とカルテ記載の血小板数の推移に照らせば一目瞭然だが、O医師は

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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