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深掘り

タックスヘイブン「パラダイス文書」取材記者手記

7つの報道機関、記者20人の多国籍チームによるアポなし取材の成否は

吉田 美智子(よしだ・みちこ)

 2017年5月、激動の欧州の現場から、突然の帰国命令を受けて、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のパラダイス文書取材班に放り込まれた。北アメリカ大陸の東の大西洋にある英領バミューダ諸島やカリブ海の同ケイマン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立された法人や組合に関する1340万件、1.4テラバイトに上る電子ファイル群「パラダイス文書」は、その前年に世界に衝撃を与えた「パナマ文書」と同様、南ドイツ新聞(独ミュンヘン)が入手し、ICIJがデータベース化し、朝日新聞など世界各国の報道機関が共有して、分析と取材に取り組んでいた。それに参画することになったのだ。私が2017年10月に、大西洋のバミューダ諸島入りした最大の目的は、パラダイス文書の流出元の法律事務所「アップルビー」に直接取材するためだった。(年齢、肩書はいずれも当時)

 ■暗号化メールで事前に調整

拡大記者たちの打ち合わせ=2017年10月9日夜、バミューダ諸島ハミルトン、野上英文記者撮影
 パラダイス文書には、千を超える日本企業や個人の名前がある。地球の反対側の島と日本の人や企業がこれほどにつながっている理由は何なのか。アップルビーに直接疑問を問いただしたいという思いが募った。所得税や法人税がない「タックスヘイブン(租税回避地)」と呼ばれる島にも興味があった。

 9月半ばごろ、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の情報交換サイト「グローバル アイハブ」を通じて、ICIJの記者、ウィル・フィッツギボン(31)が、アップルビーへの直接取材の同行を世界各国の記者に呼びかけた。日本企業の中には、バミューダに拠点を構える会社もある。私は、タックスヘイブンにかかわる取材の経験が長い編集委員の奥山俊宏記者と相談し、取材に加わることに決めた。取材班には、調査報道で知られる米新興メディアVICE(バイス)、オーストラリアの公共放送ABC、日本のNHKの記者やカメラマンら七つのメディアの総勢20人が参加することになった。アップルビーへのアポなし訪問の決行日は10月10日に決まり、バミューダ入りする記者たちは、暗号化されたメールを使って、取材の日程などを打ち合わせた。

 そのうち、一部のメディアが、バミューダの元閣僚らにコンタクトをとっていることが分かった。記者としては、現地での「撮れ高」が重要だし、事前準備に気がはやるのもよく分かる。一方で、私たちの行動が当局に事前に漏れれば、入域を拒否される可能性もないとは言い切れない。フィッツギボンは、現地の人とそれ以上の接触を控えることや、すでにアポイントのとれたインタビューは各社で共有することなどを提案した。

 ■かけ声は「ジェントル(穏やか)」

 10月8日夜遅く、私はバミューダに到着した。アップルビーへの直接取材は翌々日に迫っていた。

 同じころ、フィッツギボンが滞在するホテルの部屋では、取材に参加する記者たちの最初の打ち合わせが開かれているはずだった。

 ICIJは9月以降、アップルビーにパラダイス文書に関する質問状を3回送り、取材を申し入れたが、アップルビーからは具体的な回答は得られていなかった。ICIJを代表して、アップルビーに質問状を送ったのは、フィッツギボンだった。朝日新聞からは、日中に到着した野上英文記者が打ち合わせに参加した。あとで、野上記者から全員が無事に入域し、参加できたと聞き、胸をなでおろした。パナマ文書の報道前の取材で、パナマへの入国を拒否されたメディアがあったと聞いていたためだ。

 翌9日午後8時、もう一度、同じ部屋で打ち合わせが行われた。フィッツギボンのホテルは、街のはずれの小さなゲストハウスだった。部屋の入り口の前には、ABCのクルーがいた。リポーターのマリアン・ウィルキンソンらに軽く自己紹介した。 薄暗い室内では、笑顔のフィッツギボンが迎えてくれた。

 「君がみちこか。会えてうれしいよ」

 フィッツギボンが右手を差し出す。

 「私もよ、ウィル」と答えて、握手をした。

 フィッツギボンとは、暗号メールを使ったやりとりだけで、会うのは初めてだ。なのに、もう「同志」のような気がする。部屋の中には、ほぼ全員がそろっていた。みんなその日の取材の成果などを話している。

 少しすると、VICEのプロデューサー、エリック・ウェインリブが、ペンと紙を手に私に近寄ってきた。何か言っているが、早口でよく聞き取れない。文書を読むと、私の映像を放映する許諾が欲しいということのようだ。全員にサインを求めているらしい。肖像権に関わるからだろうが、訴訟社会で知られる米国のメディアの慎重なやり方に驚いた。

 私はこの日、長旅の疲れもとれないまま、町なかを歩きまわり、疲れ切っていた。シャワーを浴びたあとで、化粧もしていない。少し躊躇したが、ウェインリブのやや威圧的な口調に負けて、サインした。

 司会役のフィッツギボンが端の椅子に腰掛けると、ウェインリブは私に隣に座るよう促した。記者やリポーター約10人が半円になり、それを各社のカメラが取り囲んだ。地理的に近いせいか、米国のメディアが多いが、デンマークのテレビ局もいた。

 フィッツギボンは、取材当日の待ち合わせ場所に予定していたカフェが、閉まっていたと報告した。前夜の打ち合わせでグーグルマップを見ながら決めたらしい。

 「現場に足を運んだのか。すぐれたジャーナリストだ」

 誰かがちゃかして言うと、どっと笑いが起きた。

 フィッツギボンは、待ち合わせ場所に別のカフェを提案した。その後、私たちは、誰がどのように取材を申し入れるのか▽テレビカメラはどの段階でアップルビーの建物内に入るのか▽カメラなしのインタビューなら応じると言われた場合、どうするのか――などを入念に話し合った。

 私たちが一番恐れたのは、一般の人たちに迷惑をかけたり、誰かが拘束されたりするような事態だ。「ジェントル(穏やか)であろう」がかけ声になった。

 一方で、取材手法やその許容される範囲は、国や媒体によって違う。

 打ち合わせの最後に、あるテレビ局のスタッフが、隠しカメラを内蔵した眼鏡を取り出した。アップルビーが、テレビカメラなしのインタビューを受けると答えた場合、代表者のフィッツギボンにその眼鏡をつけてもらえないかと提案したのだ。

 だが、別のテレビ局のベテラン記者が「彼らは違法行為に手を染めた犯罪組織ではなく、まっとうな法律事務所だ。しかも、私たちは正面から取材を申し込んでいる。隠しカメラはふさわしくないと思う」と意見を述べた。

 フィッツギボンが「映像メディアのことはよく分からないけど、僕もそう思う。みちこはどうかな」と言って、こちらをみた。

 「私もそう思う」と答えた。ほかの人たちもうなずき、提案は却下された。

 打ち合わせが終わり、腕時計をみると、午後10時をまわっていた。

 ■アップルビーを直撃

 翌10日午前10時半、私たちはアップルビーの近くのカフェに集まった。緊張のせいか、前夜はよく眠れなかった。南国らしい太陽がまぶしい。最後の打ち合わせをすませて、私たちは午前11時到着をめざし、徒歩でアップルビーに向かった。

拡大法律事務所「アップルビー」の建物=2017年10月10日、バミューダ諸島ハミルトン、野上英文記者撮影
 アップルビーは街の目抜き通りにあった。ガラス張り4階建ての建物で、繁華街でもひときわ目を引く。隣は司法省、斜め向かいには金融庁もある。

 午前10時53分、フィッツギボンと一番のベテランである米テレビ局「ユニビジョン」上級編集者のデイビッド・アダムス(56)がアップルビーの正面玄関のドアを開けた。各社の記者とカメラクルーもそれに続いたが、ABCのクルーだけは、玄関から少し離れたところで私たちを見守った。オーストラリアの法律では、たとえ玄関先といえども、取材相手の許可なく、敷地内に入ることはできないとのことだった。

 アダムスが、受付の女性にメディア担当の対応を依頼した。女性は「もちろん。でも、カメラでとらないで」と言いながら、私たちに受付の横の応接ソファに座るよう促した。心なしか、みな緊張しているようにみえる。ここで、ABCのクルーも玄関から入ってきた。ウィルキンソンは「これで、相手が許可したことになるから」と話した。

 しばらくして現れたのは、施設責任者の男性だった。アダムスが流出文書に関する取材であることや質問状を送付したことを説明した。

 アダムスが男性に「可能なら、誰か手の空いた人と座って話がしたい」と言うと、男性は「分かった」と言って、エレベーターで上階にあがった。私たちはまたソファの周辺に戻り、雑談をして過ごした。その間も、フィッツギボンとアダムスは一人だけ取材が許された時には、どちらが行くのかを相談していた。

 30分後、戻ってきた男性の回答は「対応できる人がいない」というものだった。アダムスは担当者から連絡をもらえるよう男性に頼み、受付の女性にお礼を言った。

拡大法律事務所「アップルビー」への直接取材。右端の男性がアップルビーの施設責任者、右から2人目は筆者=2017年10月10日、バミューダ諸島ハミルトン、野上英文記者撮影

 私たちは一斉に外に出た。今回の取材の収穫は「ゼロ」。それでも、真っ青な空の下に出た時には、みんなが「無事にやるべきことを果たせた」という達成感と安堵感を共有していた。こういった報道では、相手への直接取材はとても重要だとされている。相手の「取材がなく、反論や説明ができなかった」という抗弁を封じるだけでなく、提訴された場合に、取材の努力をどこまで尽くしたのかが、法廷では重視されるためだ。

 アダムスは「ともかく訪問を実現した。真のジャーナリズムの結びつきに参加できたことを光栄に思う」と話した。

 「かなり緊張したよ」――。フィッツギボンも、私の前で初めて本音を口にした。直接取材の前は「私たちは一年もかけて文書を分析した。アップルビーには、聞きたいことがたくさんある」と意気込み、私には「日本チームはどういったネタを追っているのか」など質問していた。

 そのとき、私はようやく、あのとき、フィッツギボンは緊張をまぎらわせようとして、饒舌になっていたのだと気づいた。私が「(入る前は)そんなこと言っていなかったじゃない」と少しからかうように聞くと、「だって、言えないよ」と笑った。

 同時に、異例の国際的な取材チームの調整役という大役を果たしたフィッツギボンは「言葉も、文化も、法制度も違う国で活動するジャーナリストの意見を調整し、まとめるのは大変だった」と振り返り、「今日は新たな一歩」と喜んだ。

 11月6日にパラダイス文書の報道が始まった後、朝日新聞デジタルに掲載されたルポ「疑惑の島」英語版をみたフィッツギボンから「おめでとう。いい仕事だったね」とメールがきた。

 私は「あなたのおかげよ。本当にありがとう」と返信した。

 ■アップルビーは抗議声明を発表

 アップルビーは、私たちの直接取材から半月後の10月24日以降、「我々が不正行為をしたという証拠は何もない。いかなる疑惑にも反論するし、当局の適切な調査には全面的に協力する」「違法なハッキングで文書が流出したと考えられる」などと主張する声明を相次いで出した。

 また、バミューダのデイビッド・バート首相は、11月6日のパラダイス文書の報道を受けた記者会見で「バミューダの名声が落ちることはない」「バミューダで税金を免れることはできない。バミューダの透明性は高い」と自国を擁護した。

 さらに、アップルビーは12月、文書は犯罪行為によって流出したとして、ICIJのパートナーの英BBC放送と英紙ガーディアンを相手取って、アップルビーへの文書の開示や損害賠償を求めて提訴した。アップルビーは「どのような資料が流出したのか、顧客と同僚に説明するためだ」と主張した。BBCとガーディアンは「報道には高い公益性がある」として、全面的に争う姿勢をみせた。しかし、翌年の5月、2社とアップルビーは和解した。「公益性のあるジャーナリズムを続けるための品位や能力を害することなく、ガーディアンとBBCは、どんな資料がジャーナリズムを支えるために使用されたかということを説明することによって、アップルビーに協力してきた」との3者共同の声明がアップルビーのウェブサイトに掲載された。

 アップルビーも報道の公益性は認めざるをえなかったということだろう。

 ■協働取材はつづく

 私はいま、パラダイス文書に出てくる日本企業の取材で、オランダの新聞社と協力しながら情報収集をしている。

 オランダには資本参加免税という制度があり、外国子会社の配当や株式譲渡益が非課税とされる。そのため、多くの日本企業がオランダに中間持株会社を保有する。オランダに会社を設立し、そこから、ロシアや中東、東南アジアなどほかの国で事業を展開する会社に投資することが多い。

 オランダの新聞社の記者に、ある日本企業のオランダの子会社の登記情報や年次報告の送付をお願いした。3時間後には「みちこ、これでいいかな。他にも必要なものがあったら、言ってね」と書いたメールと資料が送られてきた。

 オランダ政府は11月のパラダイス文書の報道開始後、同国が多国籍企業に与えている税制上の優遇措置について、見直しをすすめている。日本企業とはいえ、私たちの取材は、オランダの記者も関心があるようで、「私たちも記事にするかもしれないから内容を教えてね」とも書いてあった。

 オランダの登記情報や企業情報なんて、オランダ語ができなければ、どういう手続きで入手できるのかも分からない。日本語とオランダ語という言葉の壁もあり、私たちだけでは情報収集に限界があるが、現地に精通したパートナーがいれば、取材の可能性は限りなく広がる。直接、現地の事務所に取材してもらうこともできる。

 グローバル社会に生きる私たちジャーナリストの協働作業の試みは、まだ続いている。(つづく)

吉田 美智子(よしだ・みちこ)

 朝日新聞東京本社編集局記者(企画報道チーム)。
 1974年、山口県生まれ。96年、西南学院大学法学部卒業、99年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、朝日新聞社入社。鳥取支局、神戸総局、大阪本社社会部検察担当、国際報道部、ブリュッセル支局などをへて、2017年5月から2018年3月まで特別報道部。学生時代にフランス、入社後、ドイツに各1年間、留学した。
 共著に「プーチンの実像 証言で暴く『皇帝』の素顔」(朝日新聞出版)、「ルポタックスヘイブン 秘密文書が暴く、税逃れのリアル」(朝日新書)。

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