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深掘り

タックスヘイブン「パラダイス文書」取材記者手記

タックスヘイブン内部の構造問題「金融の呪い」とは

吉田 美智子(よしだ・みちこ)

 2017年5月、激動の欧州の現場から、突然の帰国命令を受けて、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のパラダイス文書取材班に放り込まれた。北アメリカ大陸の東の大西洋にある英領バミューダ諸島やカリブ海の同ケイマン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立された法人や組合に関する1340万件、1.4テラバイトに上る電子ファイル群「パラダイス文書」は、その前年に世界に衝撃を与えた「パナマ文書」と同様、南ドイツ新聞(独ミュンヘン)が入手し、ICIJがデータベース化し、朝日新聞など世界各国の報道機関が共有して、分析と取材に取り組んでいた。それに参画することになったのだ。バミューダ諸島で、現地の人や企業の日本人駐在員に話を聞くうち、タックスヘイブンが抱える構造的な「闇」に気づいた。(年齢、肩書は取材当時)

 ■世界一の物価高

拡大バミューダ諸島にはたくさんの小さな湾があり、無数のヨットが浮かんでいる=2017年10月9日、吉田美智子撮影
 三井住友海上火災保険の子会社「MSアムリン」バミューダ支店は、MUFGファンドサービスがある一角からは1キロほど離れた海沿いにあった。全面ガラス張りの近代的な8階建てビルは、遠くからでも目立つ。

 上層階にあるMSアムリンの受付からは、ハミルトンの港を一望できた。夕暮れ時で、オレンジ色とコバルトブルーのグラデュエーションの海に無数の白いヨットが浮かんで、美しい。

 私は受付の女性に日本人駐在員に会わせてもらえるよう頼んだ。女性は色が浅黒く、ふくよかで、カラフルなワンピース姿。女性は電話をかけた後、「少し時間がかかるみたい。あそこに飲み物のコーナーがあるから、自由に飲んでね」「トイレはここにあるからね」などと色々と気遣ってくれた。

 私は海の方を指しながら、ふと、女性に聞いてみた。

 「ねえ、あなたもあんな白いヨット持っているの?」

 女性は顔の前で手を左右に振りながら、大笑いした。

 「持っているわけないじゃない。あれは、お金持ちのものよ」

 私が「バミューダは物価が高いし、普通の人はどうやって生活しているのか不思議に思っていた」と説明すると、女性は「私みたいな人は、みんな仕事を二つ、三つ掛け持ちして、やっと生活しているのが現実よ」と答えた。

 もやもやしていた疑問がすっと解けた。

 そこで、滝田圭介・再保険マネージャー(35)が現れ、会議室に通された。

 滝田さんにも、バミューダの暮らしについて尋ねてみた。

 滝田さんは「バミューダのスーパーで普通に買い物するだけで、100㌦(1万1千円)ぐらいかかります。物価は世界で一番高いそうですし、庶民の暮らしは厳しいでしょう」と話した。

 ただ、滝田さんは「バミューダのようなところは、タックスヘイブンを利用した再保険や金融ビジネスがなくなれば、完全にただの辺鄙な田舎の島になってしまうでしょう。そうなれば、経済はもっと厳しくなるのではないでしょうか」とも指摘した。

 英国の移住情報サイト「ムーブハブ」が2月に公表した調査では、バミューダの生活費は、スイスやアイスランド、ニューヨークなどをしのいで、世界最高だった。ハミルトンの物価は、マクドナルドのハンバーガーセット11ドル(1210円)▽パン1斤(500グラム)6ドル(660円)など、かなり高い。

 ほとんどの生活必需品を輸入に頼るため、輸送費だけでなく、25%の関税がかかる。それらがさらに物価を押し上げる。

 ■仕事をかけもち

拡大バミューダ諸島のカラフルな家々=2017年10月9日、吉田美智子撮影
 ゲストハウスの前にとまっていたタクシーの運転手に声をかけた。大柄な黒人の女性だ。

 「日本人ジャーナリストです。バミューダの取材をしていて、バミューダの人は仕事をかけもちしているって聞きました。本当でしょうか」

 カブレットさん(57)は、日中は英金融大手HSBCで働いて、朝晩はタクシー運転手、週末はホテルで清掃の仕事をしていると説明した。

 私が「ここはタックスヘイブンでしょう?そのメリットはないの?」と尋ねると、カブレットさんは「そんなの私たちには全く関係ない。メリットなんて感じたことはない」と断言する。

 カブレットさんの一人息子は独立し、いまは東欧のチェコに住んでいる。夫と父親(87)の3人暮らしだが、「父の年金は月額500㌦(5万5千円)とわずかだし、とても生活していけない。この国では、子どもができたとたんに破産よ。ヨットを買うなんてとんでもない」

 別のタクシー運転手、黒人のフィルさん(55)にも話を聞いた。

 フィルさんは2年ほど前に、ハミルトンの投資銀行を解雇された。長引く不況のせいだ。いまは朝6時から夜10時までタクシーに乗り、お客さんが多いときは一日500ドルぐらい稼ぐ。妻も、看護師とホテル従業員の二足のわらじをはくが、高校生と中学生の子ども2人を抱えて「生活は楽ではない」と嘆く。

 「早く金融関係の仕事に戻りたい。でも、経済が回復しないと難しい。バミューダはタックスヘイブンと非難されても、仕事がないよりはましだ。ここのほかに行くところもない」

 ■金融の呪い

拡大バミューダ諸島のロイヤルナバル・ドックヤードに停泊するヨット=2017年10月9日、吉田美智子撮影
 タックスヘイブンの普通の人の暮らしは、どこでもこういうものなのか。だとすれば、構造的な問題なのではないか。帰国後、タックスヘイブンに関する取材経験が長い編集委員の奥山俊宏記者に疑問をぶつけてみた。

 奥山記者は「そういえば、以前、インタビューでそんな話をしてくれた人がいました」と言って、国際NGO「税公正ネットワーク」の創設者ジョン・クリステンセンさんを紹介してくれた。

 クリステンセンさんは、タックスヘイブンで知られる英王室属領ジャージー島の出身で、大手会計事務所の勤務経験もある。すぐに、クリステンセンさんにメールを書いた。

 「先日、タックスヘイブンのバミューダに取材に行きました。お金持ちが低い税金で優遇される一方、普通の人たちは、高い生活費を払うために、仕事をかけもちしていました。なぜ、こんな貧富の格差が生まれるのでしょうか」

 クリステンセンさんは翌日、長文のメールで、タックスヘイブンが抱える構造的な三つの問題を指摘した。

  1.  タックスヘイブンは、租税回避をする巨大な金融業を抱えることによって、インフレ(物価上昇)が起きやすい。特に不動産分野のインフレが起こり、それが、生活必需品にも影響を及ぼす。
  2.  国の産業が金融業に依存することで、地元に雇用を生む観光や農業、製造業などの産業が育たない。現地の人には結局、配送やレストラン従業員などの低賃金の仕事しかまわってこなくなる。
  3.  普通の国では、富裕層に重い負担を課す累進課税で、税収のバランスをとっている。タックスヘイブンでは、相続税や金融商品の値上がり税、所得税がかからない富裕層を優遇する税制をとっているため、税収の不足を埋め合わせるために、消費税や付加価値税が高くなる。

 以上のことから、クリステンセンさんは「物価高、所得格差、逆進的な税制度が、貧富の格差を広げ、社会の分断をさらに大きくさせている」と結論づけた。

 クリステンセンさんは、同じメールの中で解決策も示してくれた。

 「税制をより公平性の高いものに変えて、政府が観光など地元の雇用を生む産業に投資することだ」。ただ、「富裕層が積極的なロビー活動を展開するため、政治家が改革に取り組むのは難しい」ともいう。

 富める者はますます富み、貧しい者はさらに貧しく――。

 クリステンセンさんは、タックスヘイブンが抱える構造的な問題を「金融の呪い」と呼ぶ。タックスヘイブンが存在する限り、「金融の呪い」は世界に広がり続けるのではないだろうか。(次回につづく)

吉田 美智子(よしだ・みちこ)

 朝日新聞東京本社編集局記者(企画報道チーム)。
 1974年、山口県生まれ。96年、西南学院大学法学部卒業、99年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、朝日新聞社入社。鳥取支局、神戸総局、大阪本社社会部検察担当、国際報道部、ブリュッセル支局などをへて、2017年5月から2018年3月まで特別報道部。学生時代にフランス、入社後、ドイツに各1年間、留学した。
 共著に「プーチンの実像 証言で暴く『皇帝』の素顔」(朝日新聞出版)、「ルポタックスヘイブン 秘密文書が暴く、税逃れのリアル」(朝日新書)。

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