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深掘り

惜別

株式会社に警鐘を鳴らした奥村宏さんと森岡孝二さんを悼む

加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 株式会社のあり方を考え、「株の持ち合い」を批判してきた大阪在住の経済論家、奥村宏さんが88歳で亡くなり、今夏で1年が過ぎた。同じように経営のあり方を正してきた株主オンブズマン代表で関西大学名誉教授の森岡孝二さんもこの夏、74歳で息を引き取った。2人は多くの著作物を世に出し、マスコミにも多数、コメントを発表してきた。私は経済記者として、生前の二人に取材し、大きな示唆を得てきた。それを振り返り、二人を悼みたい。

拡大株式会社のあり方について自宅で語る奥村宏さん=2008年5月、大阪府枚方市、加藤裕則撮影
 「日本の『会社本位主義』はまもなく崩れるはずだ」

 8年前の2010年6月中旬、私は大阪の自宅を取材で訪れ、応接間のソファで奥村さんに話を聞いたことがある。自らの研究テーマを「会社学」と定義し、「会計学や経営学では会社のことは分からない。会社はたくさんの国民がかかわることで、これを研究する必要がある」と語った。私が朝日新聞大阪本社経済部で働いた2007年4月~2011年3月の間、自宅を何度か訪ねた。そのたびに「会社は寝なくていい。食べなくてもいい。人間とは違う。それが法人としてまるで人格を持ったように行動する。そういう意味では何をしでかすか分からない存在だ。人間がコントロールしなければ」と聞かされた。

 8年前の私のノートを見ると、民主党政権下での政治献金のあり方を取材している。企業献金に対する主張は一貫していた。企業の政治献金を合法とした最高裁の判決(八幡製鉄事件)を批判し、「資金力のある企業が政治に金を出せば、企業寄りの政治が行われかねない」と述べた。生身の人間を中心においた会社や社会制度の必要性を訴え、会社が人を支配するような風潮を「法人資本主義」「会社本位主義」と呼び、警鐘を鳴らした。

 会社がなぜ力を持つのか。日本の企業社会を分析した結果、日本特有の株式の持ち合いに目を着けた。複数の会社が株式を一定の割合で持ち合いをした場合、株主総会では役員の選任や剰余金処分など互いの議案に対し、無条件で賛成票を投じる。つまり、互いの経営者を信任し合うことで、株主をないがしろにして、経営者に主権があるかのような統治を実現する。これは株主総会をいわゆる「シャンシャン総会」化させる行為で、なれあいの経営につながる。奥村さんはこれの解消を強く叫び続けてきた。今春になって金融庁が主導するコーポレートガバナンス・コードの改訂によって、株式の持ち合い解消に向けた動きがやっと本格化した。社会がやっと奥村さんに追いついた形だ。

拡大株の持ち合いを批判し続けた奥村宏さん=2009年7月、大阪府枚方市、加藤裕則撮影
 元新聞記者なだけにマスコミにも厳しかった。企業に批判的な経済報道が少ないことを危惧していた。1960年代から企業が次々と広報部や広報室をつくって報道記者に対応してきたことを挙げ、「私が若いころは営業担当者にすぐに会えた。広報部の人は当然、会社に都合の良いことしか言わない」と記者クラブに安住する姿勢を戒めた。自宅を訪問した私を前に、「新聞記者は会社を辞めて独立すべきだ。記事を会社に買ってもらえばいいんだ。そうすれば真剣になる」と真顔で言われた。

 奥村さんは岡山県倉敷市出身で岡山大学法文学部卒業。元産経新聞記者。日本証券経済研究所大阪研究所の研究員として、二十数年間、金融市場を見続けてきた。龍谷大や中央大の教授も務めた。

 次男でフリーの経済ライター、奥村研さん(55)によると、昨年8月11日に自宅近くの病院で息を引き取った。1カ月半ほど前に体調を崩し、入院していた。老衰だったという。私が最後にもらった名刺には「会社学研究家」とあった。最後まで会社とは何かを考え続けた。

 

拡大コーポレート・ガバナンスや過労死問題など幅広い活動をしてきた森岡孝二さん=2008年6月、大阪府吹田市、加藤裕則撮影
 森岡さんも株主オンブズマンの代表として、会社のあり方を考え続け、産業界に一石を投じた。

 株主オンブズマンは1996年2月の設立。活動をまとめた冊子「会社ウオッチ 10年の歩み」によると、8つの目的がある。①開かれた株主総会のためのキャンペーン②企業の違法・不正事件に対する株主代表訴訟③企業の政治献金の中止を求める代表訴訟④企業の透明性と社会責任を問う株主提案⑤粉飾決算事件に対する損害賠償請求訴訟⑥障害者法定雇用率の達成を求める運動⑦上場企業に対する種々の調査活動と提言⑧海外調査と国際交流、と活動は多岐にわたった。

 マスコミが注目したのは、ソニーに対して求め続けた役員報酬の個別開示だ。日本の上場企業は取締役全体の報酬総額を開示すればいいが、個々の報酬も株主に公開すべきだという主張だ。02年の株主総会に出して27%の賛成率。それ以来、少しずつ賛成する人が増え、07年には44・3%の賛同を得た。金融庁は10年から、1億円以上の役員について開示を義務づけているが、この制度創設に向けた流れをつくったといえる。00年に食中毒事件を起こした雪印乳業(現・雪印メグミルク)にも働きかけ、全国消費者団体連絡会の関係者を社外取締役に採用させ、経営のチェック機能を高めることに成功した。

拡大株主オンブズマンの月1回の例会で仲間たちと知恵を出し合う森岡孝二さん(右端)=2006年9月26日、大阪市北区で、西畑志朗撮影
 不祥事企業に対する株主代表訴訟にも積極的だった。株主代表訴訟は、役員個人が訴えられるため、会社の規律や役員の緊張感を高めるもっとも効果的な方法と言われる。一方で、損害が認められても賠償を受けるのは会社で、訴えた株主に直接の利益があるわけではない。それでも、社会運動として株主オンブズマンが実践した。05年ごろに相次いだ橋梁談合事件で、住友金属(現・新日鉄住金)などを提訴。10年3月には住友金属と和解し、当時の会長・社長ら14人の役員が会社に計2億3千万円を払うとともに、会社にコンプライアンス検証・提言委員会を設置することで合意した。和解の記者会見で森岡氏は「住友金属として、新しいコーポレート・ガバナンスとコンプライアンス体制の幕を開くことになる」と期待感を表明した。ただ、手弁当で

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加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 1965年10月、秋田県生まれ。岩手大人文社会科学部卒業。89年4月に朝日新聞社入社。静岡支局や浦和支局(現さいたま総局)などに赴任した後、99年東京本社経済部員。その後、名古屋本社経済部員、青森総局次長、大阪本社経済部員。2011年4月から14年9月まで2度目の東京本社経済部員で、金融情報面(株式面)や社会保障取材班を担当した。
 経済記者としては、これまで通産省(現・経産省)、鉄鋼業界、トヨタ自動車(名古屋)、関西空港などを取材してきた。通産省クラブ時代から、コーポレート・ガバナンスや会計監査について自主的に取材を重ね、朝日新聞のオピニオン面に掲載される記者有論などで論じてきた。2014年9月から石巻支局員として東日本大震災からの復興の過程を取材。2018年4月から東京本社の経済部員として財界などを取材している。

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