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調査・検証

不祥事の調査

原発事故調査「このままでは『失敗』に終わる」

政府の福島原発事故調査・検証委員会の欠陥

村山 治(むらやま・おさむ)

 東京電力福島第一原発の事故原因を究明し、政府・東電の事故対応を検証するために内閣に設置された「事故調査・検証委員会」。委員長の畑村洋太郎・東大名誉教授は「失敗学」の提唱者として知られ、その調査の行方に、内外の注目が集まっている。一方で、委員会に独立性と調査権限を保障する法律がないことが問題視されている。政府自身が調査対象であり、東電には注水をめぐる虚偽報告や放射線データの未公表など根深い隠蔽体質がある。そうした中で畑村委員会は所期の目的を達成できるのか。畑村氏と親しく失敗学を独自のコンプライアンス理論に採り入れて官庁や企業の不祥事調査を実践している元検事の郷原信郎弁護士に聞いた。

  ▽筆者・聞き手:朝日新聞編集委員 村山 治

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 ■「まともな調査・検証ができるか不安」

 ――「調査・検証委員会」の第1回委員会(6月7日)で、菅首相は、同委員会の調査について「国際的な信認が得られるかどうか、国の信用にかかわる」と期待を語り、畑村委員長も「子孫のことを考えて100年後の評価に耐えられるものにしたい」と抱負を述べました。どういう印象をお持ちですか。

 率直に申し上げると、この調査・検証委員会がこれからどうなっていくのか、本当にまともな調査・検証ができるのか心配です。政府側が畑村先生の「失敗学」を正しく理解した上で委員会を立ち上げたようには思えませんし、現在のような委員会と事務局の体制、調査権限のままで十分な調査検証ができるか疑問です。

 ――郷原さんは、畑村さんと「畑村失敗学」を最も理解している一人だと思います。その郷原さんが、今回の調査・検証委について、どうしてそう思われるのですか。

 「失敗学」というのは、「失敗」は必ず起こる、という前提で、その原因と経過を明らかにして、失敗知識の伝達や失敗を活かす工夫をしようという考え方です。事故が起きるまでの経過をできる限り明らかにして、あらゆる観点から失敗の原因を考え、今後、同じような事故が起きないように、この社会の中で活用していこうというものです。あらゆる問題について失敗学的な視点でものを考えていくことは非常に重要だと思っています。私がこの数年間やってきたコンプライアンス論、「法令遵守ではなく、社会的要請に応えること」は、畑村失敗学を、組織のコンプライアンスに関連する活動や調査に展開したものと言ってもよいと思います。
 そういう意味では、まさに私のコンプライアンス論の本家とも言える畑村先生が、日本にとって最も重要な課題である原発事故の調査検証の中心的役割を担われること自体は大変喜ばしいことだと思います。ただ、失敗学的なアプローチだけで、原発事故について求められている調査検証がすべて行えるわけではありません。まず、畑村失敗学が正しく理解され、それを今回の調査検証の中でどのように位置づけていくかを明確にすることが必要ですし、今回の原発事故の調査検証において失敗学とは別の観点から行うべきことがあれば、それを実行していくための体制と権限を整備する必要があります。
 少なくとも、失敗学的アプローチでは責任追及は目的としません。その点は今回の調査検証委員会についても畑村委員長が明言しています。ところが、第1回会合での菅首相の「私自身も含めて被告」という言葉からしても、今回の委員会が、責任追及を含め事実関係を徹底究明することを予定しているように思える。首相自身は失敗学というのが何たるかを理解しないまま畑村教授を委員長に選任したのではないでしょうか。

 ――畑村さんは、最近、社会問題になった多くの事故を調査し、再発防止策の策定にあたっています。それが、内閣が畑村さんを委員長に登用した理由だと思いましたが…。

 これまで畑村先生はいろいろな事故の調査をされています。六本木ヒルズの回転ドア事故にからむ「ドアプロジェクト」、「危険学プロジェクト」など、いろいろなプロジェクトを手がけてこられた。しかし、それらは、事故に至る経緯の中から、安全を妨げていた要因を見つけだして、それを認識することを通して、将来的に安全を実現していこうというものです。特定の事故に関して責任追及につながるような詳細な事実関係や具体的な原因事実を明らかにする通常の事故調査委員会とは違います。
 「ドアプロジェクト」を例にあげると、何トンもの重さの円柱形ドアを高速で回転させる回転ドアの構造自体が危険だったというのが、プロジェクトの結論です。もともと回転ドアというのはもっと軽量で、人が挟まれても危険がないような速度で回る構造だったのが、日本では様々な要因から大型化、重量化、高速化していった。それが、根本的な危険要因だったということです。
 それは、回転ドアの設置者のビル所有者側の管理の問題とか、事故が起きた回転ドアという個別の機械の欠陥の問題という責任追及に結び付く原因論とは全く別の次元の指摘です。
 失敗学というのは、いわば基礎医学のようなもので、具体的な事故の事実関係を究明するのではなく、その事故に関する事象から、安全に結び付く「発想」を得ていこうとする考え方です。個別の患者の病気を診断して治療するという臨床医学とは性格が異なります。
 また、失敗学的なアプローチをするために不可欠なのが、関係者間の基本的な協力、コラボレーションの関係です。事故の再発を防止し安全を実現していこうという関係者間の共通の目標があって、相互協力のもとで、現場視察、関係者のヒアリング、再現実験などを行うことで、本質的な危険要素を抽出することも可能となるのです。
 しかし、今回の原発事故調査の場合は全く違います。この調査の結果は、東京電力の賠償責任や日本政府の国内外への責任、さらには今後日本で原発を継続することの是非という議論にまで影響する。そこには多くの人達の利害がからんでいます。、関係者間のコラボレーションというのを最初から前提にする関係とは全く異なります。

 ■まず事実解明ーポイントは、ベントや注水の遅れ

 ――今回の原発事故は、政府や東電がもたついて、事故対応が後手後手に回り、大事故に至った印象が強い。調査・検証委員会には、ぜひ、そこを解明してほしいと思っているのですが。

 今回の事故は、大地震が起き、大きな津波が原発プラントを襲い、電源が喪失して原子炉の冷却機能が失われた。最近わかったことですが、1号機から3号機まで運転中で緊急停止した原子炉の燃料棒がすべてメルトダウンし、水素爆発で原子炉建屋が吹き飛び、炉心で生成された放射性物質が大量に外部に漏れた。格納容器の一部が破れた疑いもあり、放射性物質は海に流れ込んで汚染を拡げた。チェルノブイリ原発事故(86年)と並ぶレベル7のシビアアクシデントになってしまった。
 まず、調査・検証委員会が求められるのは、そもそも原発事故の発端となった冷却機能喪失という事態がどうして起きてしまったのか、そのような事態を防ぐための物的設備に問題があったのかどうか、そして、冷却機能喪失からシビアアクシデント発生に至る経緯の中での東京電力や国の側の対応にどのような問題があったのかを、できるだけ詳細に明らかにすることです。

 ――最も古くて最初に冷却機能が失われた1号機でのベント(格納容器の内圧を下げるための意図的なガス放出)や注水作業の遅れが、1号機のメルトダウンと水素爆発を招き、しばらく注水できていた2、3号機までメルトダウンになる結果を招いた、といわれています。電源喪失直後数時間以内に1号機のベント、注水作業ができていれば惨事にはならなかった、と専門家は口を揃えています。その作業が滞った理由は何か。地震、津波で物理的に作業ができなかったのか。東電がベントをためらって時間がすぎたのか。廃炉にする損失を考えて海水注入を逡巡したのか――。

 原発の構造、冷却のための設備、緊急用の電源などの設備自体の問題に加えて、今回の事故では、東電をはじめとする関係者、関係機関の対応という人的要素が事故の拡大にどう影響したのかという点の解明が極めて重要です。徹底した調査が必要だと思います。問題は、それらの解明をいったい誰が中心になって、どのような知見やスキルを活用して解明していくのかです。東京電力や政府が、事故に至るまでの間にどのような対応をしてきたのか、どのように意思決定されたのか。事故発生以降、1号機から4号機までが複雑な経過をたどって事態が悪化していく中で、どのような動き、どのような判断をしたのか、そこに、自衛隊は、消防はどのように関わったのか、これらの膨大な調査事項を、組織の実態に即して解明していかなければなりません。そこには、企業不祥事調査のスキルを最大限に活用する必要がありますが、それを行うためには、現在の委員会のメンバーと事務局の体制では全く不十分だと思います。

 ――事務局には、事務局長の小川新二最高検検事をはじめ、数名の検事出向者が入っています。検事は事実解明のプロです。戦力にはなりませんか。

 検事が行う捜査は、刑事訴訟法で与えられた捜査権限に基づいています。任意捜査の場合でも「ちゃんと喋らないと、逮捕するぞ」、「何か隠しているのなら捜索するぞ」というプレッシャーがあるからこそ事実解明ができるのです。そういう捜査しかやったことのない検事に権限の裏付けもなく事実を解明しろといっても、なかなか容易ではありません。

 ■調査には専門家が必要―反原発学者か海外の知見の導入を

 ――原発事故の原因を究明するためには特別のスキルを持つ原子力の専門家が必要なことは自明の理です。どうしてそういう専門家を入れないのでしょう。

 日本の原子力の専門家は、大部分は「原子力村」に属し、そこに属さない人はアウトロー的な扱いを受けている。「原子力村」は、原発に関係する電力会社、重電メーカー、監督官庁、原発に肯定的な学者、マスコミをひとくくりにした呼び方です。「村」は、閉鎖的で排他的な利益集団というイメージがあります。
 今回の委員会は、「原子力村」の人を入れないことを「売り」にしています。といって、「原子力村」に属さない原子力専門家、これまで異端者のように冷遇されてきた人達を委員会に入れるわけでもない。結局、委員会にも事務局にも原子力の専門の人がいないということになります。原子力については「素人の集団」で構成される原発事故の委員会になってしまっている。

 ――どうしたら、いいのでしょうか。

 原子力専門家による委員会のサポート体制を充実させることです。2つ方法があります。
 ひとつは、「原子力村」に属さなかった原子力専門家を敢えて活用する方法です。しかし、彼らの多くは反原発の旗色を鮮明にしてます。脱原発という方向に今後の原発をめぐる国家戦略を変える、ということを最初から前提にするのでないと、なかなか難しいことだと思えます。
 もう1つは、海外の原子力の専門家を活用する方法です。日本原発のルーツであるアメリカには、スリーマイル島の原発事故(1979年)の調査や事故処理にかかわった人もいるはずです。原発大国のフランスにも原発事故調査の専門家がいるでしょう。そういう海外での調査の知見、専門知識、スキルを活用するということも考えられます。
 その点についての方策は、早急に明確にし、公表する必要があります。このままだと、委員会側は、原子力についての専門性という面で、原子力村の人達には対抗できないため、調査対象者の原子力村関係者に事実上頼らざるを得なくなる。調査のうちの原子力の専門性が必要とされる部分は原子力村の人達に主導権を奪われてしまう可能性があります。

 ■調査権限がなければ張り子の虎

 ――仮に、そういうプロフェッショナルを確保できても、やはり委員会に調査権限を与えないと、内容のある調査はできないのではありませんか。政府は、特別な調査権限は不要だと考えているのでしょうか。

 枝野官房長官は、民間企業である東電の調査について「原子炉等規制法に定められる経産相の権限もある。その権限が必要なら行使して頂く。最終的には原子力事故の対策本部長としても指示権限というものも、最終的な担保としてある」と5月24日の長官会見で明らかにしています。経産省の調査に応じないことに対する罰則があるから、それを使っていけばいいという発言と受け取れます。
 これは、実際上かなり難しいと思います。我々が総務省コンプライアンス室で行なった総務省のICT補助金に関する調査でも補助事業者に対して補助金適正化法に基づく立入検査を行いましたが、その権限を行使できるのは、補助金交付の業務を所管している課であって、コンプライアンス室には正式な権限はありません。だから、コンプライアンス室が指導して、いわば背中を押すような形で、所管課に権限を行使してもらったのです。
 しかし、実際には、補助金を交付する側にも問題があった。審査が不十分で事業内容も目的も曖昧なまま交付決定をしていたので、補助事業の実施状況に重大な問題があっても、交付決定の取り消しというような厳しい措置はとりにくかった。
 原発事故についても、それとまったく同じことが言えるわけです。「原子力村」が安全神話にしがみつき、適切な措置をとらなかったから事故につながった可能性が指摘されている。その原子力村の中には、経産省、原子力・安全保安院などの官庁も含まれています。枝野長官のいう調査権限は、基本的にはそういう所管官庁側の権限です。所管官庁側の原発への対応や事故対応も問題視されて調査の対象になっているのに、その問題のある側の権限を使って調査することには限界があります。やはり今回の調査・検証委員会としての独自の権限がある程度はないと、十分な事実解明はできないと思います。

 ――例えば、事務局に派遣された検事や外部の弁護士を経産大臣の権限で臨時に経産省職員とし、彼らがタスクフォースを組んで、所管課とはまったく別に独立して東電などの調査をするのはどうでしょうか。

 経産省の調査権限を委員会が流用するということですね。しかし、本来、そのような法律に基づく行政調査権限は、行政庁の行政目的を達成するために認められているのです。その権限を、所管行政庁の行政と切り離して行使するというのは、調査権限が認められている趣旨からしておかしいと思います。

 ■委員会の調査記録の扱いをどうするか

 ――仮に、調査権限の立法もないまま、調査・検証委員会の調査が始まった場合、調査で得た供述などの資料の扱いが問題になるのではありませんか。法律に基づいて鉄道・航空機事故を調査する運輸・安全委員会でさえ、その調査記録は、捜査機関が令状にもとづき差し押さえることができます。調査記録の保護について何の法律的保障もない調査・検証委ではなおさら、事故の関係者は、安心して真相を語れないのではありませんか。こういう大事故の場合、再発防止に万全を期す意味でも、米国のように刑事免責を保証するシステムの導入が必要ではありませんか。

 その点も問題ではありますが、むしろ、今回の委員会の調査については、調査体制も権限も不十分なので、まともな聴取ができるかどうかの方が心配です。運輸・安全委員会の調査でも認められていない刑事免責を、今回のような法律上の権限に基づかない委員会調査で導入するというのは不可能だと思います。

 ■検察、警察が捜査に動き出すことはないのか

 ――さらに、捜査の問題があります。いずれ、今回の事故にからんで告訴、告発が検察、警察に出る可能性があると思います。出れば、世論は、捜査機関に真相解明を期待し、検察、警察はそれに押されて解明に乗り出さざるを得なくなる可能性大です。捜査が動き出すと、被疑者になる可能性がある東電などの関係者がこの調査・検証委には協力しなくなる心配もあります。それ以前に、日本の捜査機関で事実の解明ができるでしょうか。

 検察、警察が捜査に乗り出すとすれば、業務上過失致死傷罪の容疑でしょうが、事故後の対応を誤って放射性物質を放出させたという過失の構成はできなくはないとしても、それを致死傷という結果に結び付けることは難しいと思います。仮に、今後、放射能の影響が推測される死者が出たとしても、原発事故との因果関係の立証は非常に困難です。それに、このような大きな組織的背景を持った事故を、個人の刑事責任の問題として捜査の対象にすることが適切とは思えません。

 ――畑村委員会とは別に自民党が国会に原発事故を検証する委員会を設置することを求めています。両院議長が民間人を委員に任命。証人喚問要求権限を与え、偽証には罰則を科すーとの案をまとめたと報道されています。どうお考えですか。

 内閣で立ち上げた畑村委員会に加えて、国会に別個の調査委員会を作るのは無駄だし、混乱するだけです。ただ、畑村委員会の調査体制と権限には重大な問題があるわけですから、国会で委員会を立ち上げる法律が成立するのであれば、畑村委員会を発展的に解消して、調査体制や権限を強化した国会の委員会と一体化させるというのも一つの方法だと思います。

 ――東京電力も原発事故についての独自の社内調査委員会を立ち上げたようですが、どう思われますか。

 社内調査委員会で、東電の会社としての意向に沿った方向で調査が行われれば、関係者の社員の証言がその方向でまとまってしまい、畑村委員会のヒアリングにも影響を与える恐れがあります。東電は第三者の立場で検証する「事故調査検証委員会」も立ち上げるということですが、社内調査を社外者による委員会が検証しても、社外者が実際の調査に関わるわけではないので、単に「調査が適切に行われていた」というお墨付きを与えるだけで、ほとんど意味がありません。東京電力は、社内調査委員会などを作るより、まず、畑村委員会に全面協力することを最優先すべきです。

 ■早急に委員会調査の在り方を再検討すべき

 ――いずれにしろ、畑村委員会は、このままでは機能しない可能性が強いということですね。どうしたらいいのでしょう。

 私は、畑村先生と多くの活動を一緒にやってきただけに、この委員会の調査が今後どういうことになるかは、だいたい予測できます。こんな委員会と事務局の体制と権限のままで今後調査を実行していくというのは、ほとんど丸腰で敵中に突撃し

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)。

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