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調査・検証

連載小説 ・ 飛ぶボール疑惑

連載小説5回表:コンビニ店長の独白と自己責任

5回表 コンビニ店長

滝沢 隆一郎(たきざわ・りゅういちろう)

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 中島光男は、昨夜のレターのことを考えていた。これ以上、飛ぶボール疑惑の真相探しをするなという警告文であることは疑いない。死人が出るというのは、中島のことか、それとも疑惑に関与した関係者のことなのだろうか。やはり飛ぶボール疑惑は、事実ということなのか。

 中島の滞在先を知っているのは、球団関係者しかいないはずである。ならば内部に敵。前歯をむき出しにして、にっと笑った久松社長の顔が浮かんだ。

 いや、果たしてそう言い切れるか。真実を知られたくない選手はどうか。まさか。いや、現に昨日、背中に硬球を投げつけられたではないか。あれも警告だったのだろうか。投げたのは本当に江口なのか。なぜ江口が。誰かをかばおうとしているのか。

 ネットの記事を書いた小田原という記者の線は。いや、それはない。彼としては真相が明らかになる方がよい。ならば、飛ぶボールのことを自分のブログを書いたアルバイトという可能性はないか。憶測を重ねても、謎が深まるばかりだ。

 昨夜すぐに、室内からフロントに内線電話で確認したが、夜勤担当は、自分が勤務に就いたときには封筒が入っていたので、誰が持ってきたのかわからないと言った。その前のフロント担当を探して質問したとしても、脅迫者は身元が判明するような方法は取っていないはずだ。

 いずれにせよ、これは一層注意しないといけないと、中島は気を引き締めた。

 もちろん、今の段階で、警察に届け出る考えはない。便せんに指紋を残していないだろうし、警察沙汰になることで、今回の騒ぎが犯罪事件として拡大し事態を収拾できなくなる危険性もある。

 いやむしろ、中島としては、鬼が出るか蛇が出るか、こうなったら、自分が最後まで見届けてやろうという思いの方が勝っていた。

 背中の痛みは残ったままだが、とりあえず球団事務所に行き、昨日の調査委員会の議事録を作成し、今後の調査の予定やプレスリリースをつめる必要がある。木村亜矢子には、何と言えばよいだろうか。昨夜は、何とも気まずい別れ方をした。

 「おはようございます」

 彼女は事務的にあいさつをした。やはり不快に思っているのだろうか。今日は、麻生地の紺色スカートに、同じく麻の入った無地のシャツというカジュアルな服装だ。クールビズというべきなのか。

 「木村さん、昨夜は遅くまで、ありがとう」

 「わたくしは職場に私情を持ち込むつもりはありません。この後外出しますし、昨日の調査委員会の議事録案とプレスリリース案は作成しておきましたので、内容をご確認ください。それ以外は、中島様のスケジュールでお好きになさってください」

 目も合わさずに、感情を抑制した声で、それだけ言うと、木村亜矢子は事務所の部屋から出て行ってしまった。中島は、彼女に、昨夜の警告文の件を相談しようかどうしようかと思ったが、話をするきっかけもつかめなかった。

 女性の気持ちは、自分はわからないと中島は思う。昨夜、積極的に誘ってきたのも、今朝の素っ気ない態度も、同じ女性だ。妻子がいることは話をしたし、中島の方から嫌がる行為に出たわけではない。

 男の気持ちであれば、当然、自分のこととして想像できるし、友人関係や会社づきあいの中で、ストレートな感情をぶつけられて、学んできたこともある。むろん、女性の気持ちと言ったって、人によって違うだろうし、誰かに教わるものでもないと思う。男性と女性は、実は分かり合えないのではないか、いや、そんなことを言ったら、同性同士だって、他人のことが分かっているというのは、幻想、錯覚なのではないか。

 自分のことだってそうだ。人は自分自身の姿をわかっているのだろうか。その人の真の姿は、他人からの評価を総合計したものだと言われることがある。これも本当だろうか。会社や友人の中で、どれだけの数の人間が、中島の本当の姿をわかってくれているのだろうか。

 入社以来、自分の個人的な楽しみや家族と過ごす時間よりも、スポライという会社のために必死で働いてきたつもりだ。いやもしかしたら、ただ植田力CEOに褒めてもらいたいためだったと言い換えてもよいかも知れない。しかし、さまざまな誤解を受け、ときには激しい非難にさらされた。自分の人生は他人から適切に評価され、今後報われることがあるのだろうか。

 結局、他人の評価を気にせず、自分は自分のことを信じつづけて、誠実に働くしかないと思う。

 中島は雑念を振り払うように、昨日の調査委員会の議事録の確認から取りかかった。さらに、監督や選手からの聞き取りメモ、木村室長が作成した用具担当者の報告書などの資料も読み返した。いろいろな角度から再検討したが、今のところ飛ぶボール疑惑を根拠づける事実は見つからなかった。

 思わぬ空き時間ができた中島は気分転換を兼ねて、球団事務所を出た。神戸に来たら、どうしても立ち寄りたい場所があったのだ。

 とりあえず南京町の中華街で遅めの昼食をとる。東西300メートルほどの通りに、中華料理店が軒を連ね、有名な豚まん屋や餃子屋の前には行列が出来ている。餃子といえば、サイドメニューの一品と思われがちであるが、神戸の人の中には、夕食に餃子4人前とビール2本というワイルドな注文をする人も少なくない。餃子しかメニューにない店も結構成り立っている。中島も20代のときは、餃子だけを腹一杯食べたことがある。最後は、自分が吐く息がニラとニンニクで臭くてたまらなくなった。

 この日の昼食は軽めに冷やし中華で済ませた。この店の叉焼(チャーシュー)は昔から旨みが最高で、細切りにして入っている。食後、中島はJR元町駅の高架をくぐり北側へ出ると、トアロードのゆるやかな坂道を上がっていく。若者向けの衣服や小物類を扱う店が多い華やいだ地域だ。

 やがて中島はスポライのネイビー・ブルーの看板を見つけ店内に入った。100平米程度の店が多い市街地のコンビニとしては、かなり大きな店舗だ。200平米近くあるだろう。

 店舗の面積が広いということは、それだけ多くの種類と数量の商品を陳列することができる。商品の種類と数量が多いということは、それだけ多くの売上げが見込めるという強みがある。

 コンビニ一店舗の平均日販は50万円程度が一般的である。単純化すれば、1日あたり1000人が来店し、平均500円を使う計算だ。日銭商売のコンビニでは、日販、「にっぱん」という1日の売上げ金額の大小で、その店の良し悪しを判断する。

 中島は注意深く、店内の陳列具合を見回る。「島」と呼ばれる背中合わせの陳列棚が中央部に3列。真ん中に通り道を空けてあるので、島の数は3列かける2個ずつで6箇所。奥の壁に沿って、飲料や生鮮食品用の冷蔵棚が取り囲んでいる。大型店なので、隅には買い物客用のトイレも設置されている。何も買わずに用足しだけする客もいるが、潜在的には顧客となるので、うるさく注意はしない。

 コンビニでは、客の動線に沿った陳列レイアウトがなされている。夏場は入口に置いたアイス用の冷凍ケースが猛暑から逃れたい客を呼び込む。入口道路側に面して強盗よけとも言える雑誌スペースがあり、その向かいには若者向けの化粧品やコスメ雑貨。その裏には、文具、洗剤、ティッシュなど定番の日用雑貨が置かれている。

 しかし、この店は、活気があるとはとても言えない。中島が有名ブランドのシャンプーを手に取ってみると、プラスチック容器はうっすらとほこりをかぶり汚れていた。

 コンビニ王と言われたスポライの植田力会長は、見ているだけで商品の方から「買うてくれ」と客に訴えかける棚を作れと常々言ってきた。しかし、中島の眼の前にある現実は、永遠に客の手に取られることもなく、商品交換を待つ沈黙だった。

 もちろん、店内には、季節の新商品を宣伝するにぎやかな放送が流れている。フランチャイズ本部では、FM放送の番組風にコメントを伝える女性DJを用意したり、盆踊りの音頭風リズムで店内調理した鶏肉唐揚げの「からっとちゃん」という商品名を連呼したり、何パターンも宣伝用の放送を作成して各店舗に一斉配信している。

 しかし、中島の他に客は見当たらなかった。平日の午後とはいえ、これでは売上げは苦しいだろうと思う。

 レジへ向かう最後の陳列棚の菓子パンやおにぎりに空きスペースがある。パンとおにぎりは、昔からコンビニの典型的な売れ筋人気商品群である。コンビニが消費者に利用されるようになった原動力と言ってよい主力商品だ。本部の商品開発部でも、毎週のように新たな具材を使った新商品を投入している。

 そこに空きスペースがあるということは、昼食時に商品が売り切れてしまったということではない。売り切れる商品であれば、店舗オーナーは大量に仕入れ発注を行い、陳列棚に空白を作ることはしない。棚が空いているということは、商品の補充がすぐになされていないことがわかる。補充しても売れ残るとわかっているから、店舗オーナーは、最初から仕入れ数量を減らしているということだ。

 中島は店内をもうひと回りし、ジュース、ガム、週刊野球雑誌をカゴに放り込み、レジへと向かった。

 あいにくレジは無人だった。周囲を見ても店員の姿はない。あるのは、レジの上から客の顔を映す防犯カメラだけだ。カメラは各通路上の天井にも目立つように下がっている。コンビニにとって、万引きによる差損は頭の痛い問題ではある。

 しかし、防犯カメラがあっても、万引きをする者は万引きする。防犯カメラで犯罪を防げるなら、カメラに映る犯人はもっと減ってよいはずだ。レジ強盗や万引き犯の顔が記録されていて、犯人探しと犯行の証明には役立っているのなら、防犯カメラというより、捜犯カメラ、証犯カメラと呼ぶべきだろう。

 「やっ、しゃ、せー」

 中島がそんなことを思っていると、何を言っているのかわからない言葉を発し、店員がレジに戻ってきた。冷蔵ケースの裏にあるバックヤードで座っていて、客の姿をカメラの映像で見て走ってきたのだろう。店員は中島の顔を見ようともせず、商品のバーコードに読み取り端末を押し当てている。

 この店もずいぶん傷んでしまったなと中島は思う。外国人留学生のアルバイトだって、「いらっしゃいませ」と発音できるはずだ。

 中島は、後輩社員に、コンビニ店舗が守るべき販売の基本は「品揃え」「接客」「清潔」の3つのSだと教えてきた。この店舗は品揃えと接客の点で合格とは言えない。これでは、清潔面も期待できない。

 中島が店舗の状態を判断する簡単なポイントが2つある。その1つは、店員の名札プレートに貼られている顔写真と実際の店員のギャップが大きいかどうかである。名札プレートはアルバイト応募時に撮影した顔写真なので、髪の毛は短く清潔感があり、たいていは笑顔である。これに対し、実際の店員は髪の毛が伸び放題になっていたり、表情が極端に暗かったりすることがある。

 この男性店員も年齢は中島と同年代だろうが、薄くなった髪は伸びすぎで、無精ひげが目立っている。しかも、白とネイビーブルーのツートンカラーの制服には、油汚れやケチャップの跡がついていた。服装は2点目のチェックポイントだ。必要なクリーニング代の負担も節約している証拠だ。

 もちろん、コンビニ本部から各店舗を巡回する地域マネージャーは、問題点があれば、店長に注意し指導を行っている。しかし、店員の態度や服装を見れば、店舗での従業員教育がきちんと行き届いているか否か、店長の経営状態ははっきりわかる。

 支払いを終えた中島は、今日は福原さんという女性はいないかと店員に尋ねた。

 「店長すか。今は上の自宅だと思いますよ」

 中島は、福原夫人が店長だというのに、ここまで店が荒れるものかと意外に思った。

 コンビニの店舗の多くは、フランチャイズ本部に加盟料を支払った加盟店であり、その中にも大きく分けて2種類の形態がある。

 1つはオーナー側がもともと自分で保有している店舗を用意して営業する場合であり、もう1つは、フランチャイズ本部が探してきた候補物件で、加盟料を納めた希望者の中から諸条件に合う者が店長として物件を借りて営業している場合である。サラリーマンを辞めてコンビニ経営を行っている者はほとんどが後者である。

 これに対し、この店は福原夫婦の所有物件だったから、夫人が今の店長でも不思議ではない。しかし、疲弊しきった店舗を見た中島は心の中で、すでに他人の手にわたっているのではないか、むしろそうであってほしいと願ったのだった。

 一旦店舗を出て裏手の住居部分に回り込むと、インターホンを押して来訪を告げた。

 玄関口に出てきた老女を見て、中島は驚いた。福原夫人は確か50代半ばのはずだが、後ろに束ねた毛髪はすっかり白くなり、腰をかがめて身体全体がでっぷりとしていた。

 「奥様、ごぶさたしています。スポライ本社の中島です。おわかりになりませんか。神戸時代に、福原社長にかわいがっていただいた中島光男です」

 老女は「ああ、ああ、中島さん」と言って、ようやく思い出したようだった。

 「福原社長に、お線香をあげさせていただいて、よろしいですか」

 「ええ、どうぞ、どうぞ」

 中島は小さな和室に通されると、仏壇で線香をあげ、福原弘の位牌に向かって合掌した。福原弘とは、中島が新入社員の神戸時代に、担当者となってスポライのフランチャイジー店舗を開店して以来の関係だった。

 新入社員で地域を任された中島は、コンビニを開店した直後の福原と一緒になって、売上げを伸ばそうと、いろいろな取り組みを行った。コンビニ経営のあり方だけでなく、社会人としてのいろはを教えてもらい、成長させてもらったという恩義がある。

 すべての店舗で、アルコール飲料の販売をできるようになったのは、2006年(平成18年)のことである。それまでのコンビニは、すべての店舗でビールや日本酒を販売できたわけではなく、酒類販売の免許を持っている店舗だけが酒類を販売することができたのだ。もともと小売り酒屋を経営し、所有する店舗をコンビニストアに業態変えした福原は、スポライにとって重要なオーナー経営者だった。

 その福原弘が3年前に病気で死亡したことは聞いて知っていた。しかし、東京本社勤務の中島は神戸を来訪する機会がなかったのである。

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 中島の足が、福原の店舗から遠のいていたのは、別の理由があった。入社後10数年が経過し、中島が大阪にある関西営業本部に配属されたころ、福原はフランチャイザーであるスポライ本社に対し民事訴訟を起こした原告団に加わっていたのだった。

 上司の意を受けた中島は、福原に、原告団を離脱し訴訟を取り下げてくれるよう説得しに訪問した。その日のことを中島は思い出さずにはいられない。

 当時、福原社長は52、3歳だったと思う。堅太りの体型で、日焼けした顔つきの精悍さ、大きな眼は昔と変わっていない。性格は元来兄貴肌だった。

 「原告団は脱サラ組で店長になった人がほとんどだと聞きました。どうして店舗所有の福原社長が一緒に訴訟を起こしたんですか」

 中島は率直な疑問をぶつけた。

 「コンビニオーナーという点では、脱サラも、店持ちも関係ない、思うんや。われわれは皆、スポライさんから、独立してチャンスをつかもう、あなたたちは一国一城の主ですと言われて、フランチャイズ契約を結ばさせてもらいました」

 「それは、そうですよ」

 「私かて、他の者かて、朝から晩まで必死に働きましたで。説明会でも、皆さんはFC本部と独立対等な事業者です、スポライは、オーナーの皆様とウィンウィンの関係を築きますと説明されましたやん」

 福原の大きな眼で見据えられて、中島もうなずく。

 「でも、実際はどうですか。FC本部が一方的に作った規則は、絶対に違反してはいけない、違反したら即ペナルティ、違約金やって。私が最初に引っかかったのは、賞味期限が切れそうな商品を安くで売ろうとしたら、それはあかんと。
 ほな、売れ残ったら、本部が引き取ってくれますかと言うたら、それは、店のオーナーが仕入れた商品だから、全品買い取りやと言いよるでしょ。それじゃ、売れる数だけ仕入れますと言うたら、今度は、契約上、店舗側は商品棚を埋める義務があって、棚に商品が並ばない空きスペースを作ることは許さないと言う。
 売れない商品でも無理矢理買い取らせて、本部は仕入れ金額全体にロイヤリティをかけて儲けよるわけや」

 福原は一気にまくし立てた。

 「以前は、コンビニの店舗数も少なかったからよかったけど、今は他社のチェーンだけでなく、スポライも店の近くに新店をどんどん作りよる。中島さんはおかしなことを言わんかったけど、私がそう文句を言ったら、今のスーパーバイザーは、何と言いくさったと思うか」

 中島は、福原の話は当たっている面もあるが、ずいぶん極端な話ではないかと思って聞いていた。

 「そいつは、売れ残って廃棄するパンや弁当を家族で食べていれば、食費が浮いて助かるでしょうと抜かしよった。ひどい話は、他にも山ほどあるで。ある店舗の若夫婦オーナーは、夜中に、子どもが急に熱を出したけど、店を閉めてはいけないと言われ、病院にも連れていけなかったそうや。契約書で、コンビニは1年365日、24時間、開店していなさいと義務づけられているからや」

 コンビニのフランチャイズに加盟してオーナー店長になる場合、夫婦2人1組で申し込んで働くことが前提になっている。本人たちが働けない時間は、アルバイトを雇って、年中無休で24時間営業することになっている。そんなことは、最初の説明会から何度も説明していることで、今さらそこに不満を言われてもと当時の中島は思った。

 「そりゃ、脱サラして、夫婦で必死に働くよ。それでも子育てだってある、年老いた親の介護という問題も起きてくる。休みを取って旅行に行けないのはもちろん、自分が病気になることもできない。365日、土日もなく働きづめで、まったく休めないし、金はいくらも手元に残らない。FC本部が売上金を管理し、仕入れ代金や営業ロイヤリティを差し引く。そこから、店舗のアルバイト代や光熱費を支払ったら、赤字にならなければよい方だ。こんなものを独立対等な事業経営者と言えるのかね」

 そうは言っても、フランチャイズ本部は、各店舗からのロイヤリティ収入や商品代金等から、新メニューの開発、新店出店、さらには、知名度と売上げアップのためにテレビCMをはじめとする多額の広告料を支払っている。

 消費者を惹きつける優れた商品、本部の徹底した指導と広告宣伝があるから、各コンビニ店舗は独自に営業努力をすることなく、順調に販売できているのも事実だ。その点が家族経営の雑貨食料品店とは大きく異なるところである。中島は、福原を説得しようと試みたが、無理だった。

 「それで辞めようと思っても、10年間の契約期間内の解約申入れはオーナーの自己都合ということで、また違約金を払わされる仕組みや。生かさず殺さずと違うか」

 福原の憤怒はつづいた。

 「毎日休みもなく、何らかの目標も持てずに働いて、身体壊して病気になったら、どうなると思う。あるいは、近くに同じスポライが出店してきて、売上げが落ちてアルバイト代も払えなくなったら、どうなる。一度歯車が狂った瞬間、本人も家族も、それまでの人生がすべて壊れる自転車操業のシステムなんだよ。おれはそういうオーナー夫婦を何人も見てきた。コンビニのオーナーなんてのは、本部が言うような独立自営の経営者なんかじゃねえな。働くチャンスを与えられたのではなく、マニュアルどおりに働かされるロボットにすぎない」

 それだけ言うと、福原は下を向いた。福原がすっかり変わってしまったことに驚き、中島はかける言葉が見つからずに辞去したのだった。

 中島は会社に帰ると、社内で厳重に管理されているフランチャイズ契約書を見てみた。確かに、契約条項には、福原の言うことが書いてある。それまでの中島は当たり前のことと思っていたことだった。仕入れた商品の代金は、一旦本部に送金させられた売上金の中から先に引かれる。売れ残っても、勝手に安売りすることはできないし、廃棄するか、家族で食べるしかない。販売期限を過ぎた食品は、レジが受け付けず入力できない仕組みになっている。

 本部は、商品が売れようが売れ残ろうが、店舗が仕入れた分の代金は全額回収できる。その意味だけで言えばリスクをまったく取っていない。フランチャイズ本部と各フランチャイジーとは、経済的にも契約条項上も力関係の歴然とした優劣があり、両者が得するウィンウィンの関係とは言えない面があると知った。

 中島は、店舗オーナーが困窮している状況について、本音を言える酒席で、親しい上司に、それとなく意見を聞いてみた。それに対する上司の反応は、「売上げ成績がよい店だって多いし、売上げが悪いのはそのオーナーの自己責任だ。ビジネスに私情を持ち込むな」というものであった。

 自己責任とは何だろうか。

 それからというもの、中島は、社内でも、テレビや雑誌の報道でも、自己責任という言葉に注意して人の話を聞くようにした。それでわかったことがある。

 人が自己責任という言葉を使うときは、必ず他人に対して使うということだった。つまり、損害を受けたと主張する人に向かって、それは自己責任であって、他の誰のせいにもできないと言いたい場合に使っている。企業経営者であれ、政治家であれ、間違っても、自分に自己責任があると言った人は、唯の一人もいなかった。

 そうか、自分は責任を負わずに、他人に損害を押しつけたいときに、人は自己責任という言葉を使うのだと悟った。それ以来、中島は自己責任という言葉を使う人間を信用しないと心に決めた。というよりも、自己責任だと相手を非難する人がうさん臭く見えるというか、信用できなくなってしまったのだ。それはお世話になったのに、何の役にも立てなかった福原社長に対する中島なりのけじめのつけ方でもあった。

 スポライ本社に対して民事裁判を起こした原告団に対するフランチャイズ本部の仕打ちは苛烈を極めた。近隣にライバル店を出店し売上げを減少させ、契約期間が到来すれば契約更新を拒絶した。裁判では、スポライは巨大法律事務所に依頼し、さらには東京高等裁判所長官を務めた元裁判官弁護士を大弁護団の筆頭にすえて、長期にわたる消耗戦に持ち込んだ。直接の後輩である担当裁判官が、権威中の大権威が主張する法解釈論に正面から異を唱える場面はまったくなかった。

 中島は東京本社の社長室に所属していた時期には裁判に関する情報には触れていたし、裁判のなりゆきに関心を持ちつづけた。さすがに植田も自分の会社が訴えられた裁判となると、「これまでの恩義を忘れて、歯向かう者は許さん」と述べ、全力で戦うよう指示を出し、訴訟担当役員の攻撃的な姿勢を容認した。

 それから数年後、人づてに福原社長が店舗内での陳列作業中にくも膜下出血で急死したことを聞き知った。何とか売上げを維持していた福原の店舗は、未亡人が訴訟を取り下げる代わりに、契約の更新延長を認めてもらうことで存続できたという。

 中島もはじめから、社内で「評論家」などと呼ばれていたわけではない。福原の死後、それは企業としてどうなのだろうか、加盟店舗や取引業者に過大な負担を課すことにはならないかと思った場合は、率直に意見を述べるようになっただけだ。

 例えば、スポライ本社の決算期前や協賛イベントごとに、取引している納入業者に協賛金の支払いを要求する習慣になっていた。これは本部の都合優先で、中小の納入業者にとって経済的メリットのない話だ。それで中島は疑問を述べた。少しでもよい方向に変えられるのであれば、それは店舗オーナーだけでなく、スポライという会社の社会的評価もあがるはずだという考えからだった。しかし、その結果は直属の上司に疎まれただけで、自分では何も変えられなかった。

 案の定、スポライは、昨年、業界最大手のセブンス・イベントとともに、公正取引委員会から、独占禁止法上の不公正な取引方法、優越的地位の濫用にあたるとして、排除措置命令を受けた。加盟店で売れ残って廃棄された商品であっても、その仕入れ代金全額を加盟店に負担させる契約内容となっているところ、売れ残りそうな商品の値引き販売を行っている加盟店に対しそれを取りやめさせるようにしたこと、これが加盟店の合理的な経営判断や廃棄商品の負担軽減の機会を失わせているというのが違反行為の内容だった。

 福原たちが主張しつづけていた内容のとおりだ。命令後、状況は少し改善されたのであろうか。実際、先ほど見た店舗では商品棚の陳列補充は行っていなかった。地域によっては、24時間営業を見直す動きもある。もし自分がもっと動いていたら、福原が死ぬことはなかったのではないか、中島はその思いが残っている。

 これまで、コンビニは定価販売が原則で、値引きをすることはほとんどなかった。スポライでは、商品の値下げのことを「マークダウン」と呼んでいた。社内でしか通じないカタカナ化することで、言葉の意味を薄める効果もある。

 しかし、社長室時代の中島は、社内でしか意味が通じない符丁の使用を極力やめるよう提案した。自分たちしかわからない言葉は、内部の結束力を高めるには役立つが、その分発想が内向きになり、外部の普通の人やお客様の目線を無視しがちになる悪弊があると思ったからだ。消費者相手の企業が顧客の目線を忘れたときに、不祥事は起きる。

 人気俳優を起用したテレビCMで明るいイメージを振りまき、不況下の成功産業であるコンビニ業界にも影の部分がある。フランチャイズ本部だけが何年も連続して増収増益を誇るのではなく、フランチャイジーの各店舗がもっといきいきと働くことができ、本当の意味でのウィンウィンの関係を築くことはできないものなのかと中島は思う。

 中島は福原夫人に礼を言って家を出た。

 「私がこの店をつづけられるのは、もう長くないかも知れません。でも、うちの人が命をかけて闘い抜いた店ですから、私も簡単には辞める気はありません」

 老夫人の抑揚のない声は、しかし、中島の心に強く響いた。(次回につづく

 ▽この物語はフィクションであり、登場する人物や会社、組織などはすべて架空のもので、実在のものとは異なります。

滝沢 隆一郎(たきざわ・りゅういちろう)

 1966年生まれ。弁護士。東京大学法学部卒。架空の保険会社を舞台にした小説『内部告発者』(角川文庫)で2004年に第1回ダイヤモンド経済小説大賞(現・城山三郎経済小説大賞)を受賞。「滝沢隆一郎」はその際のペンネーム。本サイトにプロ野球とコンビニ経営企業を題材にした小説『ミラクルシックスの大飛球』を連載した。
 弁護士としては、商取引、営業秘密保護、リスクマネジメントなどに詳しい。また、脚本協力・法律監修で50作品を超えるテレビドラマ制作等に関与している。38年間にわたって日本ハム・ファイターズの熱烈なファンである。

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