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事件記者の目

事件記者の目

金権vs.刑事司法その対決の終章、小沢起訴の歴史的意味

村山 治(むらやま・おさむ)

 検察審査会の起訴議決を受けた元民主党代表、小沢一郎衆院議員の起訴は、戦後、連綿と続いてきた「金権政治」に対する市民の拒絶反応だったのではないか。

  ▽筆者:朝日新聞編集委員・村山治

  ▽この記事は2011年2月16日の朝日新聞オピニオン欄に掲載された原稿に大幅に加筆したものです。

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村山 治(むらやま・おさむ)拡大村山 治(むらやま・おさむ)
 朝日新聞編集委員。徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、共著「ルポ内部告発」(朝日新書)。

 ■元祖・金権―田中角栄・元首相

 「金権政治」を、広辞苑第6版(2008年)は以下のように定義する。

 「かねの力にたよって選挙や政権運営を行うこと。アリストテレスが『徳による政治』と対比させた」。「カネ=数=権力」の政治力学だ。

 小沢議員が政治の師とする田中角栄元首相(故人)、小沢議員の後見人といわれた金丸信・元自民党副総裁(同)はともにそれを体現した政治家だ。

 田中氏について、ベテラン政治記者の早野透・桜美林大学教授は、死去した際の朝日新聞の「評伝」記事で「カネの力を信じ、派閥を養い、党内支配権を築く金権政治」と評した。

 自民党政権時代、公共事業費の数%が談合組織を通じ、政治家や地域ボスの懐に消える構造があった。建設業者は保守政治家の集票マシンになってきた。

 田中氏は、その利権に君臨。豊富な資金を使って大派閥を作った。その「金権」ぶりは、歴代の有力保守政治家の中でも飛び抜けていた。エピソードも多い。

 田中氏がロッキード事件で東京地検に逮捕された2日後の1976年7月29日の朝日新聞朝刊は、連載記事「腐敗の根源」で、田中政権が成立した72年7月の自民党総裁選について田中氏が側近にもらした、という「語録」を紹介している。

 「あのとき、オレは若いから、年の順でもいいと思っていたんだ。しかし、みんなが『何百億円もかかるから、角さんしかないよ』というものだから引き受けたんだ」

 この総裁選当時、有力対抗馬だった福田赳夫氏(故人)は、田中氏より13歳年長だった。

 記事は、「総裁選終盤戦で、千万円単位で実弾が流れた」「派閥ぐるみで買収された」など政界で語られた「噂」も紹介した。

 そして、田中氏の「金権選挙」が頂点に達したとされるのが、総理在任中の74年7月の参院選だった。

 当時は、日本共産党が躍進していた。田中氏は「自由主義体制を守るため」などと称し、産業界に選挙資金提供を求め、派手に使った。全国区にタレント候補を立て、大企業に候補を割り当てた。

 田中氏とともにロッキード事件で摘発された元秘書、榎本敏夫氏は検察に対し、その時の様子を次のように供述している。

 「田中先生は参院選を指して『今度の選挙は命がけだ。金を使ってもあげるだけあげないとだめなんだ』との意気込みで(略)かなりの現ナマがばらまかれたものと思われ、おそらく100億円を下ることはあるまいと考えておりました」(76年8月12日付の供述調書)

 田中氏が失脚するのは、74年秋。ジャーナリストの立花隆氏らがファミリー企業を使った土地転がしで資金を捻出していたカラクリなどを暴いた「田中角栄研究――その金脈と人脈」(文藝春秋74年11月号で発表)がきっかけだった。同年暮れ、退陣に追い込まれた。

 そして、約1年半後の76年8月、ロッキード社と代理店の商社、丸紅から首相在任中に民間航空機の選定にからみ5億円の賄賂を受け取ったとする受託収賄罪などに問われ、起訴された。

 田中氏は、無罪を主張したが、一、二審は懲役4年、追徴金5億円の実刑判決。上告中に病死した。被告人になってからも派閥の拡大を図り、数の力を背景に、大平正芳(故人)、鈴木善幸(同)、中曽根康弘の歴代首相の「キングメーカー」となり、闇将軍として政界を牛耳った。

 ■ドンの財布

 田中氏の公共事業利権を継承したのが金丸氏だった。

 田中派の幹部だった金丸氏は、田中氏の一審判決後の85年、竹下登元首相(故人)とともに、事実上の派内クーデターで「創政会」を結成。87年に「経世会」(竹下派)を旗揚げし、同会長となった。小沢議員も行動をともにした。

 自民党道路調査会長などを歴任、建設業界、防衛産業などに強い影響力を持ち、「政界のドン」といわれた。89年のリクルート事件で竹下首相が退陣して成立した海部俊樹政権では、47歳の小沢議員を自民党幹事長に抜擢するのに一役買った。

 金丸氏が失脚したのは92年8月。暴力団稲川会会長側に1千億円近い資金を流出させたとして特別背任容疑で東京地検に摘発された東京佐川急便元社長から5億円のヤミ献金を受けた政治資金規正法違反の発覚だった。

 金丸氏は、ヤミ献金発覚を受けて自民党副総裁を辞任した。小沢議員は、その前後に、都内のホテルで東京佐川急便元社長側の弁護士と接触。93年2月の衆院予算委員会で証人喚問され、野党委員から、金丸氏の事件化を回避するための工作だったのではないか、と追及されたが、全面否定した。

 金丸氏は政治資金規正法の量的制限違反に問われ、20万円の罰金刑を受け議員を辞職した。さらに翌93年春、ヤミ献金を蓄財し計約18億4千万円の所得を隠して約10億3千万円を脱税した、として所得税法違反で東京地検から起訴された。

 公判で、検察側は、金丸氏が87-89年に、大手ゼネコンから横並びで毎年、盆暮れに1社2千万円のヤミ献金を受けたのをはじめ建設業界などから年間に10億円以上のヤミ献金を受け、無記名の割引金融債を購入して蓄財した、と主張。これに対し、金丸氏側は「政界再編成などの準備資金だった」と反論した。

 金丸氏も公判中に死去した。

 ■小沢議員のばらまき

 そして小沢議員。自民党幹事長時代の自民党が90年の総選挙前に建設、電気、自動車、金融の4業界に計160億円の献金を求めた、と朝日新聞が報道した。実際の献金額は明らかでないが、自民党は巨額の選挙資金を投入したとされ、その選挙で過半数を確保した。

 しかし、金丸氏失脚後、小沢議員は跡目争いに敗れ、「政治改革」を唱えて仲間とともに経世会を二分、自民党から離党し、新生党を立ち上げた。直後の93年7月の総選挙で政権党の自民党は過半数を割り込んだ。小沢議員は細川護煕日本新党代表を担ぎ、「非自民」の連立政権を作る立役者となった。

 93年から94年にかけて東京地検が捜査したゼネコン事件では、最大手ゼネコンの鹿島から500万円受け取っていたことが判明。さらにダム工事をめぐる疑惑で検察の捜査対象になったが、立件されなかった。

 野党になっても、ゼネコンとの関係は続いていた。東京地検は09年3月、小沢議員の資金管理団体「陸山会」が中堅ゼネコンの西松建設からの献金を政治資金収支報告書でダミー団体からの寄付と偽装したとして摘発した。検察側は初公判の冒頭陳述で、西松建設が小沢議員側に、04年まで毎年1500万円の献金をしていたことを明らかにした。

 冒頭陳述によると、05年は1300万円、06年は500万円。06年が少なくなったのは、05年末にゼネコン業界の脱談合宣言があったため、西松側が小沢議員秘書と折衝して減額した――としている。

 このうち摘発対象になったのが03-06年の計3500万円だった。

 小沢議員は民主党の代表辞任に追い込まれたが、民主党代表代行として09年8月の総選挙で自民党に大勝。政権交代を実現させた。

 その総選挙直前、小沢議員の資金管理団体の陸山会が民主党の立候補予定者91人の側に総額約4億5千万円を提供した。

 カネをもらった人たちは、小沢議員自らが擁立した新人候補や側近議員で、かれらが「小沢軍団」の中核を形成している。

 ■田中、小沢の共通点

 田中氏、金丸氏、小沢議員に共通するのは、いずれも、国と利害関係のある業者を含め業界からカネを集め、それを元手の一部にして子分を増やし、自身の政治的影響力を拡大した点だ。そして、そうした行為の一端が原因となって起訴されることになった。

 特に、小沢議員と田中氏の事件には、30余年の時空を超えた共通点が見受けられる。

 まず、ともに被告側がカネの授受を否認していることだ。

 ロッキード事件では、丸紅側が計5億円を田中氏に贈ったことを認めたのに、田中氏は授受そのものを否認した。秘書の榎本氏は捜査段階ではカネの受け取りは認めたが、公判で否認に変わった。

 小沢議員の場合も、陸山会の土地取引の前後に、岩手のダム工事を受注した中堅ゼネコンの水谷建設元役員らが2回にわたり計1億円の裏金を小沢議員の元秘書に渡したと検察の調べに認めたが、小沢議員、元秘書とも受け取りを否認している。

 捜査や公判に対するメディアのスタンスが分かれたのも似ている。

 ロッキード事件では、新聞やテレビが田中氏を厳しく批判したのに対し、雑誌の一部が田中擁護の論陣を張り、「暗黒裁判」などと批判した。小沢議員の事件でも、一部の雑誌が検察や検察審査会批判を繰り広げ、また、新聞やテレビの論調が「反小沢」だと批判した。

 ■検察と政治とカネーそして国民の視線

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)。

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