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事件記者の目

事件記者の目

水谷建設証言が暴いた公共事業利権

情報開示義務違反型捜査の威力とリスク

村山 治(むらやま・おさむ)

 小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐり元秘書3人が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪に問われた事件の公判で、中堅ゼネコン「水谷建設」(三重県)の元社長らが「小沢氏側への1億円の裏金提供」を認める証言をした。元秘書側はカネの受け取りを強く否定しているが、証言からは公共事業をめぐる政業癒着の一端が改めて浮き彫りになっている。この「1億円裏金」について弁護側は「虚偽記載容疑と関係がない」と立証すること自体に反対。検察側が裁判所に強く証人尋問を要求して実現した。検察が裏金立証を求めた背景には、政治とカネをめぐる10年来の検察の捜査手法と公判での立証戦術の転換があった。それは国民にとってどういう意味を持つのか。

▽筆者:朝日新聞編集委員 村山治
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村山 治(むらやま・おさむ)拡大村山 治(むらやま・おさむ)
 朝日新聞編集委員。徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、共著「ルポ内部告発」(朝日新書)。

 ■陸山会事件――検察起訴の元秘書、小沢氏は検審議決で強制起訴

 東京地裁(登石郁朗裁判長)に起訴されているのは、いずれも小沢氏の元秘書で衆院議員の石川知裕、大久保隆規、池田光智の3被告。起訴状によると、石川議員らは、(1)陸山会が、東京都世田谷区の土地の購入原資として2004年10月初めから同月27日の間に小沢氏からの借入れた4億円と、同月29日、民主党岩手県第4区総支部など2政治団体から受けた寄付1億4500万円を収支報告書に「収入」として記載せず、陸山会が10月5日と29日に土地取得費用として約3億5千万円の代金を支払ったのに「支出」として04年分の政治資金収支報告書に記載しなかった。(2)05年分の収支報告書に「収入」として、実際にはなかった関連団体からの寄付3億円を記載、「支出」としてすでに支払い済みの土地代金約3億5千万円を記載した。(3)小沢氏からの借入金4億円は07年5月1日に返済したが、07年分の収支報告書の「支出」として記載しなかった――などとされる。

 大久保元秘書は各事件で陸山会の会計責任者として、石川議員は04年分、池田元秘書は05、07年分の会計事務担当者として、それぞれの事件への関与を問われた。

 小沢氏本人も、この土地取引をめぐる虚偽記載に加担した疑いがあるとして市民団体から告発され、検察の取り調べを受けたが、検察は「共犯と認める証拠が不十分」として不起訴処分とした。しかし、検察審査会は昨年10月、検察の捜査記録をもとに「共犯の疑いが濃厚」として起訴議決し、小沢氏は今年1月末、検察官役の指定弁護士によって東京地裁に起訴され、公判前整理手続きが進んでいる。

 ■水谷建設からの裏金1億円が争点に

 石川議員らの事件の公判で大きな争点となったのが、小沢氏の地元の「胆沢(いさわ)ダム」(岩手県奥州市)の工事で、小沢事務所が、本体工事を受注した大手ゼネコンの下請けで水谷建設が受注することを了承した謝礼として、同建設が小沢事務所に提供したとされる1億円の裏金だった。

 検察側の冒頭陳述によると、2004年9月、議員会館の小沢事務所で大久保元秘書が水谷建設の川村尚・元社長に対し、計1億円を要求。川村元社長は同年10月15日に石川議員、05年4月19日に大久保元秘書に、東京都内のホテルで5千万円ずつ渡した。1回目の5千万円が渡された日は土地代金の決済が完了した04年10月29日と接近していた。

 陸山会は、10月29日午前、小沢氏から借りた4億円の一部で土地代金を支払ったが、その直後に、関連の政治団体から移動した1億4500万円をもとにりそな銀行で4億円の定期預金を組んだ。石川議員らはそれを担保に小沢氏個人名義で同銀行から4億円の融資を受けて陸山会に転貸した。

 これについて検察側は「小沢氏から借りた4億円で04年10月に土地代金を支払ったことを記載するのを避けるため、土地取得費用が05年に支払われたように記載。それと符合するように、代金決済終了後直ちに可能となった土地の本登記を05年1月7日に行った」「さらに、小沢氏からの4億円借入は収支報告書に一切書かないことにし、土地代金が04年10月に支払われていたことが判明した場合に備え、仮装原資として銀行から小沢氏を経由して4億円を借り入れた」と指摘した。

 そして、石川議員らの偽装の動機を「土地購入費として小沢議員から借りた4億円はそもそも表に出せない金と考えていたうえ、ダム工事受注に関する建設業者(水谷建設)からの謝礼金の受領にかかわっていたため、この4億円の借入を記載すると、その由来を詮索追及され、ひいては公共事業受注謝礼など小沢事務所の収入の実態が露見すると考え、4億円を収支報告書に記載しなかった」――と説明した。

 これに対し、初公判で、大久保元秘書側は、水谷建設からの裏金について「何ら証拠に基づかない想像」と全否定。石川議員側も裏金受領を否定したうえ、登記を05年にずらした理由を「04年分の収支報告書は05年秋に公開される。予想される党の代表選を前に、小沢先生が多額の資金を持っている印象を与えたくなかったからだ」と反論していた。

 ■検察側のストーリーに沿う水谷建設元社長の証言

 水谷建設関係者の証人尋問は、4月27日、5月10、16、24日の4日間にわたり東京地裁で行われた。

 証言台に立ったのは、現金の授受に直接かかわったとされる川村尚元社長、川村元社長に小沢氏側への工作を指示した水谷功・元同建設会長ら計6人。うち川村元社長、元社長に大久保元秘書を紹介した建設会社「日本発破技研」の山本潤社長、水谷建設の経理担当の元常務ら4人が検察側の申請した証人。水谷元会長と同建設の運転手が弁護側証人だった。

 検察側が「切り札」と位置づける川村元社長はトップバッターとして4月27日に証言。石川議員と大久保元秘書に5千万円ずつ現金を渡したと明言した。

 証言によると、1回目の提供は2004年10月15日午後、東京都港区の全日空ホテルのロビーだった。大久保秘書と電話で打ち合わせ、当時、秘書だった石川議員が代理でカネを受け取ることが決まっていた。

 川村元社長は、現金5千万円の受け渡しに使った手提げ袋の大きさについて巻き尺を手に「横幅が30数センチ、縦50センチ、奥行きというか幅が10センチ前後だったと思う」と述べた。

 記者のメモで授受場面についての証言のポイントを再現すると――。

 検察官: 石川秘書とは?


 元社長: 今、議員でいらっしゃる石川(元)秘書です。


 検察官: この法廷にいる石川被告?


 元社長: はい。


 検察官: 石川は来た?


 元社長: はい。石川秘書に私の名刺を出して、再度挨拶をした。挨拶をして、フロント前のロビーのソファに座った。


 検察官:  そのあとどうした。


 元社長: あいさつして、これを、この紙袋を、お収めください、と。大久保秘書にお渡しください、と伝えた。2~3分世間話をした後、その場で別れた。先に石川秘書が出て行った。


 検察官: 5千万円が入った紙袋を渡した?


 元社長: はい。極力目立たないように、スライドさせて、石川秘書の方に近づけて渡した。


 検察官: 別れた後、大久保から「5千万円受け取ってない」などとは?


 元社長: ない。

 川村元社長によると、この日の授受は、川村元社長と石川議員の1対1で行われた。

 ■「一緒にヨーグルトを注文」

 2回目は半年後の05年4月中旬ごろ。川村元社長は、同じホテルの喫茶店で今度は大久保元秘書に直接、現金5千万円入りの手提げ袋を渡した、と証言した。

 このときは、大久保元秘書を「水谷建設」側に紹介した山本社長が同席した。同社長の証言は、川村元社長の証言を補強するものだった。

 「大久保元秘書は笑顔で現れた。『体に良いものを飲みましょう』と言ってヨーグルト飲料を注文。その後、川村元社長は、紙袋をテーブルの下で滑らすようにして大久保元秘書に渡し、大久保元秘書は『ありがとうございます』と言って受け取った。大久保元秘書と別れた後、川村元社長は『税金みたいなもんや』と言ったので、お金を渡したんだなと思った。この喫茶店の支払いなどをした領収書が会社に残っていて、それを元に記憶が戻った」

 さらに、山本社長は、「06年に水谷元会長が脱税容疑で逮捕された時に大久保元秘書から電話があり、『水谷建設が大変ですね。水谷建設からちょうだいしたお金はあなたに返したことにしたい』と頼んできた。実際に返金されたことはなかった」などとも証言した。

 経理担当の元常務は「川村元社長の指示で、2回の裏金を準備した」と証言。営業担当の元専務も「04年10月に、小沢事務所に持って行く5千万円を本社から東京支店に運んだ」と語り、検察側の主張に沿う証言をした。

 川村元社長は資金提供の経緯について「小沢先生の事務所は力が強く、(元受けゼネコンによる水谷建設への下請け発注に)反対されると我々下請け業者は参入できないと聞いていた。03年11月ごろに初めて大久保元秘書を訪ねると、『同業者より遅い』と注意され、料亭での接待などで食い込みをはかったところ、裏金1億円を要求された」と語った。

 裏金提供を明かした理由については「カネで仕事を買う手法から、我が社も脱却しないといけない。会社としての反省もある」と説明した。

 ■弁護側の反論――水谷功元会長の投げかけた疑問

 弁護側は、川村元社長に対する反対尋問で、5千万円もの大金を、裏金を要求したとされる大久保元秘書本人でなく、代理人とされる石川議員に渡したとしたことや、その際、水谷建設が裏金を渡す際の「社内ルール」である「見届け人」がいなかったことが「不自然だ」などと追及。最後には、「あなたが私的に流用したのではないか」「水谷元会長の海外カジノでの負けの支払いに充てたのでは」などと突っ込んだが、川村元社長は「ございません」などと答え、揺るがなかった。

 一方、弁護側証人として出廷した水谷功元会長は、「本当に金は、届いたと思うか」との弁護人の質問に、「それはちょっとわからない。私が受けた報告と2、3違うこともあるし、その場に立ち会ったわけでもない」と証言。

 川村元社長が証言した04年10月の石川氏との授受に「見届け人」がいなかった点については「ちょっと考えづらい」とし、川村元社長が、ゼネコンの下請け業者のとりまとめをする「スポンサー」(仕切役)になれなかったのに、謝礼を払った、としている点についても「納得がいかず、川村を問いつめた」と証言した。

 また、この5千万円を渡した相手について、水谷元会長は川村元社長から「(石川議員でなく)大久保元秘書だった」と報告を受けていた、と述べた。

 ただ、胆沢ダム工事を下請け受注するため、社運をかけて営業し、自らも大久保元秘書とは別の小沢事務所の元秘書に接触してスポンサーをとれるよう陳情していたこと、そのルートでは不安になり、川村元社長に大久保元秘書に接触するよう指示したこと、川村元社長からカネを渡すと報告を受け、了承していたことは認めた。

 元会長の証言は、大筋で、川村元社長らの証言と矛盾するものではなかった。工作の指示や謝礼の支払いの了解を認めたことで、むしろ間接的に元社長らの証言に信憑性を与える形にもなった。

 水谷建設の元運転手は「(1回目の授受が行われたとされる)04年10月15日に元社長を都内のホテルまで送った記憶はない。検察官に(送ったという内容の)調書の訂正を求めたが断られた」と証言した。

 大久保元秘書は6月1日の弁護側による被告人質問に対し、「そもそも1億円という話はありませんでした。私は何かの陰謀ではないかと、政治的謀略ではないかと思いながら過ごしていた。先日の功元会長の証言を聞いて『なるほど』と合点がいった。元社長の狂言だと思う」などと述べた。

 大久保元秘書は授受があったとされる時期に、川村元社長、山本社長の2人と同じホテルで会ったこと自体は認めた。また、川村元社長らから2、3回の接待を受けたことも明かした。

 一方、石川議員は、「全く身に覚えがない。5千万円の受け渡しがあったことについては、(捜査段階から)一貫して否定し続けている」と述べた。

 ■公共事業をめぐる「政治とカネ」の利権構造の一端が明らかに

 水谷建設関係者の証言で1億円裏金提供疑惑は一層深まった。さらに明らかになったのは、政治家の周辺が、公共事業の元請けのゼネコンから受注する下請けの業者の選定にまで影響力を行使していることだ。そして、下請け業者側が、その「対価」として高額の裏金を提供し、それを受注した工事費に乗せるのを当たり前としてきたことだ。

 水谷功元会長は、「(政治家側への)陳情(の場合)は、盆と正月にお礼。それ以外に特別のお願いをした時は、ちょっと言いづらいけど、(普通の陳情と違って)成功報酬のような認識をしている。我が社は原因者負担。胆沢ダムで5000万円を捻出したら、特別な経費として原価に1億円以上乗せる」と明言した。

 建設業界や発注元に影響力のある政治家が受注調整に積極的な介入をしなくても、下請け業者側は、発注側のゼネコンが政治家側の意向に配慮してそっぽを向くことを恐れる。下請け業者側は政治家側に「邪魔をしないで」と擦り寄り、「受注できた」お礼としてカネを支払う。

 支払った裏金の倍額を受注原価に上乗せする。下請け業者は損をしない。その金は結局、公共事業費に潜り込む。公共事業予算=税金だ。結局、国民の血税が、中堅ゼネコンー大手ゼネコンを経て政治家らに流れる図式だ。

 元会長は、公共事業などをめぐる政官業利権の裏事情に通じているといわれ、水谷建設の総帥として同社の政界、業界への工作を取り仕切ってきた。水谷建設の創業家である元会長が同建設に不利となり、政界や業界関係者に迷惑をかける話を、わざわざ作って語る理由はない。元会長の証言は重い。

 ■東北建設談合が利権のベースに――大久保元秘書口利き認める

 裏金の授受があったとされる04年秋から05年春は、自民党連立政権時代。小沢氏は、野党、民主党の幹部だった。公共事業の予算配分や執行には時の政権与党が大きな影響力を持つと考えられてきた。なぜ、西松建設や水谷建設は、野党の小沢氏側にアプローチしたのか。

 東北地方の公共事業の受注調整は、06年ごろまで鹿島を中心とする大手ゼネコンの談合組織で行われてきた。仕切役が、影響力のある政治家や地域のボスらの意向を聞いて受注業者を決める仕組みで、小沢氏は野党議員ながら、地元や東北地方の一部では強い影響力があったとされる。

 検察は、陸山会事件に先立って摘発した西松建設事件の公判の冒頭陳述でも、小沢事務所が岩手、秋田の両県の公共工事で、大手ゼネコンを仕切り役とする談合組織に介入し、大久保元秘書が2000年ごろから本命業者を決定する「天の声」を出す役割を担い、岩手県のダム工事でも西松建設の受注を了解していたと指摘した。

 大久保元秘書側は、西松建設事件では、小沢氏側に受注業者の決定権などなかったと主張しているが、3月2日の陸山会事件の被告人質問では、西松建設の岩手県の建設工事の受注をめぐり、以下のように答えた。

 弁護人: 検察は権限があなたにあって、力があるとイメージさせたいようだ。そんなに権限あったの?張り子の虎のようなイメージなんだけど。


 元秘書: できません、ばかりでは、相手にされなくなるので。張り子の虎だったと思う。強がりみたいな言葉を使ったと思い返した。


 裁判所: 当時は野党なのにゼネコン各社が小沢事務所に受注を期待してお願いしているというのは、ゼネコンの間では小沢事務所に影響力があると思われていたのでは。


 元秘書: 虚勢を張るという話にもなってくるが、そういう権限はまったくなかった。しかし、そういうお願いを受けた時に虚勢を張るわけではないが、そういうことを仙台の伊東(尚一郎・元鹿島東北支店幹部)さんに対して「こういうお願いが来ているが、何とかお願いできませんでしょうか」とお願いしてみるということ。


 裁判所: お願いした結果、受注できたことは多い?


 元秘書: いえ、虚勢を張って、そういう立場に自分がいたわけだが、たまたまお願いを聞いて頂いた形になったのもいくつかあったので、私としてはホッとしたというか、役に立ったのかどうなのか分からないが、よかったと思ったことはある。

 

 ■検察がこだわった「裏金1億円」の立証

 実は、水谷建設関係者の証人尋問が実施されるまでには曲折があった。

 陸山会事件で、元秘書3人が問われているのは、陸山会の土地取引にかかわる金の流れを政治資金収支報告書に正確に記載しなかった虚偽記載罪だ。水谷建設の裏金1億円を受け取ったとする事実そのものは、虚偽記載罪の証明に必要な直接証拠ではない。

 公判の争点を絞り込む公判前整理手続きで、水谷建設の裏金1億円を法廷で立証するかどうかで、検察側、弁護側が対立した。

 検察側は、小沢事務所が虚偽記載罪を犯した動機につながる重大な「情状証拠」だとして、水谷建設の1億円裏金提供を審理するよう裁判所に求めた。それに対し、弁護側は「虚偽記載の本筋とは関係がない」として公判廷での立証対象から外すよう求めた。

 弁護側には、公判廷で裏金問題が審査されるだけで小沢氏側にとって政治的に不利になるとの判断があったとみられる。

 裁判所は、当初、立証対象とすることに積極的ではなかったようだ。裁判所は、争点を虚偽記載罪の立証に絞り、早期に審理を終えたいとの意 向だったとされる。そうした裁判所側の意を汲んで、検察上層部には「立証対象から外しても、虚偽記載で十分、有罪判決を得られるのではないか」との意見があった。

 しかし、公判に責任を持つ東京地検の幹部は、検察にとって陸山会事件の本質は、公共事業利権にからむ政治家と建設業者の不透明な関係であり、水谷建設の裏金1億円はそれを象徴する事実だった。地検幹部らは「虚偽記載の動機の説明のためにも、裏金の存在の立証は不可欠」と強く主張。上層部を説得した。

 最終的に、裁判所が裏金立証を認めたのは、小沢氏本人が強制起訴されることになり、元秘書の事件でも、被告側が起訴事実を全面的に争う方針を明確にした後だったという。

 検察審査会の起訴議決を受けて小沢氏本人を訴追した指定弁護士は、検察の捜査記録を丹念に読み込んだうえで、この裏金1億円の授受の有無を立証対象から外す方針と報道されている。「その方が素直」と同調する検察OBもいる。

 しかし、検察現場は裏金立証にこだわった。その背景には、特捜検察の政界捜査手法の転換と、それに伴う公判立証での捜査情報の開示をめぐる戦術転換がある。

 ■贈収賄中心から情報開示義務違反摘発強化への発想の転換

 戦後の長い間、検察は、自民党一党独裁体制のもとで一部の腐敗政治家や官僚を一罰百戒で摘発して「浄化」を演じる役割を期待されていた。

 その「ミッション」に最もふさわしいと考えられたのが、贈収賄での政治家摘発だった。法や行政を歪めその見返りに賄賂を受け取る収賄事実を切り取って処罰すれば、他の政治家や官僚への「示し」になり、体制全体に腐敗が拡がるのを防ぐことができる、と考えられた。ロッキード事件(76年)やリクルート事件政界ルート(89年)、ゼネコン事件(93、94年)の捜査はその代表的なものだ。

 しかし、KSD事件(2000年)を最後に、本格的な政治家の収賄事件の摘発はなくなった。

 贈収賄捜査で有罪を得るためには、「金品の授受」「職務権限」「賄賂の趣旨」の立証が必要だ。その証拠となるのは、たいていの場合、関係者の供述をもとに作成される供述調書だ。

 ところが、政治家、企業側の防御能力の向上、国民の検察へ信頼の低下に伴う非協力傾向もあり、立件のカギとなる贈賄側の供述を得にくくなり、賄賂の趣旨の認識など主観的要素を検察が証明するのが困難になったのだ。

 職務権限のない政治家の口利き利権を封ずるために設けられたあっせん利得罪も、構成要件が厳密なため適用が難しく、摘発例は少ない。

 税金の無駄遣いの象徴である公共事業利権に対する国民の視線はますます厳しくなる中で、検察現場は公共事業利権に対する実効ある捜査手法を探ってきた。

 検察現場が目をつけたのが、政治家側が受け取った寄付を収支報告書に正確に記載しなかったことを咎める政治資金規正法だった。

 職務権限のない政治家本人ないし周辺関係者が公共事業利権にからんで業者からカネを受け取った事実を突き止めた場合、政治資金収支報告書へ記載しなかった情報開示義務違反で摘発し、政治家側と業者の関係は、その違反の動機や背景事情として法廷で明らかにする――という考え方だ。

 政治資金収支報告書の偽装を、政治家側が政治活動に伴う後ろ暗いカネの流れを隠す情報操作と捉える考え方といってもよい。情報操作をするのは、それなりの動機があるからだ。そして、その動機は虚偽記載と一体のものだ。それゆえ、動機を明らかにすることは、政治資金規正法の要請だ、と検察現場はとらえた。

 同時に、それは、贈収賄事件の摘発と同等の事実上の制裁効果を得ることにもなると考えられた。

 ■国民が受け取る捜査情報量、制裁効果は同じ

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)。

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