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事件記者の目

警察・検察 vs.工藤会

「暴力団との関係」をドーベルマン刑事に狙われ、公共事業から締め出され

村山 治(むらやま・おさむ)

 たかだか500人規模の暴力団工藤会に対し、警察、検察が2014年9月以来、総力を上げて「頂上」作戦を展開している。その成果を検証し、今後の課題を連載で探る。第6回の本稿では、前回に続き、渦中にいたコンサルタントが白島石油備蓄基地と暴力団とのかかわりについて語る。その背景に捜査当局が掘り起こした殺人事件につながる闇があった。

 ■「草野組長とも会って協力を要請した」

拡大2006年5月12日の朝日新聞夕刊(西部本社発行)社会面の記事
 福岡地裁小倉支部は2006年5月12日、北九州市若松区脇之浦漁協の元組合長だった梶原国弘氏が1998年2月、北九州市小倉北区で射殺された事件で、実行犯として殺人などの罪に問われた工藤会系組長2人にそれぞれ無期懲役と懲役20年の有罪判決を言い渡した。

 判決は、犯行の動機について「利権確保を求めたが拒絶されたため、報復して組織の威勢を誇示しようとした暴力団特有の身勝手かつ反社会的なもの」と断罪した。

 判決のいう「利権確保」とは何か。福岡県警は、暴力団工藤連合草野一家総長の草野高明組長と梶原氏が白島石油基地建設をめぐる利権調整のキーマンとみていた。東京の不動産会社「三正」の満井忠男社長は、同基地建設の一括受注を目指す日立造船、間組(ハザマ)などの企業グループの依頼を受けて政界工作や地元対策を担ったコンサルタントの一人だった。満井社長は、資材納入利権調整のため草野組長とも接触した事実を認めた。

 白島基地の建設費は数千億円に上った。当然、建設に伴う様々な利権が発生する。その中で、最も難航したのが砂利などの建設資材の納入をめぐる利権の調整だった。(コンサルタント仲間の)横田初次郎福岡県議と日本地所の安藤春男会長が前面に立って調整を行っていたが、なかなかうまくいかなかった。梶原国弘さんが問題だった。ある時期から、最初は仲間だった梶原さん側から厳しい要求が来るようになった。それが大変だと安藤会長から聞いていた。その調整がなかなかつかなかったようだ。

 横田初次郎県議と梶原氏の関係は、梶原氏が県議選で対立候補となり、梶原氏が漁協関係への影響力を強めるとともに対立するようになっていた。それが前回、紹介した1981年9月県議会での横田県議の爆弾質問につながったことは明らかだ。質問の中で、横田県議は、梶原氏が白島基地建設に関連する業者らの受注調整に介入していたのではないか、と匂わせていた。満井社長は続ける。

拡大満井忠男氏
 特に難しかったのが、砂利の納入利権だった。私は長崎県の大型工事の砂利調達にかかわったことがあり、九州の砂利利権について事情に通じていた。砂利の利権はだいたい暴力団が押さえている。そこに筋を通さないと殺人事件が起きることもある。実際、私が相談を受けた砂利納入話に介入した暴力団幹部がゴルフ場で殺される事件があった。

 白島基地建設当時、北九州市の暴力団で力を持っていたのは、草野一家の草野高明組長だった。草野さんの協力をとりつけないと、話が進まなかった。草野さんが梶原さんと親しくなっていることも分かっていた。

 本来は、安藤会長が暴力団や地元の顔役らと話し合い、調整する役割分担だったが、安藤会長は、かつて草野組長と対立していたことがあり、安藤会長の立場では、草野さんと話ができなかった。そういう中で、安藤会長から、草野さんと話してくれないか、と頼まれ、一度だけ、草野さんに福岡市のホテルの部屋に来てもらい、話をした。「国家事業なのだから何とか協力を」とお願いしたら、「わかった」と言ってくれた。それで梶原さんとの話も整理できたのだと思う。

 その筋に頼み事をしたら、お礼が必要だ。建設業者が下請けを使ってカネを捻出したのではないか。世の中にはそういうことがある。知っている建設業者の中には、そういう難しい仕事をできる度胸のいい人が現地の責任者として派遣されていた。

 ■福岡県警の「反社」認定資料

 この満井氏の話を裏付ける資料がある。

 市民グループ「「北九州いのちと自然を守る会」(野依勇武代表、当時)が1992年に入手したという文書である。「『重大な反社会的行為を行い又は行うおそれのある者』の確認について(通報)」と題されており、野依氏の著作「海流に民の声 白島原油基地レポート」に収載されている。

 福岡県警は1992年7月30日、白島石油備蓄基地工事にからんで、指定暴力団工藤連合草野一家と関係の深い梶原氏が、下請け業者数社から約1億円を恐喝し、一部が同一家の資金に流れた疑いがあるとして梶原氏の関係先やゼネコンのハザマ九州支店など10数カ所を捜索した。

 民事事件に脅迫まがいで介入する行為は、刑法など従来の法律では取り締まることがなかなかできなかったが、そうした民事介入の脅迫まがいの行動を規制し、その資金源を断つことによって、暴力団を解散に追い込もうという新しいタイプの法律、暴力団対策法が92年3月1日に施行されたばかりだった。

 「『重大な反社会的行為を行い又は行うおそれのある者』の確認について(通報)」と題する文書は、その事件に関連して、梶原氏のファミリー企業5社と間組を工藤連合草野一家に資金提供した反社会勢力と認定し、福岡県や北九州市に公共事業からの排除を求めるものだった。実名で梶原氏や間組(現ハザマ)について捜査中の容疑内容を記している。

 福岡県警は朝日新聞の取材に対し、原文が残っていないので真偽の確認はできない、としているが、文書の内容や前後の状況から県警が作成したことは間違いなさそうだ。「ここまで背景を書き込んでいるのは時代を感じる。個人情報保護の観点からも今ではあり得ない文書」と感想を漏らす捜査幹部もいる。

 この文書の中で、福岡県警は、梶原国弘氏について「白島洋上石油備蓄基地建設工事に携わる港湾建設業者から脅し取った金が暴力団工藤連合草野一家の本部事務所である草野会館の建設費用として暴力団工藤連合草野一家総長草野高明(故人)に交付された事実が判明した」などと断定。白島石油基地を舞台とする建設業者と暴力団がからむ利権の実態も明記していた。

 恐喝容疑事件そのものは不起訴になっている。

 ■公共事業から排除された梶原氏側とハザマ

拡大1992年8月27日の朝日新聞夕刊(西部本社発行)社会面の記事
 朝日新聞西部本社発行の1992年8月27日夕刊の記事「ハザマなど指名停止 白島工事恐喝疑惑で福岡県と2市」は次のように記述している。

 北九州市契約室によると、福岡県警から6社について「暴力団と関係があり、工事の発注から除外するように』との要請が文書であった。市側は、このうち登録業者ではない1社を除く、ハザマといずれも北九州市若松区の白海、脇ノ浦響開発興業、白島マリンサービス、白島海陸基地警備の4社を指名停止にした。

 福岡県と福岡、北九州両市は、通報が求めたハザマと梶原氏のファミリー企業5社を指名停止とした。同記事によると、取材に対し、ハザマ九州支店は「(問題の建設関係業者が)暴力団関係者とは知らなかったし、下請け業者の選定に不正は一切ない。当社が暴力団と親交があるとみなされることは非常に不本意だが、今後、企業体の管理体制を整備し、反社会的行為のないよう万全を期す」とコメントした。

 梶原氏側も「事実無根」と否定したが、梶原氏は関係会社の役職を退いた。

 朝日新聞は、通報翌年の93年1月1日付朝刊で、白島石油備蓄基地建設にからんで、地元業者で構成する北九州港湾建設協会(約30社)の幹部らが1984年から4年間に、受注工作のために「営業費」名目で会員から少なくとも2億円を集め、大半を暴力団草野一家(当時は工藤連合草野一家)幹部らに渡していた疑いのあるとの記事を掲載した。

 工藤連合草野一家は、92年6月26日、暴力団対策法に基づく指定暴力団として公示されたばかりだった。

 ■「ドーベルマン刑事」と梶原氏側の闘い

 当時、福岡県警で暴力団捜査を取り仕切ったのは、古賀利治捜査4課長だった。アグレッシブな捜査姿勢は、獰猛な軍用犬にたとえられ「ドーベルマン刑事」の異名をとった。

 「暴力団にも冬の時代が来たと思い知らせる。債権取り立てなどで暴力団を利用する者も、共犯とみて逮捕することもある」と公言し、微罪でも逮捕し、暴力団事務所で見つけたインスタントラーメンや米などまで「抗争資材」として押収した。刑法以外の法律も適用して徹底的に組員を摘発する手法は「福岡方式」として全国の警察から高い評価を得た。

 一方で、手続きより結果を重視するスタイルには当時でも、賛否両論があった。福岡地検時代に古賀氏と交流のあった元検事は「摘発件数は増えたが、無罪も増えた。どうして、乱暴な捜査をするのか古賀さんに尋ねたら、『九州のやくざは、退職警官を襲う。だから現役時代に徹底的に痛めつけて、そういう気が起きないようにするのだ』と話していた」という。

     ※ ※ ※

 結局、通報のよりどころとなった恐喝事件で梶原氏は逮捕されず、起訴もされなかった。1992年12月10日付朝日新聞夕刊の記事「『違法捜査で損害』と福岡県に賠償請求 白島事件で業者」や1993年9月30日付同新聞夕刊記事「『白島事件で工事締め出し』 賠償訴訟取り下げ 北九州」によると、梶原氏側は福岡県を相手取り「違法な捜査により営業を妨害された」として、総額1000万円の損害賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしたが、後に取り下げている。

 梶原氏に対する福岡県警の追及は続く。1993年12月5日付朝日新聞朝刊の記事「漁協理事ら3人を逮捕 北九州砂採取組合の金を不正支出」や同年12月28日付同新聞夕刊の記事「漁協理事ら起訴猶予 全額返却理由に 北九州砂採取協組背任」によると、県警は93年12月、北九州砂採取販売協同組合の顧問だった梶原氏が組合幹部2人と共謀して草野総長の墓代などとして1500万円を理事会に諮らず支出し組合に損害を与えたとする背任容疑で梶原氏らを逮捕した。が、これも起訴猶予になった。

拡大1994年12月28日の朝日新聞夕刊(西部本社発行)社会面記事
 梶原氏追及の「元締め」だった古賀氏は福岡県警南署長時代の94年12月28日、署長官舎のトイレで首つり自殺した。同署員が覚せい剤事件に絡んで事件関係者の家宅捜索令状請求に白紙調書を使っていた疑いが強まり、県警が虚偽公文書作成、同行使などの疑いで捜査していた。古賀氏は「監督者として責任を感じた」という内容の遺書を残していた。

 ■捜査当局は、上野組合長殺害事件でも工藤会の関与を疑う

 福岡県警に「反社会勢力」と認定され、公共事業から排除されたのを機に、梶原氏は暴力団との関係を断った。捜査当局関係者によると、梶原氏は、工藤連合草野一家との決別を決意し、資金提供を拒否するようになった。梶原氏が、飲食店で野村総裁と遭ったのに挨拶せず、野村総裁との間でトラブルとなったこともあるとされる。

     ※ ※ ※

 梶原氏が服役中の1996年3月、響灘大水深コンテナ港(通称ハブポート)建築構想が発表された。梶原氏が不在の間、実弟の上野忠義氏が脇之浦漁協理事・響灘漁業補償交渉委員会委員として漁業補償の交渉をまとめた。梶原ファミリーの漁業関係者への影響力は依然強かった。

 捜査当局関係者によると、1997年1月、工藤会田中組幹部が、梶原氏の親族に対し、ハブポートがらみの漁業補償に関連して脅しをかけたが、断られた、とされる。

 同年5月、梶原氏が出所し、脇之浦漁協組合長に復帰する。捜査当局関係者によると、梶原氏は、当時の工藤会トップの溝下総長に、今後は工藤会との付き合いはしないと宣言したという。また、野村総裁直系の田中組幹部から梶原氏側に砂の買い取りの要求があり、これを拒否すると、上野氏の関係する会社の窓ガラスが割られた。工藤会から電話の脅しもあったが、これも無視したという。

 10月16日、ひびきコンテナターミナルに関する漁業補償金が74億5千万円で合意に達し調印式が行われた。その後、同年12月に再度、工藤会幹部が梶原氏の親族に接触しようとするが、これも親族は断った。そして、翌1998年2月18日、梶原氏は射殺された。

 2013年12月の上野氏殺人事件についても、上野氏が殺される5カ月前の同年7月26日に、北九州市地域エネルギー拠点化推進事業で、火力発電所や洋上風力発電所建設計画が公表され、建設資材納入利権の発生が見込まれていた。福岡県警は、工藤会側が関与した疑いもあるとみて慎重に捜査している模様だ。(次回につづく

村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)。

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