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事件記者の目

警察・検察 vs.工藤会

通信傍受と監視カメラ、脱税で暴力団幹部を逮捕、でも勝敗はこれから

村山 治(むらやま・おさむ)

 たかだか500人規模の暴力団工藤会に対し、警察、検察が2014年9月以来、総力を上げて「頂上」作戦を展開している。その成果を検証し、今後の課題を連載で探る。7回目の本稿では、漁協組合長殺人事件摘発で勢いをつけた捜査当局の「逆襲」の成果を検証する。

 ■看護師殺人未遂事件で野村総裁ら逮捕

 2014年9月に福岡県警が16年前の梶原国弘元脇之浦漁協組合長殺害容疑で工藤会トップの野村悟総裁、ナンバー2の田上不美夫会長の逮捕に踏み切ったのを皮切りに、工藤会に対する警察、検察の頂上作戦は一気呵成に進んだ。

拡大工藤会総裁宅に入る捜査員ら=2014年9月11日午前6時47分、北九州市小倉北区

 摘発第2弾は、通信傍受で一定の証拠を得た看護師殺人未遂事件だった。

 福岡県警は梶原元組合長殺人事件での逮捕から間を置かず14年10月1日、福岡市内の路上で13年1月に女性看護師を組織的に殺そうとした組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などの容疑で、野村総裁、田上会長、ナンバー3の菊地敬吾理事長ら幹部16人を逮捕した。

 福岡県警は、12年4月に起きた福岡県警の元警部襲撃事件で工藤会関係者の通信を傍受した。その傍受記録の中に、襲撃された看護師を尾行している組員と幹部の間で襲撃を示唆する会話があったとされる。

 その会話をもとに看護師襲撃事件の現場周辺の監視カメラをチェックしたところ、組員らの会話に対応する組員の行動がバッチリ映っていた。福岡県警は、画像鑑定で組員を特定した。その組員らに対する検察の取り調べは録音録画のもとで行われたが、それらの証拠を示された組員は、さすがに否認しきれず、容疑を認めた。

 野村総裁は看護師が勤務する病院に通院したことがあり、看護師は野村総裁の担当だったという。福岡地検は、看護師の対応に腹を立てた野村総裁の指示で襲撃したものと見て、野村総裁ら14人を組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)の罪で起訴した。

 通信傍受と監視カメラという捜査の新しい武器が威力を発揮した事件だった。

 ■通信傍受

拡大報道陣に公開された通信傍受装置=2000年8月10日、東京都千代田区の警察庁で
 2000年に施行された通信傍受法は、組織的な殺人や薬物密売など重大犯罪の捜査で、電話やメールの傍受がなければ真相解明が困難な場合、裁判所が傍受を許可するかを判断し、必要と認められれば最長30日間の傍受ができると定める。傍受した記録の原本は裁判所が保管し、捜査機関は原記録を所持することができないが、裁判所の許可があれば閲覧や複製ができる。

 警察や検察が取り調べで容疑者や参考人から供述を得るのが難しくなる中で、通信傍受は捜査当局にとって有力な証拠収集手段となった。しかし、日本弁護士連合会や刑訴法学者の一部からは人権侵害や制度の濫用を危惧する声が根強く、傍受の対象は、組織的殺人や拳銃所持、薬物の輸入などの4種に絞られてきた。

 裁判所の運用は厳格だった。傍受には通信事業者の立会が義務づけられ、警察は立会人確保で通信事業者との調整に手間暇がかかった。そうした事情もあって、これまで警察が電話での会話傍受対象にした事件は多くない。2014年1年間に傍受対象となった事件はわずか12件だった。傍受した通話回数は計1万9346回で、計79人が逮捕されたという。

     ※ ※ ※

 流れを変えたのは、2010年秋の郵便不正事件で虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われた村木厚子・元厚労省局長(その後厚労事務次官)に対する無罪判決とその直後に発覚した大阪地検特捜部の検事による証拠改竄事件だった。共犯と見立てた部下に対する供述の誘導などずさんな捜査で村木さんを逮捕・起訴しただけでなく、主任検事が供述調書との辻褄を合わせるため証拠のフロッピーディスクの内容の変造にまで手を染めていた。

 検事の取り調べによる「調書至上主義」が抱える問題が複合的な形で一挙に噴き出したと法曹関係者の多くが受け止めた。

 これを機に設置された法制審議会(法相の諮問機関)の「新時代の刑事司法制度特別部会」が、取り調べの録音録画導入を原則採用する代わりに、取り調べを補強する新たな捜査手法として刑事免責・司法取引の採用や通信傍受対象の拡大を検討した。

 当初は、日弁連委員を中心に通信傍受対象拡大に反対する声が強かったが、特別委は最終的に、傍受対象に振り込め詐欺や組織的な窃盗など10種を加える法務省試案に賛成。法制審は試案を2014年9月18日、法務大臣に答申した。

 これを受けて、法務省は、傍受の際の通信事業者社員ら第三者の立ち会いも不要にすることを盛り込んだ刑事司法改革法案を15年の通常国会に提出。衆院は通過したが、安保法案審議が長引いたあおりを受け、参院で審議未了となった。16年の通常国会で審議を再開。16年5月24日、成立した。

 ■傍受拡大容認への転機は、法制審部会の工藤会事件視察

 「通信傍受の拡大反対論が強かった法制審部会の議論が、容認に向かうきっかけとなったのは、銃撃事件が続発していた北九州市への視察でした。あれで部会の空気が変わったのです」

 法制審特別部会の元委員は振り返る。

 工藤会によるとみられる市民襲撃が続いていた2012年1月、特別部会の委員、幹事ら約30人の一行は、バスで工藤会の野村総裁の豪邸や工藤会本部事務所を見学した。「こちらも工藤会側からカメラでウォッチされている」との部会事務局の説明を受け、委員らは緊張したという。

 部会メンバーに対し、北九州市長らは「暴力団犯罪の抑止には犯人検挙が重要だ。取締機関に取り締まりの武器を一つでも多く持たせる事が必要で、国に対し、通信傍受の要件緩和など新たな捜査手法の導入を要請してきた」などと訴えた。

 北九州地区の暴力団取り締まりの拠点である小倉北署では、福岡県警幹部が「組織犯罪摘発には捜査協力者に対する刑の減免や協力者保護の制度が有効」と述べ、福岡地検検事も「刑事司法制度設計での証人の負担軽減と保護が必要」などと要望した。

 「捜査の現場からは『不十分な現行制度だけれど、社会正義のために命がけで仕事をしている』という壮絶な決意が伝わってきた。部会では、通信傍受を念頭に、『仕事に文字どおり、命をかけさせていいのか、現場の人たちが使える武器を与えないとおかしい』と発言した。委員の中で反論する人はいなかった」と元委員は語る。

 ■歯科医、元警部、標章事件でも検挙

 野村総裁らに対する事件の摘発は続いた。

 梶原元組合長の孫の男性歯科医師が14年5月、足などを刺されて重傷を負った事件でも、福岡県警は野村総裁らを15年5月22日に逮捕した。県警は同年2月、事件に関わったとして工藤会の傘下組織幹部ら4人を組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で再逮捕。地検は6月12日、野村総裁の指示が田上会長、菊地理事長らに伝わり、組織の意思決定を踏まえて、現場指揮や下見、実行、逃走援助などの役割分担をしたうえでの組織的な犯行だったとして野村総裁ら幹部3人を組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)の罪などで福岡地裁に起訴した。

 15年7月6日には、北九州市小倉南区の路上で12年4月に福岡県警の元警部の男性が拳銃で撃たれ重傷を負った事件で、県警は、野村総裁ら最高幹部を含む計18人を組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)と銃刀法違反の疑いで逮捕した。

 元警部は暴力団犯罪捜査に長く携わり、工藤会対策の特別捜査班長も務めた。野村総裁、田上会長と元警部との間には在職中から捜査をめぐる確執があったとされ、検察は、それが銃撃の動機につながったとみている。福岡地検は7月27日、野村総裁ら11人を起訴。残る7人は不起訴(嫌疑不十分)とした。

     ※ ※ ※

 さらに、12年8月から11月にかけて起きた飲食店などへの連続テロ事件でも、福岡県警は15年11月25日、工藤会ナンバー3の菊地敬吾理事長ら11人を現住建造物等放火容疑などで逮捕した。福岡地検は同年12月16日、菊地理事長ら男8人を現住建造物等放火などの罪で福岡地裁に起訴した。

 起訴状などによると、菊地理事長らは12年8月14日未明、北九州市小倉北区堺町1丁目にある6階建てビルのエレベーターに灯油をまき、火をつけた発炎筒を投げ込んで焼損させたとされる。また、近くの別の6階建てビルのエレベーターにも灯油と発炎筒で火をつけたとされる。

 二つのビルには当時、「暴力団員立入禁止」の標章を掲げた飲食店が入っていた。地検は菊地理事長の指示のもと、実行役や灯油の調達役など役割を分担して組織的に放火したとみている。一方、工藤会系組員や自動車整備業者ら3人については「さらに捜査する必要がある」として処分保留で釈放した。

 市民の安全・安心という観点からすると、県警の頂上作戦の最大の成果ともいえる摘発だった。福岡県警は、一連の事件を工藤会が市民に恐怖感を植え付け、みかじめ料などの利権を確保する目的で起こした組織的犯行とみており、野村総裁や田上会長の関与の有無についても調べる方針という。

 ■資金源を断つ―脱税摘発

 福岡県警と福岡地検は、工藤会の「しのぎ(暴力団の収入や収入を得る手段)」の実態にもメスを入れた。暴力団を壊滅するには、兵糧を断つのが肝心だからだ。

拡大福岡拘置所に入る工藤会の山中政吉総務委員長=2015年6月16日午前10時9分、福岡市早良区
 福岡県警は15年6月16日、野村総裁が工藤会の「金庫番」の山中政吉総務委員長ら3幹部と共謀し、2010~13年の4年間で、傘下組織幹部らから集めた金のうち、約2億2700万円は野村総裁の個人所得だったのに、申告せずに所得税約8800万円を脱税した疑いがあるとして、野村総裁ら4人を所得税法違反の疑いで逮捕した。

 2014年10月、梶原元組合長殺人事件などに関連する捜索で、工藤会本家と山中委員長方から入出金メモを押収したのが、発端だった。

 警察が脱税事件の端緒を得た場合、国税に課税するよう通報し、国税が国税犯則取締法にもとづいて捜索し、被疑者の身柄拘束が必要な場合、検察が逮捕するのが通例だった。しかし、工藤会に対する脱税調査は、組織的な抵抗が予想され、調査担当者の生命、身体に対する危害も懸念される、として、例外的に警察が逮捕状を請求し、被疑者らの身柄を確保することになった。

 大蔵省(現財務省)証券局、証券取引等監視委員会への出向経験がある福岡地検検事正の土持敏裕検事が、旧知の中尾睦福岡国税局長(現財務省理財局次長)の背中を押し、警察・検察・国税の共同戦線構築に一役買った。

     ※ ※ ※

 警察の課税通報は1973年から行われているが、実は、暴力団関係ではあまり機能していない。通報を受けて国税当局が暴力団に課税処分を行ったのはこれまでに2件しかなかった。

 最初は1982年

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)。

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