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事件記者の目

警察・検察 vs.工藤会

暴力団を効率よく管理し、抑え込んだ時代から「強い刑事司法」の時代へ

村山 治(むらやま・おさむ)

 たかだか500人規模の暴力団工藤会に対し、警察、検察が2014年9月以来、総力を上げて「頂上」作戦を展開している。その成果を検証し、今後の課題を連載で探る。最終回となる第8回の本稿では、治安政策と暴力団対策のあり方を考える。

 ■日本の暴力団政策

拡大出陣式を終え、バスに乗り込む機動隊員たち=2014年9月13日午前、北九州市
 証券取引等監視委員会の佐渡賢一委員長は、検事、監視委委員長を合わせると計45年以上、経済事件の法執行に携わってきた。東京地検刑事部長時代には、本稿第2回で紹介した山口組幹部らを摘発する手法として、警護役の組員の拳銃の所持を摘発する際に警護を受ける立場の幹部までをも「共同所持」で立件する手法を編み出し、大阪地検検事正時代には、山口組元最高幹部の滝沢孝芳菱会総長の「共同所持」事件の公判を指揮した。

 佐渡委員長は、暴力団のような反社会勢力から社会を守る方法は2つしかないという。

 ひとつは、イタリアやアメリカのように、国家が、その存在そのものを認めない。結社の自由を認めず、見付け次第、つぶす。参加者には厳しい制裁を加える。それを担保するため、実体法や手続き法を整備し、捜査の武器を強化する。

 もうひとつは、結社すること自体は認め、警察・検察権力が一定の管理をして、暴力団への新規参入を抑え、時間をかけて衰退させる方法だ。

 日本は、後者を選んだ。歴史的に、市民社会、経済社会そのものが暴力団の存在を認知してきたからだ。縁日の露天商を束ねるテキ屋、博打場の胴元から民事紛争の解決に当たる顔役まで、江戸時代から、一種の必要悪として存在を許容し、文化・習俗の一部になってきた。警察は、明治以降もそれを前提に反社会的勢力を封じる治安政策を立案、執行してきた。

 1980年代まで警視庁や大阪府警、兵庫県警など暴力団の本部事務所を管轄地域に抱える警察現場には、山口組や住吉連合、稲川会などの暴力団ごとに内情に通じたベテランの刑事がいて組事務所に自由に出入りし、組織の領袖クラスから直接情報を聴き出した。

 抗争事件があると、電話一本で、事件の経緯を報告させ、場合によっては、抗争の実行犯の組員を出頭させた。格安のコストで、地下社会の統治を行ってきたのだ。

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 反面、そのスタイルは、警察と暴力団の癒着の温床になる。警官が暴力団の接待を受けたり、金をもらって摘発情報を流したり、ついには、暴力団の手先になってしまうこともないではなかった。警察と暴力団との癒着に対する国民の視線は次第に厳しくなり、一方、世代交代で、暴力団幹部を心服させるような人間力を持った刑事も姿を消した。

 従来の統治・管理のスタイルを近代化しようと考えたのが1992年施行の暴力団対策法だった。この数年前に日米構造問題協議で、日本政府は米国から官製談合システムを厳しく指弾された。当時の警察庁幹部は、従来型の統治スタイルが、国際社会から「前近代国家」と見られることも恐れたのではないか、と筆書は推測している。

 暴対法は、犯罪歴のある構成員の比率が一定以上の組織を「指定暴力団」とし、都道府県公安委員会が指定すると、所属組員は組の名前を利用した用心棒代要求や地上げ、示談への介入などの行為を禁止される。従来の法律では取り締まりにくかった、暴力団による恐喝まがいの資金集め=民事介入暴力を防ぐのも狙いのひとつだった。現在、暴力団対策法で禁止されている行為は27。下請け参入要求なども入っている。違法行為には公安委員会が中止命令を出すことができ、違反すれば罰金刑に処せられ、逮捕されることもある。

 ■暴対法の功罪

拡大繁華街のビルに掲げられた「暴力団員立入禁止」の標章=2015年11月25日夜、北九州市小倉北区
 暴対法施行で、警察と暴力団の関係は劇的に変わった。警察は、行政的に、指定暴力団を認定するだけで取り締まることができるようになった。それは、刑事が体を張って暴力団組織に入り込み、その実態を把握し、具体的な事件の端緒情報を探る必要が小さくなったことを意味する。警察上層部は、捜査員が暴力団員と会食したり酒席をともにしたりするのを避けるよう指導した。

 一方、暴力団側は警察に協力する「うまみ」がなくなった。構成員を減らして指定を逃れるようになった。暴力団事務所の看板を外し、建設会社やNPOに衣替えする組も出てきた。一部の暴力団では警察との対決姿勢が鮮明になった。山口組は警官との接触を禁じ、逮捕されても警察に協力して供述することを禁じたとも伝えられた。

 警察は暴対法施行後、事件摘発と並行して、用心棒代の要求などを禁じる行政命令を3万件以上出し、各種業界や公共事業からの排除を進めてきた。暴力団関係者に生活保護費を支給しない仕組みもつくった。

 警察庁のまとめでは、全国の暴力団勢力(構成員・準構成員)は暴力団対策法が施行された1992年に約9万600人いたが、21年後の2013年末には約5万8600人に減った。特に都道府県で暴排条例の制定が進んだ2010年以降は、13年までの3年間で2万人も減った。

 しかし、大企業や自治体に対する暴力団など反社会勢力の浸食は衰えなかった。暴対法施行後も、相変わらず企業のカネは地下経済に流出し続けてきた、というのが実態だろう。

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 確かに、暴力団組員の数自体は減ったが、山口組や工藤会などはかえって強力になった、と指摘する元検事もいる。山口組は、弱体化した他の勢力のシマを奪い、懐が豊かになったというのだ。

 元検事総長はいう。

 「暴力団構成員も生身の人間だ。『飯』を食って生きていかなければならない。彼らに、生きる手段を与えないまま、押さえつければ、先鋭化するだけだ。闇勢力を力業で弾圧しようとする試みは必ず失敗する」

 朝日新聞で長く暴力団取材を続けてきた緒方健二記者は、朝日新聞のウェブのコラムで以下のように指摘した。

 「社会全体で暴力団排除を、との警察の主張は正しい。でも、やり方が拙速だった。暴力団の存続を支えるのは、一部市民や企業が利益を提供しているからだとして、法律ではなく、影響力がやや落ちる自治体の条例によって暴力団への利益提供を禁じた。すべての都道府県が警察の後押しで同様の条例をつくった。自治体によって制裁内容は異なるが、違反すれば制裁が科されることになった。さらに警察は、暴力団とつながりのあった企業や市民にも『縁を切れ』と迫った。東京のように暴力団が温和しいところでは一定の効果を見たが、北九州市や福岡市では『入店お断り』の標章を貼ったスナックの関係者が軒並み襲われた。語弊があるが、警察が、市民や企業を排除の最前線に押し出した結果だ」

 その通りだ。工藤会事件は、まさに、警察の暴力団政策のあり方を問うものだった。

 ■「不都合な真実」を直視し、捜査を強化せよ

 最近の暴力団対策では、不都合な真実もいくつか散見される。

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 まず、警察当局の離脱組員支援がうまくいっていない。地域で受け入れられ、働き口の保証がなければ、暴力団組員は離脱したくてもできない。

 福岡県警の要請を受けた警察庁は15年7月、福岡市博多区で就労支援のNPO法人などを集め、初めて「全国社会復帰対策連絡会議」を開催。地元への就職では工藤会から報復される恐れがあるため、福岡県警は「会の影響の及ばない土地で、人生の一歩を踏み出せる仕組みを作ることが大切だ」とし、再就職に向けた取り組みを強化するよう訴えた。

 ただ、企業社会の離脱組員受け入れは、警察の治安政策でカバーできる問題ではない。企業や地域社会の意識改革が必要だ。それには時間がかかる。さらに離脱組員側の問題もある。

 「言いにくいが」と断って、検察幹部がいう。「せっかく、就職斡旋しても、組員が断るケースがある。組員の事情は個々に異なるが、一部の組員は、真面目に仕事をするのが嫌でヤクザになった。そういう人の意識改革も必要だが、警察の手に余る。それを誰が担うのか」

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 組員や家族の人権問題もある。暴力団排除条例で、暴力団組員は銀行口座も開設できなくなった。暴力団でないと偽って開設すると、詐欺になる。オレオレ詐欺に使う口座開設のような場合は、びしびし取り締まるべきだが、多くは、家族のため、子供の給食費を払うためのものだったりする。

 警察から逮捕したいと相談を受けた検察は、そういう悪性のないケースは起訴しない、との見通しを伝えるが、警察はそれでも逮捕する。東京地検では、概ね、生活がらみの口座開設に伴う詐欺事件は不起訴処分にしているようだ。

 警察は、法令違反を認知すれば、立件しなければならない。起訴しない検察のスタンスも理解できる。そもそも暴排条例で給食費のための口座開設まで禁止していることに問題がある。条例の見直しが必要ではないか。

 暴力団に対する捜査員の情報漏洩も相変わらず、なくならない。これは、暴対法施行以後も、一部の捜査員が、旧来の手法で暴力団の情報取りをする中で起きてきたことだ。全国の警察では、1955年(昭和30年)生まれの警察官までが旧来型の捜査教育を受け、その手法を伝承してきたとされる。その警官たちの大半は定年退職した。古い時代の刑事教育を受けた世代がいなくなるため、「事故」は少なくなる、との見方もある。

 ただ、日本の治安政策の根本は、暴力団の存在を認め、一定の管理をしつつ新規参入を減らしていく戦略だ。そのためには、暴力団の内部情報を取れないと、組織に打撃を与えることはできない。癒着のリスクを回避しつつ、必要な情報を取る、とう難題は乗り越えられるのか。

 警察庁は2014年版警察白書で、身分を隠して組織に入り込む「仮装身分捜査(潜入捜査)」と、住居などに録音装置を隠して容疑者らの言動を傍受して証拠化する「会話傍受」など欧米で採用されている捜査手法を紹介。検討

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)。

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