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事件記者の目

事件記者の目

法務・検察人事に再び「介入」した官邸 高まる緊張

村山 治(むらやま・おさむ)

 9月7日発令の法務・検察幹部の人事異動が、昨年に続き、首相官邸の意向で変更されたことがわかった。法務・検察の人事原案は、黒川弘務・法務事務次官を高検検事長とし、その後任に林真琴・法務省刑事局長を充てる案を柱としていたが、官邸側は黒川氏の留任を強く希望。法務・検察側はそれに従い、林氏も留任した。法務・検察が予定していた「次の次」の検事総長人事がこの官邸側の注文によって流動的となった、との受け止めが法務・検察部内で広がっており、独自の人事計画を守りたい法務・検察と政治の間に緊張が高まりそうだ。

 ■凍結人事

拡大仙台高検検事長に就任した稲田伸夫氏=仙台市青葉区
 2017年8月8日に発表された同年9月7日付の法務省人事は、検察ナンバー2の田内正宏・東京高検検事長(62歳、司法修習31期)が駐ノルウェー日本大使含みで退官し、その後任に前法務事務次官の稲田伸夫・仙台高検検事長(61歳、33期)を、その後任に堺徹・東京地検検事正(59歳、36期)を充てるものだった。堺氏の後任には、最高検刑事部長の甲斐行夫氏(57歳、36期)が充てられた。

拡大黒川弘務・法務事務次官
 今回の法務・検察の幹部人事の最大の焦点は、法務省の事務方トップの法務事務次官を、黒川弘務氏(60歳、35期)から林真琴法務省刑事局長(60歳、35期)へ交代させることだった。

拡大林真琴・法務省刑事局長
 7月中旬、黒川次官が官邸側に対し、稲田氏を仙台高検検事長から東京高検検事長に、その後任に自分を、そして、自分の後任に林氏を充てる、とする人事原案を提示したところ、官邸側は、黒川次官の留任を強く求めた。

 これを受けて法務・検察は、西川克行検事総長(63歳、31期)ら首脳らが協議し、一時、林氏を稲田氏の後任の仙台高検検事長に転出させる人事案を検討したとみられるが、結局、1期下の堺氏を仙台高検検事長に充て、林氏を次の法務事務次官含みで留任させることで官邸の了承を得たとされる。

 法務事務次官は、法務・検察の序列では、天皇の認証官である検事総長、東京、大阪など8高検の検事長、次長検事に次ぐポストだが、検事総長への登竜門とされ、最近の検事総長は8人中7人が法務事務次官と東京高検検事長の双方を経て就任している。

 黒川、林両氏は、粒ぞろいとされる司法修習35期の検事の中でも傑出した存在で、ともに、現在の西川検事総長から稲田氏をはさんで、「次の次」の検事総長候補と目されてきた。

 ■「約束破り?」の衝撃

 法務事務次官人事が凍結されたことに、法務・検察首脳らは大きな衝撃を受けた。「理解できない。これでは現場が納得しない」。元検察首脳はこう絞り出すと、沈黙した。衝撃を受けたのには、理由がある。

 法務・検察は2016年夏、法務事務次官だった稲田氏の後任に刑事局長の林氏を昇格させ、法務省官房長だった黒川氏を地方の高検検事長に転出させる人事原案を固め、稲田次官(当時)が、官邸側と折衝した。

 当時の法務・検察の首脳らは、西川、稲田氏の後を継ぐ検事総長に林氏を充てたいと考えており、そのコースに乗せるため、林氏の次官への登用を立案したのだ。

 これに対し、官邸側は、法務省官房長として法案や予算などの根回しで功績のあった黒川氏を事務次官に登用するよう求め、法務・検察側は、黒川氏を法務事務次官にし、林氏を留任させた。この経緯や意味については2016年11月22日の当コラムで取り上げた。

 問題は、16年夏、黒川氏を次官にする法務省側と官邸側の人事折衝で「黒川次官の任期は1年で、来夏には林氏に交代させる」との「約束」が官邸側とできた、と法務・検察首脳らが受け止めていたことだ。

 結局、それは「空手形」となり、元首脳らの驚愕と落胆につながったわけだ。

 ■異例の発令日なし閣議決定

 この衝撃が原因とみられるどたばたもあった。

 8月8日の正式発表の1週間前の8月1日、政府は稲田氏を東京高検検事長に異動させる閣議決定をし、公表した。天皇の認証が必要な検事長以上の人事は、認証の日程が決まってから発表されるのが普通だ。発令日を決める前の異例の発表だった。

 関係者によると、官邸側が、黒川氏の次官留任を求めたころ、稲田氏を次の検事総長にしない、つまり、検事総長のテンパイポストである東京高検検事長にはしない、とする声が政権の一部にある、との未確認情報が霞が関に流れた。稲田氏が検事総長にならないとすると、西川氏の次の検事総長は、キャリアや年齢からいって、黒川氏ということになる。

 先にも触れたように、2016年夏、当時の大野恒太郎・検事総長、稲田・法務事務次官の時代に策定した人事構想は、西川→稲田→林の各氏の順で検事総長の地位を継承していくというものだった。それが覆ることになるのだ。法務・検察の一部では、それが、黒川氏の続投人事と絡めて理解され、「官邸による検事総長人事への介入ではないか」との疑心暗鬼が生まれた。

 異例の発令日なし閣議決定は、法務・検察が、そういう情報を打ち消し、部内の動揺を抑えるため、官邸に発表を急がせたものだった。林氏を法務事務次官含みで留任させたのも、林氏に、法務・検察幹部人事の起案者であり官邸との折衝役である法務事務次官として稲田氏→林氏の順で総長を繋ぐ人事を守らせたい、との思惑があったとみられる。

 ■検事総長の重み

 検事総長は、犯罪摘発で国民の安心・安全を担う検察の「顔」であり、全検察官、事務官の統領である。その権限は強大で、時にその決断が社会状況を変えることがある。

 1976年、米国議会で発覚したロッキード社の日本政府高官への工作疑惑で、当時の布施健・検事総長は、ほとんど国内情報がない中で捜査に踏み切る決断をした。失敗すれば「切腹」の覚悟だったが、検察は全力を投入し、田中角栄元首相を逮捕した。検事総長の決断は、日米にまたがる総理大臣の犯罪を暴いた。

 強力な権限と責任を持つ検事総長にだれを選ぶかは、それゆえ、法務・検察にとって最重要イベントとなる。

 検事総長の定年は65歳。検事長以下の定年は63歳だ。そのため、検事総長の人事では、任官時期と年齢が重要な要素となる。

 ■人事シミュレーション

拡大新たに検事総長に就任し、記者会見する西川克行氏=2016年9月5日、東京都千代田区、関田航撮影
 現検事総長の西川氏は1954年2月20日生まれ。満65歳の定年がくるのは2019年2月だ。次の検事総長が確実視される東京高検検事長の稲田氏は1956年8月14日生まれ。西川氏の定年時でもまだ62歳だから、悠々、総長に就ける。

 そして、稲田氏の次の検事総長が有力視される林氏は1957年7月30日生まれ。63歳になるのは2020年7月だ。稲田氏は検事総長としての定年は2021年8月だが、1年任期を残して林氏に引き継げば、林氏は総長になれる。

 2018年夏に西川氏が任期を半年残して稲田氏に総長の椅子を譲り、その2年後の2020年夏に稲田氏は林氏に禅譲すれば、西川、稲田両氏は2年ずつ検事総長を務めることができることになるのだ。

 一方、黒川氏は、稲田氏とわずか半年違いの1957年2月8日生まれ。稲田氏が2018年夏、予定通り検事総長に昇進する場合、黒川氏を検事総長にするには、黒川氏が満63歳の誕生日を迎える2020年2月8日までに稲田氏が辞めなければならない。稲田氏の検事総長在任は1年半となる。

 仮に、黒川氏から林氏へと同期で検事総長の椅子を引き継ぐとなると、黒川氏は2020年7月までに退官しなくてはならない。2年間で検事総長2人が交代することになり、任期が非常に窮屈なことになる。また、重責を担う検事総長が半年や1年でころころ代わるのでは、国民軽視と受け止められるだろう。

 結局、稲田氏が2018年夏に検事総長に昇進すれば、黒川氏、林氏のいずれか1人しか検事総長にはなれない可能性が強い。法務・検察首脳が2016年夏の段階で、林氏を検事総長候補に絞り込んだのは、西川→稲田→林の各氏の順に繫げば、それぞれ2年ずつ安定的に検事総長を務められるからだったとみられる。

 ■検事総長人事計画の流動化

 外形的には、今回の人事凍結で、刑事局長より格上の法務事務次官にとどまった黒川氏が林氏を一歩リードした形となった。少なくとも、霞が関の他省庁やマスコミの一部はそう受け止めている。しかし、法務・検察の幹部人事にかかわる現・元検察首脳の受け止めは異なる。

 現職の法務・検察首脳の一人はいう。

 「官邸による人事介入だ。昨年は、林氏の人事が影響を受けただけですんだが、今回は検事長人事がくるい、堺氏を予定より早く検事長に出すことになった。今はそういう人はいないと思うが、仮に、官邸に検察人事のメカニズムをよく知っている人がいて、数年かけて、(官邸が希望する検事総長人事を)仕掛けてきたら、抵抗のしようがない。検事総長人事だって彼らの意のままになる。次の人事で今回と同じようなことが起きれば、幹部辞職などの大騒動になるだろう」

 また、人事計画に詳しい別の元検察首脳はいう。

 「官邸は、黒川氏によかれ、と考えて留任させたのだろうが、逆に黒川氏は、法務・検察で居場所がなくなる。官邸は、検察という特殊な役所を抱える法務省のメンタリティを理解していない」

 この元首脳には「検察は政治から独立していなければならない。これが検察という組織の論理であり、法務省はそれを支える立場でなければならない」という強い思いがあるのだ。

 「官邸は、黒川氏に対する論功行賞で将来は検事総長に、と考えるだろうが、逆に、検察現場や法務省は反発する。昨年のこと(官邸の要望で、事務次官を、林氏でなく黒川氏にした前例)があって、検事総長は林氏の方が座りがいいな、と思っていたが、今度のことがあって、絶対に林氏でなければならない、と思った。これは検察として命がけの話だ」

 もっとも、現場派とされる別の元検察首脳は上の元首脳の意見には違和感を示す。「黒川氏の実行力、リーダーシップに期待する現場検事は少なくない。黒川氏が検事総長になっていいのではないか」という。

 ■官邸の思惑は

 今回の人事について、官邸側

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)。

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