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西村あさひのリーガル・アウトルック

金融商品取引法の緊急差止命令 初めて抜かれた「宝刀」

 抜かずの宝刀といわれた金融商品取引法192条(緊急差止命令)が昨年11月、無届けで行われた有価証券の募集について、無登録であっせんなどを行った業者に初適用された。もうひとつの宝刀とされる同法157条(非定型の悪質な不公正取引を処罰する包括規定)との関係でも積極活用が予想されるという。被害者の民事救済の立法も今国会に上程されている。監視委事務局での勤務経験がある石井輝久弁護士が、この規定にかかわる様々な問題点を詳しく解説する。

 

初の金商法192条「緊急差止命令」
  抜かれた「宝刀」と今後

西村あさひ法律事務所
弁護士 石井 輝久

 

石井輝久弁護士拡大石井 輝久(いしい・てるひさ)
 1996年、慶應義塾大学法学部卒業。1999年、弁護士登録(第一東京弁護士会)。2007年、ボストン大学ロースクールLL.M.修了。2008年、ニューヨーク州弁護士登録。2008年8月から2010年3月まで証券取引等監視委員会事務局市場分析審査課に勤務し、インサイダー取引及び株価操縦案件の審査並びに国際案件を担当(2009年1月より課長補佐)。2010年4月、西村あさひ法律事務所カウンセル。金融商品取引法、コンプライアンスその他一般企業法務を担当。

 ■「緊急差止命令」とは何か

  金融商品取引法192条第1項
 裁判所は、緊急の必要があり、かつ、公益及び投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、内閣総理大臣又は内閣総理大臣及び財務大臣の申立てにより、この法律又はこの法律に基づく命令に違反する行為を行い、又は行おうとする者に対し、その行為の禁止又は停止を命ずることができる。

 金融商品取引法(以下「金商法」という)の192条とは、簡単に言うと、裁判所は、証券取引等監視委員会(以下「監視委」という)などの申立てにより、「緊急の必要」があり、かつ、「公益及び投資者保護のため必要かつ適当」である場合には、金商法違反の行為を行っているか、又は行おうとする者の行為を禁止又は停止させることができるという制度を定める条文である。

 この禁止又は停止命令の相手方は、証券会社やファンドに限られておらず、だれもが対象となり得るし、金商法のどの条項に違反する者に対しても使える規定である。そして、この禁止又は停止命令を破ると、刑事罰が科される(金商法198条8号。3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又は併科。なお、法人は3億円以下の罰金(207条1項3号))。

 このように見てみると、この緊急差止命令は非常に強力な権限のように思える。但し、昭和23年に制定された証券取引法の時代から、この条文は一回も使われてこなかった。ところが、昨年(平成22年)11月、監視委の申立てにより、この192条が、半世紀以上の沈黙を破って、初めて発動された。この条文は、その範囲の広さと長期間適用がなされなかったことから、「抜かずの宝刀」とも評されていたところである。確かに、条文の文理からは、何人に対しても、どんな金商法違反も差し止められる「宝刀」のように読める。

 今回は、この192条について考えてみたい。

 なお、本稿の意見に亘る部分は当職の私見であり、西村あさひ法律事務所その他の組織の見解を代表するものではない。

 ■どんな場合に用いられるのか

 (1) 従来の議論及びinjunction

 192条は半世紀以上も使われることのなかった条文だけに、どのような場合に用いられるべき条文なのかの手がかりを探ることは難しい。

 学説によれば、総論的には次のように説明されている。すなわち、金商法違反の行為がなされる危険性がある場合、事後的な行政処分や罰則の適用だけでは、公益または投資者保護のためには十分ではない。そこで、事前にその行為を禁止しまたはすでに行われている行為を停止できるようにすることが必要であるというものである。但し、従来は、具体的に何が想定されるのかはあまり論じられておらず、無届けで違法な有価証券の募集を行おうとしている場合とか、無免許の有価証券市場を作ろうとした場合に発動されるとする見解が散見されるのみであった。

 また、この192条は、アメリカのインジャンクション(injunction:差止命令)にならって導入された制度である。アメリカでは、証券取引委員会(SEC)の申し立てにより、幅広く多数のinjunctionが発令されていることはよく知られている。SECが昨年出した、”Performance and Accountability Report”でも、いわゆるponzi scheme(投資詐欺)に対するinjunctionの例などが紹介されている。しかしながら、米国SECによるinjunctionの用い方は、日本とは法制度が異なるため、192条の適用場面に関する直接のヒントとはなり難い面もある。

 (2) 活用へ向けての「気運」

 平成20年の金商法改正により、金商法192条に基づく緊急差止命令の申立権が監視委にも与えられた。

 そして、平成21年6月17日付けの金融審議会・金融分科会による「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告~上場会社等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて~」では、192条について、「また、金融商品取引法192条に基づく裁判所による禁止・停止命令については、・・・その申立権が金融庁長官から証券取引等監視委員会にも委任されたところであるが、取引所等との連携強化を図っていく中で、こうした手段をどう活用していくことができるかといった点についても、今後検討が深められていくことを期待したい」と指摘されたところである。

 更に、平成22年3月に閣議決定された消費者基本計画でも、投資詐欺事案などについての192条の活用の検討が具体的施策として挙げられた。また、同年の金商法改正では、192条の命令に違反した者に対する罰則が強化されている。

 また、学者らからは、投資スキーム持分にかかる不正・詐欺事案において、この192条を積極活用すべきという趣旨の意見も公表されていたところである。

 一方で、いわゆる「未公開株」の無登録業者による販売については、結果として発行会社の事業実態が不明であったり、必ず上場するなどという虚偽の説明がされていたため、多数の苦情・被害が申し立てられており、社会問題化していたところである。

 ■今回のケース

 前述したとおり、昨年初めて192条が発動されたわけであるが、報道などを総合すると、本件は、山梨県の健康食品研究開発会社であるX社の株式及び新株予約権について、東京都のコンサルタント会社Y社が、一般投資家に対し取得のあっせん・勧誘を行い、合計1億円近い出資金を払い込ませた事案のようである。

 X社は上場しておらず、その発行する株式は、いわゆる「未公開株」である。更に、X社はその株式及び新株予約権の募集に関し必要な、有価証券届出書の提出をしていない。そして、Y社は、金商法上の登録をしておらず、金商業者ではない。いわゆる「無登録業者」であった。

 このような事案において、東京地裁でY社に対し、甲府地裁でX社に対し、それぞれ緊急差止命令が発せられた。そこで禁止された行為は、簡単にいうと、X社については、有価証券届出書の届出をしないで行う有価証券の募集であり、Y社について、登録を受けずに株式などの売買の媒介などを行うことであった。

 なお、この件では、東京地裁においては申立てから9日後、甲府地裁では19日後に緊急差止命令が発せられており、非常に迅速な処理が行われたことが窺われる。

 ■今回のケースの分析

 今回のケースは、いわゆる「未公開株」の「無登録」での販売行為が禁止されたわけであって、ある意味「穏当」な使い方であったとも思える。人によっては、こんなことはさっさと何かの権限で止められないのだろうか?という疑問を持つかもしれないが、実務上は、これはこれでなかなか難しい。

 まず、金商法の建て付けとして、一旦、金商業を行う者として登録した「登録業者」に対しては、金融庁によりいわゆる行政処分(証券会社が業務停止命令を受けたことが報道されることがあるが、この意味での行政処分である)が可能である。しかしながら、「無登録」の業者に対しては、かかる行政処分の余地がない。この意味で、本件においては、X社にもY社に対しても、金商業者に対する行政処分は行いようがなかったところである。

 更に、いわゆる未公開株の販売行為は、詐欺的なものなど問題のあるケースも多いと思われるが、刑事事件として立件するには詐欺その他の犯罪に該当することについて高度な立証が要求される。

 その中で、監視委は、その情報受付窓口などを通じて、未公開株の無登録販売事案について豊富な情報・証拠を持ち得る組織である(金商法187条によって192条の申立てのための調査も可能である)ところから、本件では、監視委が、未公開株の無登録販売行為を192条というツールを使ってストップさせたものである。

 ■今後の展開

 さて、「抜かずの宝刀」の一太刀目がある意味「堅実」な使い方であったことは上記のとおりであるが、192条についての実務運用は今後どのような展開を見せるのであろうか。

 興味深いのは、近時、この条文を、金商法において長い間「抜かずの宝刀」と呼ばれてきたもう一つの条文との関係で活用すべきであると論じる見解が現れてきた点である(注1)。

 実は、無届けや無登録といったことが問題にならなくても、192条による差止めは可能である。例えば、あるファンドのスキームにおいて、正しい届出を行い、又はストラクチャー上登録が不要な者がいたとする。ところが、その者が、極めて詐欺的な行為をしており投資家を害する恐れがある場合を考えてみよう。

 この場合、無届けや無登録を根拠として緊急差止命令を申し立てることはできない。一方、前述のとおり、192条は、「この法律又はこの法律に基づく命令に違反する行為を行い、又は行おうとする者」に対するものであり、「この法律」とはもちろん金商法を指す。それでは上記の行為は金商法のどの条文に違反するといえるのだろうか。

 この点、金商法には、157条1号という条文があり、同条は「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」を禁止している。この「不正の手段、計画又は技巧」に上記の詐欺的行為が該当する場合、この157条1号違反を、金商法192条の「この法律・・・に違反する行為を行い、又は行おうとする」の部分に使えば、詐欺的行為の差止めも可能になるはずである。

 なお、157条も、その創設以来1件しか刑事事件における適用裁判例が見当たらない。対象の広さ故に当局が適用に慎重になり、適用が見送られてきたともいわれているが、このような文脈での活用論が出てきていることは、注目に値する。

 ■他の立法との関係(特に民事救済について)

 (1) 民事上の救済との接点

 さて、次に、少々視点を変えて、被害者の民事的な救済について考えてみる。

 緊急差止命令は、その相手方に対し、例えば、財産を差し押さえることや財産の管理を公的な者に委ねること、あるいは過去の株式の売買を取り消すといったことを命ずることはできない。

 従って、例えば、詐欺的な未公開株の販売があった場合、仮に緊急差止命令が発せられても、詐欺の被害者は、独自に民事保全手続を利用して詐欺業者の財産を保全し、民事訴訟を提起して、被害を回復する必要がある。

 この点、裁判所が緊急差止命令を発したのだから、民事訴訟を起こしても手間なく勝てるということには必ずしもならない。緊急差止命令は、損害賠償請求の根拠となるような一般投資家に対する詐欺とまでは認定できない場合でも発することができるからである。

 そこで、被害者としては、民事訴訟においては、裁判所が緊急差止命令を出したということを主張するだけでは足りず、自ら、未公開株の販売が詐欺又はその他の違法行為であったことなど、損害賠償請求の根拠を立証しないと、被害の回復を図ることはできないことになる。

 (2) 金商法の改正

 この関係で、被害者の民事的救済についての金商法改正法案が、現在開かれている通常国会に提出されている(5月2日現在)。

 この改正法案は、簡単にいうと、無登録業者が未公開株式を売り付けるなどした場合、その取引は無効となるが、業者又は発行体などが「当該顧客の知識、経験、財産の状況及び当該対象契約を締結する目的に照らして顧客の保護に欠けるものでないこと」又は「当該売付け等が不当な利得行為に該当しないことを証明したとき」には、例外的に無効とならないというものである。

 この改正法案が成立し、施行されれば、被害者は、(a)相手方が無登録であるということ(これは容易に確認できる)がいえれば、(b)業者が詐欺を行ったとか、売買において不法行為があったということを立証しなくとも、損害の回復ができることになる。

 一般的な民法についての理解では、契約の一方当事者が、法令で要求される業者としての登録をしていなかったといった事情は、契約自体を無効にはしないとされており、ある種大胆な立法である。この改正法案が成立し、施行された場合には、未公開株詐欺などの被害者救済に大いに活用されることになると期待される。

 (3) 財産の保全

 上記(1)で述べたとおり、緊急差止命令では、違法業者の財産を差し押さえることはできない。一方で、緊急差止命令を受けた業者が詐欺的な業者であった場合、ある意味「堂々と」その後の民事訴訟を受けて立つともあまり考えられず、財産の隠匿に走ることは十分考えられる。被害者は、訴訟の帰趨を待たずして、民事保全手続(業者の財産を「仮に」差し押さえる等の手続)をすることもできるが、財産の所在などは独自に突き止めなければならず、そもそも、その手続の前に財産を隠匿されてしまえば、民事保全手続は効を奏しない。そこで、立法論的には、詐欺行為が明らかになった時点で、詐欺業者の財産を保全できる仕組みが作られることが望ましい。

 金商業者については、監督当局に、破産の申立権がある(金融機関等の更生手続の特例等に関する法律2条4項・490条)。当局に破産の申立権があるということは、裁判所が破産を認めれば、財産は、破産管財人の管理下に置かれ、当該業者は勝手に財産を隠匿できなくなるということである。

 一方で、無登録業者については、例え無登録で金商業を行っていたとしても、当局に破産の申立権はない。従って、未公開株詐欺を行っている無登録業者に対して、金融庁や監視委が破産を申し立てることはできない。

 消費者庁の集団的消費者被害救済制度の検討では、このような詐欺業者に対する消費者庁への破産申立権の付与などによる財産の保全措置が検討されている模様であるが、被害者保護の実効性強化のためには、上記のような制度や金融庁ないし監視委による民事上の財産の保全を図る制度があってもよいのではなかろうか。

 (4) 今後の民事的救済の姿

 以上述べたところは、将来の立法も含まれるところであるので、以下は想像になるが、この種の未公開株詐欺その他金商法違反の商法、投資家を不当に害する行為については、以下のような流れが想定できる。

 まず、金商法192条による緊急差止命令が申し立てられ、将来の被害拡大の防止が図られる。それと同時に、何らかの形で、業者に対しては財産の保全手続がとられ、財産の不当な隠匿が防がれる。次に、被害者は、上記(2)で述べた新法を利用するなどして無効を主張し、被害者が多数にわたる場合には、集団的な訴訟の形を取る・・・といったところが未来像であろうか。

 このように、行政による処分が民事上の損害賠償請求に発展するケースとしては、昨今、上場

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